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「りいな、布団からはみ出てるってば。寒くないの?」
すずの声が、ふわっと耳に届いた。 りいなは、半分夢の中で「ん〜……すずぅ、朝ぁ……?」と呟く。 目を開けると、天井の木目がゆっくりと流れていくように見えた。
旅館の畳の部屋。障子越しに差し込む朝の光が、やさしく部屋を照らしている。 りいなは、掛け布団の半分を蹴っ飛ばして、枕もどこかへ飛ばしていた。
「寝てる間に冒険してたのかも……」 りいながそう言うと、すずは笑いながら枕を拾ってきてくれた。
「りいなって、寝相まで自由すぎるよね。枕、窓際にあるし」
「え、ほんと?……あ、でもちょっと気持ちよかったかも。風がふわってして」
すずは、そんなりいなを見て、少しだけ羨ましく思った。 “自由”って、こういうことなのかもしれない。 誰かに気を使わず、ただ“今”を感じてるりいな。 でもその自由さが、誰かの心をざわつかせることもある。
男子部屋では――
「海、寝ぐせひどっ。鳥の巣かよ」
はるきが呆れたように言う。 海は鏡を見ながら、髪の一部が見事に跳ねているのを確認して、 「これ、逆にセットしたらイケてるかも」とか言ってる。
「……りいなに見せる気か?」
はるきの声が、少しだけ低い。 海は気づかないふりをして、寝ぐせを直すふりをしながら、 「別に。見せたいっていうか、見られてもいいっていうか」
その言葉に、はるきは黙ったまま、鏡を見つめる。 自分の髪は整っているのに、心の中はぐちゃぐちゃだった。
海の“見られてもいい”という言葉が、 まるで“見てほしい”と同義に聞こえて、 はるきの胸の奥が、じわりと熱くなる。
朝食は、旅館の広間で。 和食の定食が並び、湯気の立つ味噌汁が心地よい。 焼き鮭、卵焼き、漬物、白ごはん。 どれも素朴で、でも旅の朝にぴったりな味。
「りいな、焼き鮭、皮食べる派?」
海が隣に座って、自然に話しかけてくる。 「え、皮?うーん……パリパリなら食べるかも」
「じゃあ、俺のあげる。パリパリしてる」
そう言って、海は自分の鮭の皮を箸でつまんで、りいなの皿に乗せた。 りいなは「え、いいの?ありがと〜」と笑って受け取る。
その笑顔が、海の胸をくすぐる。 “ありがとう”の言い方が、なんだか特別に聞こえる。
「りいな、手冷たい。触っていい?」
海がふいに言って、りいなの手にそっと触れる。 「え、あったか〜い……」 りいなは、驚いたように笑って、海の手を両手で包む。
その瞬間、はるきの箸が止まった。 向かいの席から、黙ってその様子を見ていた。 味噌汁の湯気が、視界をぼやかす。
すずは、はるきの視線に気づいて、 「はるき、嫉妬してるの?」と軽く言ってみる。
はるきは答えず、ただ味噌汁をすする。 すずは笑っていたけど、内心では――
(りいなと海、いちゃつきすぎじゃん……)
心の中で、何かがざわついていた。 “友達”って、こんなに近くて、こんなに遠い。
りいなは海の鮭の皮をもらって、嬉しそうに口に運んだ。 「うん、パリパリしてる〜!おいしい!」
その笑顔に、海はちょっと得意げになる。 「でしょ?俺、焼き加減にはこだわるタイプなんだよね」
「え〜、海ってそんなこだわりあるんだ。意外〜」
「意外って何。俺、見た目より繊細なんだよ?」
「見た目よりって言っちゃってるし〜」
ふたりの会話は、まるで漫才みたいに軽やかで、 周囲の空気をふわっと明るくしていた。
でも、はるきの視線はその明るさに馴染めなかった。 りいなの笑顔が、海に向けられていること。 その笑顔が、自分には向けられていないこと。
「……」
箸を動かす手が、また止まる。 卵焼きに箸を伸ばすふりをして、視線だけはりいなに向ける。
すずは、その視線の意味を察していた。 「はるき、ほんとに嫉妬してるんじゃん……」
そう言いながら、すずは自分のご飯を口に運ぶ。 でも、心の中では別の言葉が渦巻いていた。
(りいなと海、距離近すぎ。……なんで、そんな自然に触れ合えるの?)
