こちらの作品は前編をお読みになってから後編をお読みになるのを強くおすすめします。
また、感想を頂けるのは凄く嬉しいのですが読了後のクレームは受け付けておりません。
注意書きは前編を!
ではどうぞ!
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両親の愛、日本サッカー界からの評価、ファンやスポンサーそれら全て捨ててでもお前を救いたい。
大好きで大切な弟。
これからは俺が守ってやる。
可愛い可愛い弟を俺は愛している。
だから俺の人生、命、全て賭けてでもお前を救いたい。
誰よりも何よりも愛してるから。
俺には大切な弟がいる。
世界を巻き込んだ大喧嘩をしてからだいぶ経ち、俺たちも大人になったことでお互いに顔を合わせただけで喧嘩になるという雰囲気もなくなってきた。それに今じゃ同居(無理やり)もしているところだ。けれど今も複雑な関係のままで……随分と生意気に育った弟はあの頃とは似ても似つかない。それでも可愛いらしくて、愛おしい、そんな弟だ。
そんな弟__凛を俺は一生、手放さないし何に変えても守り抜くと決めているのに……
なのにどうして___
お前独りで抱え込んでんだよ。
―――――――――――――――
許せねぇ。
本当にそう思った。
今まで許さないと思うことはあった。
でも今回は、本当に殺してしまうんじゃないかと思うくらい、体内に自分では抑えきれないほどの熱が暴れ回っている感じがする。
これが誰への怒りなのかは俺も分からない。
凛に酷いことをした両親への怒りなのか、それに反抗しなかった凛への怒りなのか。
はたまた、それに気づくことが出来なかった不甲斐ない俺への怒りなのか。
そもそもなぜ、俺がこんなに苛立っているのか、それは__
――凛がネグレクトを受けていたということが先程発覚したからだ。
凛がこっちに来た時から何かおかしいと思っていたんだ。
アスリートにしてはあまりにも細すぎる体。
輝きを失った、濁った瞳。
遠慮がちに俺を呼ぶ声。
冷え切った手足。
余りにも少ない食事量。
毎日夜中に誰かと電話している様子。
全てが違和感だった。
でもどうすることも出来なかった。
だって俺は凛を突き放したから。
あの日、俺が言ったことに後悔はない、あの日は凛が成長するために必要だった。
でもあの日を境に俺たち兄弟の間に深い亀裂が入ったことは否定できない。
だから俺が凛にサッカー以外で口出しする権利はないと思っていた。
それにいくら普段の様子が変だからといって、サッカーをしている時は普通なのだ。
フィールドの全てを壊していく、最強の破壊者。
それは、俺の知っている凛だった。
だからこのままでいいと思った。
それが大間違いだった。
本当は今すぐ救ってやるべきだったのに……。
―――――――――――――――
凛が倒れた。
やっと仕事が終わり、帰って凛に癒されようと気持ちを浮つかせていたら、普通にリビングでぶっ倒れていた、流石に焦った。
熱もあるようだったのでとりあえず部屋まで運んだ。
その時の凛があまりにも軽かったので疑問に思ったが、それどころでは無かったのであまり気にしていなかった。
―――この時ちゃんと気にしていれば何か変わったかもしれない……
まぁ、今更嘆いても何も変わらない。
閑話休題。
とりあえず凛には早く良くなってほしいので、粥を作って持って行ったのだが……
いろいろとおかしい。
まず、飯を食わねぇ。
俺が嫌なら出ていくと言っても、飯を変えると言っても、財布が無いとか意味のわからないこと言って、飯を食おうとしない。
それから、誰からも必要とされず生きるのがどれだけ辛いかを知ってるかと尋ねてきた。
なぁ、それをお前は知ってるというのか?
