テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第二話 失意
ユノンの葬式は、あまりにも静かに、そしてあっけなく終わった。
魔王討伐の熱狂が街を包んでいる最中だったからか、戦死者の名は儀礼的に読み上げられるだけで、そこに立ち止まる者はほとんどいなかった。勇者の勝利を称える歌声が遠くから流れ込み、その祝祭の空気が、かえってこの場の静けさを際立たせているように思えた。
「戦いに散った尊い命」
司祭はそう言った。
だがその言葉は、どこか薄く、誰に向けられたものなのか分からなかった。
ユノンは“その一人”として処理された。
勇者の物語を完成させるために必要だった、数ある犠牲のひとつとして。
俺は最後まで顔を上げることができなかった。
棺が土に沈む音を、ただ無言で聞いていた。
式が終わると、誰とも言葉を交わさずにその場を離れた。慰めの言葉をかけようと近づいてきた仲間もいたが、視界に入っているはずなのに、まるで遠くの景色のようにしか感じられなかった。
家に戻ると、扉を閉める音がやけに重く響いた。
室内は静まり返っている。
つい昨日まで、ここには彼女の声があったはずなのに。
椅子に腰を下ろし、何もせずに天井を見上げる。視線の先には木目の模様しかないのに、その中にまでユノンの面影を探してしまう自分がいる。
ユノンとは幼なじみだった。
物心ついた頃にはもう隣にいて、気づけば一緒に笑い、一緒に怒り、一緒に成長していた。
彼女が魔法の才能を発現させたのは、俺よりもずっと早かった。
嬉しそうに杖を振り回しながら、まだ不安定な光弾を俺に向けて放った日のことを思い出す。
「カイラは的にちょうどいいんだもん」
悪びれもせずにそう言って、俺が泣きながら怒ると慌てて回復魔法をかけてきた。
「ううぅ…ごめんねぇ、カイラぁ 」
光が傷口を塞ぐ感覚は、いつも温かかった。
あいつの魔法は、痛みを与えるためのものじゃなくて、必ず最後に癒すためのものだった。
思い出は、止めどなく浮かび上がる。
焚き火の前での何気ない会話。
戦場で背中越しに聞こえる声。
最後の、あの笑み。
そして、不意に蘇る言葉。
「主人公みたいだよね」
決戦前夜、毛布にくるまりながら中央陣営の方角を見つめていたユノンの横顔が、やけに鮮明に思い出される。
「あの勇者さんってさ、物語の英雄みたいだよね」
そのときの彼女の声は、羨望とも、憧れともつかない、不思議な響きを含んでいた。
「辛いことがあっても立ち上がって、力もあって、みんなに期待されて……なんか、ちゃんと主人公って感じ」
羨ましいなあ、と彼女は言った。
その言葉が、なぜか胸の奥に引っかかる。
当時は気にも留めなかったはずなのに、今になってやけに重く感じる。
羨ましい?
誰を?
勇者を?
物語の中心を?
俺はゆっくりと体を起こす。
勇者は今、国中から称えられている。
王城では祝宴が開かれ、吟遊詩人がその名を歌い上げ、子供たちは木剣を振り回しながらその姿を真似ている。
街は熱狂に包まれている。
だが、その光の中にユノンの名はない。
あの戦場で命を落としたことすら、勇者の物語を彩る一節でしかない。
「主人公」
声に出してみると、妙に現実味がない響きだった。
主人公。
英雄。
中心。
それらの言葉が、ひとつの概念に収束していく感覚がある。
世界は、誰か一人を中心に据えて回っているのではないか。
そんな考えが、ふと浮かぶ。
馬鹿げている。
けれど、拭えない。
俺は立ち上がる。
理由ははっきりしない。ただ、このまま部屋の中に留まっていると、思考が腐ってしまいそうだった。
外套を羽織り、扉を開ける。
外はまだ祝祭の余韻に包まれている。笑い声が遠くで響き、酒場からは陽気な音楽が漏れている。
その喧騒を横目に、俺は足を中央区へ向けた。
やがて見えてくるのは、石造りの巨大な建物。
王立図書館。
歴代勇者の記録、古い神話、英雄譚。
この世界の“物語”が保管されている場所。
もしこの世界に本当に中心というものが存在するのなら。
もし誰か一人に力と物語が集約される仕組みがあるのなら。
そこに、何かしらの痕跡があるはずだ。
俺は重い扉の前に立つ。
まだ怒りはない。
復讐心もない。
ただ、祝福された世界からこぼれ落ちた者としての、静かな失望だけが胸に残っていた。
その感情の正体を確かめるために、俺は扉に手をかけた。