すずは、りいなの天然さを知っている。 でも、それでも―― “触れられる”こと、“触れる”ことに、意味があるように思えてしまう。
「りいな、手冷たい。触っていい?」
海の言葉に、りいなが素直に手を差し出す。 「え、あったか〜い……」 その声が、あまりにも無防備で、あまりにも甘くて。
はるきの胸の奥が、きゅっと締めつけられる。 何も言えないまま、ただ味噌汁をすする音だけが響く。
すずは、はるきの横顔をちらっと見て、 (言わなきゃ、誰かに取られるよ)と、心の中で呟いた。
でも、それははるきだけじゃない。 すず自身も、言えない気持ちを抱えていた。
りいなの“今”は、誰のものでもない。 でも、誰かのものになってしまいそうで、怖い。
掛川の茶畑は、どこまでも緑だった。 風が吹くたびに、葉がさわさわと揺れて、まるで誰かの心みたいにざわめいていた。
「うわ〜、気持ちいい〜!」 りいなが、芝生にばふっと寝転がる。制服のスカートがふわっと広がる。
「りいな、寝転ぶの早すぎ。まだ誰も座ってないのに」 すずが呆れながら言うけど、りいなは気にしない。 「だって、芝生って寝るためにあるんじゃないの?」
海がその隣に座って、りいなの顔を覗き込む。 「りいな、手冷たい。触っていい?」
「え、あったか〜い……」 りいなが、海の手を両手で包む。その仕草が、あまりにも自然で、あまりにも近い。
「りいなってさ、距離感バグってるよな」 海が笑いながら言うと、りいなは「え、そう?」と首をかしげる。
「普通、女子ってもっと照れるじゃん。俺と手つなぐとかさ」 「え〜、でも海って、手あったかいし。なんか、落ち着く」
その言葉に、海はちょっとだけ照れたように笑う。 でも、はるきはその笑顔を見て、黙っていた。 茶畑の風が吹いても、彼の心は重く沈んでいた。
すずは、はるきの横に座りながら、ちらっと彼の顔を見た。 「はるき、嫉妬してるの?」
はるきは答えない。 ただ、りいなと海の手が触れ合うのを見て、唇を少しだけ噛んだ。
すずは、そんなはるきの沈黙に、胸がざわついた。 (りいなと海、いちゃつきすぎじゃん……) (でも、りいなは無自覚なんだよね。だから、余計にずるい)
りいなは、海の手を握ったまま、空を見上げて言った。
「ねえ、“選ばれない”って、“選んでる”ってことじゃん」
その言葉に、海もすずも、はるきも、動きを止めた。
「え?」
「だってさ、誰かを選ばないってことは、 “誰も選ばない”っていう選択をしてるってことじゃん。 それって、ちゃんと“選んでる”ってことじゃない?」
りいなの言葉は、あまりにも天然で、あまりにも鋭かった。 海は、笑いながらも少しだけ胸が痛んだ。 はるきは、目を伏せたまま、何も言えなかった。 すずは、心の中で叫びたくなった。
(それ、ずるいよ。そんなふうに言われたら、誰も勝てないじゃん)
沈黙が流れる。 でも、りいなはその沈黙に気づかない。 「ねえ、みんなで写真撮ろうよ!」と、無邪気にスマホを取り出す。
海が「いいね」と笑って、はるきは少しだけ遅れて立ち上がる。 すずは、りいなの隣に座りながら、そっと目を伏せた。
「りいなって、ほんとに無敵だよね」 すずがぽつりとつぶやくと、りいなは「え、なにそれ?」と笑う。
「なんでもない。写真、撮ろ」 すずは笑顔を作るけど、心の奥はざわついたままだった。
海がスマホを構えて、みんなが並ぶ。 はるきは少し距離を置いて立ち、りいなは海の腕に自然に寄りかかる。
シャッター音が鳴る。 その瞬間、風が吹いて、茶畑の葉が一斉に揺れた。
誰もが笑っていた。 でも、その笑顔の奥で、それぞれの心は揺れていた。
