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八雲瑠月
十一月上旬、昼過ぎ。文化祭とバカデカく書かれた看板を横切り、賑わっている生徒達を掻き分けズンズンと足を動かす。 教室前はどこもかしこもビラビラとした飾りにムダにデケェ看板立てやがって、おかけで何やってんのかすぐに分かっちまうだろ。
まったく、うっとおしいたらありゃしねー。
……って、何で登校してんだ、俺は? 買い出し係の仕事は終わってるのによ。
足が勝手に動いた先は、自分のクラスである一年二組。
昼過ぎだからか昼飯を終えた奴らがデザートにと並ぶらしく、教室前にズラッと長蛇の列が出来ていた。
これだけ居たら、分かんねーか?
俺は教室前を通り過ぎる通行人のフリをして、いつも引きずって歩いてる足底に力を入れる。
足音を立てねぇように、並んでる奴らが俺を見て避けないように、存在感を消しながら。
するとうるせー雑音の中から聞こえてくる、鈴を転がしたような美しい音色。
目だけを動かすつもりだったが気付けばガッツリ顔を向けており、そこには華を舞わす笑顔と初めて見るエプロン姿があった。
「未来ちゃん、これもお願いして良いかな?」
「うん!」
クレープの生地を焼く機械まで借りて始まった、本格クレープ屋。料理担当は練習もあり、メンドーだらけだろう。
しかし、それを練習までしてここに立っている内藤。首にかけたタオルで汗を拭って鉄板に向き合う姿は、男の俺から見てもなかなか。
その横にいるあいつは、目にも止まらぬ早業でクレープを包んでは売り場の奴に渡していき、やはり手慣れているんだと察せられる。
彼女に上手くアピールできない不器用だが直向きに想う奴が、高嶺の花であるクラスの女子と最終的には……。
そう心付いた俺は、その場から足早に先立つ。
くだらねー、テンプレだらけの青春小説かよっ!
学生鞄をギュッと握りしめた俺は、旧校舎の方に向かって駆けていく。
秋晴れの下、いつもの場所でドカッと座った俺の心は、この乾いた空気のようにパサついている。
あーあ、来るんじゃなかった、バカバカしー。
小さな雲がゆっくり流れていくのを見つめていると、昨日見た流星が夢みてーだ。
なーに、勘違いしちまったんだ、俺?
「ホント、痛って奴だな、おい……」
はぁーと大きく息づくと、唇がピリッとして血の味がしやがる。
あー、ホントーにイライラする!
乾燥により割れた唇を保湿するものなんか持ってるハズもなく、手の甲で擦れば血なんて滲まなかったも同じなんだよ。
ピロロロロ、ピロロロロ。
「はぁ?」
不機嫌丸出しの自分の声に余計にイラついた俺は、耳障りな音をダイレクトに聞かねーように、制服ポケットに突っ込んだままのスマホをガチャ切りする。
ご丁寧に付けたアラームのスヌーズ機能だと思った俺は、どーにもイラついて仕方がねぇー。
ピロロロロ、ピロロロロ。
またポケットから鳴る音にスマホをぶん投げてやろうかと思ったが、すぐに鳴り止み、その必要はなくなった。
……今の、アラームじゃなくて着信か?
ようやく音の違いに気付いた俺はスマホを手に取るが、またポケットに捩じ込む。
まあ、平日のこんな時間にバイト先から電話かかってくるわけねーし、どうせメイワク電話かなんかだろ?
ホント、くだらねーな、……俺。
脱力し切った体に力を入れ、帰ろうと顔を上げた途端。視界に入ってきたのは二つの黄色い物質だった。
「藤城くん、発見っ!」
無邪気な笑顔と共に現れたこいつと、その手には二つのクレープが握られていた。
「なっ、なんだよ!」
突然現れたこいつに、俺の声は吃ってしまう。
怒れ、威張れ。
頭の中で必死に命令を続けるが、俺の口はモゴモゴとし一切役に立たねぇー。
「クレープ、一緒に食べよー!」
「はあ?」
これ見よがしと両手にクレープを握っているのに、間抜けな声が出る。
まさか、ホントに俺にと持ってきてくれたなんて思うワケねーだろ?
