テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#すちみこ
1,631
七星そら
839
422
「いるまさ、最近ちょっと変じゃね?」
その一言から、すべてが始まった。
シクフォニのグループチャットに見覚えのないスクリーンショットが送られてきた。そこには、いるまがメンバーの悪口を言っているように見えるメッセージが写っていた。
『正直、あいつらと一緒にいるの疲れる』『俺がいないほうが、グループはうまくいくんじゃね?』
文字だけを見れば、確かにいるまが送ったように見える。
けれど、いるまにはまったく心当たりがなかった。
「…これ、俺じゃねえよ」
いるまは何度もそう言った。
しかし、返ってきたのは重い沈黙だった。
「でも、文面はいるまちゃんっぽいよね…」
すちが小さな声で言う。
「最近、いるまくん、収録のときも少し不機嫌そうだったし……」
みことの言葉に、いるまは眉を寄せた。
「それは…..」
言いかけて、口を閉じる。
本当は、最近ずっと寝不足だった。収録や仕事が重なって、みんなに迷惑をかけないように一人で抱え込んでいた。そのせいで、返事がそっけなくなっていたのは事実だった。
でも、それと悪口を言うことは別だ。
「信じてくれよ」
いるまがそう言うと、こさめは目を伏せた。
「…信じたいけど、今はわかんない」
その言葉が、一番苦しかった。
嫌われることより、信じてもらえないことのほうが、ずっと痛かった。
「もういい」
いるまは立ち上がった。
「俺がいないほうがいいなら、そうすれば?」
誰も止めなかった。止められなかった。
部屋を出たいるまの背中を、らんだけがじっと見つめていた。
数分後。
らんは、いるまを追いかけて廊下に出た。
「いるま!」
「….何」
「何じゃないでしょ。待ってよ」
「らんまで、俺を疑いに来たのかよ」
いるまは振り返らなかった。
らんは、そんな背中に向かってゆっくり口を開く。
「正直、俺は疑ってる」
いるまの足が止まった。
「…は?」
「俺だって、全部は信じきれてない」
らんは、いるまの隣まで歩いた。
「でも、信じられないからって、見捨てるのは違うと思う」
「同じだろ」
「違うよ」
らんは、いるまの前に回り込んだ。
「いるまが本当にそんなことを言ったのか、俺はまだわからない。でも、いるまが今、すごく苦しそうなのはわかる」
いるまは黙った。
「みんなが敵に見える?」
「….見えるよ」
やっと、いるまが小さく答えた。
「何言っても疑われる。黙ってても怪しまれる。じゃあ俺は、どうすればいいんだよ」
「どうもしなくていい」
「は?」
「今すぐみんなに信じてもらおうとしなくていい。俺がいるから」
らんは、いるまの目をまっすぐ見た。
「俺は味方になる。いるまが本当に悪いことをしてたなら、そのときは怒る。でも、証拠もないのに、いるまを一人にはしない」
いるまの表情が、ほんの少しだけ揺れた。
「….なんで、そこまで」
「仲間だから」
即答だった。
「それに、いるまはそんな簡単に仲間を売るようなやつじゃないって、俺は知ってる」
「…知ってる、って言うなよ」
いるまは顔をそむけた。
「俺だって、自分が嫌になるときあるんだよ。みんなに迷惑かけてるかもしれないって思うし、俺がいないほうがいいって思うこともある」
「じゃあ、なおさら一人で決めないで」
らんの声が少し震えた。
「いるまがいなくなったら、俺たちは困る。…俺は、嫌だよ」
その言葉に、いるまは拳を握りしめた。
誰も信じてくれないと思っていた。
けれど、たった一人だけ、完全にではなくても、そばにいてくれる人がいる。
それだけで、ほんの少し息ができた。
次の日から、らんは一人で調べ始めた。
スクリーンショットに写っていたメッセージの時間。送された端末。画像が加工されていないか。
ひとつひとつ確認していく。
「らん、もういいよ」
いるまは何度もそう言った。
「俺のせいで、らんまで嫌われる」
「嫌われたら、そのときは一緒に嫌われよう」
「軽く言うなよ」
「言ってない」
らんはスマホから顔を上げた。
「俺は、いるまを信じたい。だから、ちゃんと確かめたいだけ」
一方で、他のメンバーたちとの間には、気まずい空気が流れ続けていた。
すちは、いるまに話しかけようとしてはやめる。
みことは何度も謝ろうとしたが、いるまの冷たい表情を見ると、言葉が出てこなかった。
こさめは、いるまのことを気にしているのに、どう接すればいいのかわからず、距離を取っていた。
なつだけは、時々いるまを睨んでいた。
「…本当に、いるまじゃねぇの?」
ある日、なつが聞いた。
いるまは一瞬黙り込んだ。
「何度言わせるんだよ」
「だって、証拠はあるじゃん」
「証拠じゃなくて、切り取った画像だろ」
「でも、誰がそんなことするんだよ」
「知らねぇよ!」
いるまの声が部屋に響いた。
その声に、いるま自身が一番驚いた。
「….悪い」
そう言って、また部屋を出ようとする。
