テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
麗太
#追放
第198話 帰還条件
【現実世界・旧学園跡地周辺/仮設指揮所・朝】
旧学園跡地の輪郭が、少しずつ見え始めていた。
森の奥に、校舎の影がある。
体育館らしき大きな影もある。
校庭のあたりには、薄く白い線が浮かんでいる。
だが、それはまだ現実ではない。
見る角度によって、木々の影に戻る。
端末越しに見れば反応が出る。
肉眼で見れば、また消える。
日下部は端末を操作しながら言った。
「学園外周、七割まで捕捉」
「体育館、校庭、校舎棟の反応も上がっています」
「ただ、建物だけを引っ張ると危険です」
城ヶ峰が聞く。
「中の人間か」
「はい」
日下部は頷いた。
「生徒、教師、ハレルさんたち、王都側の術師たち」
「それぞれの位置と名前が、学園の場所と結びついていないと、帰還時にずれます」
木崎が森の奥を見ながら言う。
「駅と違って、荷物だけ戻すわけにはいかないってことだな」
「そうです」
日下部は答えた。
「学園は、人がいて初めて学園として戻せる」
城ヶ峰は地図へ視線を落とす。
「現実側は外から囲む」
「異世界側は中から名前を固定する」
「鍵は中心と左右」
「それでいくしかないな」
日下部は画面に四つの区画を表示した。
校舎棟。
体育館。
校庭。
外周。
「学園を四つに分けます」
「ただし、切り離しません」
「それぞれを名前と記憶で繋ぎます」
木崎は小さく息を吐いた。
「分けるけど、バラバラにはしない、か」
「はい」
日下部は言った。
「それが、匠さんの助言でした」
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/体育館・朝】
体育館では、サキを中心に名前確認が続いていた。
「三年二組、続けます」
「呼ばれた人は返事をして、隣の人の名前も言ってください」
生徒たちは疲れた顔をしている。
けれど、声は少しずつ強くなっていた。
「小森ハルカ」
「はい。隣は、内田ソウタです」
「内田ソウタ」
「はい。隣は小森ハルカと、青山先生です」
「青山先生」
「はい。三年二組担任、青山です。体育館中央にいます」
その声が重なるたび、床を走る光が少しだけ落ち着く。
ノノの声がイヤーカフから入る。
『名前確認、効いてる』
『体育館の揺れ、少し下がった』
『サキ、そのまま続けて』
「うん」
サキは頷いた。
名前確認が一段落したあと、ダミエは空になった箱の前に立っていた。
そこには、もうレアはいない。
外箱の光は薄く残っている。
亀裂は閉じているが、完全に消えたわけではない。
箱の内側には、レアがいた時の黒い揺らぎの名残が、まだごく薄く残っていた。
ダミエが静かに言う。
「これは撤収すべきだ」
サキが顔を上げる。
「レアの箱を?」
「そうだ」
ダミエは箱を見たまま答えた。
「中身のない拘束箱を、このまま学園帰還の中心近くに置いておくのは危険だ」
「帰還の時、余計な穴になる可能性がある」
ハレルも箱を見る。
「穴って……レアが戻ってくるかもしれない場所ってことか?」
「その可能性もある」
ダミエは答えた。
「だが、それだけではない」
「パイソンやジャバが、この空箱を目印にする可能性もある」
「レアの反応は消えている。なら、ここに残っているのは“レアがいた場所”という残響だ」
「敵にとっては、利用しやすい」
リオが腕を組む。
「撤収した方が安全だな」
サキはすぐには頷けなかった。
空の箱を見つめる。
そこにはレアはいない。
でも、レアが最後にいた場所だった。
「撤収したら……レアが戻ってきた時、戻る場所がなくなるんじゃないの?」
ダミエはサキを見る。
「箱は、戻る場所ではない」
