wki side
小さな話し声で目が覚める。
「やっぱり、熱中症だったみたい。、、、助けてくれてありがとう。」
「うん、若井ともちゃんと向き合うよ。話したいこともたくさんあるし。」
うっすらと目を開けると無機質な白い天井と、俺のベッドの横に腰掛ける元貴が見えた。
誰かと話しているようだった。ただ不思議なのは、元貴以外の声は聞こえないし姿も見当たらない。
「、もとき?」
掠れた声で呼ぶと、元貴の肩は大袈裟なくらいに跳ねた。
「っ、若井、!体調大丈夫?」
そんなに大丈夫ではないが、さっきよりは幾分マシになった。それより気になることがある。
「うん、、、誰かと話してた?」
元貴は驚いたように目を開いたが、慌てて表情を元に戻し、
「いや、独り言。」
と小さく零した。
独り言のはずがないけれど、元貴の悩ましげな姿にそれ以上は何も言えなかった。
長い沈黙が続く。先に口を開いたのは元貴だった。
「若井、熱中症だって。本当に気をつけてよ。建物の中でも熱中症なるんだから。、、、寝不足みたいだし。」
子供を叱るお母さんみたいな口調だが、こちらを見つめる瞳は不安げに揺れていた。
泣きそうな目で見つめられ、心が罪悪感でいっぱいになる。
「、、、ごめん。だけど、辛いんだよ。耐えられないんだよ。」
思わず溢れた本音。元貴を不安にさせたことは、本当に申し訳ないと思っている。俺が同じ状況にあったら、自分を殺めていたかもしれない。でも、俺は不器用だから元貴みたいに、受け入れて傷を癒すことなんてできない。
「寝るときにっ、どうしても、、、涼ちゃんのこと考えちゃうの、」
話しながら情けなく涙が出てくる。
ああ、元貴に赤ちゃんみたいって言われちゃう。涼ちゃんに時間の無駄なんて笑われるかな。
でも、どうしても考えてしまう。あの時、俺が盾になれれば、外を出歩いていなければって。過去の後悔ばかりを堂々巡りして。
もう戻れない日々を思い出しては、涙して。そんなこんなで朝がくる。最近は全く睡眠が取れていない。
きちんと生活できてしまっている元貴に逆に苛立ちさえ感じてしまう。あんなに涼ちゃんのことを愛していたのに。メンバーの俺ですら許されないくらい俺のものだって主張してたのに。なんでそんな平気でいられるの?
一度出てきた本音は止まらない。でも、元貴は俺が話し終えるまで静かに待ってくれた。
一度に話しすぎて息切れをしている俺の背中をさすりながら、静かに口を開いた。
「涼ちゃんはさ、目に見えなくても絶対に俺たちのこと見守ってくれていると思うんだ。だって、あの俺たち大好き涼ちゃんだよ?俺らを置いて、のこのこと天国になんか行かないでしょ。まあ、天国に行けたかどうかもわからないけど」
突拍子もないことを飄々と話し始めた元貴に、怪訝な顔をする。そんな俺を見て、苦笑した後、
「そりゃ、俺だって悲しいし辛いよ。いや、そんな安っぽい言葉じゃ言い表せないほど絶望したね。後を追おうかとも思った。だってほぼ俺が殺したようなもんじゃん。」
「っ、それは!」
「うん、分かってる。俺らは誰も悪くないことくらい。だから、若井も自分を責めないでよ。、、、涼ちゃんは見えなくなっても俺らのそばに絶対いるから。涼ちゃんは俺らの心の中に灯っているんだよ。」
元貴は優しく目を細めて俺を見る。
証拠もなにもないのに、やけに確信めいている元貴の言葉がすっと胸に入ってくる。
涼ちゃんは、俺らの心に灯ってる、、、?
『若井、自分を責めないで。笑って。貴方の心底幸せそうな笑顔が俺は大好きなんだから。』
心の奥底から、大好きなあの人の声が聞こえた。
俺がどんなに冷たくしても、笑って受け入れて、手を離さないでいてくれた人。他人のことを誰よりも見ていて、変化にすぐに気がつく人。大丈夫って笑うくせに、人一倍繊細で涙脆くて。彼の涙を俺は何回見たことか。まあ、お互い様だけど。同居中は、交代で自炊したりして。きのこ料理ばっかりで驚いた。俺が作ったご飯を美味しいって笑顔で食べてくれて。最初はどうかなって思っていたけれどすぐに大切な人になった。
彼との記憶がフラッシュバックして、気がつけば子供のようにボロボロと泣いていた。そんな俺を、元貴は何も言わず抱きしめてくれた。優しく回された手は、俺らの絶対に切れない絆のようだった。その反面、俺をこの世に縛り付ける鎖のようでもあった。でも大丈夫。もう逃げないから。すぐには笑えないかもしれないけれど、きっと笑える日が来る。
何分間そうしていただろう。泣き疲れた俺は、意識を失うように静かに眠りについた。
けれど、元貴は最後まで泣かなかった。
俺は退院してから、嘘のように回復していった。心に溜まった黒い渦が、涙と一緒に流れていったようだった。でも、決して涼ちゃんのことを忘れたわけではない。
事故を起こしたトラックの運転手も大炎上して裁判にかけられたが、事故の原因は車体の故障なので、俺たちがあまり彼に責任をなすりつけないでくれと願い出て、数年間の懲役となった。
それからしばらくしたころ、休止中でも楽器だけは触れておこうと、定期的に集まることになった。
まあ、ようは今回みたいなことが今後ないように、定期的に健康チェックをするということだ。
そんな日々を過ごしている中で、俺は気がついたことがある。
元貴が、見えない誰かと話しているのだ。言い方が良くないかもしれないが、たまたま俺がトイレに行ったりして1人になっている時、帰ってくるとドアの向こうから必ず声が聞こえるのだ。一度、息を殺して突撃してみたが、何もないように交わされた。
しかも、気になるのが話している時の表情。ドアの隙間から覗いたのだが、驚いた。
すごく恋しているような、相手が心底愛おしいような。大好きな人_涼ちゃん_と話している時のような。
すごく憎たらしくて、でも愛おしくて。二つの真逆の感情の狭間で揺らいだ目が、俺の記憶にやけにはっきりと残った。
みぐり。です。
この物語初めての若井視点。すごく苦しかったけど、なんとか書き切りました。
トラックの運転手、処刑にでもしてやろうかと思いましたが、彼らの優しさですね。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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