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締め切り十日前――
合法ロリ娘の不思議ポーズと寿司屋の娘の安来節をモデルに、二日でスケッチブック五冊のデッサンを重ねて、どうにか苦手なアングルを克服したオレ。今は次のステップである下描きに取り掛かっていた。
普段は千歳が使っている仕事用のデスクで、オレはネームの内容をケント紙にえんぴつで描き写していく。
同人誌を作る時に何度もやった作業であるが、今回はいつも以上に千歳のタッチを意識しなければならず、どうしても時間が掛かってしまう。
「ねぇ、今日はその辺にしといたら? ちょっと根を詰め過ぎよ」
そんなオレの背中に、テーブルでパソコンを弄っていた千歳から声がかかった。
夕方から原稿に向かって休みなしで描き続け、気が付けばもう日付が変わろうとしている。
確かに根を詰め過ぎかも知れんが……
「いや、明日はコッチ来れねぇからな。せめて今日中に下描きを終わらせたい」
そう、歩美さんから一応は毎日通えとの指示があったので、コッチに来る大義名分には困らない。
だから、足繁く通っていても不審がられる事はないのだが、それでも重要な会議などがある場合は、どうしてもそちらが優先になる。
そして、明日はその重要な会議があるのだ。雅子さんの話だと、例年その会議は昼前から始まり深夜までかかるそうだ。
「新人賞の最終選考会議ねぇ……」
ポテチを摘みながら、ポツリと呟く千歳。
そう、明日行われるその会議とは、月刊少女マリン新人賞の最終選考会議。
そして、この新人賞での大賞作品は本誌にてデビューが確約されているのだが、明日の会議は最終選考作品からその一作品を選ぶ重要な会議である。
ちなみに佳作以上の作品にも、本誌や増刊号、または別冊マリンに掲載されるチャンスがあり、評判次第ではそちらにもデビューの可能性が充分にあるのだ。
「私は歩美さんからスカウトされてのデビューだったから詳しくは知らないけど、そんな時間かかるモノなの?」
「アホかっ? マリンの次期連載作品を選ぶ会議だぞ。そう簡単に終わるわけねぇだろ? そもそも、スカウトデビューなんて、超レアケースだ」
オレは観覧車ではしゃぐ千菜乃の表情に納得がいかず、消しゴムを掛けながら、背中越しに千歳へ悪態をついた。
通常、漫画のデビューは、原稿を出版社に持ち込んでその実力を認められるか、新人賞の公募で入賞するかの二通りである。
そして、今回のマリン新人賞で言えば、応募総数が千二百を超えている。漫画家デビューへの道とはホントに狭き門なのだ。
また、審査する方としても、ある意味その人の一生を左右する事になる訳だし、当然慎重にもなる。
「でも、正直……私の読んだ作品で、デビューに耐えられそうなのは無かったわよ。みんな絵の技術はあるけど、話が小さくまとまり過ぎとゆうか、突き抜けたモノがないとゆうか……」
千歳の言葉に、原稿を描く手が止まり眉を顰めた。
オレも一通りは目を通したけど――正直なところ、オレも千歳と同じ事を感じていた。
さっき、千歳は『私の読んだ作品』と言ったけど、正確にはその作品。最終選考に残った作品の中からオレに割り当てられた担当分である。
選考方法は各出版社によって様々で、色んなやり方があるとは思う。
そしてウチの場合は、まず最終選考へ残す作品を約百作品にまで絞り込む。次いで、一作品につき最低二名が担当し、その作品の長所や短所をまとめ上げる。
それを最終選考会議で発表し合い、大賞を決めるだ。
そういう意味では、たまたまオレの所に回って来たのが不作ばかりだったという可能性もある。
まっ、まだオレは経験も浅ければ発言権も低くい新人編集者な訳だし、良作を回されなくても仕方ないだろう。
とはいえ……
「ある程度はしょうがないだろ……連載前提じゃなくて、32ページの読み切りだ。出来る事も限られているんだし」
それでも、デビュー前の素人が一生懸命描いた作品な訳だし、大きな気持ちでフォローしておこう。
「でも、決められたページ数で、一つの話を綺麗にまとめ上げるがプロってもんじゃないの?」
「ま、まあ……そうなんだけどな……」
くっ……オレのフォローを、正論であっさり潰しやがって。
「よし、終わり♪ で……これ、どうやって閉じるんだっけ?」
「左上の『ファイル』から、『上書き保存』。んで、右上の赤いバツ印で終了だ」
ったく……それぐらい、一発で覚えやがれ。
ちなみに、千歳が何を作っていたかと言えば、明日オレが使う資料――そう、|件《くだん》の最終選考作品で、オレが担当する分の長所と短所。それと感想をまとめさせていたのだ。
PC初心者でかな入力。しかも、左手の人差し指一本でのタイピング……
ちょっと間に合うか不安だったけど、何とか間に合ったようだ。
「じゃあ、ちょっとコーヒー淹れてくるわ。特別にアンタの分も淹れてあげるから、せいぜい感謝しながら少し休憩しなさいよ」
「へいへい、ありがとうございます」
「うわっ……全然気持ちこもってないし……」
コーヒーつったって、どうせインスタントだろ?
ワリーがインスタントのコーヒーに気持ちを込めた感謝の出来るほど、オレは人間が出来てねぇんだよ。
ブツブツと文句を言いながら、キッチンへ消える千歳を背に、新しいケント紙を用意するオレ。
さて、下描きも残り3ページ――もうひと踏ん張りだ。