七月末頃、ついに冒険者初回講習の日がやってきた。
冒険者身分証明書良し、装備良し、備品良し、財布良し、全部良し!
気合を入れて7時過ぎに家を出る。
甲正山政府管理講習用ダンジョン施設は、自衛隊が攻略した甲正山ダンジョンを政府が管理し、初心者の実習用に運用する事にした施設だ。
施設は主に、ダンジョンと講習棟、訓練施設の3つで、初回講習でお世話になるのはダンジョンと講習棟の二つになる。
訓練施設は料金を払って自主練もしくは、指導員に訓練を付けて貰う施設だ。こちらはしばらくお世話になる事はないだろう。
時間に余裕を持って着いたため、施設を見学しながら十五分前まで時間を潰す。
今日は人が結構来ているようで、案内された部屋には二十人位の受講生が既に来ていた。
空いている席に座り、少しすると職員の人が来て今日の説明を始めた。
予定としては午前に講義、午後にダンジョンの初回探索になっている。
昼は講習棟内の食堂で食事を取る事になる。冒険者以外にダンジョン付近に近づこうとする人は居ないので飲食店はおろか、店がある方が珍しいのだ。
ここまでは役所での登録時に渡された資料に書かれていたので特に問題はない。
講義の内容に関してもダンジョンの利用方法・基本的な探索の遣り方等、事前に調べた事とほとんど同じ物だった。
ダンジョンについての部分のみ纏めたメモを見直すと、
・ゲートの大きさでランク分けされる。ランクはS~G
SAB 上級者
CDE 中級者
FG 初心者
・各階の面積は最大一キロ平方メートル程度
・出口は最下層のボス討伐により出現する
・脱出用のアイテムがある(一個で一人分)
・階層移動は階段で。パーティーメンバー全員が階層移動後に前の階への階段消失。
・最初の一人が入る事で一分間起動、起動中に入れば最初の一人と同じダンジョンに入れる。
・起動ごとにインスタント形式でダンジョンが作成される。
・最大同時侵入者数は六名。
・召喚モンスターは召喚した状態でゲートを通る事はできない。
うん、説明内容と違いはない
追加すると日本の場合はF・Gランクダンジョンはパーティーを組まず、ソロで探索することが義務付けられている。
これに関しては低ランクダンジョンのソロ攻略が出来ない冒険者はEランク以上のダンジョンで通用しないと言われているからだ。
俺の場合、サマナー専門だと何処まで行ってもソロなんだろうなぁ……(諦感
冒険者の義務に関しても、一定期間中にダンジョン攻略を規定回数行う事と、スタンピード発生時に召集を受けた場合は迅速に指定された場所に集合して自衛隊の指揮下で防衛参加する事を聞かされた。
どちらも特別な理由なく参加しなかった場合は冒険者資格を永久剥奪されるので気を付けなければならない。
講義終了後の昼食は隅の方で生姜焼き定食を食べた。
息が合ったのか知り合いだかで盛り上がっているグループが、窓から差し込む日差しと同じくらい眩しかった。
全員、知らない人だ。声を掛けてくれても良いんじゃよ? いや、登録しただけとはいえ俺も冒険者。
ここは声を掛けてみるべきか? どうせ二度と会わないだろうし。
いや、やっぱりダメだ。ファッションの話なんかしてる。
こんな事なら恥ずかしがらずに『この夏にキメるサマナーの着こなし特集』とか調べておくんだった。
いや、やっぱり……
少なくとも退屈はしなかった。
有意義な昼休みだったのではなかろうか。(強弁
そして、初回講習のメイン、ダンジョンの初回探索の時間が来た。
初回探索は受講者と、現役自衛隊員のペアでボス討伐まで行う実習となる。
午前中に使用した部屋で待機し、名前を呼ばれるまで待機する。
五人目ぐらいで名前を呼ばれた。
部屋を出ると三十代くらいのオッサンが、
「小野麗尾 守さんですね、自分は館林 猛と申します。クラスはアーチャーで、本日の小野麗尾さんの初回探索の担当を努めさせていただきます。」
と自己紹介してくれた。
