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沙耶と、分厚い盾を構えたタンクの男が真正面から向き合っていた。
互いに一定の距離を取ったまま、会場に試合開始のファンファーレが鳴り響く。
「【炎球】」
合図と同時に、タンクの男が地面を蹴ってまっすぐ沙耶へ突っ込んだ。
対して沙耶は、一歩も動かない。微塵も慌てる様子を見せず、杖の先をすっと突き出しながら、淡々とスキル名を紡いだ。
空中に、ぱんっ、と光の輪がいくつも咲く。
重なり合う魔法陣が次々と展開され、その中心から火の塊が生まれ、流星群のようにタンクの男へと殺到した。
タンクらしく、彼は一切避ける素振りを見せない。
地面を踏みしめ、咆哮とともに大盾を正面に構え、その場で耐えることを選んだ。
――直撃。
鈍い衝撃音とともに、炎の塊が盾と鎧を叩く。
沙耶はちゃんと威力を落としているようで、天井を焦がすような火柱は上がらない。ただ、抑えたとはいえ、爆炎の熱が観客席のこちらまで伝わってくるほどには、派手な爆発だった。
四方八方から降り注ぐ炎の弾丸が、容赦なくタンクの男を焼き、叩きつける。
煙と火花に隠れて、内部の様子は見えない。
「あっ……」
沙耶が、小さく声を漏らしてから、慌てて【炎球】の連射を止めた。
遅れて立ち込めた土煙が、ゆっくりと晴れていく。
そこに残っていたのは――盾を抱えたまま、地面に大の字で倒れているタンクの男の姿だった。
……これ、生きてるよね? ね?
そんな不安が頭をよぎる前に、救護班がすぐさまリングへ駆け込んだ。
男の呼吸と脈を確認したスタッフが親指を立てる。
生存確認が取れたところで、1戦目の勝敗が告げられた。
続く2戦目は、魔法使い同士の対決。
映画で見たような、魔法と魔法がぶつかり合う派手な撃ち合いを一瞬だけ期待したのだけれど――。
開始の合図が鳴る。
今度は沙耶が、先に駆け出した。
対面の魔法使いは、距離を取ったまま呪文の詠唱を始めている……が。
詠唱の半ば。
沙耶の杖が、その側頭部を容赦なく薙いだ。
ごん、と嫌な音が響き、相手の魔法使いはその場で崩れ落ちる。
「遠距離は速戦即決しろってお姉ちゃんが言ってた」
私への濡れ衣みたいなセリフがリング上から聞こえてきて、思わず頭を抱えた。
そんなこと、はっきり口に出して言った覚えは……多分、ない。多分。
三戦目の相手は、剣士の男。
今度は互いに武器を構え、開始と同時に地面を蹴った。
剣士の斬り込みを、沙耶は軽いバックステップでひらりと躱す。
続けざまに振り抜かれた斬撃も、一歩、また一歩と距離を取りながら、紙一重のところで回避していく。
……ああ、なるほど。
気付けば、足元のそこかしこに、見慣れない魔法陣が散りばめられていた。
沙耶はただ逃げ回っているわけじゃない。地面に設置したスキルの中に、相手を誘導している。
そして剣士の男が、そのうちの一枚を――踏み抜いた。
ぬるり、と足首から下が沈む。
地面そのものが沼のように柔らかくなり、男の脚を飲み込んで固定した。
「そーい」
絶妙なタイミングで体勢を崩したところへ、沙耶の一振り。
バットのように振り抜かれた杖が、剣士の顔面を捉え、そのまま男は仰向けにひっくり返った。
動かない。
……死んでないよね? ね? (本日二度目)
こちらの心配をよそに、救護班が再び素早く駆け寄り、生存確認をしていく。
問題なしと判断されたところで、3戦目も沙耶の勝利で終了した。
主催側もさすがに危機感を覚えたのか、4戦目の前に短いインターバルが設けられる。
5分ほどの小休憩の間に、沙耶がこちらへ小走りで戻ってきた。
「手加減って難しいね……」
「1戦目、マジで殺っちゃったかと思ったっす」
「そうだね、私も」
息は乱れておらず、額に汗ひとつ光っていない。
まだまだ余裕があるどころの話ではない。完全に“肩慣らし”の顔だ。
「4戦目始まるから、行ってくるね」
軽い足取りで、またリングへと戻っていく沙耶。背中が妙に頼もしい。
4戦目の相手は、弓使いの後衛。
今度は、沙耶が特に仕掛けることなく、開始位置から動かない。
ぴん、と弦の鳴る音。
鋭く放たれた矢が一直線に飛び――
沙耶が、ひょいっとそれを掴んで、何でもないもののように地面へぽいと落とした。
スクリーンには、目を剥いて固まった弓使いの顔がアップで映し出される。
「沙耶ちゃん、ウチの矢も普通に掴むっすからねぇ」
「随分と逞しくなったんだね……」
