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翌朝に冒険者ギルドへ行くと、概ねいつも通りの日常に戻っていた。
建物の入口に大工職人が陣取っているのを除けば、それ以外の変化は見当たらないほどだ。
「今日はもう、依頼を受けられそうだね」
「そうですね、しっかりとこなしていきましょう!」
ルークは静かにやる気を漲らせた。
話を聞いてみると、実践を経るほどに強くなっていく実感があるのだとか。
……羨ましい。
実に羨ましい。
私の錬金術は既に最大レベルだから、そういう充実感が無いんだよね。
普通であれば低品質を作るところから始まって、だんだん普通の品質を作れるようになって、そしてたまに高品質が作れるようになって――
……みたいな感じなんだろうけど。
一方の私は、作れるものは最初からS+級だけ。
これはこれで良いんだけど、成長するという実感はまるで無いわけで……。
……それがいやなら、私も他の何かで成長する実感を味わう?
例えば、戦闘手段を身に付けて強くなるとか――
「私も魔法を使いたい!」
「え?」
「まったく知識が無いと、覚えるのは大変ですか?」
「スキルとして、完全に持っていないんでしたっけ?」
「はい、何もありません!」
「……そうしたら、魔法の初級理論からですね。
もしくは魔法道具を使って、ぱぱっと覚えてしまうか……」
「魔法道具? そんなものがあるんですか?」
「はい。……高いですけど」
「ああ、高いんですか……」
「高位の魔術師が儀式をしたり、魔力を吹き込んだり……作るためにはかなりの手間が必要ですからね。
ほとんどはお金持ちや貴族の方が、覚えるのに必要な時間を短縮するために使う……みたいな感じになっています。
あとは特定の魔法が突然必要になったとき、とかでしょうか」
なるほど。
例えば……戦争、とか?
「それ以外にも、ダンジョンの宝箱に入っている場合もありますね。
ただ、そういうものは正体不明のものもあるので、危険な場合があるんです」
「ふむふむ」
「でもアイナさんは、高レベルの鑑定スキルをお持ちですから。
鑑定をしてみて、問題が無さそうだったら使っても大丈夫なんじゃないでしょうか」
「なるほど、確かに!
よーし、それじゃダンジョンに行きましょう! ダンジョンに!」
「アイナ様、この辺りにはダンジョンはありません。
一番近くのものといえば、王都の北にあるダンジョンになりますね」
「王都にはあるんだ?
……あれ? クレントスにも無かったっけ?」
「『神託の迷宮』ですか?
確かにありますが、あそこは内部に何もありませんから。
もちろん宝箱もありませんよ」
「えぇー? ダンジョンって冒険者の欲を煽って呼び込んで、呑み込もうとするものなんでしょ?
『神託の迷宮』さん、何やってるの?」
「それは昔からよく分かっていなくて……。
名前のおかげで、たまに聖職者の方が訪れるくらいなんです」
「ちなみに、わたしたち……ガルーナ村に寄った聖堂の一行ですけど、実は『神託の迷宮』に向かっていたんですよ」
「あれ? そうだったんですか?」
「はい。何かのきっかけで、もしかしたら新しい神託が得られるのではないかと……定期的に訪れているんです。
わたしは初参加だったんですけど、疫病の件で進路が変更になってしまいまして」
確かに、ガルーナ村から助けを呼びに行った人――
……バイロンさんがエミリアさんたちを連れて戻ったのは、結構早かったもんね。
「結局、『神託の迷宮』には行かなくて大丈夫だったんですか?」
「今までのことを考えれば、神託が得られるとは思えませんからね。
その程度の話でしたので、ガルーナ村の疫病の件を優先したんです」
「ふむふむ……。本当に、何のためにあるんでしょうね。
それで、一番近いダンジョンは王都の北……と。
それじゃ、しばらくは宝箱のお世話になれないかー……」
疫病のダンジョン・コアを使えば、その場所に『疫病の迷宮』を作り出せるかもしれないけど……まぁ、そんなのは選択肢には入らないよね。