「……はい、よろしくお願いします。」
廊下には担当官と思われる隊員が並んでいて、オッサンの次の人は二十代くらいの女性で……
心の中で血の涙を流した。
チェンジ、とはさすがに言い出すことが出来なかった。オッサンが悪い訳ではないのだ。
ただ、ひたすらに俺の、めぐり、巡り会わせが……
前を向いてオッサンに付いて行く
俯いてもオッサンのケツが視界に入るだけだから……
少し歩いて、強固な防衛線が敷かれている陣地に近づいていく。
陣地はゲートを囲むように敷設され、十人程度の隊員が常駐しているようだ。
先に呼ばれた二人がペアの隊員と居て、装備・備品の最終チェックを受けている。居ないペアは既に向かったのだろう。
ここで備品の不足等の問題があった場合はゲートの使用許可が下りず、陣地からゲートへ向かう通路の隔壁が開放されない。
冒険者登録から何度も行われるチェックを慎重と見るか面倒と見るかは人によるだろうが、この場に居る人は自分も含めて全員慎重派のようだ。
誰もが真剣な顔で為すべき事をしているように見える。何気なく眺めていたが自衛隊員もチェックを受けていた。
一組のチェックが終わり、ゲートに向かった。陣地からゲートに向かう通路が開放され、ペアの通行後すぐにまた閉鎖された。
通路は内部で二重に閉じられていたようで自衛隊と政府が、どれだけゲートに対して内外問わず警戒しているかが窺える。
もう一組が向かった。自分達のチェックも終わっている。問題は無かった。
通路の隔壁が開いて、閉じて、また奥の隔壁が開いて。
半径十メートルぐらいの広場の中央に、一辺二メートルの四角形の薄い膜が地面から少し離れて浮いていた。
資料に載っていた写真どおりの存在
世界ダンジョン連盟 及び 日本国防衛省異常空間対策局 Gランク認定 全二階層 甲正山ダンジョンゲートだ。
「小野麗尾さん、規定により自分が先行して入ります。自分の突入後三十秒以内に続いて突入願います。」
「……はい、分かりました。」
舘林さんの突入後、十秒位で膜をくぐる。
膜をくぐった事その事自体には何も違和感を感じなかった。
だが、膜の先の空間は、今まで自分が在った世界とは明確に違う”異世界”である事が直に実感できた。
真夏の日本ではありえない、冬の如く冷えた空気
天井から壁を伝い、床まで敷き詰められた石畳の通路
”湿り気”と”得体の知れない濁り気”が混ざり合った匂い
携帯用カンテラ型ライトの光を飲み干す暗闇が生む、静寂の気配
これがダンジョンか。
深呼吸を一つ。
舘林さんを視認した。
こちらが落ち着いていると見たのか、声を掛けてきた。
「入り口付近の状況を確認しました。 すぐに敵モンスターに遭遇する事は無いでしょう。」
「……ありがとうございます。 これから仲間のモンスターを召喚します。」
「了解しました。」
王王王、セキロー、佐助、剛武、バルクを召喚する事にした。
マリィさんは済みません。舘林さんが居ますので今回はお留守番でお願いします。
何故か彼女が微笑みながら承知した事が心で分かった。不思議だなー(棒
左の前腕に冒険者証のリングを巻き込む形で装着した、アームターミナル型の召喚デバイスを起動する。
「王王王」
デバイスの画面からソウルカードが浮き上がる。
カードを掴み、地面に投げると、そこには体長一メートル程の大きさの灰色のオオカミが現れた。
契約した時と違って、大人しく俺の指示を待っているように見える。
「セキロー」
王王王に良く似たオオカミが、
「佐助」
赤黒い肌色の、身長一メートル程の和風の子鬼が、
「剛武」
薄緑の肌色の、こちらも身長一メートル程のゴブリンが、
「バルク」
濃緑の肌色の、身長二メートル半程の大剣を携えたオークが、
契約の場で出会って以来、再び俺の前に現れた。
今日これから、彼らを率いて俺はダンジョンに挑む。
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