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1.新の契約
院瀬見は静かに電話を切った。
「電話、誰とです?」
「!?」
院瀬見が驚いて振り返ると、そこにはリヅが壁に寄りかかって立っていた。
「リヅ…!」
「僕らに隠れてわざわざこんな時間から電話なんて…何かあるんとちゃいますか?」
「別に隠すもんでもねぇけどよ…知りてぇか?」
「知っといた方がいい気ィするんで」
院瀬見とリヅは誰もいない廊下に出ていった…。
「昨日の任務んときのことなんだけどよ」
「あぁ、恨みの悪魔」
二人はベンチに座った。リヅがコーラの缶をぷしゅっと開ける。こんな朝っぱらに…と思いながら院瀬見は話を続けた。
「そん時…私のゴースト出てこなかったろ?あれさ、考えてみたんだけどよ」
「はぁ」
「私が契約してたゴースト、多分姫野とも契約してたんだ。呼んでも出てこねぇ訳だ」
「姫野って誰です?」
リヅが院瀬見に向かって体制を変えた。
「あ、そっか。お前姫野知らねぇのか…」
院瀬見は少し黙った。
「姫野はな…私の同期だったんだ。ついこないだ死んだよ」
院瀬見はふっと笑った。リヅがその横顔をじっと見る。
「…でも、その姫野って人が死んやからって悪魔も死んだとは限らんとってしょ?」
「死んだようなもんだよ。敵の悪魔の力で消えたんだと」
リヅは黙った。サポートのしようがない。
「だからな?さっき知り合いに電話したんだ」
「知り合い…?」
「新しい悪魔と契約するから紹介してくれ、ってな」
「なるほどな…」
「京都から来るから結構時間かかるだろうけどな」
院瀬見は腕時計を見て呟いた。
2.京都組
特異課メンバーが出勤してきて少し人気が多くなってきた時、扉をノックする音がした。
「お?おー!遅かったな天童!」
院瀬見が少し遠くから手を振った。
「急に呼び出すなや…残りの仕事全部黒瀬に押し付けて来たわ」
天童が不機嫌そうに言う。
「そりゃーごくろーさん。んじゃあ後ろの男は?」
「え?」
天童が後ろを振り向くと、そこには黒瀬が立っていた。
「なんでここにおるん!?」
天童がギョッとして跳ねた。黒瀬がにっと笑う。
「何のためのバディか分からんやん?危ないから着いてきたで!」
「あーっと…紹介しとくわ。コイツ、私の子分。リヅっつー名前」
院瀬見がリヅを指さす。
「子分…?」
リヅの耳が少し動く。
「京都公安の天童や。よろしくな」
「同じく、バディの黒瀬や!よろしく頼むわ!」
二人揃って握手を求めた。リヅは片手ずつ使って二人と握手する。何故だか知らんがリヅの頬が赤く染まっている。
「よっし、ほんなら行こか!善は急げって言うしな!」
黒瀬と天童、院瀬見とリヅは部屋を出ていった─。
3.生け捕り
「なぁ、私何と契約したらいいんだ?」
院瀬見があてのない質問をした。それに黒瀬が答える。
「そうやなぁ…神さんの言う通り〜で決めるか?」
「真面目にやれ」
天童がぴしゃりと言った。
「冗談やって…」
少しの間沈黙が続いた。
「コイツでええかなと思うんやけど…。コイツと契約してんの…そう言えば誰もおらんわ」
黒瀬がある部屋の前で立ち止まった。
「…なんの悪魔だ?」
「コイツは病の悪魔、や」
「病…か」
「気をつけてな。少なくとも雑魚やあれへんから」
扉を開いた天童が院瀬見に言った。院瀬見は頷いて扉の先へと入っていった。
錆びた扉が閉まる音が大きく反響する。奥に大きな人影がある。恐らくそれが”病の悪魔”だろう。
「病の悪魔か?お前に契約を申し込みに来た」
院瀬見は物怖じせず言った。返事はない。
悪魔はとても表現しづらい姿をしていた。体のところどころが火傷のようにただれ、顔半分が溶けて脳が露出している。体中に注射器がいくつか突き刺さっており、刺さっている部分は紫色に変色している。そして腕が6本。いかにも”病の悪魔”と言った風体だ。今まで数々の悪魔と遭遇した院瀬見でも気味が悪いと思ってしまうほどだった。
「お前の力が必要だ。代償を教えろ」
病の悪魔は6本の手をゆっくりと動かした。そして、院瀬見に何かを伝えた。
