その日初めて、僕はクロさんと連絡先を交換した。
と、いってもプライベートで使っているのじゃない携帯でLINEを交換しただけ。 それはクラブからのお知らせなどを受け取るために契約したもので他の情報は一切ない。
けれど彼と待ち合わせができることと、たまに何気ないやりとりをすることが嬉しかった。
だからその携帯をそっとカバンに入れて元貴も、若井もいない時だけ確認するようにしていた。
『うさぎちゃんお疲れ様!今日は行く?俺は遅くなるかも知れないけど少しだけ行こうかなって思ってる』
『僕も行けたら行きたいけど、ちょっとわかんなくて』
『りょーかい、無理して行くところじゃないからね笑 お仕事大変だと思うから無理しないで』
クロさんに会いたい、けど今日も仕事がどうなるかわからない。
そこに行くことで普段の自分を捨てて誰も僕を知らない世界でいるのが心地よかった。そんな中で 会いたいと思える人がいて“うさぎ”の僕の世界は更に楽しいものになった気がした。
それからも忙しくて会えない中、彼とのやりとりはゆったりと続いていった。お互い気が向いたときに返事して、遅くても、スルーしても、お互い気にしない···そんな距離感が好きだった。
「うさぎ?涼ちゃんその携帯、なに?」
「うわっ!えっ、いつからいたの?」
クロさんから送られたうさぎ(本物の)動画をぼんやり見ていて後ろに元貴がいたことにまったく気がつかなくて、危うく落としそうになる。
「いつからって···ついさっき」
「びっくりしちゃった、ごめん、おっきな声出して。あ、行く時間?ごめんね、すぐ行く!」
そう言いながらその携帯をカバンに戻す。元貴はちらっとそちらに目線をやったけど、何も言わずに仕事モードに入っていった。
気をつけなければいけない。
メンバーにも、誰にも知られちゃいけないのに、気が緩んでしまっていた。
少しでもバレそうになったら、もう2度と行けない。 ···それに、クロさんにも会えない。どんなに親しくなっても、彼と素性を明かし合うことはないから。
しばらく仕事が忙しいから、とクロさんに連絡をしてまたその携帯はしばらく家に置いて置くことにした。
「涼ちゃん、もっとこうして、だからさぁ···」
本当に忙しい日々を過ごす中で僕なりの答えと元貴が求めていたことが違うと当然上手く行かない時がある。
けどそれは彼がそれ以上にやっているし、全身全霊をかけているとわかっている。
···わかっている、けど。
理解するのは難しい時もあった。
元貴のことが好きだからこそ、辛く感じる時もある。
そんな時は彼が寂しそうな素振りで居ても見ないふりをしてしまう時があった。それに彼が僕に優しさや愛情を求めているかの自信も無かった。
···若井がいるから、いいじゃない。
若井は僕よりよっぽど出来る人だし、優しいもの。
そんな風に勝手に思い込んで家に帰って泣き出しそうになる。
夜遅く、今日はフリーで開催しているお知らせを受け取っていた僕はクロさんにメッセージを送った。
『今日は行かないよね?』
『うさぎちゃんが行くなら、行くよ』
面倒くさい遠回しなメッセージにストレートに返事を送ってくれる。
『僕もクロさんが行くなら行く』
『じゃあ待ち合わせしよう、嬉しい 』
そうしてまた、あの場所で彼と会うことになった。そこに行くとき持って行くのは現金とその携帯だけと決めていた。身元がわかるようなものは持っていかない。
シャワーだけ浴びて用意して、タクシーを掴まえた。
だから元貴からの連絡にも気がつかずに、そして返事がないままに僕の家に向かっていて、タクシーに急いで乗って出かける僕を見ていたことも知らなかった。
コメント
2件
んんっ!?どういう展開だ?気になるなあ。続き楽しみ♪
ひゃー🫣まさか♥️くんに見られたとは❣️どうなるのか、めっちゃ気になります🤭 いつも更新ありがとうございます✨