テラーノベル
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3話
数日後。
時間だけが過ぎていくのに、何も前に進んでいなかった。
「……仁人、ちょっといい?」
塩崎太智が声をかける。
吉田仁人は、少し遅れて顔を上げた。
「……なに」
「最近の勇斗のこと」
その名前に、わずかに反応する。
「……どうかした?」
「どうかしたで済む感じじゃない」
太智の表情は、これまでで一番真剣だった。
「現場来てない日、増えてるし」
「……え」
「来ても、ほぼ喋らない。目も合わない」
仁人の胸がざわつく。
「で、この前……」
少し言い淀む。
「スタッフが様子見に行ったら、部屋から出てこなかったらしい」
「……は?」
「声かけても反応薄くて」
嫌な予感が、じわじわ広がる。
「正直、普通じゃない」
「……」
言葉が出ない。
出るはずなのに、出てこない。
「……行く?」
静かに問われる。
その意味は分かっている。
「……」
長い沈黙。
拳が、無意識に震えている。
「……行かない」
やっと出た言葉。
でも、その声は弱かった。
「今の状態で会ったら……」
息を飲む。
「多分、終わるどころじゃない」
太智は少しだけ目を細める。
「壊れる?」
「……どっちも」
それ以上は言わなかった。
その頃。
カーテンは、ずっと閉じられたままだった。
昼か夜かも分からない部屋。
時計も見ていない。
佐野勇斗は、ベッドの端に座り込んでいた。
同じ体勢のまま、どれくらい経ったのか分からない。
「……」
何も考えられない。
いや、考えたくない。
でも——
勝手に浮かんでくる。
「……仁人」
名前だけが、何度も何度も浮かぶ。
それだけで、呼吸が乱れる。
「……っ」
胸を押さえる。
痛い。
息がうまくできない。
「……」
食事は、ほとんど取っていない。
水も、気づいたときに少しだけ。
体は明らかに弱っているのに、
それでも——
涙だけは、枯れなかった。
「……なんで……」
掠れた声。
ほとんど空気みたいな音。
「……なんで俺……」
言葉が続かない。
意味もまとまらない。
ただ、苦しい。
「……」
スマホが、少し離れた場所にある。
通知は、何度も来ていた。
でも一度も開いていない。
開けない。
開いたら、壊れる。
もう十分壊れているのに、それでも怖かった。
「……っ」
ふと、手が震える。
何もしていないのに、震えが止まらない。
「……こわい……」
ぽつりと漏れる。
暗闇が、やけに重い。
静かすぎて、逆に耳鳴りがする。
「……」
あの言葉が、また蘇る。
——『次は、あいつにする』
「……っ!!」
過呼吸みたいに息が乱れる。
視界がぐらつく。
「だめだ……」
頭を抱える。
「やめろ……」
消えない。
何度振り払っても、こびりついて離れない。
「……守らなきゃ……」
それだけが、かろうじて残っている思考。
「……俺が……」
でも、その俺がもう限界だった。
「……無理……」
ぽつりと落ちる。
「無理だ……」
涙が、また溢れる。
止める力も残っていない。
「……っ、……」
声にならない。
泣きすぎて、喉が潰れている。
ただ、息と一緒に崩れる音だけが漏れる。
「……ごめん……」
何度目か分からない言葉。
「……ごめん……仁人……」
届かない。
届かないと分かっている。
それでも——
「……助けて……」
その言葉だけは、無意識に零れた。
でも、それを聞く人は誰もいない。
暗闇の中、
佐野勇斗は完全に一人で、
沈みきっていた。
𝓉ℴ 𝒷ℯ 𝒸ℴ𝓃𝓉𝒾𝓃𝓊ℯ𝒹
コメント
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続きが楽しみです♪最高です^ - ^