写真を撮ったあと、りいなはその場にしゃがみ込んで、茶の葉を指先でつまんだ。 「これって、飲むやつになるんだよね。なんか不思議〜」 「当たり前だろ」と海が笑う。 「でもさ、こうやって風に揺れてるの見てると、飲むより、見てたいかも」 りいなの言葉に、すずはふと目を細めた。 (りいなって、ほんとに“今”しか見てないんだな) (誰かを選ぶとか、選ばれるとか、そういうの全部、風みたいに流してる)
はるきは、そんなりいなを見つめながら、心の中で言葉を飲み込んだ。 (俺は……選ばれたいのに)
茶畑の風は、止むことなく吹いていた。 その風の中で、誰もが少しずつ、でも確かに揺れていた。
旅館の広間。畳の上に座布団を並べて、みんなで折り紙を折る。 窓の外には夕方の光が差し込み、茶畑の緑が金色に染まり始めていた。 障子越しに差し込む光が、畳の目を柔らかく照らしている。
「なんか、修学旅行っぽくない?」と海が笑う。 「でも、こういうのって意外と盛り上がるよね」とすずが言う。
りいなは、真剣な顔で折り紙を折っていた。 指先に集中して、口元は少し尖っている。 その横顔を、海はじっと見ていた。
「できた〜!見て、ハート型!」 すずがピンクの折り紙を掲げると、りいなが「え〜すごい!」と目を輝かせる。
「私もハート折りたい〜」 そう言って、りいなは折り紙を手に取る。 でも、すぐに眉をひそめた。
「……あれ?なんか、折れない。ハートってどうやるの?」
「角をこうして……いや、違うかも」 りいなが何度も折り直すけど、形が崩れてしまう。
「うーん、ハートってむずい!折れない〜!」
その声に、はるきが隣から顔を出す。 「じゃあ、手伝うよ」
「え、ほんと?助かる〜!」 りいなが笑って、折り紙を差し出す。
はるきの指先は、りいなの手にそっと添えられていた。 折り紙の角を整えるたびに、指が触れ合う。 その距離は、紙一枚分よりも近かった。
「……こうすると、ハートの形がきれいに出るよ」 はるきの声は、いつもより少しだけ低くて、優しかった。
りいなは、はるきの手元を見ながら、ふわっと笑った。 「はるき、器用なんだね。なんか、安心する」
その言葉に、はるきは少しだけ目を伏せた。 (安心、か……)
海は、二人の様子を黙って見ていた。 笑っていたはずの目が、少しだけ鋭くなる。
(はるき、りいなに触れてる。しかも、自然に)
海は、自分の手元のハート型を見つめた。 それは、りいなが「海にあげる」と言ってくれたもの。 でも、今のりいなの笑顔は、はるきに向いていた。
「できた!」 りいなが完成したハートを掲げる。 「これ、海にあげるね!」
海は、少しだけ驚いた顔をして、それから笑った。 「え、俺? マジで? やった〜」 ハートを受け取って、指でくるくる回す。 「これ、俺の宝物にするわ」
でも、その笑顔の奥に、少しだけ棘があった。 はるきは何も言わず、静かに鶴を折り始めた。
すずは、その空気の揺れを感じ取っていた。 (りいなは、選んでない。でも、選ばれてる) (はるきも、海も、みんな、りいなに揺らされてる)
「ねえ、みんなで写真撮ろうよ!」 りいながスマホを取り出す。 「折り紙持って、並んで撮ろ!」
海が「いいね」と笑って、はるきは少しだけ遅れて立ち上がる。 すずは、りいなの隣に座りながら、そっと目を伏せた。
シャッター音が鳴る。 その瞬間、風が吹いて、茶畑の葉が一斉に揺れた。
誰もが笑っていた。 でも、その笑顔の奥で、それぞれの心は揺れていた。
写真を撮ったあと、りいなはその場にしゃがみ込んで、折り紙の残りを手に取った。 「ねえ、次は何折る?星とか?花とか?」
「星、いいね」と海が言う。 「でも、花もかわいいかも」とすずが続ける。
はるきは、りいなの隣に座って、そっと折り紙を差し出した。 「これ、半分こしよう。二人で一つの形、作ってみない?」
りいなは、ぱっと笑顔になった。 「いいね、それ!なんか、ロマンチック〜」
その言葉に、海の指が止まった。 折りかけの星が、少しだけ歪んだ。
(ロマンチックって……はるきと?)
