コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
喋りづらそうな面持ちのまま、ひと息を吐き出すと、
「……結婚を申し出た時、彼女はなかなか首を縦には振ってくれなかったんだ」
彼が当時のことをゆっくりと語り始めた──。
「そう、だったんですか……?」
どうしてだったんだろうと思う。 とてもお似合いなお二人に見えたのに……。
「ああ、彼女はまだ大学生だった頃に、周囲の反対を押し切って息子を産んだこともあって、子供は一人で育てていこうと心に決めていてな……。
それに、息子の秀司は小学生という分別のある年頃に、今までいなかった父親という存在を急には受け入れられないんじゃないかとも彼女は考えていて、付き合いはしても結婚にはまったく承諾してはくれなかったんだ……」
「そんなことが……」
同じ女性として、独りで生きていこうとする彼女の強い意思を感じるのと同時に、華さんから聞いていた彼自身の境遇が、より一層二人で幸せになりたいと思わせて、幾度も求婚をされたのではと感じられた……。
「それでも諦め切れずに結婚を申し出ていたら、やがて彼女は笑って、『私の方こそよろしくお願いします』と、悦んで受け入れてくれたんだが、その時に一つ条件が出されたんだ」
「条件……ですか?」
「ああ、『家族になるなら、秀司の他にはもう子供は望まないでほしい』と──」
「……えっ?」──どうしてそんなことをと思う。
「……彼女は、秀司以外に子供が出来ることで、格差が生まれることを気にかけていたんだ。連れ子と実子との間で、愛情に差が出来てしまうのはよくあることだからと……。私がいくらそんなことはないからと言っても、彼女はその条件が呑めないのなら結婚は出来ないからと……。
あとは前にも話したと思うが、この先結婚をするなら、秀司が思春期に入る前にしてほしいとも話していて。彼女は、本当に息子のことを何にも代えがたく大事に思っていたんだ……。だから私は、千明との間に新たに子供をもうけることはなく、一人息子の秀司を、彼女が遺した宝物のようにもずっと思ってきたんだよ……。
……話を聞いてもらって、すまないな。……彼女は、千明は、本当に芯が強く真っ直ぐで、忘れられない人だったんだ……」
彼が話を始めた時と同じようにひと息を吐いて、
そうして、目元を隠すように片手で覆った。
覆われた目から涙が流れ、頬をつたい落ちて、
微かに震える彼の肩を、私は思わず抱き寄せた──。