テラーノベル
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「おはよ。」
「おはよ〜。」
「おはよー。」
朝、起きてリビングに行くと、大体涼ちゃんが一番乗りで、1人がけのソファで寛いでいるか、朝食の支度を始めている。
次にリビングに入るのはおれで、最後に元貴。
なのに、この日はリビングに入ると、キッチンに立つ涼ちゃんと、涼ちゃんにくっつくようにして立っている元貴の姿があった。
おれはその光景を目にして、自然と眉間に皺を寄せた。
何にこんな風に反応しているのか、自分でもよく分からない。
ただ、先日、一泊二日の合宿から帰って来ると、いつの間にか二人の距離が縮まっていて、それがここ数日気になって仕方がない。
正直言うと、そもそもおれは、藤澤涼架と言う人間が最初から気に食わなかった。
他人に対して、しかも、初対面の相手にそんな感情を持つなんて、自分でも珍しいと思う。
だからこそ、余計によく分からなかった。
あの日、初めてカフェテリアで対面した時。
涼ちゃんは終始ニコニコと人懐っこい笑顔を見せていて、それは一見好印象なはずなのに、おれにはどこか胡散臭く見えて、『やっぱりルームシェアの話は無しにしよう。』と元貴に言うつもりだった。
だけど、人付き合いの苦手な元貴が、珍しく楽しそうに会話しているのを見て、言葉は喉の奥で止まった。
そして、そのまま流れるように話が決まり、今に至る…
「元貴、今日は早起きじゃん。」
おれは眉間の皺を指で戻して、二人が居るキッチンに向かい、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出しながら元貴に話し掛けた。
「うーん、頭痛くて起きちゃった。」
元貴は涼ちゃんの肩に顎を乗せながら、ペットボトルに口を付けてるおれに向かって、ぼくにも頂戴と言わんばかりに手を伸ばしてきた。
無言のまま、持ってるペットボトルを渡すと、元貴はそれを一口飲み、またおれに返す。
こんなのはいつもの事だ。
気心知れた、いつもの何気ないやり取り。
ただ一つ違うのは、元貴が涼ちゃんにべったりだという事だけ。
おれに対する態度は何一つ変わらないというのに、視界に入る涼ちゃんの横顔が、妙に目障りで、おれの心をざわつかせた。
「いただきます。」
「今日はね、ちょっと焦がしちゃった。」
ごめんね、と言って笑う涼ちゃんに、全然大丈夫だよ。と愛想笑いをし、いつも通り、お世辞にもあまり美味しいとは言えない朝食を食べていく。
元貴はと言うと、偏頭痛のせいで今日も体調があまり良くないようで、 スープをちびちびと飲み進め、先に朝食を終えると、リビングのソファーにゴロンと横になった。
あとで薬を持っていってやろうと思いながらトーストに噛り付くと、同じく元貴の様子を見ていた涼ちゃんがスッと席を立ち、水と薬を持って元貴のもとへ向かっていった。
…おれの出る幕なんて、最初からなかったかのように。
「はい、薬。」
「…あいあと。」
元貴は、涼ちゃんから水を受け取ると、いつもおれにそうしているように口を開け、薬を飲ませてもらっていた。
そんな二人の姿を見た瞬間、“そこはおれの場所なのに”と言う、独占欲にも近い感情が湧き上がり、胸のざわつきが大きくなるのを感じた。
おれは前から、元貴に対して、おれ以外の友達を作ればいいのにと思っていたし、実際、それを本人に言ってみた事もある。
でも、元貴は、面倒くさいだの、若井が居ればいいだのと言って、新しい交友関係を作る事はなかった。
だからこそ、おれ以外に“親しい相手”が出来た事は、本来なら喜ばしい事のはずだった。
それなのに、どうしてこんなにも心を乱されているのだろうか。
…おれは、説明のつかないこの感情を、焦げが目立つスクランブルエッグと、冷めたトーストと一緒に、無理矢理、喉に奥に押し込んだ。
家を出る時、『いってらっしゃい』と見送ってくれた涼ちゃんの顔をおれは見る事ができなかった。
・・・
この日、朝の嫌な感情を引きずったままのおれは、元貴と友達になってから初めての喧嘩をした。
いや、喧嘩なんてものじゃない。
もっと幼稚で、くだらなくて、情けない感情からの発言だったような気がする。
それは今日の四限、 講義の終わりに、先生から言い渡された一言がきっかけだった。
「次の講義で、グループワークを行う。四人一組でグループを組んでおくように。」
それを聞いた元貴から、当たり前かのような顔で『あと二人どうする?』と聞いてきた。
普段となんら変わらない調子で。
でも、おれはその言葉になぜかイラッとしてしまい、『たまにはおれ以外と組んだら?』と突き放すように言ってしまった。
自分でもなんでそんな事を言ってしまったのか分からない。
口に出した瞬間、自分でも『あ、まずい。』と思った。
すぐに訂正しようとして、言葉を探したけど、元貴の顔にほんの少しだけど影が差したのに気が付いた。
ほんの一瞬だけ、目を伏せるような、拒絶される事に慣れていないようなそんな顔。
そんな元貴の表情を見た途端、おれは、ごめん、とも、冗談だよ、とも言えなくなり、口を開きかけたまま、黙ってしまった。
家への帰り道。
いつもなら、『今日の夕飯どうする?』や、『あのテレビ番組一緒に観よう』なんて、くだらない話をしながら帰るのに、今日はお互いに一言も発さずにただ並んで歩いている。
こういう時、一緒に住んでるって逃げ場がなくて息が詰まる。
隣にいるのに、感じる距離に心が苦しくなる。
唯一の救いは、表情を隠してくれるこの傘と、静けさをかき消すように振る激しい雨の音だけだった。
・・・
家に着いてもおれと元貴の離れてしまった距離は、もちろん縮まることなんてなくて、その日の夕飯はまるで葬式のような雰囲気だった。
異変を感じた涼ちゃんがおれと元貴をチラチラと見てきていたけど、なんて声を掛けていいのか言葉が見つからなかったのか、この空気を打破する事を諦め、夕飯を口に運ぶのに専念する事にしたようだった。
コメント
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毎朝の楽しみになってます🥺💓