凛が知ってるように話すのが気に食わない。なんでそんな顔をするんだ、俺はお前を必要としていない時など無いというのに。
でも、何も言えない。だってその殆どの想いを伝えられていないと思うから。
―――――――――――――――
こうしておかしいと思うことは多々あった。なら、その少しでも聞き出せたらと凛を甘やかし、連れ回すことにした。
凛はセンスがないのか、それとも服に関心がないのか知らないが、あまりまともな服を持っていないようだったので、まずは服屋をまわることにする。
最初はおとなしくついてきた凛だが最後の方になると、嫌だ嫌だと喚き始めたのでいったんこのぐらいにしてやろうと思った。
次は飯屋に行くことにした。また、俺はいらないとかなんとか凛は嘆いていたが、問答無用で連れて行った。
とにかく食わした。もうこんな姿を見ていたくは無いのだ。
酒も飲ました。
酔わせれば、少しでも何かを話してくれるのではないかと思った。例えば昨日の問いかけの真意だとか……。
凛は飲んだことがないからと言ってあまり飲もうとしなかったが、社会経験だとかなんとかそれっぽい理屈を並べると、あっさりと納得した。
―――――――――――――――
案外凛は酒に強かった。ボトル1本飲んで吐かないなら充分だろ。
「ほら帰るぞ」
「……ん?」
「凛は酒強いんだな」
「凛、すごい? 」
「嗚呼凄いぞ」
「ん、えへへ」
可愛い。酔った凛は幼い頃の面影が残っていてすごく可愛い。
凛が眠そうに目をしぱしぱさせていたので、背負って帰ることにした。
自身より大きい凛を背負うのもおかしな話だな。
でも、前回倒れた凛を運んだ時に体格の割にすごく軽かったから大丈夫だ。
――――――――――――――――――
凛を俺のベッドで寝かせた。
抵抗せずに寝転んでくれたことに安心する。まぁ、寝ているので抵抗する訳が無いのだが。
ふと、凛を見るといつの間にか、凛が目覚めていたので、声をかけけたんだ。
そうしたら急に甘えてきて、可愛いななんて思っていた。
そうしているうちに電話の音がしてきた。
そして、気がついたんだ、凛の様子がおかしいことに……
「兄ちゃん、電話鳴ってる」
「あんなの無視しとけ」
「だめ、もう夢はおしまい。現実に帰らなきゃ」
なんで、いきなり……
「は?何言ってんだ」
「いいからどいて!凛のお金無くなっちゃう!」
「マジで何言ってんだ?まだ酔ってるのか?」
「早く電話に出ないと仕送り増やさなくちゃいけなくなるの!」
「は?仕送り……?」
「そう!凛は兄ちゃんほど優秀じゃないから増やされたら困るの!」
「あ?どういうことだよ、お前の年俸は悪くないはずだろ?」
「そうだけど母さん達に毎月100万円仕送りしなきゃいけないの!」
「は?ちょっと待てどういうことだ……?俺たちの親はそんな量の仕送り金額を請求してくる人だったか?」
「……うん、”俺には”ずっとこうだったよ…… 」
ちょっと、待ってくれ。なんで、言ってくれなかったんだ……そもそもこの話は本当なのか……?
「なぁ、凛。話を聞かせてくれ。俺が渡西してからの話を……」
それからは次々と信じられない話が凛の口から告白された。
いや、違う。信じられないんじゃない、信じたくないんだ。
だって、凛が食事に困っていたなんて、知りたくなかった。
凛の年俸でもぎりぎりなほどの仕送りをさせられているなんて知らなかった。
凛がネグレクトを受けているなんて認めたくなかった。
もっと早く気づけていれば、凛が苦しむことも無かったかもしれないのに。
けれど、気づくどころか俺は、俺なんかよりずっと苦しんでる凛に追い打ちをかけたってことじゃないか。
「バカっ!何してるんだ!」
俺が事実を知って、感傷的になっている間に、凛はサイドテーブルに置いてあったカッターを使って、自殺しようとしていた……。
そんな凛を俺は急いで止めた。
だって、凛がいなくなってしまったら、俺はどう生きればいいのだろうか。
この行動が自分勝手なことはわかっている。楽にさせてやった方がいいのかもしれないことも、それでも凛を失った俺は目も当てられなくなってしまうだろうから……。
「はぁ」
もういい。
凛を失うくらいならもう……
冴は覚悟を決めた。
両親との絶交、そして凛との関係の変化を起こす覚悟を決めた。
この決断がどう転ぶかは冴次第である。
―――――――――――――――
俺は騒ぎ立てる凛を無視し、縛り付けて、電話に出る。
そこで初めて俺は親の本性を知った。
それはあまりにも酷いものだった。
『おい凛!いつもワンコールで出ろって言ってんだろ!?そんなことも出来ないのか。』
ワンコールで出ろ?無理に決まってんだろ深夜だぞ、頭いかれてんのか?
『まったく、本当お前は少しでも冴みたいになれないのか!?出来損ないの欠陥品が!!』
お前は何も成し遂げてねぇくせに、凛を欠陥品呼ばわりすんじゃねぇよ。
『そういえば今週の仕送りまだだぞ!お前は冴と違って親不孝者なんだから仕送りとかで敬意を見せろ!!』
凛のどこが親不孝なんだよ。俺のサッカーが親孝行だと思ってんなら、凛だって充分親孝行してんじゃねぇか。
仕送りだって、凛は自分が我慢してでも、お前らに支払っているっていうのに。