自分の矢を素手で受け止められている経験者が、ここに一人。
沙耶・七海・小森ちゃんの三人で、こっそり自主トレしている成果なのだろう。
矢を掴んだまま、沙耶はゆっくりと歩みを進める。
弓使いは距離を取ろうとしながら矢を番えるが、じりじりと壁際まで追い詰められていく。
杖を肩に担ぎ上げ、フルスイングの構えで振り下ろそうとした、その瞬間――。
「参りました!!」
弓使いが、頭を抱えてしゃがみ込みながら、情けない悲鳴を上げた。
ギブアップ宣言。
4戦目も、沙耶の圧勝で幕を閉じる。
残るは、大剣を携えたリーダー格の男一人。
会場の空気が、ほんの少しだけ引き締まった――ような気がした。
開始のブザーが鳴り響く。
「【突進《チャージ》】!!」
男が大剣を掲げ、地をえぐりながらまっすぐ沙耶へ突撃する。
沙耶は即座に【土槍】を展開し、前方に壁のような土の槍を何本も突き上げた。
そこへ【炎球】が炸裂する。
土槍の壁に炎がぶつかり、視界が一瞬炎と煙に覆われる。
だが、その中に男の姿はない。
「もらった!!」
直後、沙耶の背後から声がした。
振り向きざま、大剣が振り下ろされ――かけて、止まる。
男の全身に、絡みつくようにして土と蔦が巻き付いていた。
リングの床から伸びた土の槍と、生命力を感じる蔦が彼の四肢を拘束している。
【蔦の鞭】――いつの間に覚えたんだ、それ。
この技能は、狙った相手を絡め取る拘束にも使えるし、名前の通り鞭のようにして打ち据えることもできる、【魔法】スキルの応用技だ。
私が知らないということは、三人でダンジョン攻略をしていたときに、ひっそりと技能書を拾っていたのだろう。
動けなくなったリーダー格の男に、沙耶が止めとばかりに杖を振り抜く。
顎を下から弾き上げられた男は、傀儡の糸を切られたように大剣を取り落とし、その場に崩れ落ちた。
試合終了――。
少し遅れて、会場全体が歓声の爆発に包まれる。
観客席のあちこちで、名前を呼ぶ声と、歓声と、興奮したざわめきが入り混じる。
リング上で、沙耶が照れくさそうに片手を挙げて、観衆に応える。
「戦いが終わってみれば圧勝! これは『銀の聖女』の次の試合も見逃せませんね! 予選の第二回戦はこの後すぐです!」
実況の声が、さらに会場を煽った。
しばらくして、沙耶がこちらへ駆け寄ってきて――勢いそのままに、私に飛びついた。
よく頑張りました、と頭や背中をわしゃわしゃ撫で回して労う。
調子に乗ったのか、今度は逆に私の腰に手を回して、背負うような体勢で引っ張ろうとしてきた。
まあ、一人で全部片付けてきた功労者だし、このくらいは好きにさせてあげよう。
結局、そのまま姉妹でじゃれ合いながら、控室へ戻ることになった。
控室のドアを開けると、待っていた七海が真剣な顔つきで口を開いた。
「次はウチだけでいいっすか?」
「いいよ。力加減だけは気をつけてね?」
「沙耶ちゃんの時、心配しまくってるの見てたんで分かってるっすよ……」
本気で心配した。
顔面にフルスイングなんて、私が同じことをされたら、間違いなく首が変な方向に曲がっている。
七海は、主催から貸し出された大会用の短剣と弓を黙々と確認していた。
前の職場ではわりと雑な一面もあったけれど、ハンターになってからは、武器のチェックだけは絶対に怠らない。
少しの油断が、命取りになると身に染みているのだろう。
その様子を眺めながら、私は沙耶の肩を揉んでやる。
今の私にできる「お姉ちゃんらしいこと」なんて、この程度だから。
1回戦が一通り終わったせいなのか、2回戦の顔ぶれは、さっきより幾分かマシ……もとい、戦い慣れした動きが目立ってきた。
子供同士のちゃんばらから、大人の殴り合いになった感じ。
それでも、私たちの感覚からすると、まだまだぬるいのだけれど。
そんな試合をテレビ越しに眺めながら、私はつい七海を心配そうな目で見てしまう。
「先輩、心配しすぎっすよ……」
「いや、言い出したのは私だからさ……怪我はしないようにね?」
「安心してほしいっす。圧勝してくるっすよ! だから……勝ったらちゃんと労ってほしいっす」
「任せな。揉みくちゃにするよ」
俯きがちだった七海の頭を、わざと少し乱暴にわしゃっと撫でる。
七海は小さく笑って、それから顔を上げた。
そこへ、さっきの運営スタッフが再び現れ、2回戦のメンバー表回収を告げた。
ペンを走らせて「出場:七海」と書き込み、紙を渡すと、女性スタッフは何度も頭を下げて走って行った。
後は――七海の出番を、じっと待つだけだ。