「あの…実は先程初めましてと言いましたが、1度だけお会いした事があったんです」
「・・・・・」
顔を見たけど全く思い出せなかった。
「顔を見ても思い出せないと思います。僕だって記憶がないんですから」
男は真顔で訳のわからない事を言っていた。
「どういう事ですか?」
「19年前の10月13日に、路地でうずくまっている妊婦がいたんです。その妊婦をたまたま昼休憩をしていた銀行員の男性が通りかかり、救急車を呼んでくれた上に、病院まで一緒について来てくれたんです」
「えっ!? もっ‥もしかして…君はあの時の妊婦さんの子供?」
「はい。その節は、母と私が大変お世話になりました」
「そうか、君があの時の…。こんなに立派になって、本当にビックリだよ。偶然とは恐ろしいものだな」
「偶然じゃないと思う。仕事に行く直前、ママに何か言われなかった?」
「言われた…。【困ってる人がいたら最後まで助けてあげて】そう言って葵は僕を仕事に送り出したんだ」
葵の言葉は僕が妊婦を助ける事で、僕にいち早く病院に来てもらい出産に立ち会ってもらうために言ったものだと思っていた。
でも、あの時の妊婦の子がこうして目の前にいると、偶然などではなく全てが葵に仕組まれていた必然だと思わざるえなかった。
「ママには見えていたんだね」
「あぁ…。ところで平井さんは今何の仕事を?」
「高校卒業後、消防士になりました。将来はレスキュー隊に入って多くの人を救っていきたい。そう思っています」
「消防士か…立派な仕事だと思う。でも、常に危険と隣り合わせじゃ?」
「はい。確かに危険はつきものです。でも、日々の厳しい訓練と仲間と信じあい助け合う事で、1日1日を生き抜いています。それに僕は何があっても生きていたいし、何があっても必ず愛する人の元に生きて帰ります」
彼の真っ直ぐで偽りのない言葉に胸が熱くなった。
「言いたい事が他に何かあるんじゃ?」
「はい…」
「言ってみなさい。聞くだけは聞いてみよう」
「僕は、消防士としても人間としても半人前かもしれません。でも、遥香さんを愛する気持ちは1人前…いや百人前です。命に代えても遥香さんを一生守って行きます。遥香さんと結婚させて下さい」
男は額を地面に押しつけ、土下座をしながらそう言った。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!