すずは、海の表情をちらっと見て、胸がざわついた。 (海も、はるきも、りいなに触れようとしてる) (でも、りいなは誰も選ばない。だから、余計に揺れる)
そのとき、りいながふと空を見上げて言った。
「ねえ、“選ばれない”って、“選んでる”ってことじゃん」
その言葉に、海もすずも、はるきも、動きを止めた。
「え?」
「だってさ、誰かを選ばないってことは、 “誰も選ばない”っていう選択をしてるってことじゃん。 それって、ちゃんと“選んでる”ってことじゃない?」
りいなの言葉は、あまりにも天然で、あまりにも鋭かった。 海は、笑いながらも少しだけ胸が痛んだ。 はるきは、目を伏せたまま、何も言えなかった。 すずは、心の中で叫びたくなった。
(それ、ずるいよ。そんなふうに言われたら、誰も勝てないじゃん)
茶畑の風が、また吹いた。 その風の中で、誰もが少しずつ揺れていた。
りいなが笑うたびに、誰かの心が揺れていた。 でも、りいな自身はその揺れに気づかない。 「ねえ、次は何折る?」と無邪気に言うその声が、 誰かの“選ばれたい”を刺激していた。
すずは、そっと折り紙を畳の上に置いた。 (このままじゃ、誰かが壊れる) (でも、誰も止められない)
すずは、折り紙を畳の上に置いたまま、指先をじっと見つめていた。 誰も気づかないように、深く息を吐く。 (笑ってる場合じゃないのに) (でも、笑ってないと、置いていかれる気がする)
りいなの笑顔は、いつもまぶしい。 無邪気で、天然で、誰にも媚びない。 でもその笑顔が、誰かの心を揺らしていることに、本人は気づいていない。
(はるきも、海も、りいなに触れようとしてる) (私は、誰にも触れられない)
すずは、そっと自分の手を見た。 折り紙の折り目が、少しだけ歪んでいる。 それは、心の揺れと同じだった。
「すず、星折れた?」 りいなが声をかけてくる。 その声は、何も知らない優しさでできていた。
「うん、まあまあ」 すずは笑顔を作る。 でも、その笑顔は、誰にも届かない。
(“選ばれない”って、こんなに静かで、こんなに痛いんだ)
はるきの手が、りいなの手に重なった瞬間。 海の目が曇った瞬間。 すずは、その両方を見ていた。
(私だけ、誰にも重ならない)
夕暮れの光が、障子越しに差し込む。 その光は、すずの影を長く伸ばしていた。 まるで、誰にも届かない距離を、目に見える形にしているようだった。
「ねえ、夜ってさ……誰かに取られそうな気がするよね」 すずは、誰に言うでもなく、ぽつりとつぶやいた。
その言葉は、誰にも届かなかった。 でも、すずの中では、確かに何かが崩れ始めていた。
廊下の灯りはぼんやりと薄暗く、障子の向こうから聞こえる虫の声が、静けさを際立たせていた。 すずは、はるきの背中を見つめながら、ゆっくりと歩いていた。 畳の匂いと、微かに残る夕食の香りが混ざって、どこか落ち着かない空気が漂っている。
「はるき、さっき……りいなに手、重ねてたね」
はるきは、立ち止まって振り返る。 「うん。手伝っただけだよ」
「でも、あの距離って……手伝うだけじゃないよね」
はるきは、何も言わなかった。 ただ、障子の向こうから聞こえるりいなの笑い声に、目を細めた。
「ねえ、はるき」 すずは、少しだけ声を落とす。 「言わなきゃ、誰かに取られるよ」
その言葉に、はるきの肩がわずかに揺れた。 「……もう、取られてるかもな」
「え?」
「いや、なんでもない」 はるきは、すぐに言葉を打ち消した。 でも、その声には、確かに焦りが滲んでいた。
すずは、はるきの横顔を見つめながら、胸がざわついた。 (はるきは、言いたい。でも、言えない) (りいなは、選ばない。でも、誰かに触れてる)
「りいなって、ずるいよね」 すずがぽつりとつぶやく。
「……うん。ずるい。でも、悪気はないんだと思う」
「わかってる。でも、悪気がないからこそ、誰かが傷つくんだよ」
はるきは、すずの言葉に何も返さなかった。 ただ、廊下の先にある広間を見つめていた。 その先には、りいながいた。