それを見て、院瀬見は息を飲んだ。
4.代償
院瀬見が出てきた。
「お、どやった?契約できそうか?」
黒瀬が聞いた。
「まぁ、なんとか。2人とも悪かったな。これ、帰ったら食べてくれ」
院瀬見が紙袋に入った東京のスイーツを渡した。
いつもと様子が違う。何かあったのだとリヅはすぐに気がついた。
「わりぃリヅ。先戻っててくれ。すぐに追いつく」
「…分かりました」
黒瀬、天童と別れたあと、リヅとも別れた院瀬見は本部に戻るまでずっと考えていた。戻っても考えていた。先程悪魔に言われたことをずっと、ずっと考えていた。
『代償は 自分の一番大切な人の命』
病の悪魔はハッキリとそう言った。やはり強い悪魔と契約するにはそれ程の代償が必要なのだ。院瀬見は胸苦しくなった。
「院瀬パイー!アンタに電話だぜ」
院瀬見が気づいて振り向く。そこにはデンジが電話を指さしてこっちを見ていた。
「もしもし?」
院瀬見は電話の声を聞いて目を見開いた。
もう日が暗くなりかけている。院瀬見はある所へと向かって走っていた。
「ここか…?」
辿り着いたのは病院だった。階段を駆け上り、指定された部屋に入る。
「覚えててくれて良かったよ…かっちゃん」
カーテンの向こうから女の声がした。
「忘れるワケねぇだろうがよ。お前ほどの親友を…なぁチヅル」
チヅル、と呼ばれた女性は静かに笑った。
「チヅル…なんでお前わざわざ特異課に連絡よこしたんだ?家にかけたっていいだろ?」
院瀬見は椅子に座りながら聞いた。チヅルは天井を見る。
「大事な話があってさ…」
「大事な話?」
「私ね、明日別の大きな病院に転院するの」
「転院…」
「検査のためなんだけど、もしかしたら治るまで会えなくなっちゃうかもしれないから…かっちゃんには伝えときたくて…」
チヅルは生まれつき難病を患っている。退院しては入院しの繰り返しの日々だった。
「そうか…」
院瀬見は小さく答えた。自分にはこんなに想ってくれる親友がいるのだと知った。
「かっちゃん…公安のお仕事してるんでしょ?」
「あぁ」
「かっちゃんにはさ…死なないでほしいんだ…きっと治って帰ってくるから…それまで生きて待っててほしいの…。辛いお仕事もあると思うけどね、私はいつでも応援してるから…」
チヅルが優しく微笑んだ。院瀬見が返事をしようとした、その時。
チヅルが突然、大量の血を吐いて倒れた。
「!?」
院瀬見は椅子から立ち上がった。
「チヅル!!チヅル大丈夫か!?」
院瀬見はナースコールに手を伸ばし、すぐさま看護師を呼んだ。
チヅルが死んだ。
5.病の悪魔の力
院瀬見は本部に戻ってきた。一刻も早く仕事を片付けて帰りたいと思った。その時─
「っと…危ない危ない」
誰かとぶつかりそうになった。自分より背が低い。院瀬見はゆっくり顔を上げた。
「僕に触ってない?大丈夫?」
ところどころ跳ねた長い髪に、大きな白い翼。
「…誰だお前」
「…何があったの?」
悪魔が名乗らずに質問を返した。院瀬見の顔を覗き込む。院瀬見は俯いて静かに言った。
「友達が死んだ」
悪魔は院瀬見の話を一通り聞いた。
「なるほど…病の悪魔と契約をしようとしていた矢先に友達が死んだ…」
悪魔が軽く向き直った。
「なら話は簡単だよ。病の悪魔がその友達の命を奪ったんだ」
「な…っ!?」
「強い悪魔の契約代償はほとんどが人の命だからね。病気の友達を大切に思う君の気持ちが最高潮に達したから、君の一番大事な人がその友達っていう判定になったんだ」
院瀬見は頭が真っ白になった。自分が契約しようとした悪魔のせいで友達が死んだ。言ってしまえばそれは自分が友達を殺したのと同じではないか。考えれば考えるほど罪悪感で吐き気がしてくる。
「その友達が死んだにしても、応援すると言われたのならその期待に応えるべきだと僕は思うけど」
悪魔は院瀬見の元から去ろうとした。
「おい、ちょっと待て」
悪魔が無言で振り返った。
「お前は誰だ?」
悪魔はしばらく黙り、そして答えた。
「僕は天使の悪魔」
天使は軽く手を振って去っていった。
こうして、院瀬見は親友の命を代償に病の悪魔と契約したのだった─。