夕方、私たちは冒険者ギルドを訪れていた。
魔物討伐を2件こなしたので、その報酬を受け取るためだ。
「……不本意ながら、例のゴブリンヒーローは『|性質《たち》の悪いゴブリン』として処理されました」
がっくりと、ルークとエミリアさんに報告をする。
予想外に強い魔物を討伐したまでは良かったのだが、報酬は当初通りの……普通の額のままで据え置きだ。
見返りの伴わない仕事をすると、どこか気持ちが疲れてしまう。
ルークはそんな私を察して、優しく声を掛けてくれた。
「仕方ありませんね。
証拠品も、特別なものではありませんでしたし」
「私の鑑定なら、説明のところに『ゴブリンヒーロー』って入ってるんだけどね……。
もー、冒険者ギルドの鑑定スキルが低すぎるんだよー!」
「いやいや。それはアイナさんの鑑定スキルが高すぎるだけであって――
……って、あれ? 鑑定スキルって、誰にでも見えるようにウィンドウを出せますよね?」
「出せますけど、あんまり目立ちたくないので控えているんです。
高レベルすぎると、悪目立ちをしてしまうので」
「な、なるほど。
何でも分かっちゃいますもんね、アイナさんの鑑定って……」
良くも悪くも、レベル99の鑑定だからね……。
「というわけで、今日の報酬は合計で金貨4枚でした。
まぁ、それで良しとしますか」
「はい! 今日はもう、宿屋に帰ってゆっくり休みましょう!」
「そうですね――
……うん?」
冒険者ギルドの出口を何となく眺めていると、こちらに向かって笑いながら手を振る大男がいた。
先日、崩落事故のあった鉱山の……鉱山長の、オズワルドさんだ。
「こんにちは、オズワルドさん。こんなところでどうしたんですか?」
「いや、アイナさんをずっと待ってたんだよ!」
「私を、ですか?」
「ほら、世話になった礼をしたいって言っておいただろう?
アルリーゴから聞いた宿屋に行ったんだが、冒険者ギルドに出掛けてるって言われてな。
それで、ここで待っていたんだよ」
「ああ、すいません。お待たせしちゃいましたよね」
「そんなことも無いぞ。
俺も昔はここの常連だったから、懐かしい気持ちで楽しんでいたよ」
「そう言って頂けると助かります」
「……ところで、後ろの二人はアイナさんの連れかい?」
「あ、はい。えぇっと、こちらの方は鉱山長のオズワルドさん。
例の、崩落事故のときに知り合ったの」
「初めまして。私はルークと申します」
「わたしはエミリアです。よろしくお願いします!」
「ああ、俺はオズワルドだ。ミラエルツで困ったことがあったら何でも言ってくれ。
……それでアイナさん、明日の夜は時間を取れるかな?」
「明日の夜……ですか?」
私はちらっと、ルークとエミリアさんの方を見る。
二人は大丈夫、という感じで頷いた。
「はい。問題ありませんけど、どうかしましたか?」
「それは良かった。
この前のお礼を兼ねて、コンラッドのおやっさん……ああ、この街を治める貴族のおっさんな。
そいつと一緒に夕食なんてどうかな、って」
「はぁ、夕食ですか」
お偉いさんと夕食!
……勘弁願いたい!
「ははは、そんな嫌そうな顔をするなよ。
おやっさんは守銭奴で度量も狭いが、何と言ってもケチなんだぞ?」
「……あの?
良いところが何も無いんですけど?」
「おっと、そうだな! はっはっは!」
オズワルドさんはフォローもせずに、大笑いをした。
夕食を楽しみたいのであれば、どう考えてもそのおっさんは邪魔にしかならないだろう。
「それじゃ残念だが、断りの連絡を入れるとするか。
本当はこの話も、俺とガッシュで無理矢理に押し通したんだけどな」
「そうなんですか?」
「おう。何せ、アイナさんへの謝礼を金貨1枚で済まそうとしたんだぜ?
