テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
雨の匂いがした。
降ってはいない。
だが、空気は湿っていて、街の灯りを鈍く滲ませていた。
路地裏の奥。
見逃せば通り過ぎるような場所に、その店はある。
扉の前で、翠牙は一度だけ足を止めた。
呼吸を整える。
――いる。
理由はなかった。
確証もない。
それでも、ここに来れば“会える”気がした。
ゆっくりと扉を押す。
音は、ほとんど鳴らない。
静かな空間。
薄い光。
ボトルが並ぶカウンター。
そして。
「……いらっしゃい」
低い声が、そこにあった。
視線を上げる。
カウンターの向こうに立つ男は、昔と同じ姿勢で、同じように立っていた。
変わらない。
――いや。
変わっていないように、見えるだけだ。
「……生きてたんですね」
自然と、言葉が出た。
返事はすぐには来なかった。
グラスに氷を落とす音が、静かに響く。
カラン、と。
「そう見えるか」
淡々とした声。
それだけだった。
翠牙は、ゆっくりとカウンターへ歩み寄る。
距離が縮まる。
その分だけ、違和感もはっきりしていく。
「はい」
短く答える。
それ以上の言葉は、見つからなかった。
クロウは振り返らない。
ただ、手元の作業を続けている。
片手で。
自然な動きで。
まるで最初からそうであったかのように。
「……注文は」
「なんでも」
間を置かずに返す。
昔と同じだ。
指示は簡潔で、余計なことは言わない。
それが、この人のやり方だった。
グラスが差し出される。
透明な液体。
光を受けて、わずかに揺れる。
翠牙はそれを見つめたまま、言った。
「……あの頃と、何も変わってない」
沈黙。
クロウの手が、一瞬だけ止まる。
ほんの一瞬。
見逃せば気づかないほどの。
「変わった」
低く、返される。
その声は、わずかに重かった。
「戻らない」
その一言で、すべてが終わった気がした。
それ以上踏み込むなと、言われているようで。
それでも。
翠牙は視線を逸らさなかった。
「……探しました」
ぽつり、と。
クロウは何も言わない。
「行方不明って処理されて……でも、納得できなくて」
指先に、少しだけ力が入る。
「あなたが、あんな形で消えるはずないって」
言い切る。
それが、自分の中の“答え”だった。
クロウはゆっくりと息を吐いた。
「そうか」
それだけ。
肯定も、否定もない。
ただ、受け流すような一言。
「……何があったんですか」
静かに問う。
答えは、期待していなかった。
それでも、聞かずにはいられなかった。
しばらくの沈黙。
やがて。
「覚えてない」
短い言葉。
嘘か、本当か。
判断はつかなかった。
だが。
それ以上、踏み込むことはできなかった。
――できないと、理解した。
翠牙はグラスに手を伸ばす。
口をつける。
味は、よく分からなかった。
ただ、冷たさだけが、やけに残る。
「……ここで何してるんですか」
「仕事だ」
即答。
その内容が何かは、聞かなくても分かる。
この場所、この空気、この男。
すべてが答えだった。
「……そうですか」
それ以上は言わない。
言えない。
言葉にした瞬間、何かが壊れる気がした。
静寂が戻る。
雨の匂いは、まだ消えない。
クロウは再びグラスを磨き始める。
何もなかったかのように。
いつも通りに。
その姿を見て、翠牙は理解した。
この人はもう。
戻らない。
同じ場所には、いない。
それでも。
「……また来ます」
気づけば、そう言っていた。
クロウは手を止めない。
ただ一言だけ。
「勝手にしろ」
突き放すようで。
どこか、拒絶しきれていない声だった。
翠牙は小さく息を吐く。
それだけで、十分だった。
扉へ向かう。
背中に視線は感じない。
それでも。
確かにそこに、“あの人”はいた。
形は変わっても。
完全には消えていない何かが。
扉を開ける。
外の空気は、少しだけ冷たかった。
雨は、まだ降っていない。
けれど。
もうすぐ降る。
そんな気がした。
解説もどき↓
クロウ・ノクス
職業:バーテンダー/殺し屋
昔はランク6として警察上官をしていた。
翠牙の世話をし、警察業務を色々と教えていた。
ある日急に居なくなった。(誘拐(同期による誘拐)
帰ったら行方不明扱いされていたため、警察を辞めバーテンダーへ。
バーで喋っていると殺し屋の仕事をしないか?と言われ、殺し屋へ。
今まで1度しか捕まったことはない。
魔獣 翠牙
職業:警察
ランク5の警察。
クロウの部下で、クロウを慕っていた。
ある日突然居なくなり、捜索したが尻尾も掴めず。
行方不明にした張本人。
その後仕事の息抜きでバーに行くと元先輩の姿。
けど左腕が半分なくなってて焦った。(バーでメンケア等された模様)
そこからバーを気に入って通ってる。
数日後、銃声がしたため向かうと人を殺して血しぶきがつき、銃を片手に持っている元先輩の姿。
心が傷んだが、警察としてちゃんと捕まえた。
思考は「犯罪(指名手配)していなかったら黒市民も白市民」と「笑う門には福来たる」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!