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第3話 失意の行先
図書館に籠もってから、どれほどの時間が経ったのか、自分でも分からなくなっていた。窓の外の光が傾き、やがて橙色に変わっても、俺は席を立たず、ただ機械のように古い文献をめくり続けていた。指先が紙で切れても、喉が渇いても、空腹を覚えても、それらはどこか遠い出来事のように感じられ、頭の奥ではただ一つの疑問だけが鈍く回り続けている。
――本当に、すべては偶然だったのか。
英雄譚の記録を何冊も、何冊も積み上げていく。埃を被った年代記、戦記録、民話の写本。どれもこれも似たような構図だった。絶望的な敗北。仲間の死。打ちひしがれる若き戦士。そして、そこから立ち上がる“たった一人”の存在。傷つきながらも前に進み、最後には必ず敵を打ち倒す。時代も、場所も違うはずなのに、驚くほど同じ筋書きが繰り返されている。
決定的な証拠はない。ただの偶然と言われれば、それまでの話だった。俺は積み上がった本の山を見下ろし、小さく息を吐く。馬鹿らしい。こんなところに答えがあるはずがない。ユノンの死に意味を見出そうとすること自体が、未練がましいだけなのかもしれない。
椅子を引き、帰ろうとした、そのとき。
「随分と酷い顔だねぇ。失恋でもしたのかい?」
間延びした声が、横から滑り込んできた。
視線を向けると、本棚に寄りかかるようにして男が立っていた。三十代にも四十代にも見えるこの男、手にはいつの間にか俺が読んでいたのと同じ英雄譚が一冊。口元には薄い笑み。だがその目だけが、妙に澄んでいて、こちらを測るように細められていた。
「……何だあんた」
「いやぁ、君の目があんまりにも“終わってる”からさ。死んだ魚みたいって言うのかな。で、その山積みの英雄譚。どう考えても趣味じゃないだろ?」
軽い。冗談めいている。
だが、心臓の奥を正確に射抜かれた感覚があった。
無視して立ち去ろうとする。
すると男は、わざとらしく肩をすくめた。
「図星かい? じゃあ質問を変えよう」
一歩、距離を詰めてくる。
「君は“主人公”になりたかったのかい?」
足が止まった。
振り返らないまま、背中越しに男の気配を感じる。
図書館の静寂が、急に薄っぺらくなった。
「……意味が分からない」
「分かってる顔してるよ」
くつり、と笑う。
「物語にはね、中心がある。そこに立つ人間は、だいたい最初から決まってる。才能とか努力とか、そんな綺麗な話じゃない。もっと単純で、もっと残酷な仕組みさ」
男は俺の積み上げた本を指で軽く弾いた。
「主人公はねえ、最初から“そう扱われる”だけなんだよ」
その声音は、やけに穏やかだった。
けれどその目は、笑っていなかった。
「で、君はどっちだと思う?」
ゆっくりと首を傾げる。
「物語の中心か。それとも……中心を成立させるための、部品か」
胸の奥が、ひどく静かに軋んだ。
初めて、はっきりとした言葉になりかける。
――ユノンは、部品だったのか?
図書館の空気が、少しだけ歪んだ気がした。