人命が関わっていたのに、ケチな話だろう?」
さすがにそれはどうかということで、オズワルドさんとガッシュさんが夕食会を提案してくれたのか。
それなら、断るのは悪いかな……。
……何やらエミリアさんの目も輝いているし、やっぱり招待を受けることにしよう。
「えっと、そういったことでしたら……お招きに預かろうかな……?
ちなみにオズワルドさんは、一緒に来てくれるんですよね?」
「もちろんさ。おやっさんだけにしておいたら、アイナさんに何か|粗相《そそう》をしそうだからな。
ちなみに、ガッシュもちゃんと来るぞ」
守銭奴でケチくさいコンラッドさんと会うのは不安だけど――
……でも、オズワルドさんとガッシュさんがいるなら、変な心配は要らないよね。
「ちなみにジェ――
……えっと、アルリーゴさんは来ます?」
「あいつは当然ながら来ないが……?
それにあれ以来、体調不良だとか言って休んでやがるしな」
「えぇ……? 確かに帰り道は静かでしたけど」
「まぁ、崩落事故で精神的なショックを受けているヤツは何人もいるからな。
アルリーゴだって、まぁそのうち治るだろう」
身体の調子を崩しているのか、精神の調子を崩しているのか……。
崩落事故の他にも、ナイフの男とも戦ったわけだし――
「……そういえば、例の怪しい男ってどうなりました?」
「あぁ、少し問い詰めたら色々と吐いたんだが――
……アイナさんにはまったく関係ない話だからなぁ……。
どちらかといえば、俺たちの話だったし……」
「業界的な話ですか? 対立しているところからの嫌がらせ、とか」
「……そんなところだな。アイナさん、察しが良すぎるぜ……」
いやいや、ヒントが多すぎるぜ……。
口調を合わせながら心の中でツッコんだ後、それなら私には関係ないか……ということで、あっさり消化することにした。
さすがに業界内の対立なんて、手を出したくなんて無いからね。
「それでは、明日の夜ということで承知しました」
「おう!
明日の16時に宿屋に迎えをやるから、それまでに準備しておいてくれ」
「はい!」
私の返事を聞くと、オズワルドさんは私の後ろに目を移して続けた。
「ルークさんとエミリアさんも、しっかりと準備しておいてくれよ!」
「分かりました。お招き頂き、ありがとうございます」
「しっかりと、お腹の準備をしておきますね!」
……エミリアさん、お腹以外の準備もしてください。
「ははは。豪華なご馳走を用意させておくから、しっかり空かせておきな!」
「分かりましたぁ!」
エミリアさんがどれだけ食べるのか、それは心配だけど、楽しみでもある。
……何だか複雑な心境だなぁ。
「それじゃ、俺は帰るぜ。また明日!」
「はい、わざわざありがとうございました」
私たちはオズワルドさんを見送った後、冒険者ギルドを後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アイナ様」
宿屋への帰り道、ルークが不安そうに話し掛けてきた。
「なぁに?」
「夕食会に招かれましたが、服はどうしたら良いでしょう」
守銭奴やらケチやらで前評判は良くないけど、この街を治める貴族と会うわけだからね。
特にドレスコードも伝えられていないし、一応考えておく必要はあるか。
「そうだねぇ……。
今回は『ポーションをくれた通りがかりの錬金術師とその一行』だから、今の服装で良いんじゃない?」
『立派な身分の錬金術師とその一行』を演出したいなら話は別だけど、今回はその必要は無いからね。
「分かりました。少し不安になってしまって」
ルークは安心して、声を柔らかくさせた。
私の場合は、ルイサさん作の『はったりをかます服』を持っているから大丈夫。
エミリアさんの場合は、普段使いの法衣が公的な場所でも使えるから大丈夫。
……何も無いのはルークだけなんだよね。
そう考えると、どこか申し訳ない気がしてきた。
それなら、あの金貨30枚の鎧をさっさと買っちゃう……?
でも、まだお金が足りないし――
……ダイアモンド原石を売るにも、あれは高すぎるからなぁ……。
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