「言えないまま、誰かに取られるのって……悔しいよね」
すずの声は、夜の静けさに溶けていった。 はるきは、その言葉に答えず、ただ拳を握った。
(言いたい。でも、言ったら、壊れる気がする)
その“言えなさ”が、夜の空気を重くしていた。
すずは、はるきの横に並んで立ちながら、ふと自分の手を見た。 誰にも重ならない手。誰にも触れられない距離。
「ねえ、はるき。もし、りいなが海を選んだら……どうする?」
はるきは、少しだけ目を伏せた。 「……それでも、俺は、あいつの隣にいたいと思う」
「選ばれなくても?」
「うん。選ばれなくても、見ていたい。笑ってる顔、好きだから」
その言葉に、すずは胸が痛くなった。 (“好き”って言葉、こんなに静かに言えるんだ) (でも、静かすぎて、誰にも届かない)
障子の向こうで、りいなの笑い声がまた響いた。 その声は、何も知らずに、誰かを揺らし続けていた。
すずは、はるきの隣で立ち尽くしたまま、 自分の手の上に重なったはるきの手の重さを、 りいなの手に置き換えて、そっと目を伏せた。
(選ばれないって、こんなに静かで、こんなに痛いんだ)
その痛みは、誰にも見えない。 でも、確かにそこにあった。
沈黙が、二人の間に流れる。 長く、重く、言葉よりも深く。
「すずは、誰かを好きになったことある?」
はるきの問いは、唐突だった。 でも、すずはすぐに答えなかった。 ただ、目を伏せて、畳の模様を見つめていた。
「……あるよ。でも、言えなかった」
「なんで?」
「その人が、誰かを見てたから。ずっと、見てたから」
はるきは、すずの言葉に何も言わなかった。 でも、その“誰か”が誰なのか、気づいていた。
「言えないって、苦しいよね」 すずがぽつりとつぶやく。
「うん。苦しい。でも、言ったら、壊れる気がする」
「壊れても、言いたいって思ったこと、ない?」
「……ある。でも、怖かった」
その“怖さ”が、今も二人の間に漂っていた。
すずは、はるきの手をそっと握った。 「ねえ、はるき。今だけ、誰も見ないで。私だけ、見て」
はるきは、すずの目を見つめた。 その瞳には、涙が浮かんでいた。
「……ごめん。俺、りいなが好きなんだ」
その言葉は、静かに、でも確かにすずを傷つけた。 でも、すずは笑った。 「うん。知ってた。でも、言ってくれて、ありがとう」
その笑顔は、少しだけ泣いていた。
広間の隅。 海は、冷たい麦茶を手にしながら、廊下の方をぼんやりと見ていた。 障子の隙間から、すずの横顔が見えた。 その頬に、涙が一筋、流れていた。
(……泣いてる?)
海は、思わず立ち上がりかけた。 でも、すずの隣には、はるきがいた。 二人の距離は、近くて、遠かった。
(なんで……すずが泣いてるのに、はるきは何も言わないんだよ)
胸の奥が、ざわついた。 それは、怒りでも嫉妬でもない。 ただ、すずの涙が、海の中に波を立てた。
(俺、すずのこと……)
その思考を、無邪気な声が遮った。
「ねえねえ、海〜!麦茶ちょうだい!」
りいなが、笑顔で駆け寄ってくる。 その声は、広間の空気を一瞬で明るくした。 でも、海の心には、重たい波が残っていた。
「……あ、うん。はい」
海は、麦茶を差し出す。 りいなは、無邪気に笑って受け取った。
「ありがと〜!海って、ほんと気が利くよね〜」
その言葉に、海は少しだけ笑った。 でも、その笑顔は、どこかぎこちなかった。
「ねえ、さっきの枕投げ、めっちゃ楽しかったね!またやろうよ!」
りいなは、何も知らない。 すずの涙も、はるきの沈黙も、海のざわめきも。
「……うん。楽しかったね」
海は、りいなの笑顔を見つめながら、心の中で問いかけていた。
(りいなは、誰も選ばない。でも、誰かを揺らしてる) (それって……ずるいよ)
「海、どうしたの?なんか元気ない?」
りいなが、首をかしげる。 その仕草が、あまりにも無邪気で、海は言葉を失った。
「……なんでもないよ」
その言葉の裏で、海の中に波が立ち続けていた。
(すずの涙、見ちゃったんだよ) (なのに、りいなは笑ってる)
