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殴り書きなのでとても雑い。でも求めている燐一はこれ。 一応生きてます
『天城燐音には好きな人がいる。』
もうニ桁は聞いたであろう言葉。そこかしこでその話題が聞こえてくる。よくもまぁ、飽きずに同じことを言えるものだ。
まだ不確定な情報だというのに、当の本人が否定していると言うのに、連中はお構いなしに騒ぎたてる。何がそんなに面白いのか。
天城燐音の実弟である天城一彩は、よく分からなかった。
なぜか一彩に弁解をはじめる兄も、当の本人ではなく弟の方に「相手は誰だ」と聞きにくる人たち、嘘か誠かも分からないのに騒ぐ人たちも、一彩には分からなかった。
「天城一彩は人の気持ちが分からない」
故郷で何度も言われた言葉。
面と向かって言われたこともある。陰で言われていたこともあるらしい。兄さんが言ってた。
『一彩、これどうしたい』
温度のない顔と冷たい手が、いつもの優しい兄と上手く結びつかなくて戸惑ったのを覚えている。
そのあとはどうしたんだっけ。そんなことより兄さんと一緒に遊びたい、と震えながら言ったんだったかな。
笑った兄さんの顔はいつもの優しい兄の笑みで、兄さんの髪と似て非なる赤色から僕を隠すみたいに目を塞いだ兄さんの手は暖かかったな。物理的にも、心理的にも。
…話が逸れたね。
「どうしてなんだろう?椎名さん、ひなたくん」
「……どーして、」
「ここまでくると燐音くんが哀れっすね〜まぁ自業自得っすけど」
「わお、手厳しい〜〜!」
「…フム?」
兄さんが哀れ…ウム、確かに出鱈目な話がそこかしこで聞こえてくる。さすがの兄さんでも辟易しているということかな?
けれど、自業自得…兄さんが勘違いさせることでも言った、とか?あの兄さんにしては珍しいけれど、都会(兄さんが言うには故郷にもあったらしい)にはお酒なるものがあるからね。酔って意表をつかれたのなら、納得だ。
「…おとーとさん、あのぉ〜…」
「何かな、椎名さん」
「その〜…、燐音くんのこと、もっとちゃんと見てあげてくださいね。あんなっすけど、応援するって言っちゃったんで。」
「……フム、僕は兄さんのことを見ていたつもりだったけれど…」
「つまり、察しよくなりましょう!ってこと!…ですよね?」
「そうっす!そゆことっす」
「察しよく…分かった。善処してみるよ!」
大きく元気よく頷いた一彩は、実に曇りなきいい笑顔だった。悪く言えば何も理解していなさそうだった。
「あ〜…まぁ、あとは知らねーっす。」
「あはは〜…。一彩くんはいい子だね」
「?ありがとうひなたくん! 」
天城一彩。
俺のたった1人の弟の名前。
俺の人生の中で最大の幸福であり、最大の障害物でもあるソイツ。
一彩がいなけりゃ、俺はとっくにクソ故郷を飛び出して都会でアイドルよろしくやってただろう。
…いや、そもそも一彩がいたから”外”に興味をもったんだ。いなかったら変わり映えしないクソ田舎でつまんねぇ君主にでもなってたかもな。
「…聞こえてっかァ?俺っちのカワイイ弟くんよォ。」
「ウム?一言一句聞き逃していないよ」
「…そか」
あの時からずっとこうだ。
俺っちに好きな人がいるなんて噂を流した奴は副所長と俺がどっかに消したけど、弟くんは運良く…もちろん俺にとってはとても運悪く一彩の耳に入ってしまったらしい。
大方ニキがチクったんだと思うけど、いや。アイツは諸々知ってるし、変なとこで賢いから違うか。
とにかく、俺に思い人がいるという噂をどっかで 聞きつけてきた弟が、
『兄さんの決めたことなら僕は反対しないけど、婚姻を決めたのなら一度故郷に連れて行った方がいいと思う』
なんて、怒るでもなく、いつ相手を作ったのかと詰め寄るでもなく、ただ俺と誰かも分かってない思い人のことを気遣って助言した。
その言葉はこっちが驚いてしまう程とても鋭く粘着質で、心臓を一突きし、ずきずきとした痛みを与えたまま今も抜けずに堂々と俺の体を苦しめている。
ああ、そうだよな。
一彩は”そう”じゃないもんな。
一彩に悪意はない。当然だ。むしろ好意しかないだろう。純粋に俺の身を案じてくれている。兄弟だから。立場上は侍従の関係にあるから。
あとは…一同業者として心配だから?