その言葉に、サキは黙った。
ダミエは続ける。
「これは拘束するためのものだ」
「戻る場所にするべきではない」
ハレルが小さく頷く。
「……たしかに」
「レアが戻るなら、箱の中じゃない方がいい」
サキは唇を噛む。
「でも、完全に消しちゃうのは怖い」
「ここにレアがいたってことまで、なくなるみたいで」
リオが静かに言った。
「記録を残せばいい」
サキがリオを見る。
「記録?」
「ああ」
リオは箱を見た。
「箱は撤収する」
「でも、ここにレアがいたこと。何を話したか。どこから出たか。全部記録に残す」
「戻る場所は箱じゃない。俺たちが覚えていることだ」
サキはその言葉を聞いて、少しだけ目を伏せた。
「覚えていること……」
ハレルも頷いた。
「サキが覚えてる」
「俺たちも覚えてる」
「ノノにも記録してもらう」
「それなら、箱を残さなくても、レアがいたことは消えない」
ダミエは短く言う。
「撤収する。ただし、消去はしない」
「外箱の残響を記録し、危険な部分だけ封じる」
サキは少しだけ迷ったあと、頷いた。
「……分かった」
「でも、レアのことは記録して」
「危険人物としてだけじゃなくて、レアとして」
ダミエは一瞬だけ黙る。
そして、静かに答えた。
「分かった」
ノノの声がイヤーカフから入った。
『今の話、記録した』
『レアの箱は撤収』
『ただし、レアがいた場所として記録を残す』
『それで進める』
サキは空の箱をもう一度見た。
「レア」
「戻ってくるなら、箱じゃなくていいから」
その声は小さかった。
けれど、確かに名前を呼んでいた。
ハレルは体育館の入口近くで、主鍵を握っている。
リオは少し離れた壁際に立っていた。
右腕の副鍵に手を添えている。
だが、視線はどこか別の場所を見ていた。
ハレルが気づく。
「リオ?」
リオは一瞬遅れて顔を上げた。
「何だ」
「いや、何か考えてるのかと思って」
リオはすぐには答えなかった。
体育館の中では、生徒たちが名前を呼び合っている。
現実側では、旧学園跡地が囲まれている。
次は学園を戻す。
その準備が進んでいる。
だからこそ、リオの中で、ずっと言えなかった思いが大きくなっていた。
「……少し、アデルと話す」
そう言って、リオはイヤーカフに手を当てた。
◆ ◆ ◆
【異世界・王都イルダ/北西区画・朝】
アデルは、王都北西区の防衛線で報告を受けていた。
駅周辺跡地にいた兵士や術師は、順次イルダへ戻っている。
負傷者は治療班へ送られ、消耗の大きい者は休息に入った。
ヴェルニは石壁にもたれ、腕を組んでいる。
「で、次は学園か」
アデルは頷いた。
「ああ。こちらからも向かう」
「北西はどうする」
「一部の部隊を残す」
「ジャバが引いたとはいえ、完全に安全とは言えない」
ヴェルニは口元を歪めた。
「まあ、あいつが大人しく寝てるとは思えねえしな」
その時、アデルのイヤーカフにリオの声が入った。
『アデル、今いいか』
アデルはすぐに応じる。
『聞こえている』
リオは少し黙った。
それから、低く言った。
『ユナのことだ』
アデルの表情が変わる。
ヴェルニも口を閉じた。
『学園を戻せるなら』
リオの声は硬い。
『姉さんも、その時に一緒に戻せないかって、考えた』
アデルは黙って聞いた。
リオは続ける。
『今、ユナはイルダの医療棟にいる』
『学園とは離れてる』
『連れてくるには移動が必要だ』
『でも、今の状況で移動中にジャバや黒影に襲われたら……』
言葉がそこで止まる。
アデルは静かに言った。
『ユナは、お前たちにとって最大の弱点になる』
『分かってる』
リオの声に、苦しさが滲む。
『分かってるんだ』
『でも、ここまで来て……学園が戻るなら、姉さんも早く現実に戻してやりたい』
アデルは少しだけ目を伏せた。
その気持ちは分かる。