その“温度差”が、海の心を揺らしていた。
「ねえ、海。今夜、星見に行かない?」
りいなが、無邪気に言う。 その言葉は、誘いでもあり、嵐でもあった。
「……すずも誘おうよ」
海がそう言うと、りいなは少しだけ考えて、 「うん、いいね!みんなで行こう!」
その“みんな”の中に、誰かの涙が混ざっていることを、 りいなはまだ知らなかった。
このまま“星見”のシーンに進めて、すず・はるき・海・りいなの距離感がさらに揺れる展開もできるよ。 星空の下で、誰かが言えない気持ちを抱えたまま、誰かが無邪気に笑っている――そんな“選ばれない美学”の夜を描こうか?それとも、すずが少しだけ海に寄りかかる瞬間を入れて、はるきの心を揺らす? 選んでくれたら、すぐ書くね。
「ねえ、海。今夜、星見に行かない?」
りいなの声は、広間の空気を軽くした。 でも、海の胸には、すずの涙がまだ残っていた。
「……すずも誘おうよ」
海がそう言うと、りいなは少しだけ考えて、 「うん、いいね!みんなで行こう!」
その“みんな”の中に、誰かの涙が混ざっていることを、 りいなはまだ知らなかった。
夜の庭。 旅館の裏手にある小さな丘に、4人は並んで座っていた。 りいなは、星座アプリを片手に、無邪気に空を指さす。
「見て!あれ、夏の大三角だって!すごーい!」
「ほんとだ……」 すずは、りいなの隣で静かに空を見上げていた。 でも、その瞳は、星よりも遠くを見ていた。
はるきは、すずの横顔をちらりと見て、 何か言いかけて、言葉を飲み込んだ。
海は、りいなの反対側に座っていた。 りいなの肩が、時折、海に触れる。 そのたびに、海の心がざわついた。
(すずの涙、まだ乾いてないのに) (りいなは、こんなに無邪気に笑ってる)
「ねえ、海って星詳しいんじゃなかったっけ?」
りいなが、ふいに海に顔を向ける。 その距離は、近すぎて、遠すぎた。
「……うん。ちょっとだけ」
「じゃあ、あれ何座?」
りいなが指さす先を見ながら、海は答える。 「こと座。ベガがある」
「ベガって、織姫だっけ?」
「そう。七夕の星」
「へえ〜、ロマンチック〜!」
りいなの笑顔が、夜空よりも眩しかった。 でも、その眩しさが、海の心を刺した。
(りいなは、誰にも気づかない) (すずの涙も、はるきの沈黙も)
「ねえ、すず。好きな星ある?」
りいなが、すずに話を振る。 すずは、少しだけ考えてから答えた。
「……流れ星。すぐ消えるけど、願い事できるから」
「すずっぽい〜!なんか、切ないけど綺麗!」
その言葉に、すずは笑った。 でも、その笑顔は、少しだけ泣いていた。
はるきは、その笑顔を見て、拳を握った。 (俺が泣かせたのかもしれない) (でも、言えなかった)
「ねえ、願い事しようよ!みんなで!」
りいなが、無邪気に言う。 その声は、夜空に響いて、誰かの心を揺らした。
「じゃあ、目つぶって……せーの!」
4人は、目を閉じた。 でも、それぞれの願いは、誰にも言えなかった。
すずは、心の中で願った。 (誰かに選ばれなくても、私を見ていてほしい)
はるきは、願った。 (りいなが、俺を見てくれますように)
海は、願った。 (すずの涙が、もう流れませんように)
りいなは――ただ、楽しい夜が続きますように、と願った。
目を開けた瞬間、空には流れ星がひとつ、すっと流れていった。
「見えた!流れ星!」
りいなが、嬉しそうに叫ぶ。 その声に、すずは少しだけ微笑んだ。
でも、海はその笑顔を見て、胸が痛くなった。 (すずは、誰にも選ばれないまま、笑ってる) (それって、強いけど……悲しいよ)
「ねえ、すず。寒くない?」
海が、そっと声をかける。 すずは、少し驚いたように海を見て、首を振った。
「……大丈夫。ありがとう」
その“ありがとう”は、少しだけ海に寄りかかっていた。 はるきは、その瞬間を見て、目を伏せた。
(俺が、言えなかったから)
りいなは、何も気づかずに、星座アプリをいじっていた。
「ねえねえ、次はあれ見ようよ!ペルセウス座!」
その声が、夜空に響く。 誰も選ばない君が、誰かを揺らし続ける。