『まさか冴にも同じことしてないだろうな!水道代、ガス代、電気代、一つでも冴の負担になるなよ!?お前は冴に住まわせてもらってるだけ感謝しろ!お前の存在が有害だと自覚して過ごせ!』
凛の存在が有害だ?お前らの方がよっぽど、俺たち兄弟にとって有害だろ、お前らこそ自覚しろよ。
『さっきから黙ってんじゃねぇよ!聞いてんのか!?』
「嗚呼、全部しっかり聞いてる、クソ親父」
『……え?なんで冴が?まぁいい、声が聞けて嬉しい、元気にしてるか?困ってることはないか?なにかあったらいつでも連絡してきなさい』
なんでだよ。俺と凛に対しての態度が違いすぎるだろ。
「毎晩夜中に電話してる相手はてめぇらだな?しかも毎日あんなクソみたいなこと凛に言ってんのか 」
『いや……今日はちょっと酔ってただけでいつもは違うんだよ』
「はぁ、そもそも毎日電話してくんな迷惑なんだよ。あのなぁ時間差って知ってるか?そっちが昼ならこっちは夜中なんだよ、電話していい常識的時間を大幅に過ぎてんだよ!しかも凛はアスリートだぞ、アスリートは睡眠が基本なんだよ、それを削るとか許されねぇぞ。しかも酔ってた?お前のところは今昼だろ。なのに酔ってるってなんだ?昼間っから飲んだっくれてんのか?あ?」
まだ言いたいことはあったが、凛の前なので控えめにしておいた。
『いやそういう訳じゃ……ちょっとまて、今母さんに代わるから』
「チッ逃げたか……」
『もしもし冴?』
「母さん?」
『どうしたの?』
「……凛にご飯食べさせてなかったって本当?」
こいつの声を聞いた瞬間、凛が震えながら泣き出した。
そんな、凛の様子に比例して、俺の怒りが増幅していく。
『あら、それは誤解よ。私あの子にちゃんと生活費渡してたわ。』
「でも3万円だろ?自炊もできない、育ち盛りの子供には足りねぇな。」
『でもあの子はプロになったじゃない。子供なんて勝手に育っていくものよ。』
は?んなわけねぇだろ。俺は普通に育ててもらったぞ?お前らがやってんのは育児放棄と変わらねぇんだよ。
「はぁ?ふざけてんじゃねぇぞ!」
『ちょっとあの子ったら冴に何を吹き込んだの…!』
凛が俺に吹き込んだんじゃねぇよ、俺が聞いただけだ。
やっと分かった。凛の自己肯定感が低い理由が……。
凛の自己肯定感が低いのは俺の責任でもあると思う。なぜなら、あの雪の日から凛の様子がおかしくなったから。だが、昔から凛はどこか自信が無いように見える場面が多々あった。
昔から凛は俺が少し褒めるだけで、花が咲くように笑うのだ。『凄いぞ』こんな言葉、普通の子なら、ここまで喜ぶことはあるのか……?きっと、無意識に価値が認められたと思い込んでいたのではないか…… 。
それなのに、俺は凛を突き放した。凛の自己肯定感が低くなるのも仕方がないことだ。
なら、俺がどうにかしてやらないとな…。
「ヒュッ…グスッ」
凛が泣いている。
プライドが高いのか、トラウマからか定方ではないが、凛は人前で滅多に泣かない。
それにもかかわらず、なにかに怯えるように涙を流している。
「凛?」
「大丈夫だ。兄ちゃんに任せろ」
そんな凛を目の当たりにして幼い頃のように語りかけてしまった。
子供扱いするなと拒絶されるかと思ったが、そんなことは無く、みるみる凛の涙は止まっていく。その姿が幼い頃と変わっていなくて、思わず頭を撫でてしまった。
拒絶されるなんてことは無く、それどころか、俺の手に頭をグリグリと押し付けてくることにも驚いた。
けれどすぐに胸が暖かくなって、凛に心を許されたのかと思い上がり、ささくれたった心も落ち着いた気がした。
『ねぇ!そこに居るんでしょ凛!?あんた冴に何を吹き込んだのよ!こんなことして後でどうなるか分かってるの!?』
凛がさっきまでより少しばかり落ち着いているように見えるのは……俺が撫でているからだと過信しても良いだろうか。
『どうせ全部聞いてんでしょ凛!あんたどうにかしなさいよ!?』
「うるせぇな、ちょっと黙れよ」
このまま凛が苦しむのなら、俺たちの親子関係なんてクソ喰らえだ。
『冴………?』
「いいか、よく聞け。これから一生、凛には……いや俺たちには関わるな」
『いや……』
「あ”?」
『……分かったわ。でも仕送りだけはして欲しいの。お父さん仕事辞めちゃってね、お母さんもパート辞めたの。』
「は?それでも今までの仕送り分があれば暮らせるだろ」
『それが借金があって』
「は?何を買ったんだよ!」
『それは………』
「言え!俺をだしに凛から巻き上げた金で何を買ったんだ!?」
『家を買ったの……それと車も……』
つくづくこいつらはクソ野郎だな。
「は?それで払えねぇって?自業自得だろ。凛はてめぇらのおもちゃじゃねぇんだよ!凛の人生はお前らのもんじゃねぇ。いやもう関係ねぇか。だって俺たちはもう一切あんた達に関わらない、仕送りもしない。俺たち兄弟はあんた達と縁を切る」
『え、まっ__「じゃあな」』
「はぁ」
これでいいはずだ。だって凛のためなら親子関係なんて惜しくない。でも……これが凛の為にならなかったら……?
「ん、ん〜!」
「あ、悪ぃ。今解く」
凛を縛ったことを忘れてた。
…あれ……?こんなにきつく縛ったか?