そんなところか。
一彩本人に聞いてもどうせ、僕は兄さんのことを愛しているからね!とか、こっちの気も知らないでなんの淀みもなく言い切るんだろう。
そういうやつだから。
純粋で、他人からの悪意には敏感なくせに肝心の好意は鈍くて、天然の堅物で。
かわいくて、ちいさくて、俺よりもずっとずっと強くて。
たった1人の、俺の弟。
血の繋がった家族。
「ぉ゛えっ」
俺の初めてはいつも一彩だった。
こんなに、俺の全てを賭けてでも守りたいと思ったのは。俺の持っているモノを与えてやりたいと思ったのは。
心の底から愛したのは、傷つけたいと思ったのは初めてだった。
愛してた。愛してる。好き。
どれも安っぽくて、当てはまらない。
『愛してる』は紛れもない本心。
俺は一彩が生まれた時から、天城一彩を愛してる。
俺は小さかった。幼かった。右も左も分からないようなガキだった。無理に兄貴面する面倒くさい子供だった。
だから、この感情を何に当てはめればいいかわからない。
夢を見た。
何歳の時かなんて覚えてない。なのに、その時の夢の内容は鮮明に思い出せる。
泣いていた。
一彩が、『「にいさん」』って、声変わりもしていない幼子の舌足らずな声で、泣きながら何度も何度も何度も何度も。
『「にいさん、やめて」』って。
『「いたい」』って。
それの繰り返し。
俺は一回りも二回りも小さい一彩の体に何回も噛みついた。浅く、深く。血が出るまで噛みついた。噛み付くたびに一彩の中に入ってるモノがぎゅうっと締めつけられて、気持ち良いと感じた。もちろん、夢だしただの錯覚だ。だけど、その快感は俺に色んな感情を植えつけた。
すき。あいしてる。きもちいい。ぐっちゃぐちゃにしたい。わらわせたい。あいしてる。かわいい。もっとこえがききたい。やわらかい。すき。
俺の一彩。
知らしめてやりたかった。コイツは俺のものなのだと。
俺がつけた消えない跡が欲しかった。
俺だけのものでいてほしかった。
翌朝、俺は一彩で精通した。
血の繋がった弟で、射精した。
当然、嘔吐した。
どうにかしてこの感情を吐き出せないかと自ら指を突っ込んで吐いたりもしたが、意味はなかった。
使用人に一彩には言わないでくれ、とは頼んだが噂は漏れ出てしまうもので、狭苦しい所なら尚更。一彩にも届いた。
「にいさん、だいじょうぶ?」
潤んだ瞳で、震えた声で、小さな手で裾を掴んで、「『にいさん』」と俺を呼ぶ声。
「…大丈夫、一彩、俺は」
どうしようもなく、お前を愛してるから。
「ねえ、兄さん」
「?…ナニ」
「兄さんが誰かと付き合ったとして、」
「は?…おい待て、この前のは誤解だっつったろ」
「故郷で正式に仕切ることになるだろう?」
「…聞こえてっかァ?俺っちのカワイイ弟くんよォ」
「ウム?一言一句聞き逃してはいないよ」
「…そか」
「それでね」
「まだ続けんのかよ…」
「兄さんはアイドルをやめてしまう気がするんだ」
「………なんで」
「真面目な人だから」
「真面目ェ?」
「ファンを裏切るようなことはしないだろう?」
「…ハハッ、ンだそれ」
「だから、」
「ウン」
「兄さんがいなくなるとね、心臓がきゅーってなるんだ」
「…」
「だから、僕も行くよ」
「…えっ?」
「兄さんと、兄さんの思い女と、僕で帰ろう」
「そ……、なんで?」
「…都会では、寂しいと言うんだろう?」
「………、」
「……何か言ってよ」
「いや、…そっかぁ…」
「なに」
「可愛すぎてびっくりしただけ」
「からかってるでしょう、兄さん」
「いぃや?本心」
「嘘」
「これは本当」
「…こんな大きな男を可愛いと言うのは兄さんくらいだと思うよ」
「はァ?なわけねェだろ」
「ファンのみんなが言う可愛いは、鳴き声みたいなものだと藍良が言っていたよ」
「ッ、ハハ!鳴き声!藍ちゃんやるなァ」
「…兄さん」