出した瞬間に疫病を撒き散らしてしまうわけだし。
「……はぁ。
それじゃダンジョンのことは忘れて、依頼をしっかりこなしましょうか」
「そうですね、まずは良い依頼を探しましょう」
「さっさと終わらせて、のんびりお茶をしましょうね!」
エミリアさんは、終わったときのことをもう話している。
しかし、これはこれで微笑ましい日常……と考えて良いのかな?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
依頼を探した結果、今日は魔物討伐を2件受けることになった。
1件目は先日受けたものと同様、ガルーダの討伐依頼だ。
前回と同じような岩場で、前回と同じ5体の討伐。
今回は前回よりも手際良く、さっさと終わらせることが出来た。
相変わらず、私は荷物持ちしかやることが無かったけど。
――そして今は2件目。
ただいま戦いの真っ最中です。
「ゴアァアアアァッ!!!!」
大声で吠えるのは……緑色の、人型の魔物。
この世界に来てから、私としては初めて見るタイプだった。
見るからに知性を感じないそれは、倒すこと自体に抵抗は無いんだけど――
……何だか近寄りたくない。ヨダレとか撒き散らしてるし。
「あれが……、えーっと、ゴブリン?」
「はい。アイナさんは初めてですか?
でも、かなり凶暴化をしているようですね」
エミリアさんもちょっと引いている。
ヨダレがキラキラと宙を舞って……うん、近寄るのはご遠慮こうむりたいよね。
「確かに、意識がぶっ飛んでる感じがしますね」
「普通はあそこまで暴れないんですけど……。
それはそれで集団行動をするので厄介なんですが、今回は真逆ですね」
なるほど……と、私はエミリアさんの言葉に頷く。
ちなみにこんな感じで話をしている間も、ルークはゴブリンと必死に剣を交わしている。
私たちだけサボってるみたいだけど、そこは許してください。
「……それにしてもあのゴブリン、やたらと強くないですか?
ルークも攻撃は受けていないけど、逆に攻撃を止められたり、避けられたり……」
「そうなんですよ。
スピードが速すぎて、攻撃魔法のサポートが出来ませんし……」
そんなわけで、今回はエミリアさんとお話をしているわけだ。
「……下手したら、この前のラージスネイクよりも強いのでは?」
「いやー、ゴブリンは魔物の中でも弱い方ですからね。
格を考えれば、それは考えられないですけど……」
……うーん、どうなっているんだろう。
ちょっと鑑定でもしてみようかな?
えい、かんてーっ。
──────────────────
【狂乱したゴブリンヒーロー】
ゴブリン種族の英雄が狂った姿。
英雄の運命から外れ、狂気のままに行動する
──────────────────
……何、これ。
とっても強そうな――……と思った瞬間。
「ハアアァッ!!」
「ゴバァアアアアッ!?」
ルークの気合いが一閃した。
剣を振るった方向に、血の直線が勢いよく描かれていく。
そして響く、断末魔――
「……エミリアさん。
ゴブリンヒーローって、ご存知ですか?」
「伝説でなら聞いたことがありますよ。
何でも、ゴブリンたちを導く英雄だとか」
「……今のがそうだった、みたいなんですけど」
「えっ?」
エミリアさんの視線の先では、ルークが肩で息をしながら、事切れたゴブリンヒーローを見下ろしていた。
「ルークさん……、英雄を倒しちゃったんですか?」
「そうみたいですね……」
私たちが話をしながらルークを見ていると、その視線に気付いたルークがようやく微笑んだ。
「ルークがどんどん、強くなっていきます……」
「まったくですね……。これが愛の力ですか……」
「……え?」
「あ、いや、何でもないです! いや、凄いですよね、本当に。
成長のスピードが早すぎです」
「ですよね……。
さて、それじゃ後片付けをしますか――」
「はい! ルークさんにヒールも掛けないと!」
……そういえば、ゴブリン討伐の証拠品ってどこを採集するんだろう?
私はとりあえず、そんなことを考えながらルークの元に駆け寄った。