俺が今解こうとしているソレは、凛の体をギチギチと締め付けていた。これじゃ痛いだろうに、……凛に悪い事をした。
手足を拘束しているものと一緒に口に入れたタオルも取ってやった。
「ん、ほら」
「兄ちゃ……ごめんっ、ごめんなさいっ、ありがとう……っ」
拘束を取ると同時に、凛が泣き出した。
ずっと独り言のように、ごめんなさいとありがとうを繰り返している。
そんな姿を見て、やっと俺は現実を理解した。
今この時まで、凛の苦労も葛藤も全部知っている気だった。
俺が渡西しているときだって、凛は世界一のストライカーになれる才能があると信じていた。そしてあろうことか、その才能を発揮できる環境があると思っていたんだ。
自分は凛が居なかった頃のチームでのサッカーの退屈さを知っているというのに。
あの雪の日だって、凛の才能が潰されていることにひとりで勝手に苛立った。日本という生ぬるい国で守られながら生きてきたんだとそう思い込んでいた。
そして凛がプロになってからだって、凛が苦しんでいるとも知らずに、勝手に過剰な期待をして強い言葉をなげかけた。自己管理も出来ていないようで甘えてるのだと思っていた。
……でも、現実はそうではなかった。
凛はずっと、 チームワークを、糸師冴の代わりであることを、求められていた。 そんなチームに、凛の才能を充分に発揮できる環境なんてある訳なかった。
凛は血反吐を吐く想いで練習に取り組んできたのだろう。でも俺は、凛の努力を、存在を、全て否定した。こうすることで守られて甘ったれた凛が、もっと強くなると思ったから。けれど違った。いや、違くはない、凛はあの日のおかげで強くなった。けれど守られていたなどという俺の思想は正しくなかった。ろくに飯も食べさせてもらえないところで守られて生きてる?そんな訳がない。
プロになってからも、凛はずっと苦しんでいたんだ。深夜にくる長電話、そのせいで毎日寝不足だっただろう。そんな状態で練習に来ては、自己管理がなっていないという俺からの怒声。凛だって人間なのだからコンディションが万全じゃないことだってあるというのに。なぜ、俺はあの時に気づいてやれなかったのだろう。
ちらりと凛の様子を窺う。
何かを考えこんでいるようだった。きっとこの先どうしようなどといったところだろう。
でももう、俺は決めたんだ。
「言っとくが、俺はお前を手放す気はねぇぞ。」
「え……」
「俺はもう凛を縛らない。だからお前が選ぶんだ。ここを出て自由に生きるか、俺と一生共に生きるか、どっちがいい……?」
そう言って俺は凛を抱きしめた。
久しぶりに朧げにけれどちゃんと感じる体温に安心する。しっかりと凛が生きていることを実感した。
でも俺は、生きているならそれでいいって思えるほど綺麗じゃねぇ。
これが最後だ。俺から逃げる最後のチャンス。お前はまだまともな道に戻れる、だから戻れ、俺なんかの手なんて取るな。
それでも、凛が俺と共に生きると決めたのなら、俺の手を取るというのなら………。
もう、離してはやらない。逃がすなんて絶対にしない。たとえ神に背向くことになろうとも、地獄に落ちるのであったとしても、渡さない。
――だってこいつはもう、俺の物だから。
―――――――――――――――――
さて、そんな事があり、凛と無事(?)和解したし、親との縁も正式に切ることが出来た。
でも、長いことかけて植えつけられた考え方はそう簡単に変えられないようで……。
『価値なんかない』昔俺が言った言葉を未だ凛は、引き摺っている。
だから今も凛は健気に利用価値を示そうとしてくる。
俺は無価値だからとかなんとか。
無価値?そんな訳ない。
サッカー以外が億劫で退屈していた俺の人生に唯一光を…色を…与えてくれた凛が無価値だなんてそんな訳がないのに……。
それに、もし凛に価値が無かったとしても、凛が凛である以上俺はお前を愛している。
けれど、サッカーばかりしてきた俺はそれを伝える術を持っていないから……
だから、どうか信じてくれと凛に願うことしかできない。
――嗚呼、みっともねぇ
――――――――――――――――――
凛は、ほぼ毎日のように俺に金を渡してくる。
生活費だとか、家賃だとかさまざまな理由をつけて……
たぶんあいつらの言葉のせいだと思うが……嗚呼クソ、マジあいつら殺してやる。
一応、その都度いらないと伝えてはいるが、凛はあまり理解できていないようだし……。それに、金を渡すことで安心しているようだからあまり強くは言えないのだ。
そして今日もまた__
「兄ちゃん、これ」
どこか真剣な表情で金を渡してくる凛がいた。
「凛、金はいらない。俺は金に困ってない」
「_っでも……」
返ってきた言葉は喉から捻り出されたようだった。
……なんて惨めなのだろう。
俺じゃ、凛の価値観を変えることはできない。
それどころか苦しめているのではないかと思ってしまう。
だって、凛は俺を見かけると終始不安そうな表情で怯えの色をターコイズブルーの瞳に浮かべるのだ。
せっかく和解したのにこれじゃ何も変わっていないのではないか。
冴は重い溜息をついた。
「__っ」
一瞬、凛の肩がピクリと跳ねたのがわかった。
冴はそっと凛を盗み見た。
凛は、先程より顔色が悪く、自分の身を守るように縮こまっていた。
……嗚呼、やってしまったか。
完全に怯え一色になってしまった凛を見て、冴はこの場にいないほうがいいと判断し、自室に戻った。
―――――――――――――――
皆、俺を天才だと言う。
けれどそれはサッカー限りであって、人が当たり前にできることを俺は出来ない。
他人は、俺を天才サッカー少年と呼んだ。
確かに、昔は自分は天才なのだと他とは違うのだとそう思っていた。
けれどそんなことは無かった。
凛が初めてボールを蹴った日俺は凛を天才だと感じたんだ。
実際、凛は天才というやつなんだろう。
俺は凛とは違う、ちょっとサッカーIQが高いだけの凡人だった。
あの日の俺はただただそれが許せなくて、凛に八つ当たりをした。深く考えてもいなかった、というか考えられなかった。
だから凛をあんなに傷つけていたなんて知らなかった。
『大丈夫だ。兄ちゃんに任せろ』
なんてどの口が言ってんだっていう話だ。
あの時の思いは覚えていないけれど、もしかして俺なら凛を救えるとでも思っていたのか……?