「一彩は?どっちのがいいの」
「?ウム、僕は可愛いよりかっこいいと言われた方が嬉しいよ」
「ふーん。弟くんは可愛いでちゅねぇ〜♪」
「…ム、不快だよ兄さん。やめて」
「はいはい」
「…」
「…」
「わざと話逸らしたよね、兄さん」
「逸らすきっかけはお前」
「それは…そうだね。ごめんなさい」
「謝んな。俺も悪いから」
「…ごめんなさいは?」
「えー…ヤダ」
「…」
「…あ〜…ごめんて」
「いいよ。」
「………真面目な話だった?」
「うん。僕はそう思ってたよ。」
「そーか、…そ。」
ギジリ、とベッドのスプリングが悲鳴をあげる。まぁまぁな大きさの男が2人寝転がっていれば当たり前のことだが、今は不快にしか思えない。単純にうるさい。
弟を抱きしめるように寝転がっていた兄は上半身を起こして弟を見る。
兄に背を向けていた弟は起き上がらずに体ごと反転させて兄に向き合う。
「それで?何が言いたい」
「…あまり、まとまっていないのだけど」
「いいよ。お前の言葉が聞きたい」
優しい、兄の顔をしている。兄は一彩の言葉を聞きたがる。自分で考え出した答えを聞きたがる。
この瞳に、応えたい。弟はそう思う。
「…僕は、人の気持ちがわからない」
「それ、本気で言ってんの」
「いや、…まずは聞いてほしいかな」
「…」
「ありがとう。…で、いいのかな」
「いんじゃねーの?悪いこたねェだろ」
「そうだね。えぇと、…兄さんの思い人事件があっただろう?」
「思い人事件…まぁ、うん。それが?」
苦い顔をしている。この話をすると、兄はあまり良い顔をしない。別に悪いことはないと思うけど、兄は嫌らしい。
「その時に、兄さんの好きな人は誰だ、とみんな僕に聞いてきてね。」
「…」
また変な顔してる。弟は特に気にせず言葉を紡ぐ。
「僕は、理解できなかった」
弟に弁解を始める兄。
弟に相手を問い詰める人々。
兄が否定しているにも関わらずぎゃあぎゃあ騒ぐ人々。
何故なのか、分からない。
「…」
兄の顔から表情が消える。何を考えているのか読めない。
「兄さんは、よく怒ってくれてたよね」
「お前は痛覚を悦びと換算するから、俺は嫌だったよそれ」
「…ごめんね。」
「謝ってほしいわけじゃない」
「うん。…僕、聞いたんだ。どうして、って」
「…なんでなんで期?」
「ム、侮辱を感じるよ」
「ハハ、ごめん」
「ウム。椎名さんとひなたくんは、兄さんが哀れだと言っていてね」
「…ニキィ…」
「もっと、ちゃんと兄さんを見て、と言われたんだ」
「あ〜〜〜…」
兄がくしゃりと前髪をかく。はぁ、とため息を漏らしてから弟を見た。
どこか、何かを諦めたような目だ。
どうして、兄さんがそんな顔するの。弟は思う。
「たぶん、兄さんは僕を守ってくれたんだよね」
「守る?」
「…あの人から」
「あぁ、あれな」
「モノ扱いは、だめだよ」
「…アイツならいいワケ?」
「あれよりはいいかな」
「へぇ。じゃあ、アレから守るってどういうこと」
「兄さん」
兄の顔が歪む。不服なのを隠そうともしない態度を嗜めると、そっぽを向いてぽつりと呟く。
「…アイツ」
「ふふ、兄さんは優しいから」
「そんな善人に見えるかねェ、俺っち」
「ウム。少なくとも、僕には優しいよ」
「そりゃ、お兄ちゃんだからな」
「ユニットのみんなにも」
「優しい、とは違うくね?」
「そうかな?充分優しいと思うけど」
「…そーかなァ…」
「うん」
そか。と兄は小さく笑った。
弟は何かを考え込むような仕草をして、一つ頷くと、上半身を起き上がらせた。ぎしりとスプリングが軋む。
じい、と弟は兄を見つめる
「…ナニ」
「近くに行ってもいいかな」
「もう充分近ェよ」
その言葉を是と受け取った弟は膝立ちになって近寄る。
胡座をかいて座っている兄の元へ行き、足を組んでいる間に腰を落とす。肩に手を置いて、ふふんと得意気に笑った。
