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番組収録は滞りなく終わった。震えていた元貴もカメラを前にすると、圧倒的なパフォーマンスを魅せていた。今日の予定は全て終わり、俺たちは元貴の家に帰ろうと歩みを進める。
「元貴くん、今日もよかったよぉ」
「ひ……う、ぁ」
狙ったかのように例のプロデューサーが声をかけてきた。後ろから声をかけてきたから反応が遅れた。ぎゅっと元貴の手を包むように握って、ジッと目を見つめている。これは、ダメだ。
「どうしたの元貴くん。元気ないね?」
「ごめんな、さい……収録終わりで、ちょっと疲れ、てて……」
「そうなんだぁ。じゃぁ、元気になってもらわないと、ね?」
男はそう言って元貴の胸元辺りを軽く叩いた。傍から見れば何気ない励ましの行動に見える。それでも、元貴の癒えていない心を掻き乱すのには充分だった。元貴の足から力が抜ける。涼ちゃんが咄嗟に元貴の肩を抱いて、倒れるのを防いだ。皆の視線が元貴に向いていた。
「すみません。熱っぽいので家で休ませます」
大きな声で涼ちゃんが言った。周囲にいた人たちは、体調不良かと視線を逸らす。必要以上に干渉してこようとしないのはありがたい。しかし、俺は見てしまった。元貴の力が抜けた時、歪に上がった男の口角を。
「なにか面白いことでもありましたか?」
気付けば口から言葉が漏れていた。男は少し目を見開くと、ゆったりと首を振った。
「気に障ったならごめんね。でも、元々こういう顔なんだ。元貴くんの体調も悪そうだし、僕は退散するよ。みんな、いい夜を…」
踵をかえすと男は立ち去ってしまった。
元貴は固まった表情のまま、俺たちの手を引く。
「はや、く…かえろ……」
ポソリと呟かれたその言葉に、俺たちは従うことしかできなかった。
家に着くと、元貴は俺たちに抱きついて離れなくなった。いつも通りだけれど、寂しそうに見えて、俺も涼ちゃんも何も言わずソファに座っていた。
どれだけその状態でいただろうか。ようやく元貴が顔を上げた。
「ふたりとも…今日はもう、かえっていいよ」
「ダメだよ。僕らが帰ったら、元貴は寝れないでしょ…?」
「ごめん……でも、今日はひとりで、いたくて…」
泣きそうな顔をした元貴に言葉が詰まる。
今は誰の気配であっても負担になる。ひとり、静かな世界で心を落ち着けたい。ぎりぎりの所で元貴は息をしている。
「分かった、でも約束して。苦しくなったらちゃんと俺たちに伝えるって」
「うん……」
普段の元貴なら痛がるぐらい、涼ちゃんと一緒にぎゅぅと抱きしめて元貴の家を後にする。
元貴が安心して明日を迎えられるように、俺はそればかり願っていた。