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『いやいや。

お前との結婚を円滑に進めるためだろう』


家に着いたとメールしてきた京平に先程の不満を訴えると、そう言ってくる。


本当か。


『まあ、旅行の件、考えといてくれ。

おやすみ』

と言って、メールは終わった。


ベッドに腰掛けていたのぞみはスマホを見つめて思う。


貴方は今でもキスするのに緊張すると言いますが、私は、メールですら、緊張しますよ。


ご無礼のないようにと、何度も読み返したりして――。


こんなので、結婚なんて出来るのかなあ、と思いながら、のぞみは布団に入り、目を閉じた。




「なんで猫にひかれた女なんだ」


次の日、秘書室で仕事をしていたら、祐人にそんなことを訊かれた。


のぞみは整理していたファイルから顔を上げ、

「……誰に聞いたんですか」

と言う。


いや、誰ってひとりしか居ないんだが。


「専務が今朝言っていた。

お前、メモの漢字間違えてたろ?


それを見ながら、『猫にひかれた女めっ』ってお前のことを罵ってたんだ」


……専務。

本当に私のことお好きですか?

と思いながら、のぞみは祐人に説明する。


「中学校は遠かったので、自転車通学だったんですよねー。

まあ、坂道漕いで上がれないので、ほとんど押してたんですけど。


でも、帰りは下りだったので、私が軽快に自転車で下りていたらですね。

いきなり目の前を猫がふらっと横切ったんですよ。


避けようとして、しっぽかなにかに乗り上げたんですが、私が猫に負けて、吹っ飛んだんです。

近くの家のおばさんが、飛び出してきてくれまして。


『大丈夫っ?』

って訊いてくださったので、


『猫はっ?

猫は大丈夫ですかっ?』


って言ったら、猫は呑気に道の端に寝て、失礼しちゃうわ~っ、ぷんぷんって顔で、しっぽ舐めてました。


私は結構な大怪我だったんですけどね……。


で、次の日、よし、猫に気をつけようっ、と思って、自転車漕いでいたら、今度は目の前に鳩が、くるっくー♪ って――」


「おーい、吉川ー。

この日程、ちょっとずらせないか?」

と立ち上がりながら、祐人が言うので、


「ちょっと最後まで聞いてくださいよっ」

と思わず、腕をつかんで引き止める。


「そんな何処までほんとかわからん話をいつまでも聞いてられるかっ」

と振り返り言う祐人に、


「いやいやいやいや。

全部、本当なんですってば。

御堂さ……」

と言いかけたとき、万美子が秘書室の入り口からすごい形相でこちらを見ているのに気づいた。


のぞみは、祐人の腕をつかんでいた自分の手をゆっくりと見下ろし、そっと離す。


……うっかりですよ。

うっかりです、永井さんっ。


ああ、弁解したいんですけど。

お昼まで私の命があればいいんですが、とその形相を見ながら、のぞみは思っていた。




「ちょっと」

と廊下で万美子に声をかけられたのぞみは、思わず、後ろを振り向いた。


「いや、後ろに誰も居ないわよ……。

廊下の遥か彼方に監査役が居るだけよ。


あんたに言ってんのよ、あんたに」

と万美子に言われる。


ごまかせなかったか、と苦笑いしながら、のぞみは万美子を見た。


「ちょっと、あんた。

専務はどうなったのよ。


なに、祐人に色目使ってんのよ。


あんた、何処をどうやってもそうは見えないんだけど、実は魔性の女とか?」


それ、実は一度言われてみたかったセリフなんですが。


前にいろいろと注釈つきすぎて、なんだか嬉しくないんですが、とのぞみは思ってた。


「いや、御堂さんはなにも関係ないです。

関係ないから、平気で、腕とかつかめるだけです」

と言うと、万美子はいきなり、溜息をつく。


「だってさー。

なんか、あんたを見る祐人の目がさー。


ちょっと、いとおしげに見えたりしてさー」

と彼女は、そんな不安な胸の内を打ち明けてくるが――。


「そんなこともないと思いますが。


万が一、そんな風に御堂さんが見てたとしたら、それは、おそらくきっと、人がなにか小さき者を見るときのあの目線じゃないですかね?」


ちっちゃい子とか、ハムスターとか、猫とか見るときみたいな、と思いながら言うと、


「まあ、そうなんだろうけどさー。

私もあんな目で見られたいなあとか思ってさっ」


などと万美子は言ってくる。


「そうだ。

お昼二人で、どっか食べに行きます? 永井さん」


「あら、あんたから誘ってくるなんて珍しいじゃない」


「はあ、永井さんとふたりきりになると緊張するので、ちょっと避けてたんですが」

と言って、


「本人に向かって言ってる時点で、なんにも緊張しそうにないけどね……」

と言われてしまった。


「それで、私の話も聞いてくださいよ~。

専務ってば、御堂よりお前が心配だとか言うんですよ。


私、どんだけ信用ないんですかね?」


「いや、あんた、その相談、私にするの、間違ってるから。

ところで、万美子でいいわよ。


ああ、『さん』か『様』はつけなさいよ」

と言ってくる万美子に、人前で、ほんとに『様』つけてやろうっかなー、と思いながら、一緒に秘書室まで戻った。



お昼休み、のぞみは、万美子とかなりしゃべって、職場に戻った。

ほとんどが、祐人とも、京平とも関係ない話だったが、お互いよくしゃべったので、すっきりしていた。


すると、秘書室に入った途端に、祐人に腕をつかまれる。


「ちょっと来い、坂下。

名簿の読み合わせに付き合え。


漢字、一字たりとも間違うなよ」

と脅迫まがいの口調で言われる。


ひいっ、とその眼光に固まったのぞみは、キョロキョロと万美子の姿を探した。


今こそ、万美子さんっ。


『なに言ってんのよ、私が手伝うわよ。

そんな子放っといて、私と行きましょうよ、祐人』

とか悪女っぽく――


……失礼。


色っぽく笑って、御堂さん連れてってくださいよっ。


ああっ、なに呑気に笑いながら、化粧直しに行ってんですかっ、とトイレに先輩秘書の人と入ろうとしている万美子を見つけ、のぞみは心の中で叫んだ。


万美子さんっ、化粧直しは、昼休みに済ませなさい、と我々のことは叱るではないですかっ。


どういうことですか、万美子さんっと、助けを求めて、何度も振り返っている間に、祐人に個室に詰め込まれた。




わたしと専務のナイショの話

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