「兄さんの顔がよく見えるよ! 」
「…お前は…、こっちの気も知らないでさぁーー…あ゛〜〜〜…。」
ぽす、と弟の肩に顔を埋めて何かをぼそぼそと呟いているけど、距離感のせいで弟に全て聞こえていることに気づいてないフリをする兄に、どうしようかと戸惑う弟。
「良いと言って…はいないけど、ダメとは言わなかったよね」
「まァ…ウン…。そーなンだけどぉ」
ぐりぐりと弟の首に頭を押し付ける。兄の意図が読めなくて、?を浮かべる弟。
「……ぇと、兄さん」
兄の肩から首へ腕を回し、さらに密着する。ゆっくりと顔を上げた兄に、眉を下げて笑いかける弟。
「あンさ、嫌なわけじゃねェの」
「それはなんとなくわかるよ」
「そ」
「兄さんは恥ずかしがり屋だからね」
「お前が純真すぎるだけだっつーの」
「そう?僕にも汚いところはあるよ」
「そーだなァ…そうなんだろうけど…」
弟の腰に手を回して、更に引っつかせる。弟は小さく声を漏らす。
「ぅ、わっ」
「お前はいつまでも小さくて可愛いままだからさ」
「むぅ…。」
「ハハ、ほら。かわいい」
「…ぅ、みないでほしいよ」
兄の優しい視線に耐えきれず、顔を隠したいけれど腕は使えないから兄の首に埋めるしかなくなり、ぽすりと頭を預けた。
「ン〜〜〜、はは、照れてンのかァー?」
首に頭があるから兄の耳に近いのは当然で、大きな声を出さないのも普通で。
「…うむ…、なんだか、へんな気分だよ」
ぽそりと呟かれたその言葉に兄の体はどうしようもなく反応してしまって。
「っ、!…お、まえ…っ」
「にいさん?」
急激に体温が上がった兄を心配して、今度は耳に寄せて『大丈夫?』と呟いた。
「だいっ、じょうぶ…だからさァ…それやめてくンね?」
「…それ?」
「耳」
「ム、ごめんね。…嫌ならやめるよ」
「嫌じゃない」
「?」
「…いやな、わけじゃない」
頭を退 けた弟の後頭部に手を置いて、行くなとでも言うかのように引き戻した。
「ぅぶ」
「好きだよ、ひいろ」
「?ウム、僕もあいしてるよ。にいさん」
「はは、おも」
「足りないくらいだよ」
「そっかぁ…足りないのかぁ」
「ウム」
伝わらない。
一彩に愛してると言われるたびに、『お前が抱いているその感情は間違っている』と現実を突きつけられる。 言葉という刃で滅多刺しにされる。
死体蹴りもいいとこだ。
きっと、とっくに擦り切れているこの感情を抱く俺は世界で一番惨めだろう。とんだ喜劇だ。自分でも笑ってしまうくらい。
「…で、結局何が言いたかった?」
「………忘れてしまったよ」
「ぶはっ!…ククッ…いいのかよ?それで」
「ウム!こうして、兄さんと一緒にいられたから、僕は大丈夫だよ」
ああ、ほら。
「…そーかよ。」
心臓が張り裂けてしまいそうなほど、痛い。目には見えない傷が、もう一段深くなる。
けれど、一彩から受けた傷だと思うと『痛み』さえ心地良い。
「…ねぇ、兄さん」
「どおした?一彩」
「このまま、一緒に寝たいよ。昔みたく、2人で、一緒の布団で、眠りたい。」
あぁ、かわいい。
どうして一彩はそんなに可愛いんだろうか。ふわふわで、もちもちで、ぷにぷにで。
可愛くないところが、一つもない。
お前を形作る全てが愛おしく、尊く、眩しい。
「いいよ。朝までは、俺が一彩を独り占めだ」
「…ふふ、何それ。変な兄さん。」
嗚呼、本当に、腕の中のちいさく儚いいのちがいとおしい。
可愛い、かわいい、一彩。
強くて、誰よりも傷つきやすくて、弱い。
おれの、おとうと。
血の繋がった、家族。
「…一彩、愛してる」
俺が、世界で一番愛してるひと。
「僕も愛してるよ。兄さん」
嗚呼、神様。
どうか一彩が、幸せでありますように。
どうか、どうか。一彩が愛した人と結ばれますように。
早く、俺を殺してくれ。一彩。