だが、感情だけで動けば、敵に最も狙いやすい隙を作る。
『今すぐ学園へ移すのは危険だ』
アデルは言った。
『だが、判断にはユナの状態を確認する必要がある』
『状態?』
『会話ができるのか』
『歩けるのか』
『移動に耐えられるのか』
『そして、本人がどこまで状況を理解できるのか』
リオは息を呑んだ。
『イデールに見てもらう』
アデルは続けた。
『医療棟へ行かせる』
『イデールの判断で、今動かすべきでないなら動かさない』
『その場合は、先に学園を戻す』
『その後で、ユナを現実へ戻す方法を組む』
リオは少し黙った。
それから、小さく答えた。
『……分かった』
アデルは声を和らげる。
『リオ』
『ユナを置いていくわけではない』
リオの声が少し震える。
『分かってる』
『戻す順番を間違えないだけだ』
リオは、今度ははっきり答えた。
『ああ』
◆ ◆ ◆
【異世界・王都イルダ/医療棟・朝】
イデールは、王都医療棟の奥へ向かっていた。
白い石造りの廊下。
光具の淡い明かり。
静かな足音。
ユナの部屋の前で、医師がイデールを迎えた。
「イデールさん」
「状態は?」
医師は小さく頷く。
「昨日より意識ははっきりしています」
「ただ、眠っている時間はまだ長いです」
「歩行は、介助があっても短距離が限界です」
「会話は?」
「短い会話なら可能です」
「記憶は曖昧な部分が多いですが、家族のことは覚えています」
イデールは静かに部屋へ入った。
ベッドの上で、ユナが目を開けていた。
以前より、視線に力がある。
それでも、まだ疲れが濃い。
ユナはイデールを見る。
「……あなたは」
「イデール」
イデールは柔らかく答えた。
「前にも診たよ」
ユナは少し考え、ゆっくり頷く。
「治してくれる人」
「近いね」
イデールはベッド脇に立つ。
「気分は?」
「眠い」
ユナは小さく言った。
「でも……前より、少し分かる」
「何が分かる?」
ユナは天井を見た。
「ここが、知らない場所だってこと」
「でも、怖い場所じゃないってこと」
イデールは頷いた。
「リオのことは覚えてる?」
その名前に、ユナの目が少し揺れた。
「涼」
声が、ほんの少しだけ温かくなる。
「弟」
「すぐ、無理する」
イデールは思わず小さく笑った。
「合ってる」
ユナはゆっくり目を閉じかけ、また開く。
「家族も……覚えてる」
「でも、ところどころ、抜けてる」
「夢の中みたい」
「それでいい」
イデールは言った。
「今は、無理に全部思い出さなくていい」
ユナは少しだけ顔を向ける。
「涼は……いる?」
「いるよ」
「今、学園を戻す準備をしてる」
「学園……」
ユナはその言葉を繰り返した。
記憶の奥を探るように。
「帰れるの?」
イデールは少しだけ間を置いた。
「帰すために、みんな動いてる」
ユナは静かに頷いた。
「涼に……言って」
「何を?」
「無理しないで」
ユナは小さく言った。
「あと……私は、待てる」
イデールはその言葉を、しっかり受け止めた。
「分かった」
「必ず伝える」
ユナは安心したように目を閉じた。
数秒後には、また浅い眠りに落ちていた。
イデールは医師へ向き直る。
「今の移送は無理」
医師も頷く。
「同意します」
「短い会話はできる。記憶も戻り始めてる。リオのことも家族のことも覚えてる」
イデールは静かに言った。
「でも、歩行も体力もまだ足りない」
「戦闘の可能性がある学園へ動かすのは危険」
医師は深く頷いた。
イデールはイヤーカフに触れた。
『アデル、聞こえる?』
アデルの声が返る。
『聞こえている』
『ユナは短い会話ができる』
『リオのことも、家族のことも覚えてる』
『ただし記憶は曖昧。眠っている時間も長い』
『歩行はまだ厳しい』
『今、学園へ移すべきじゃない』
少しの沈黙。
リオの声が入った。