しかし、今度はすちが呼び止めた。
「いるまちゃん」
いるまは振り返らなかった。
「….何」
「その..最近、ちゃんと寝てる?」
「関係ないだろ」
すちは、服の裾をぎゅっと握った。
「俺、いるまちゃんが疲れてるのに気づいてた。でも、声をかけられなかった。冷たくされたから、嫌われたのかなって思って……」
「嫌ってねえよ」
「うん….今なら、そう言ってくれる気がしてた」
すちの声は、少しだけ震えていた。
「俺たちも、怖かったんだと思う。いるまちゃんに嫌われたって思うのが」
いるまは何も言えなかった。
疑われていたのは、自分だけではなかった。
みんなもまた、いるまとの関係が壊れることを怖がっていたのだ。
数日後、らんが全員を集めた。
テーブルの上には、数枚の画像とメモが並べられている。
「このスクショ、送信時間がおかしい」
らんは説明を始めた。
「いるまのスマホは、その時間に俺たちと一緒に録音スタジオにあった。しかも、画像のメッセージ欄には、いるまが普段使わない変換が入ってる」
「でも、そんなの偶然かもしれないじゃん」
なつが言うと、らんはうなずいた。
「うん。だから、これだけじゃ決めつけられない」
「じゃあ、何がわかったん?」
みことが尋ねる。
らんは、一枚の画像を指差した。
「この画像、最初に送られてきたものと、後から広まったものでは一部が違う。誰かが加工して、いるまがもっと悪く見えるようにしてる」
部屋の空気が変わった。
「つまり….誰かが、まにきを悪者にしようとしたってこと?」
こさめがつぶやく。
「そう。ただ、誰がやったのかまではわからない」
らんは、いるまを見る。
「でも少なくとも、いるまが全部嘘をついていたわけじゃない」
静寂が落ちた。
最初に口を開いたのは、みことだった。
「いるまくん、ごめん」
「信じたいって言いながら、疑ってしまった」
次に、こさめが頭を下げる。
「こさめも、ごめん。まにきが一番つらいのに、自分が不安になって逃げちゃった」
すちも続けた。
「俺も、もっと早く聞けばよかった。ごめん」
最後まで黙っていたなつが、ゆっくりいるまの前に立った。
「…俺、いるまが犯人だと思ってた」
「知ってる」
「でも、違ったなら謝る。ごめん」
短い言葉だった。
けれど、いるまには十分だった。
「….俺も、悪かった」
いるまは視線を落とした。
「最近、余裕なくてさ。みんなに何も言わずに勝手に距離取ってた。だから、誤解されても仕方なかったのかもしれない」
「仕方なくはないよ」
らんがすぐに言った。
「誤解されたことと、傷つけられていいことは別」
その言葉に、いるまは少しだけ笑った。
「らん、そういうとこずるい」
「何が?」
「味方になるって言ったくせに、ちゃんと俺の悪いところも言うところ」
「だって味方だから」
らんは、いつものように笑った。
すべての誤解が、一日で消えたわけではなかった。
メンバーたちは以前より慎重に言葉を選ぶようになったし、いるまも一人で抱え込まないようにした。時には、ぎこちない沈黙が流れることもあった。
それでも、少しずつ話せるようになった。
「いるまちゃん、今日の収録どうだった?」
「まあまあ。すち、あとで歌い方相談していい?」
「もちろん」
「こさ、これ見て。新しい案」
「え、めっちゃいいやん!」
そんなやりとりを見ながら、らんは小さく息を吐いた。
いるまが完全に元気になったわけではない。みんなが完全に不安をなくしたわけでもない。それでも、疑いながらでも、怖がりながらでも、もう一度一緒に歩こうとしいる。
いるまが帰り際、らんに声をかけた。
「らん」
「ん?」
「あのとき、味方になるって言っただろ」
「言ったね」
「…ありがとな」
いるまは、照れくさそうに目をそらした。
「俺、あれがなかったら、本当に全部終わらせてたかもしれない」
らんは一瞬黙ってから、いるまの肩を軽く叩いた。
「じゃあ、これからは一人で終わらせようとしないで」
「努力する」
「努力じゃなくて、約束」
「….わかったよ」
二人が並んで歩き出す。
少し前まで、いるまの周りには敵しかいないように見えた。
けれど今は、信じてくれる仲間がいる。
そして、最初から最後まで隣にいてくれた、一人の味方がいる。
「らん」
「今度は何?」
「…俺、ここにいてもいいのかな」
らんは足を止めて、いるまを見る。
「いるまがいていい場所だから、俺たちもここにいるんだよ」
その言葉に、いるまは小さく笑った。
今度こそ、その笑顔を誰も疑わなかった。
コメント
1件
えっと……すごかったです。読み終わって、しばらく動けなかった。 いるまくんの「信じてもらえない」って孤独がひしひしと伝わってきて、胸が痛かった。 でも、らんが「味方になる」って言った瞬間、本當に救われた気持ちになった。 「信じたいから確かめる」って、すごく誠実で、そういう関係っていいなって思いました。 まだ完璧には戻れてないけど、それでも歩き出そうとしてるのがリアルで、好きです。 続きがすごく気になる…!