テラーノベル
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彼女がベンチから立ち上がろうとした、まさにその時だった。
カサッ、と手にもっていた懐中時計が滑り落ち、芝生の上に転がった。
「逢城…?」
声をかけた瞬間、彼女の体から一瞬にしてすべての力が抜け落ちた。
支える間もなく、彼女の体は崩れ落ち、少年の腕の中に倒れ込んできた。
「逢城!逢城!?」
彼女の顔からは血の気が完全に引いていた。唇は蒼白くなり、浅く荒い呼吸が途切れ途切れに胸を揺らしている。いくら呼びかけても、少年の手を握り返してくれることはなく、瞳は焦点の会わないままうつろに空を見つめていた。
少年は動揺しつつもスマ―トフォンを取り出し、119番を押した。救急車が到着するまでの数分間が、永遠のように長く感じられた。彼女を乗せた救急車は、赤いサイレンを点滅させながら激しい警告音を鳴らし、夜の街へと疾走した。
病院の集中治療室(ICU)へ運び込まれた後、少年はただ廊下の硬いパイプ椅子に座り、祈ることしかできなかった。駆けつけたお母さんは壁に背を傾けてすすり泣き、医師や看護師たちが緊迫した面持ちで扉を行き来していた。
「容態が急変しました。心臓の機能が急激に低下しています。今夜が…山場です」
厳しい表情の医師から告げられた言葉は、頭の中で虚しく反響するだけだった。
昨日まで笑っていた。さっきまで一緒にゼンマイを巻いていた。 それなのに、どうして。ICUのベットに横たわる逢城は、無数のチュ―ブとモニタ―装置に繋がれ、酸素マスク越しに辛うじて息を吸っていた。
モニタ―が刻む単調な心拍音が、途絶えそうな命の糸を辛うじて繋ぎ止めているようだった。
「…港…港…」
お母さんが叫び続ける中、少年はベットの脇に寄り添い、彼女の指先に触れた。氷のように冷たかった。
翌日の夕刻。救急搬送されてから、ちょうど一日が経とうとしていた。
西日がICUの小さな窓からは差し込み、部屋をあの日と同じ橙色に染め上げたとき、モニターの電子音が不規則に乱れ始めた。
「港…!目を開けてくれ…っ!」
少年が必死に叫ぶと、彼女の長いまつ毛が
かすかに震えた。ゆっくりと、本当にゆっくりと、彼女の黒い瞳が少年を捉えた。
「こう…た…くん…」
「港!ここにいるよ!俺、ここにいるから!」
「ごめんね…。約束…守れなかったかな…」
「そんなことないよ、、!守ったよ、ずっと一緒にいてくれたでしょ!?頼むから、行かないでくれよ…!」
彼女の細い指先が、少年の手をなぞるようにかすかに動いた。彼女は力を振り絞り、あの秋の日の教室で見せたような、ふわりと花が咲く笑顔を浮かべた。
「…船陏くんと…過ごした…時間…すごく…幸せだった…」
「港…っ!」
「…時計…巻いてくれて… ありがとう…。
だい …すき…」
それが、彼女の最後の言葉だった。
静かに息が吐き出され、そして二度と吸い込まれることはなかった。
ピ―–という平坦な電子音が部屋に響き渡り、モニターの波線がまっすぐな一直線へと変わった。
「港―っ!港っっ!」
お母さんの悲痛な叫び声が響き渡る中、少年はただ、彼女の手を握りしめ、ボロボロと涙を流すことしかできなかった。
一日。病院に運ばれてから、たった一日で、彼女は少年の前から完全にいなくなってしまった。 その制服のポケットの中には、二人で最後に巻いた、銀色の懐中時計が静かに収まっていた。
季節は巡り、夏が訪れた。
夏椿が咲き始めた頃、公園のベンチで少年は一人、文庫本を読んでいた。
ポケットから取り出した銀の懐中時計。
傷ひとつなく磨かれたその表面に、
夏の強い日差しが反射して眩しく光る。
「港。今日も、巻いたよ」
少年は小さく呟き、竜頭を回した 。 カリ、カリ。あの心地よい音が手に伝わる。
あの日から今でも、 「僕」は毎日この時計をゼンマイで巻き続けている。 彼女が僕にくれた温もりと、二人で過ごした濃密な奇跡の時間。それは彼女がいなくなった今でも僕の胸の中で消えることなく生き続けている。―end―
コメント
1件
読了しました……。 もう、タイトルの「永遠」という言葉が、すごく重く刺さりますね。 ラストシーン、一人で時計を巻き続ける少年の姿が胸に残って離れません。 彼女の「だいすき」という最後の言葉、ちゃんと彼に届いてたんだなって思うと泣けました。 切なくて美しい、本当に素敵な終わり方でした。佐我之さんの紡ぐ言葉、大好きです🤍🕰️