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花見から数週間が経ち、ゴールデンウィークに入る頃には、五人の生活にはもうすっかりリズムができていた。
「――あれ、これ、俺開けたっけ…?」
夕方、部屋に帰ってきた仁人が真っ先に気づいたのは、棚に置いていたはずのスナック菓子の袋が、いつの間にか半分ほど減っていたことだった。
「太智ー! お前だろ!」
「ばれた? いや、なんかさー、小腹空いてて。今度買って返すし」
「ばれるわ!いつ開けたか全然わからなかった……お前いつ部屋にはいったんだよ…」
隣室から悪びれもせず顔を出す太智に、仁人はため息をつきながらも、結局そのまま座って、若干しなったスナック菓子の残りを食べ始める。もう、怒る気力すら惜しいくらいには、こういうやり取りが日常になっていた。
五人の溜まり場と言えば、決まって勇斗の部屋だった。来るもの拒まずの性格そのままに、勇斗の部屋にはいつも誰かが入り浸っている。
今日も、太智が勇斗のベッドに我が物顔で寝転び、柔太朗のスマホを横から覗き込みながら、
「柔太朗ー、なんか面白い動画ないん?」
「だいちゃん、自分のスマホで見たらいいじゃん」
「いや、柔太朗のおすすめが見たいんよ」
そんなやり取りをしている二人の隣で、部屋の主であるはずの勇斗は、隅に追いやられた座椅子の上でため息をついていた。
「……ここ、俺の部屋なんだけどな」
「まあまあ、ええやん。佐 野さんの人徳よ」
太智が軽く流すのに、勇斗は「軽っ!」と笑いながらも、結局それ以上文句は言わなかった。
ちなみに、この頃から舜太の私物は、柔太朗の部屋であちこち発見されるようになっていた。イヤホン、教科書、果てはパーカーまで。
舜太が「あれ?俺の〇〇知らない?」と言い出せば、柔太朗が「俺の部屋のどこどこにあるよ」と返すまでがセットになっているぐらい。
「あれ、勇ちゃん、俺の充電器知らん?」
「俺じゃなくて柔太朗に聞けよ」
「俺の部屋にはなかったと思うけど……勇ちゃんの借りたら?」
「……勇ちゃん、充電器貸して、ついでに電気も貸して」
「おー」
まだ本人たちは自覚していなかったが、この頃からすでに、後々の火種は静かに育ちつつあった。
そんな中、柔太朗と仁人には、もうひとつ別の接点ができていた。
「中世西洋文化史」
本来は文学部の二、三年生向けに開講される応用科目だ。内容的に西洋史、中世史を一通り履修した後の受講が望ましいからである。当時の出来事や空気感を知らずして、文化なぞ辿れるわけもない。
仁人はごく普通に履修していたが、柔太朗は本来受講対象ではない存在だった。ただ、ここは総合大学。本人が学びたいと思って履修登録すれば、受講できてしまうのだ。
学部も学年も違う柔太朗が受講登録したあとに、担当教授から心配のメールが来ていた。柔太朗はスルーしていたが。
初回の授業、右も左も分からず浮いていた柔太朗に、たまたま隣の席だった仁人が、心配して声をかけたのが始まりだった。
「――柔太朗、大丈夫?一年がこの授業取ってるの珍しいと思うけど」
「あ、いや、それは……なんとなく、気になって」
「ふーん……まあ、いいけど」
その日から、柔太朗は時々、課題の相談という名目で仁人の部屋を訪れるようになった。
二人きりの部屋は、他の三人がいる時とは、少し違う空気が流れていた。
「――仁ちゃんって、なんでもきっちりしてるね。ノートの取り方とか、資料の並べ方とか」
「性分だな。中途半端なのが、性に合わない」
そっけない口調ではあったが、以前ほどの刺々しさはなく、どこか穏やかな響きがあった。柔太朗は、その几帳面さの奥にある、妙な誠実さのようなものに、密かに好感を抱き始めていた。
「――柔太朗も、ファッションとか好きなものに取り組むとき、そういうところありそうだな」
「うん、妥協できないね……めんどうだけど…」
「なんか、分かる気がする」
まだ「友達」と呼ぶには早い、探り探りの距離感だったけれど、確かに何かが少しずつ、近づき始めていた。
その日の夜、仁人が夕食からの帰り道、なんとなく勇斗の部屋を覗くと、狭い1Kの中に、いつの間にか五人全員が集まっていた。
太智はベッドに寝転がってスマホをいじり、勇斗は自分の部屋なのに隅の座椅子に追いやられ、そして――
舜太が、柔太朗の膝を枕にして、床に寝そべっていた。
「……は?」
仁人が思わず二度見すると、太智がすかさずにやにやしながら、
「ちょっと、吉 田さんー、これ見てよー」
「いや、それ普通に突っ込むとこだろ!だれか突っ込めよ!舜太なにやってんの!」
「え、俺?」
膝枕をされている本人の舜太が、きょとんとした顔で自分を指差す。柔太朗はと言えば、「あー…」と言いながら、今更ながら状況を自覚したのか、みるみる耳まで赤くなっていった。
「い、いつの間にこんな体勢に……俺気付かなかった……」
「柔太朗、今さら!?」
勇斗が声を上げて笑い出し、つられて太智も腹を抱える。舜太だけは相変わらず、悪びれもせず柔太朗の膝の上でくつろいだままだった。
いろいろともう無理だと悟った仁人はスルーすることにした。今思えば、勇斗も太智も最初からスルーしていた。それが正解の反応だったのだ。この無意識距離感バグコンビの前では。
「……何でみんな、勇斗の部屋にいるんだよ」
切り替えてつぶやきながらも、仁人は結局、部屋の隅に置いてあったクッションを持ってきて、五人の輪の中に腰を下ろした。
窓の外はもうすっかり暗く、五階の窓から見えるキャンパスには、ぽつぽつと明かりが灯っている。特に約束したわけでもないのに、気づけば毎晩のように勇斗の部屋に誰かが集まっている――そんな暮らしが、この五人にとってはもう当たり前になりつつあった。
同じ空の下、同じフロアで過ごす日々は、まだ始まったばかりだった。
水虹ひにゃ@リムらないでほしい