はぁ、本当
「……ッ馬鹿じゃねぇの…」
呆れて自嘲が零れた。
――――――――――――――――――
あれから2ヶ月。
俺たちの仲はなんとも言えない状態になっていた。
理由は2つほどある。
1つはあれから凛が俺を避けているから。
もう1つは凛を守るために裏で動いていたため、忙しくてなかなか顔を合わせられなかったからである。
当然、凛と過ごす時間が減るのは惜しかったが、金に飢えた人間は何をするかわかったものじゃない。だからこそ先に手を打っておく必要があるのだ。
でもそれも今日で終わり、明日からは凛とゆっくり過ごせる……はずだ。
そのためにも少し動くとするか。
まずは凛のマネージャーを捕まえて、凛の予定を聞き出すところから。次は俺の予定と照らし合わせて凛が1人になってしまう日や時間がないかさがす。できるだけ俺やマネージャーと居られるようにするがどうしても難しいときがあるかもしれない。
結局、この1ヶ月で凛が1人になる日は1日だけだったのでこの日はチームメイトに頼んで俺の仕事が終わるまで凛といてもらおう。
このことと注意点を凛に伝えたら今日できることはもう無いだろう。
「…凛」
「………」
「おい無視するな」
「……なに…」
「スマホ出せ」
「……いいけど…なんで…?」
嗚呼そうか、理由を説明せずにスマホをだせと言われても困惑するよな。
「…あいつらが何してくるかわかんねぇだろ」
「うん」
「だから俺とチームメイトそれからマネージャー以外の連絡先消しとけ」
「ん………できた」
「よし、知らない番号からかかってきてもでんなよ」
「わかった」
相変わらずちょろいな。
まぁでもこれで一旦は大丈夫だと思うが……油断は禁物だ。だって、今までいくつも見てきたのだから、金に狂って落ちぶれていく人間を。
――――――――――――――――――
“その日”がきた。
「絶対1人になるなよ」
「わかったって……もう何回目だよ」
「……迎えに来るまでチームメイトといろよ」
「……うん」
今日俺は仕事があって凛のそばにいてやれない、もちろん俺のマネージャーも仕事だ。そして運が悪いことに今日は凛のマネージャーも仕事だというのだ。
仕事とと言っても1時間程、まぁ大丈夫だろうと思うが……何が起こるかわからない、そのため凛にはチームメイトといてもらうことにした。
「……すぐに迎えに行く」
「頑張ってね兄ちゃん」
「嗚呼」
――――――――――――――――――
いつもの倍以上の速さで仕事を片付け、やっと仕事が終わるというタイミングでスマホが震えた、ぱっと画面を見ると、それは今日凛を預けたチームメイトからの連絡であることがわかった。
凛になにかあったのかもしれない、そう思い恐る恐る電話に出た。
『サエごめんしくじった』
「あ”?どういうことだ?」
『いや、さっき事務所に電話がかかってきて、ちょうどその時俺はトイレに行ってたんだけど、誰も電話に出なかったらしく、凛が仕方なく電話に出たんだ、そしたら……多分親だったぽい』
『俺が戻ってきた頃には凛の顔色が悪くて身体が震えてたから帰したんだ。けど心配だからはやく見てやってくれ』
「……あぁっ」
こうならないように俺は色々調整したというのに。けど今は考えても仕方ないから……だから急いで俺の付き添いしていたマネージャーに車を出してもらった。
どうか何も起こらないでくれ。
―――慌てて乗り込んだ車から見た景色は今にも雨が降りそうな、どんよりとした曇り空だった。
―――――――――――――――――――――
「は……?」
「っ……」
「おいッ、どこに行くんだ」
俺が扉に手を掛けた瞬間、ガチャリと音を立てて扉が開いた、もちろん俺が開けたのでは無い、開けたのは同居人だ。。
扉から出てきた同居人__凛は、これから旅行にでも行くのかというほど大きな荷物を持っていた、けれど凛にこれから旅行や遠征に行く予定など無い。それならやっぱり電話でなにかあったのだろうか。
「ごめん兄貴、今まで執着してウザかったよな。なんの価値もないのに居候して迷惑かけてごめん……もう辞めるから 」
「は?」
凛の声は濡れていて今にも泣き出してしまいそうだった。
頭の中にはたくさんの情報が入ってくるのに、なぜいきなりそんな話になるのかという困惑で、情報の1つも処理できない。
だから俺が漏らしたのは掠れた1音だけ。
しかもその1音は凛に恐怖を感じさせる高圧的な1音で ……
凛はビクリと肩を跳ねさせ、唇を噛み、体を縮め家を去ろうとした。
頭が真っ白だ。どうすればいいのか分からない、けど隣にいて欲しい、強く強くそう思った。
だから……
「待てっ!」
俺は今、凛の手を掴んでいるのだろうか。
自ら突き放したというのに離れたくない、隣にいて欲しいなんておかしな話だ。けれど人間なんてそんなもので俺達はいつだって矛盾している。
だからこれぐらい許してもらえるだろう…… 誰にかは分からないが。
