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「…おはよ。」
「あ、元貴おはよ〜。」
「…。 」
昨日、若井と初めて喧嘩をした。
いや、喧嘩と言われると違う気もするけど、とにかく初めての気まずい空気感に、ぼくはどうしていいか分からずにいた。
寝て起きたら何か変わっているかもと淡い期待もしてみたけど、ぼくと若井の間に漂う不穏な空気は、何一つ変わって居らず、朝の挨拶をしてくれないどころか、目も合わせて貰えなかった。
昨日から、ぼくと若井の様子がおかしいのを涼ちゃんも気付いてはいると思う。
けれど、特に何かを言うわけでもなく、いつもと変わらない笑顔で居てくれるのが、ぼくにとっては唯一の救いだった。
外は相変わらず雨が降り続いていて、地面に叩きつける雨音が、痛む頭に追い討ちを掛けているようで、少しだけ苛立ちを覚えた。
「ごちそうさま。」
用意して貰ったスープを飲み終わると、ぼくは席を立ち、薬が入っている棚の引き出しを開け、薬を二錠取り出し、水で流し込んだ。
痛みが引いていく頭で、昨日の夜もベッドに潜り考えた事を、もう一度思い返した。
今までにも、若井に他にも友達作ったら?と言われた事はあるけど、それはあくまでも話の流れで冗談ぽく…という感じで、あんな風に、まるで突き放すような言い方ではなかった。
若井のあんな態度を初めて見たぼくは、何も言えずに固まってしまい、それから近くに居るのに遠い、そんな見えない隔たりを感じていた。
なんで若井は、あんなことを言ったのだろう。
昨日から、ずっとそのことばかり考えている。
でも、考えれば考えるほど、 答えどころか、嫌な想像ばかりが浮かんできて、 気持ちはどんどん沈んでいった。
最初は、若井のことだから、 ぼくと違って、もっと色んな人と関わりたくて言ったのかな、と思った。
でも、それなら、 もっと別の言い方があったはずだ。
だとしたら、ぼくと一緒に居たくなくて、
わざと突き放すような言い方をしたのだろうか?
そう考えた瞬間から、次々とマイナスな思考が浮かびはじめて、
胸のあたりが、苦しくてたまらなかった。
今思えば、ぼくはずっと、若井の優しさに甘えていたのかもしれない。
何をしても、何を言っても受け入れてくれると思っていた。
そう思うと、ぼくのことを“うざい”って感じたって、 別に不思議じゃないのかもしれない…
と、ぼくは、自分で自分を責めることしか出来なくなっていた。
・・・
どんなに気まずく思っても、同じ家に住んでいて同じ大学、そして同じ講義を取っている為、ぼく達は今日も並んで家を出て、同じ道を歩いていくことになる。
けれどこの日は、どんな顔をして若井の隣を歩いていいか分からず、ぼくは、若井の一歩後ろについて歩いていった。
講義室に入ると必修科目の為、ほとんど席が埋まっていた。
それでも偶然、二席並んで空いている箇所があり、若井はそこに向かって歩いていく。
ぼくは一瞬だけ、他の席に座ろうかと迷った。
でも、このまま逃げてしまったら、もう二度と今までの関係に戻れない気がして、結局気まずいながらも、若井の隣の席に腰を下ろした。
その後のお昼休憩も、帰り道も一緒に居たけど、お互い言葉を交わすことはなく、一日が過ぎていった。
・・・
その日の夜中。
とてもじゃないけど食べ物が喉を通るような空気じゃなかった今日一日。
案の定、ぼくはほとんど何も食べれずに過ごしてしまい、気付けば、お腹がぐぅと鳴る音で目を覚ました。
「…涼ちゃん?」
空腹に耐えきれずに、ぼくは静かにリビングの扉を開け、中に入った。
すると、奥にあるキッチンの手元灯の明かりがポツンと付いているのが目に入ってきた。
電気を消し忘れたのだろうか?と思いながら、暗いリビングの中、その明かりを頼りにキッチンの方へ進んでいると、ガタガタっと音がし、涼ちゃんが下からひょこっと顔を出した。
「あ、元貴。やだ〜バレちゃった?」
涼ちゃんの言葉にぼくは何の事?と言うように首を傾げると、ぼくの位置からでは見えなかったソレをぼくに見せてきた。
「あっ、カップラーメン!いいなー。実はぼくもお腹空いちゃってさぁ。」
ぼくはそう言うと、少し小走りで涼ちゃんに近付いていく。
「じゃあ、一緒に食べる?流石にこんな時間にに食べるのは罪悪感が凄かったからさぁ。半分こしない?」
「いいの?」
「もちろんっ。」
「やったー!」
「ふふっ、元貴、今日初めて笑ったね。」
涼ちゃんはそう言って、、ケトルで沸かしたお湯を静かにカップラーメンに注いでいく。
「…ごめんね。」
ぼくは、ポツリとそう呟いた。
涼ちゃんは、ずっと変わらずニコニコしてくれているけど、ひとつ屋根の下に一緒に住んでいるぼく達があんな雰囲気じゃ、涼ちゃんだって居心地が悪いに決まってる。
それなのに、今もこうして、さり気なく気を使ってくれて…
ありがたくて、申し訳なくて、胸の奥がじんと熱くなった。
「何があったのかは分からないけど、二人が早く仲直りしてくれないと、僕が太っちゃうからねぇ。」
涼ちゃんはそう言いながら、冗談ぽく笑うと、ぼくに、はいっ、と箸を渡してきた。
きっと、涼ちゃんも夕食のあの重たい空気の中では、あまり箸が進まなかったのだろう。
だから、ぼくと同じようにお腹が空いてキッチンに来てしまったんだ。
そう思うと、申し訳なくはあるけど、少しだけ可笑しくて、ほんの少し、ぼくの気持ちもほどけた気がした。
「涼ちゃんはガリガリだから、もうちょっと太った方がいいと思うけどねぇ。」
と、ぼくも冗談ぽく笑いながらそう返すと、出来上がったカップラーメンを涼ちゃんと仲良く啜った。
湯気を挟んで笑い合う時間が、ほんの少しだけ、今日という一日を優しく包み込んでくれた気がした。
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