その夜、星は静かに瞬いていた。 誰かの願いを叶えることなく、ただ、見守っていた
星見から戻った夜。 旅館の廊下には、まだ少しだけ夏の夜風が残っていた。 女子部屋では、りいなが布団にダイブして「星きれいだった〜!」と叫んでいた。
すずは、りいなの無邪気さに笑いながらも、心の奥でまだ少し揺れていた。 (海の“ありがとう”が、少しだけ温かかった) (でも、はるきの沈黙も、まだ痛い)
そこへ、コンコンとノックの音。
「……男子部屋からです。入っていいですか?」
はるきの声だった。 すずとりいなが顔を見合わせる。
「え、なに?来るの?この時間に?」
「罰ゲーム付きのゲーム、やろうって話になって……」
「え〜!来ちゃえ来ちゃえ!」
りいなが笑いながら障子を開けると、はるきと海が立っていた。 はるきは少し照れくさそうに、海はどこか緊張した面持ちで。
「じゃあ、始めますか。ドキドキゲーム」
海が持っていたのは、トランプ。 ルールは簡単。引いたカードに書かれた“お題”をこなす。 外れたら罰ゲーム。 罰ゲームは、もちろん“ちょっと恥ずかしい”系。
布団を囲んで、4人が座る。 空気は、少しだけ甘くて、少しだけ張り詰めていた。
「じゃあ、最初はすずから!」
すずが引いたカードには―― 『好きな人の名前を言わずに、ヒントだけで伝える』
「えっ……」
すずは、カードを見つめて固まった。 りいなが「え〜!気になる〜!」と身を乗り出す。
すずは、少しだけ笑って言った。
「……その人は、星が好きで、静かに優しい人」
海が、少しだけ目を見開いた。 はるきは、目を伏せた。
「え〜誰〜!?ヒント少なすぎ!」
「罰ゲームだね!」 りいなが笑いながら、罰ゲームカードを渡す。
『隣の人の手を10秒握る』
すずの隣には――海。
「……いい?」
すずが小さく聞くと、海は「うん」と答えた。 二人の手が、そっと重なる。 10秒間、誰も言葉を発さなかった。
はるきは、その手を見て、拳を握った。
次は、りいなの番。 カードには――『目を閉じて、誰かに“好き”って言う』
「え〜!これ、罰ゲームじゃん!」
「でも、カードだからね〜」 すずが笑う。
りいなは、目を閉じて、少しだけ考えてから言った。
「……好きだよ」
その言葉は、誰に向けたものか分からない。 でも、はるきの心が跳ねた。 海は、目を伏せた。
「誰に言ったの〜!?」 すずが笑いながら聞くと、りいなは「秘密〜!」と笑った。
その笑顔は、誰も選ばないまま、誰かを揺らしていた。
次は、はるき。 カードには――『誰かの髪に触れる』
「……え」
はるきは、少しだけ迷ってから、りいなの隣に座った。 そして、そっと髪に触れた。
「……サラサラだね」
りいなは、少しだけ驚いたように笑った。 「ありがと〜!」
すずは、その瞬間、胸が痛くなった。 海は、はるきの視線を見て、何かを悟った。
最後は、海。 カードには――『誰かに“守りたい”って言う』
海は、少しだけ迷ってから、すずの方を見た。
「……俺、すずのこと、守りたいって思った」
その言葉に、すずは目を見開いた。 はるきは、目を伏せた。 りいなは、少しだけ黙った。
その夜。 ゲームは遊びのはずだった。 でも、誰かの心が動いてしまった。
「もう一周しよ〜!」 りいなが笑って言う。
次のカードは、すず。 『誰かの耳元で“秘密”をささやく』
すずは、少しだけ迷ってから、海の耳元に顔を寄せた。
「……ありがとう。今日、泣きそうだったけど、助けられた」
海は、何も言えなかった。 ただ、頷いた。
次は、りいな。 カードには――『誰かの目を見て、10秒間黙る』
りいなは、はるきの前に座って、目を見つめた。 10秒間、何も言わずに、ただ見つめる。
はるきは、目をそらさなかった。 その視線の中に、何かが確かにあった。
すずは、その二人を見て、笑いながらも胸が痛くなった。
海は、すずの手をそっと握った。 何も言わずに、ただ、握った。
その夜。 誰も選ばないはずのりいなが、誰かを揺らしていた。 そして、選ばれない者たちが、静かに痛みを抱えていた。