「……して」
「は?」
「離してっ!俺は兄貴の隣にいていい人間じゃないんだ……俺なんか生まれてくるべきじゃなかったっ……兄貴は俺のこと必要じゃないんでしょ?だったらほっといてよッ 」
揃いの瞳には涙が浮かんでいる。
いつもボーっとしている凛のこんな姿は、俺はサッカー以外で初めて見る。
離してと泣き叫ぶ凛は痛々しくて、このまま掴んでいる手を離して好きにしろと言って、解放してやったほうが凛にとってはいいのかもしれないと思った。
けれど、ここで離してしまったら凛がどこかに消えてしまいそうな気がする。
そして何よりも、もう会うことも話すことすらもできなくなりそうだと感じて、それが物凄く怖かった。
話すこと、会うことができなくなるなんて確証はないけれどそう感じてしまったから俺は今、手を離すという判断ができない。
「兄貴、離せよッ……」
「……?」
妙だ。凛はどんなに嫌がる素振りをしても、俺の手を振り払うことをしていない。体格的に考えてもそうすることは簡単だというのに。
もしかしたら凛は無理やり出ていけと言われたのではないか。これはそうであったらいいという淡い期待だ。
それにただ単に凛は優しいから振り払うことができないだけかもしれない、いや、そちらの確率の方が高い。
けれど聞いてみる価値があると思った。
「凛、お前はどう思ってるんだ?」
「ッだから!俺は早くこの家から出ていかなきゃいけない__」
「それはお前の気持ちじゃねぇだろ」
「は?」
「だって、出ていかなきゃ”いけない”ってことは、出て”行きたい”訳じゃないんだろ?」
「…………」
「はぁ……沈黙は肯定とみなすぞ」
「だから俺はッ!」
「俺は?」
「ここに居ていい人間じゃないって言ってるだろ……」
そう呟く凛があまりにも苦しそうで……その様子に俺の胸が詰まるようだった。
「だから俺は出て行くべきなんだ、それにそのほうが兄貴も良いだろ?」
「……なぜそれをお前が決める?」
愛を求めて捨てられた小さな子供は、やがて自分を認めることができなくなったのだ。
「だって俺には価値がないんでしょ?」
そう言って凛は笑った。その笑顔が俺は凄く、眩しくて、苦しくて、綺麗で、痛々しかった。
凛の笑顔は何かを必死にこらえているようで、とても自然体とは言えないような笑みだった。
心の底から凛を笑わせることができない自分が情けなくて、許せなかった。
「凛……凛そんなこと言うな、もう自分を下げるようなこと言わないでくれ……」
みっともなくそう告げた俺の声はたぶん震えていたと思う、それでも、もう自分には価値がないなんて言わないで欲しかった。
「なんで?兄貴は俺のこといらないんでしょ……?」
そんなわけない。
けど……
凛にはきっとなんと言っても伝わらない。
「俺は寄生虫で、独りじゃ生きていくこともできないクズで、なんの取り柄もない欠陥品だから……だからッ俺に決定権なんてないんだよ……」
『凛にはきっとなんと言っても伝わらない』まぁそれが諦める理由にはなんねぇけど。
「そんなわけないだろ。全てお前が決めればいい。泣きたきゃ泣けばいいし、笑いたいなら笑えばいい。出て行きたいなら行けばいいし、ここにいたいならそうすればいい。これは全てお前が決めるべきことだ」
「でも……」
「お前は俺とあいつらどっちを信じるんだ?」
「兄貴だけど……」
「じゃあ自分の意志を貫き通せ、それがエゴイストってもんだろ」
「……うん」
「わかったなら答えろ。俺とここで住むかここから出て行くかどっちがいい?」
「俺は……俺はここにいたい……ッ」
「そうか」
凛は酷く怯えた様子でそれでもハッキリと気持ちを伝えてくれた。
「お前はここにいたい、俺もここにいてほしい。じゃあもう決まりだな」
「……?」
「お前はずっとここに居ろ、凛」
凛は目を見開いた。
「……ッ」
大きく開かれた瞳からは涙が一筋頬を伝った。
美しいそう思った。弟に対して美しいだなんておかしいのかもしれないけど、それでも見惚れてしまうほどに綺麗だった。
凛は袖で必死にこぼれ落ちる涙を拭っているが、 涙腺が緩くなってしまったのか凛の涙は止まるどころかたくさん溢れてしまっている。
そんな凛がいつもより幾らか幼く見えたのは泣き顔が昔と全く変わっていないからだろうか。
まぁ別にどうでもいいか、これから忙しくなるしな。
俺から凛を奪おうとしたんだ、
絶対許さねぇよ。
――――――――――――――――――
あの出来事から俺達は、凛を無事引き留められたことにより平和に暮らせている……
………はずだった。
最近の凛はなんだかよそよそしいなと思いながらも、特に触れないでいたある日、問題が起こった。
それは洗濯物を回収しようと凛の部屋に入ったときの出来事だった。
「凛」
「……」
応答がないことに違和感を覚える。今日は休みのはずだし出かけるとも言っていなかったよな?