「文化祭に出席した人は食べていいんだよ」
「俺はしてねーし!」
「先生に、藤城くんは来ましたって言っておいたよ!」
「勝手なことすんなよっ!」
へへっと笑う姿は無邪気に溢れ、俺の前以外では見せないで欲しいという、ヤベェー考えが過ぎる。
なんなんだ、こいつはホントーになんなんだよ!
狙ったかのように来やがって、やってほしいこととか並べやがって、大体なんで俺のサボり場を……!
ニコッと笑いかけるこいつに、何とも言えねー、後ろめたさ感が溢れてやがる。
何だ、何を隠してやがる?
……ん、待てよ。さっき電話が鳴ってたよな? 結局、相手を確認してねーけど、まさか。
クレープなんかガン無視して、スマホを操作すると最後の着信履歴に残っていた名は、吉永未来。
つまり、こいつ。ってことは。
「着信音を居場所特定に使いやがったなぁー!」
「あ、バレたぁ? だって、旧校舎広いもーん」
「何で分かるんだよ?」
「だって教室覗いたかと思えば、すぐどっか行っちゃうんだもん。藤城くんはよく旧校舎前でお昼ご飯食べてるから」
「なっ!」
俺がこいつを覗き見していたと知られた瞬間に、頭の中が沸騰する。
やべぇ俺、やばい奴じゃねーか。
それを悟った瞬間にスッと立ち上がり、こいつに背を向ける。
「待って! 私ね、さっきの藤城の顔を見て分かったの!」
「……何がだよ?」
尖った声を出し無理矢理牽制するが、俺の心臓はうるせーぐらいに音を鳴らす。
まさか、こいつ。
「藤城くんが……」
おい、言うなよ! マジでやめてくれよ!
自分の声を被せてこいつの口を閉ざしたいが、情けねーぐらいに俺の唇が震え声を出すことができねー。
だからこそ俺は、唯一動く目を強く閉じることしか出来なかった。
「本当は食べたかったんだって。クレープ」
「……は?」
的外れ過ぎる発言に、俺は思わずこいつに体を向けていた。
「甘い物嫌いだって言っていたからやめておいたんだけど、本当は食べたかったんだよね? だから持ってきたの」
そう言い、生クリームが溶け始めているクレープを差し出してくる。
……こいつ、マジで言ってるのか?
顔を見れば一目瞭然。大マジだ。
なんだ、なんなんだよ。この天然小悪魔は!
「いらねーよ、甘いの嫌いだって言ってるだろが!」
「え、本当に?」
「ああ」
「じゃあどうしてあんな目で、クレープを見ていたの?」
「あっ?」
「淋しそうだった……からさ」
眉を下げた表情を見せたこいつに、尖らせていた目の力が緩んでくる。
「別にそんなんじゃねーし!」
俺はこいつが持っていたクレープを奪い取り、頭からかぶり付く。
すると口に広がる生クリームの甘さと、果物の水々しい食感。それは、俺が封じていた一つの記憶を蘇らせる。
『直樹、美味しい?』
『本当に、母さんのケーキが好きだな』
柔らかな声、口に付いた生クリームをティッシュで拭いてくれる優しい手。
あれはクレープじゃなかった。誕生日に作ってくれたスポンジケーキ。
それに生クリームや果物をのせてくれ、蝋燭を刺して祝ってくれた。
いくつの誕生日のことだったか。
思い出すことも思い返すこともなかった、母さんと優しきあの人の記憶。
「藤城くん?」
「……あ。いや、これお前が作ったのか?」
「生地は内藤くんが焼いてくれて、私が果物や生クリームを入れたの」
「そうか……」
「もっと生クリーム入れた方が良かった?」
「ちげーよ」
こいつの抜け具合に、心に刺さった棘が緩和されていくような気がする。
「……まあ、甘いのも悪くねーな」
「でしょう? じゃあ次は、お弁当にデザート入れちゃう!」
「それはやめろ!」
「遠慮しなくていいのにぃ」
「俺がするわけねーだろ! ……それよりお前も食えよ。生クリーム、溶けてんぞ!」
「わっ、本当だ!」
慌ててパクパク食べる姿を見入っていると、こっちを見て華を舞わせるこいつ。
プイッ顔を背け俺も頬張ると、甘い口溶けに心が満たされていく。
「美味しいねぇ」
「まあな」
淡い空、暖かな日差し。
小春日和の今日、俺は甘い食い物を好きになった。