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【※第二章エピローグの、その後のお話です】
気持ちのいいヒヤリとした空気が頬を撫で、火照った顔を落ち着かせる。
ミシェルは、先客を見つけると声をかけた。
「父上、こんな所で何をされているのですか?」
ガブリエルはグラスを片手に、一人静かなバルコニーに佇んでいた。
ミシェルに気づくと、フッと笑う。
「少し、休憩をしていた」
要人への挨拶まわりもひと段落し、束の間の休息なのだろう。ミシェル自身も、そのつもりでやって来ていた。
王太子ステファンと、王太子妃になったカリーヌの婚礼式典後のパーティーなのだから、身内としては息つく暇もなかったのだ。
昼間から行われている、国をあげてのお祭りは数日に渡る。
そして、今は貴族に向けた国王主催のパーティー中だ。
――沙織の横にはシュヴァリエが居た。
シュヴァリエは優秀な魔導師として、帝国へ籍を変えた事になっている。そう、友好の証として。
これは、互いの国の混乱を避ける為。ガブリエルとシュヴァリエが決めたことだ。
当然、国王や皇帝は受け入れた。
今回、帝国の代表として招待された、王子サミュエルと、王女イザベラの案内役として、一緒にやって来たのだ。
皇太子としては、シュヴァリエはまだ顔出ししていないので、誰も疑問に思わないだろう。
「それにしても、彼はやってくれましたね」と、ミシェルは少し棘のある言い方をする。
「まったくだ。あの姿で、学園に現れてくれるとはな」
ガブリエルは苦笑した。
卒業式のダンスパーティーに現れたシュヴァリエは、なんと青龍の姿だったのだ。
ミシェルは、チラリとホールの中に目をやった。
「まあ、アレクサンドル殿下の――卒業生からの記念品として、丸く収まりましたけど……」
「そうだな。ステファン殿下が陛下用に作った投影魔道具のお陰だ」
青龍の姿を残せれば……と国王陛下の一言で、実現した魔道具だった。結局、国王よりも先に学園へ贈られることになったのだが。
魔道具での映像――これで、あの青龍が実際にいたとは思うまい。
「サオリ姉様の案ですよね? プロジェクションなんとか……」
「次から次へと、面白い」と、ガブリエルは穏やかな表情を見せる。
「さて、私はもう行こう」
「では、僕も」
「いや……、ミシェルは彼女の相手をしていてくれ。大事なサオリの友人だ」
「もとより、そのつもりです」
とはいえ、そろそろお開きになる時間だ。また明日も続くのだから。
ガブリエルが、ホールへ戻って行くのを見送ると、入れ違いにやってきた、黒髪の女性に声をかけた。
「チヒロ様も休憩ですか?」
「はい! もう、眼福で……ヤバいです」
「そうですか、良かったですね」
興奮で頬を赤く染めている千裕の言葉を、さらりと流す。
沙織の親友の千裕も、カリーヌの希望もあり、ガブリエルとステファンの配慮で招待されたのだ。
ミシェルも、向こうの世界で会っているので、この変わった話し方にも慣れてきた。
「サオリ姉様は?」
「ふふ……。シュヴァリエ様と庭に行きましたよ。なかなか会えないみたいなので、邪魔したくなくて」
千裕の言葉に、――ズキッとミシェルの胸は疼く。
「あ……、ごめんなさい」
千裕は、ミシェルが沙織を好きな事を知っていたのに……軽率だったと後悔した。美しい表情を崩さないが、ミシェルの性格は知っている。
「何がでしょうか?」
「いえ、何でもありません。私、龍王様が推しだったんで、つい」
「推し?」
「えっと……。まさか、カワウソが……じゃなくてリュカが。そう、リュカがシュヴァリエ様だと知って、応援したくなっちゃって。私、小動物好きなんです」
千裕は、自分で何を言っているのか分からなくなり、焦りまくる。
「ああ、リュカの正体を」
ミシェルの言葉に、千裕はコクコクと頷いた。
向こうの世界で、シュヴァリエはリュカの姿だった事を思い出す。
「チヒロ様は、サオリ姉様が居なくなって……寂しくはないですか?」
ふと、ミシェルは訊いてみたくなった。
「そりゃ、さみしいですよ〜。でも、沙織が決めた事だし、こうして会わせてもらえたら充分です。ミシェル様は……」
と言いかけて、千裕は止めると話題を変えた。
「私、やりたい事が見つかったんですよ」
「やりたい事ですか?」
「はい。保育系に進もうと思って。えっと、こっちでは確か、無いですよね? 小さな子供だけの学校って」
「小さな子供の学校ですか? ありませんね……」
「私達の世界には、幼稚園とか保育園とかがあって。私、その先生を目指してみようと」
この『乙女ゲーム』の、龍王覚醒イベントで知ったシュヴァリエの過去。それがきっかけだったとは、口には出来ないが。千裕なりに、考えるところがあったのだ。
へへっと笑った千裕の表情を見て、きっと子供に好かれるだろうとミシェルは思う。
その学園ではない、小さな子供の為の学校に興味を持った。貴族には必要ないかもしれないが、平民の間ではどうなのだろうか――と。
そして、詳しく千裕に教えてもらう。
ミシェルは、次期領主の顔になって食い入る様に話を聞いていた。
「ミシェル様が私の世界に来たら……今度は、私が案内してあげますよ」
「それは、いい案ですね」
「あ、でも! その時は、外見を変える魔道具をステファン様に借りて下さいね! 尊死が続出したら困るんで」
「尊……? わかりました」
よく分からないが、沙織と千裕の外見と違うと言いたいのだろうと理解した。
「では、チヒロ様。明日は、王都の祭りを案内しましょう」
「はいっ、お願いします!」
ミシェルは手を差し出すと、千裕をエスコートして会場へ向かう。
胸の疼きは、いつの間にか和らいでいた――。
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