「凛?入るぞ」
綺麗に整えられた部屋の中に凛はいた、俺には気づいていないようだ。凛は右手には何かを持っていてそれを静かに見下ろしている。
凛の背後に回り込み、凛の持っている”それ”を覗き込んだ。”それ”は紙らしきものでその紙には日本語で文字が書かれていた。
凛の方がデカイので見ずらいが何とか内容を確認する。
内容を理解した瞬間、俺は素早く凛の手からそれを奪い取った。
何故奪い取ったのか、それは内容が簡単にまとめると仕送りをしろというものだったからだ。
「は?」
手の中にあるものをいきなり奪い取られた凛はやっと俺の存在に気づき驚いたように短い音を吐き出した。
この様子じゃきっとこれが送られてくるのは初めてじゃない。
「おい……これはなんだ」
務めて冷静にされど優しく、そう心がけても内心混乱している状態じゃ上手くは行かず。
何でこんなものがあるのかという疑問とどうして俺に言ってくれないんだという不満を抑えられないまま紡がれた言葉は凛を怯えさせるには充分だった。
「ッあ、ちが、ごめんなさッ」
ブルブルと震え出す凛を見て唖然としている俺。
頭を撫でようと手を伸ばすも、凛はびくりと肩を1回跳ねさせ、そして手で頭を守るように抑える始末。
「はーッ、ヒュッ…カヒュはぁはぁ」
「凛落ち着け。俺は怒ってない」
そう訴えかけるも凛には届かず。
過呼吸になってしまった凛に何を言っても無駄なのは知っているけど、俺に出来ることなんて抱きしめて声をかけることぐらいだってこともわかってる。……だからこそ、いつか凛のトラウマが無くなりますようにという想いを込めて精一杯言葉を紡いだ。
「はっはぁ…うん」
その成果があったのか凛の呼吸が次第に落ち着いてきて、話すこともできるようになっていた。
そして、呼吸が完全に整う頃には、疲れ果てたのかとろとろと微睡み始める凛がいた。
――――――――――――――――――
眠ってしまった凛を寝具に横たえておく。
あの手紙は俺が処分してしまえばいいだけなので気にすることもないが、もう仕送りをしてしまったのなら話は別、味をしめたアイツらはどうにか接触してくるだろう。
――本当は電話でやりとりをしてから少しは反省してまともに働いてくれればと思っていたのだが…………もう、ダメみたいだ。
どうやってこの手紙を送りつけてきたのか、家に送られてきた可能性はない、全て俺が確認しているのだから。となると……ファンレターとして送られてきた確率が高い、一応送られてくるものは全て事務所のやつが確認しているがわざわざ小難しい日本語が書かれた文章を翻訳したりはしない。
それにこれは十中八九両親の仕業だろうから、何も知らない事務所の役員なら家族からの手紙くらい簡単に通してしまうだろう。
「はぁ………」
本当に許さねぇあのクソ親ども。
「すぅ…………」
穏やかな寝息を立てる凛を見つめる。
泣いたせいか目元が腫れて痛々しいくらいだ。凛はずっと独りで苦しいんでいる、今回だって俺がいるというのに相談すらしてくれなかった。
でも………これからは 、
大丈夫だ、凛。
兄ちゃんが守ってやるからな。
暗転。
――――――――――――――――――
あれから凛宛に両親からなにか届くことはなくなった。恐らくほんの少しだけ俺が脅した効果があったのかもしれない。
仕送りを一切辞めた今、アイツらはどうやって生活しているのだろう?…………別に、全く、微塵も興味無いがなにか悪巧みされていても困る……。
よし、アイツらを徹底的に調べあげるか。
そうと決めたら俺の行動は速かった。日本にいる探偵を2~3人ほど雇い、アイツらを監視させた。
日本の探偵は優秀なのか、アイツらの生活行動はすぐにわかった。
まずアイツらが言っていた通りどちらも仕事をしている様子はないということ。それから多額の借金があるということがわかった。 銀行側はそれでいいのかと思ったが、どうやらアイツらは俺達__つまり糸師兄弟の名を出してどうにか銀行側を騙しているらしい。けれど、なかなか返済されない金によって怪しまれているのでそろそろ限界だと思っていいようだ。
「……は?」
資料上部に載っていた情報は俺も大方予想がついていたものばかりだった。けれど、流し見た資料下部に載っていた情報はとてもこちら側が信じられないようなものだった。
資料下部には今のアイツらの収入源が記されていた。それについてはなんの問題もない、問題なのは収入の得方だ。
アイツらは俺たちのサインを真似、色紙やグッズに書いてそれを売ったり、俺たちの幼少期の写真を売ったりして金を稼いでいた。
こんなサイン書いた覚えがない。なんなら凛のサインなんて凛が書くわけのない下着やアダルトグッズなどに書いて怪しいサイトで売買されていた。
何だかもうキモすぎて寒気がした。確かについ最近縁を切ったが元はと言えば自分の子だろ?よくそんなことが出来るな。
「あ?」
色々なものが売買されている中でも1番高値がついているのがオーダーメイド品。
購入者が自分の私物を送り、名前付きで俺と凛のサインを書き込み送り返す。中には他者には言えないようなものまで取引された形跡があるという。そんなこと俺たちがする訳ないのだが……
