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「なんだったんだ? こいつ……」
俺は困惑を隠しきれないまま首を傾げた。
見下ろす先には、血を吐きながら地面に転がる男の姿。
学園の敷地内を散歩していたら、なんかやたらと悪意に満ち溢れた奴が歩いていたから、とりあえず攻撃してみたのだが。
サイコパスって辞書で引いたら一番最初に出てきそうな言動してたし、たぶん敵的な存在で間違いないと思う。
魔女として何年も戦ってきた経験から、俺は悪意とかそういう感情に敏感になったのだ。
けれども、万が一振る舞いが怪しいだけの一般人だと申し訳ないので──だとしても学園に侵入している時点で罪人ではあるのだが──守衛に連絡だけしておこう。
後ろ手に腕を拘束し、地面に男を押し付けたまま、学園内のネットワークを使って電話を掛ける。
それから数分後、立派な体格の男性たちが駆け寄ってきた。学園勤務の守衛である。
守衛などに採用される者は、当然のことながら、身体能力に秀でている必要がある。引退した魔女なども条件に当てはまるが、そのほとんどは戦闘ができなくなって引退した場合が多いので、絶対数は少ない。男と女とにおいて身体能力の絶対値は、やはり男のほうに軍配が上がるのだ。
守衛の男性は帽子の鍔を摘まみながら苦笑する。
顔に刻まれた皺の深さが、彼の疲れを表しているようだった。
「ああ、ご連絡ありがとうございます」
「いえいえ。いつもお疲れ様です」
「では私たちはこれで」
さっさと話しが進む。非常に慣れているらしい。いつもご苦労様です。
内心合掌しつつ、駆け付けた守衛たちに連行される男を眺めながら、俺はまたもや首を傾げた。
……結局なんだったんだ? あいつ。
◇
学園長室には異質な緊張感が漂っていた。日光を嫌うようにカーテンが閉め切られ、人工的な寒々しい光だけが灯る。
室内に居るのはモルガナと護衛との二人だけであり、そのモルガナが険しい顔で黙り込んでいるものだから、身じろぎすら騒音と同義。
思わず護衛の女性は唾を飲み込み、その僅かな音が、モルガナの思考を現実に引き戻した。
彼女はゆったりと腕を組み、椅子の背もたれに体重を預ける。
「一応確認するが、犯人の目途は?」
「先日、敷地内の喫茶店の店主が不審者を捕まえたようです。しかし尋問の結果、今回の件とはまったく関係がないことが判りました。……それと、学園長に異常な執着をしているとも」
「それは事件に関係ないだろう。はあ、手掛かりが一切ないとは。目印もなしに砂漠に放り出された気分だ」
自分に対する異常な執着、なんて普通は興味が惹かれる要素を教えられてなお、モルガナの反応は芳しくなかった。ひどく退屈そうに天井を眺めている。
──否。退屈そうなわけではない。
身体を焼き尽くさんばかりの焦燥感に、脳を支配されているのだ。
平素より冷静沈着の姿勢を崩さず、魔女を育成する機関の長として落ち着き払った態度を見せるモルガナ。
そんな彼女がここまで動揺しているのは、数週間前から起きている事件が原因だった。
「……これまでに失踪した魔女は三人。いずれも成績優秀、人類の未来のため貢献してくれるだろう卵ばかりだった」
数週間前に一人目が失踪。
今日に至るまで、都合三人が学園から姿を消していた。
もちろん本人らが自らの意志で学園を去った可能性もある。だが、被害に遭った魔女たちはいずれも成績優秀であり、ヒアリングの結果、学園生活に不満がありそうな様子もなかった。つまり学園を後にする理由がないのだ。
加えて、学園中に設置された監視カメラには、彼女らが校門をくぐる姿も映っていなかった。忽然と消えたのである。
以上の条件を加味すれば、これが単なる家出──被害者はどれも学園の寮に住んでいた──ではなく、犯罪性を伴った事件であることは明白。
すべての魔女を愛するモルガナにとって、魔女を標的にした犯罪など許せようはずもなかった。一刻も早く解決したい。
ゆえに彼女は苛立ちと焦りを隠すことなく、こうして平素から逸脱した態度を見せているのだ。
「市井の警察にも協力を仰いでいますが、成果は芳しくありません」
「私も魔女協会に助けを要請したが……返答がないということは、あちらも何も発見できなかったのだろうな」
ほとんど国中に影響力を持つ魔女協会。結界で区切られたアストラディア連合王国に魔女協会の手が伸びない場所はなく、その強大な組織をして碌な成果が出せないのは、やはり異常な事態であると断言して間違いないだろう。
モルガナは、自分が対面している事件の全貌が想像よりも深いことを確信し、同時に失踪した魔女たちの安否を憂いて、溜息をついた。
「それにしても、魔女を相手に誘拐を働くとはな」
「犯人は相当な手練れなのでしょうか?」
護衛は素直な疑問を呈する。
一瞬だけ視線を逸らし、モルガナは口を開いた。
「──あるいは組織的な犯罪か、だ。可能性としては後者のほうが高いだろうな。戦闘を専門的に学んでいる魔女を攫うのは、一般的な人間ではほとんど不可能。それこそ同じ魔女でも引っ張り出してこなければ。……しかし魔女が犯罪に加担する可能性は低い」
犯罪を行なう者は、往々にして現在の状況に不満を抱いている。ところが魔女はその在り方の性質上、国から手厚い保護を受けているため、生活に不満を抱きづらいのだ。わざわざ犯罪に手を染めるなど考えにくい。
であれば──圧倒的な個の力がないのであれば、残る選択肢は組織的な犯罪しかないだろう。
如何な魔女であろうと、魔法を使ったことのない者では、複数人を相手に勝利を収めるのは難しい。おそらく誘拐犯は寄ってたかって被害者を襲ったのだ。
「……っ」
モルガナはその光景を想像して、歯を食いしばった。
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#ハッピーエンド
#ハーレム