電車に乗って事務所へ向かう。
今まで毎日見ていた景色だけれど、久々に見るとなんだか新鮮だ。
一応有名人なので、マスクで顔を隠し目立たない服装をする。
涼ちゃんはどうするんだろうと思ったら、なんと空中移動。ぷよぷよ浮かんで、俺の周りを飛び回っている。どうやら、周りの人には見えないし、声も聞こえないらしい。
空中から見る世界が不思議なのか、なんだか楽しそうだ。
あっち行ったりこっち行ったりする涼ちゃんを連れ戻しながら、事務所へ到着する。
久しぶりの事務所に少し緊張しながら入ってゆく。
すれ違うスタッフさんが、普通に挨拶をしてくる。やっぱり涼ちゃんは見えないみたいだ。
エレベーターに乗り、目的の階まで上がる。会議室のドアを開けると、全員の視線がこちらをむく。
安心したような顔の人。難しい顔をした人。哀れむような視線を向ける人。様々な表情に思わず笑いそうになる。
そりゃ、あんなに一緒にいて、隙あらばくっついて。俺が一番の涼ちゃん推しだ、と公言もしている。涼ちゃんが大好きすぎることが周りにバレている自覚もある。病んでも仕方がないくらい思われているだろう。
いや、実際病んでた。どのレベルで病気と呼ぶのか分からないが、病気の一歩手前までは行っていただろう。
「体調は大丈夫ですか?」
マネージャーが気まずそうに話しかけてくる。
「めっちゃ元気」
昨日、驚くほど気持ちよく眠れて、今までの身体の疲れが一気に吹き飛んだ。
腕をぐるぐる回しながら答えると、俺の意外な反応に驚きながら、元気ならいいですけど、と席に戻って行った。
ところで、さっきから若井が見当たらない。俺を呼んだくせにまだ来てないのかと不思議に思いながら、彼を待つことにする。
涼ちゃんは、相変わらず空中に浮いている。時折、スタッフに近づいて横から資料を覗き込んだりしている。言葉遣いは変なのに、行動がおかしなところは変わらないなと、1人で苦笑する。
そのとき、会議室の扉が大きな音を立てて勢いよく開いた。振り返ると焦った顔のスタッフが息を切らしながら立っていた。
「っは、わかいさんがっ、廊下でっ、はっ、倒れてて!!」
ざわっ、と会議室が一気に騒がしくなる。誰かが救急車を!、と叫んでいるのが聞こえる。
あの日と似た状況に、手が震え、背中に嫌な汗が流れる。
すると突然、涼ちゃんが会議室の外へ飛び出した。一瞬止まって振り返った涼ちゃんは、きて、と静かに言い、また飛び出した。
我に返った俺も無我夢中で走り出す。後ろで俺を呼び止める声がしたが、気にしない。
涼ちゃんの移動スピードが、想像以上に速く、普段走らない足がもつれそうになる。
どこの廊下かなんて聞いていないのに、涼ちゃんはすんなりと俺を若井のところへ連れて行ってくれた。
苦しそうに息をしながら壁にもたれかかっている若井に近寄る。顔が真っ赤で、体が燃えるように熱い。
「若井っ、大丈夫か!」
「っは、元貴っ、ごめんっ、」
そう言って若井は崩れ落ちた。
「わかいっ、わかいっ、!」
子供みたいに泣きながら若井を揺さぶる。若井もいなくなってしまうなんて俺は耐えられない。
「揺さぶらないで。横にして、冷たいものを当ててあげて。」
冷静な声に顔を上げると、涼ちゃんが俺の横に屈んで、若井の顔をそっと触った。
「多分熱中症だと思う。、、、はやく、貴方しかできないよ。」
震えている俺の手にそっと手を乗せて、動けずにいる俺を優しく急かす。
「っ、」
優しく見つめられて、体が勝手に動き出す。若井まで失いたくない。その一心で応急手当てをする。
駆けつけたスタッフさんと一緒になって、若井の身体を冷やしていく。しばらくして到着した救急車に若井は連れて行かれた。
「熱中症だったそうです。元々疲労で体調が悪く、さらに悪化したのだと。今日いっぱいは病院で様子見で、明日には家に戻って大丈夫だそうです。大森さんの素速い応急処置のおかげです。ありがとうございました。」
安心したように頭を下げるマネージャーに、いえ、と短く返事し、静かに眠っている若井の顔を覗く。
綺麗な顔には普段、太陽のような彼にはない酷い隈があった。
マネージャーが気を利かせて、では、と言って病室を出て行った。入れ違いに涼ちゃんが入ってくる。
しっかりとドアが閉められたのを確認して、涼ちゃんが話し出す。
「体調はどうでした?」
「やっぱり熱中症だったみたい。、、、助けてくれてありがとう」
「いいえ、それが僕の役目ですから。」
そう言って涼ちゃんは、規則正しく寝息をたてている若井を見ながら静かに笑う。
「若井と一度ちゃんと向き合うよ。話したいこといっぱいあるし。」
「、、、それがいいと思います。」
もう一度若井に向き合って、安らかな寝顔を眺める。
「、、、今度は、、、たら、、、ですからね、」
「え?」
涼ちゃんが小さな声で何かを呟いた。聞き返したが、彼は笑顔で首を横に振るだけだった。
みぐり。です。
こんなはずじゃなかったんだけどな。若井さんは倒れる予定じゃなかったんだけどな。熱中症って。
テスト週間なもので。更新が遅くれてごめんなさい。
最後まで読んでくれてありがとうございました。
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