それでもネットでは偽物だなんて気づかれている様子はなかった。それもそのはず、俺たちでもパッと見では分からないほどこのサインは限りなく俺たちのサインに偽られていた。
さらに調べてみると俺たちの元実家はもうないということが分かった。あの家は売られていた、特に帰る予定は今後一切なかったから別にいいのだけれど。
「はぁ……」
この先を思って溜息をつく。今回だけは凛にも協力してもらおうか……。凛は名前だけ貸してくれたらそれでいいから、害になるようなことは無いだろう。
まったく……アイツらは面倒な事ばかりしてくれる。まぁでも、凛を産んでくれたことだけは感謝してやってもいいかもしれない……。
そう考えながら俺は、面倒事を片付けるべく重い腰を上げるのだった。
――――――――――――――――――
「凛、ちょっと協力して欲しいことがあるんだが、名前貸してくれないか?」
「……?別にいいけど 」
1週間後……
「え?」
「どうした凛」
「いや……この記事」
「……?嗚呼、これはな__」
『スペインレ・アールに所属している糸師冴選手・凛選手が公式SNSで声明を発表いたしました!自身のサインを模造した商品を販売して利益を得る詐欺が多発しているとのことです。今後はチームの公式グッズにしかサインせず、ファンの方々へのサインは一切行わないと公式に表明いたしました。偽のサイン入りグッズが頻繁にネット通販に出始めたのは半年ほど前で、中には年齢規制のある商品にもサインを書かれ、売られるなど、悪質な行為が見受けられています。糸師冴・凛選手は揃って「公式以外で販売されているものはこれからは全て偽物だと思って欲しい」と示しており、転売業者(転売ヤー)に対しても牽制になる事間違いないでしょう。』
俺は俺と凛の名前を使って公式SNSで声明を表明した。もちろんこの記事は騒ぎになったが、俺たちのサッカーに被害は無いので問題ない。強いて言えば付きまとってくる記者が増えたぐらいだろうか、けど多少人数が変わっても俺たちは無視をすれば良いわけだし、それよりもアイツらへの牽制になるかどうかが重要だ。
「あ、」
「兄ちゃん……?」
そうだ、凛は自分のサインが悪用されているなんて知らないんだった。まぁ、俺が言っていないからなのだけど。名前の許可を取ったからなに驚いてんだってなったが、そりゃ驚くに決まってるよな。ここは何とか誤魔化すしかない。もとは凛も協力してくれるって言っていた訳だし。
「あー……サインの悪用は初めてじゃないだろ……?」
「まぁ……」
「それが今回あまりにも酷かったから、少し制裁してやっただけだ」
「わかったけど……これで少し?」
「嗚呼、まだぬるい」
俺の凛を傷つけといて、収入源を潰しただけだぞ?ぬるいに決まってんだろ。生活に困る程度だ。だが、これで終わらす気はさらさらない。だから……
『覚悟しとけよお前ら』
―――――――――――――――――――――
あれから時が経ち、凛もスペインでストライカーとして名を馳せてきた頃。俺達は公式SNSに2度目の爆弾を投下した。
あの記事が国民に忘れ去られる程の時期の発表にSNSはプチパニックになり、トレンドも1ヶ月程俺達兄弟のことで独占されていた。
そんな発表の内容は、簡潔に説明させてもらうとこんなものだ。
1つ目は俺達のサインを悪用していたのは実の両親だということ。これで家から出ることもままならなくなるだろう、昔から両親は人の目を気にしていたからな。精々俺の凛を苦しめたこと後悔すればいい。
2つ目は俺達の国籍を日本からスペインに変えるということ。あそこはサッカー弱小国である上に両親が居る。俺達が日本に行ったならば何かしらの方法で接触してくるに違いない。だから何1つとして俺達に得は無い。これだけで理由は充分だろう……まぁ1部の奴らは納得していないようだが。
もちろんスポンサーやファンは減るだろう、そしたらサッカーをプレイしづらくなる。けど、またスペインでスポンサーやファンは増やせばいい、そもそも俺は日本サッカーを背負わされることが嫌いだ。そしてなにより、俺は凛が大切だからそこまで大きなダメージにはならない。
これで俺達は自由だ。
両親にも日本にも執着されることはもうない、俺達を縛るものは互いだけだ、そしてそれが俺達にとっては心地よい、これが俺達の望んだ形だから。
――――――――――――――――――
「おめでとう」
祝福の声が響く。
これはチームメイトや監督、ブルーロックの面々だけを招待した、小さな小さな結婚式。
その中心で俺らは向かい合っていた。目の前の人は緩やかなけれど眩しい笑顔を見せている。
その手にはキラリと輝くリングが、それは俺達の誓いの印。
嗚呼、愛してる、愛してる、
あいしてる。
だからお前を救いたい、例え命をかけることになっても。
お前だけを愛して、お前だけを救いたい。
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以上です。
これにて『あのクソ親を蹴散らして得た幸福は⋯』完結です!
ここまでお読みいただきありがとうございました。
コメント
5件
コメント失礼します 深優様はpixivをされているのでしょうか? 柊 華様の作品とよく似ているので、気になっております。