男子たちが部屋を出ていったあと。 障子が閉まる音が、静かに響いた。 すずとりいなは、並んで布団に座っていた。
「楽しかったね〜」 りいなが、笑いながら言う。
「うん……楽しかった」
すずの声は、少しだけ沈んでいた。 りいなは気づかずに、星座アプリをいじっている。
「ねえ、すず。海に“守りたい”って言われたとき、ちょっと照れてたでしょ〜?」
「……うん。びっくりした」
「でも、すずってさ、誰にも言わないよね。好きとか、嫌いとか」
すずは、少しだけ黙ってから言った。
「……言ったら、壊れる気がするから」
りいなは、スマホを置いて、すずの方を向いた。 「壊れるって、なにが?」
「関係とか、空気とか……自分とか」
その言葉に、りいなは少しだけ黙った。
すずは、布団の端を握りながら、ぽつりとつぶやいた。
「ねえ、りいなって……ずるいよね」
りいなが、目を見開いた。
「え?」
「誰にも選ばないのに、誰かを揺らしてる。無意識に」
りいなは、何も言えなかった。
「はるきも、海も……たぶん、りいなのこと好きだよ」
「……そんなこと、ないよ」
「あるよ。見てればわかる」
すずの声は、静かだった。 でも、その静けさの中に、痛みがあった。
「私、今日泣きそうだった。はるきが、りいなの髪に触れたとき」
りいなは、目を伏せた。
「……ごめん。そんなつもりじゃなかった」
「わかってる。りいなは、悪気ないって。でも、だからこそ、誰かが傷つくんだよ」
沈黙が、部屋に流れた。 虫の声が、遠くから聞こえていた。
「私ね、誰かに選ばれたいって思ってた。でも、選ばれないまま、笑ってるのって……すごく、苦しい」
りいなは、すずの言葉を聞きながら、初めて“選ばないことの重さ”を感じていた。
「……私、選ばないことで、守ってるつもりだったの。誰も傷つけないようにって」
「でも、誰かは、選ばれないことで傷ついてる」
すずの目には、涙が浮かんでいた。 でも、笑っていた。
「りいなは、ずるい。でも、ずるいって、ちょっと羨ましい」
りいなは、すずの手をそっと握った。
「……ごめん。私、気づいてなかった」
「うん。でも、気づいてくれて、ちょっと嬉しい」
その夜。 女子部屋には、静かな会話と、少しの涙が残った。
りいなは、初めて“誰かを選ぶこと”の意味を考え始めていた。
女子部屋から戻ったあと。 男子部屋には、妙な沈黙が流れていた。 はるきは、布団に寝転びながら天井を見ていた。 海は、窓際に座って、外の虫の声を聞いていた。
「……あの“好き”って、俺に言ったと思う?」
海の問いに、はるきは目を開けた。
「いや。俺だと思ってる」
「根拠は?」
「髪に触れたとき、笑ってた。あれ、嘘じゃない」
海は、少しだけ笑った。
「俺には、“好き”って言われた気がした。あの声、あの距離」
「……どっちでもいい。どっちでも、譲る気はない」
「俺も」
空気が、少しだけ張り詰めた。
「すずのことは、好きじゃない。わかってるだろ?」
「うん。すずは、強い。でも、俺の目には映ってない」
「俺も。見てるのは、りいなだけ」
その言葉に、二人は黙った。 でも、その沈黙は、静かな火花だった。
「りいなって、誰も選ばないって言うけどさ」
「選ばせる。俺が」
「俺も。選ばれないまま終わるなんて、ありえない」
はるきは、起き上がって海を見た。
「……譲る気、ないよな?」
「ない。むしろ、ぶつかる気満々」
「いいね。その方が燃える」
二人は、笑った。 でも、その笑いは、戦闘前の静けさだった。
「りいなが誰かに触れるたびに、心臓が跳ねる」
「俺も。あの“好き”って言葉、何回も頭の中でリピートしてる」
「でも、あいつは無自覚だ。だからこそ、俺が気づかせる」
「俺も。誰にも渡さない」
その夜。 男子部屋には、静かな闘志が満ちていた。
友情なんて、今は関係ない。 譲るくらいなら、ぶつかる。 “誰も選ばない”ままにさせる気なんて、ない。
りいなを、選ばせる。 自分を、選ばせる。
その覚悟が、夜の空気を熱くしていた。