『……姉さん、何か言ってたか』
イデールは少しだけ表情を緩める。
『涼はすぐ無理するって』
リオは黙った。
イデールは続ける。
『それと、私は待てるって』
しばらく、返事はなかった。
それから、リオが小さく言った。
『分かった』
『ありがとう』
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/体育館・朝】
リオは、壁に背を預けて目を閉じた。
ユナは覚えていた。
涼のことも、家族のことも。
会話もできる。
でも、まだ動かせない。
待てる。
その言葉が、胸の奥に深く沈んだ。
ハレルが近づく。
「リオ」
「大丈夫だ」
「まだ何も言ってない」
リオは少しだけ笑った。
「言いそうな顔だった」
ハレルは黙る。
リオは右腕の副鍵を見た。
「姉さんは、今は動かさない」
「先に学園を戻す」
「その後で、姉さんを戻す方法を考える」
ハレルは頷いた。
「うん」
リオは息を吐く。
「本当は、今すぐ戻してやりたい」
「うん」
「でも、それで狙われたら意味がない」
「うん」
「だから、順番を間違えない」
ハレルは静かに言った。
「一緒に考える」
リオは、少しだけ目を細めた。
「頼む」
その声には、いつもの強がりだけではないものがあった。
◆ ◆ ◆
【異世界・王都イルダ/北西区画・朝】
アデルは、部隊へ指示を出していた。
「第一小隊と治療班の一部はイルダに残る」
「医療棟の警護を強化」
「ユナの病室周辺も対象に入れろ」
副官が頷く。
「了解しました」
「第二小隊、第三小隊は学園へ向かう準備」
「ヴェルニ、同行するぞ」
ヴェルニが肩を回す。
「ようやくか」
イデールが通信越しに言う。
『私は医療棟に残る』
『ユナの状態を見ながら、必要ならこっちから連絡する』
アデルは頷く。
「頼む」
『アデルも無理しすぎない』
「善処する」
『それはしない返事』
ヴェルニが笑った。
「また言われてるぞ」
アデルは無視して、学園の方角を見た。
駅は戻った。
ユナは待つことを選んだ。
ならば次は、学園を戻すために動く。
「出る」
アデルの声に、兵士たちが一斉に動き出した。
◆ ◆ ◆
【現実世界・旧学園跡地周辺/仮設指揮所・朝】
現実側でも、準備は進んでいた。
外周の光具は八割まで設置完了。
旧学園跡地の輪郭は、さらに濃くなっている。
日下部は、異世界側から届いた情報を確認した。
「ユナさんは、学園帰還対象から除外」
「現在地は王都イルダ医療棟」
「今後、別導線で帰還方法を検討」
城ヶ峰が聞く。
「問題は」
「学園帰還時に、ユナさんの座標を巻き込まないようにする必要があります」
「逆に言えば、学園と医療棟の座標を混ぜないことが重要です」
木崎が言う。
「リオにはきつい判断だな」
日下部は頷いた。
「でも、正しい判断です」
城ヶ峰は森の奥を見る。
「なら、その判断を無駄にするな」
「学園を戻す」
日下部は深く頷いた。
「はい」
◆ ◆ ◆
学園帰還の準備は進んでいた。
現実側は旧学園跡地を囲み、異世界側は名前と記憶で学園を固定する。
ハレルは主鍵を中心へ。
リオは副鍵で校舎側を支える。
アデルとヴェルニたちは、イルダに一部を残して学園へ向かう。
その中で、リオは一つの判断をした。
姉ユナを、今は動かさない。
ユナは回復している。
短い会話ができる。
リオのことも、家族のことも覚えている。
けれど、まだ歩くことも長く起きていることも難しい。
だから、先に学園を戻す。
その後で、ユナを現実へ戻す道を作る。
待てる。
ユナの言葉は、リオの胸に残った。
それは、置いていくための言葉ではない。
必ず迎えに行くための言葉だった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!