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昼の光は朝よりも角度を増し、倉庫の高い窓から斜めに差し込んで床の金属面に鈍い反射を落としていた。昨日までと何も変わらないはずの空間なのに、音が少し遠い。換気装置の低い唸りも、外を走る車の振動も、膜一枚隔てた向こう側にあるみたいにぼやけている。街全体が平坦な呼吸を続けているようだった。昨日の夜に起きた出来事が嘘だったかのように、倉庫の中には破壊の痕跡も新しい血の匂いもなく、ただ工具と資料と生活の気配だけが整然と存在している。

アマリリスは簡易デスクの前に座り、ノートパソコンを開いたまま視線を画面に固定していた。掲示板、SNS、匿名のログ、事件共有サイト、ありとあらゆる場所に検索をかけているが、引っかかるのは過去数日の話題の再掲や尾ひれのついた噂ばかりで、昨日の夜を示す確かな情報は一つも見当たらない。

キーボードを叩く指の動きは一定で、無駄がないが、その規則正しさが逆に成果のなさを強調していた。画面の端で時刻表示がゆっくり進むたび、何も起きていないという事実だけが積み重なっていく。

ミアは床に近い位置で資料を広げ、紙の束を膝の上に乗せたままページをめくっている。索引、事件年表、異常存在の目撃記録、どれも目を通しているはずの内容なのに、彼女は念入りに線をなぞり、日付と場所を照合し続けていた。昨日エルクスから聞いたShadow Spawnの特徴、影のようにまとわりつく性質、光で消えたように見えても完全には消滅しない点、それらを既存の記録と重ね合わせるが、該当する項目は見つからない。

キヨミは反対側のテーブルで端末と紙資料を並べ、数値と文章を交互に確認している。神秘の反応値、異常波形、夜間の検知ログ、そのどれもが昨夜の時間帯だけ不自然な空白を作っている事実に、彼女は小さく眉を寄せた。数値が跳ねた形跡も、警告が出た痕跡もない。ただ何もないという記録だけが、整いすぎた形で残っている。

ミアが顔を上げ、「昨日の影のやつ、どこにも載ってないね。」と言うと、キヨミは静かに首を横に振り、「記録に残らないタイプか、意図的に消されてる。」と短く返す。その会話を背に、アマリリスは画面を切り替え、別の掲示板を開く。そこでも語られているのは昨日以前のチーターの話題ばかりで、夜の倉庫を襲った存在に触れる者はいない。昼という時間帯が、異常を押し流すために用意されたかのように穏やかすぎた。

やがて倉庫の扉が開き、外の光が一瞬だけ床を横切る。エルクスが戻ってきたが、その表情に緊張はなく、装備にも使用痕は見当たらない。外を一通り見てきたという報告は簡潔で、「反応なし、目撃なし、チーターすら影もいなかった。」という言葉だけが淡々と並ぶ。

誰も驚かず、誰も安堵しない。ただ確認事項が一つ消えただけのように、空気が静かに元の形へ戻る。窓の外では雲がゆっくり流れ、昼の光が少しずつ位置を変えていく。昨日の夜の異常が、今日の昼には完全に沈黙している。その沈黙が長く続くほど、全員の中で同じ感覚が強まっていった。

エルクスはしばらく倉庫の奥を見つめてから、ゆっくり振り返る。その動きは慎重で、言葉を選ぶ時間をそのまま身体に乗せたみたいだった。アマリリスと目が合う。すぐに逸らさない。試すようでも、迫るようでもない。ただ確認する視線だ。

「……なあ。」

低く抑えた声が、静けさを切る。

「今からする話は、軽いもんじゃない。」

一拍置く。その間に、空気がさらに張り詰める。

「途中でやめることもできるし、聞かなくてもいい。」

エルクスは一度だけキヨミとミアの方を見る。二人とも何も言わない。ただそこにいる。

「それでも……」

視線がアマリリスに戻る。

「知りたいか……?不正者狩りの歴史……どうやって今に至るかを……。」

問いは短いが、重い。答えを急かす気配はなく、逃げ道も用意されている。倉庫の中で、時間だけがゆっくり流れる。アマリリスの呼吸音が、自分でも分かるくらいはっきり耳に届いた。

「……ああ。」

アマリリスが小さく頷くのを見て、エルクスはすぐには話し始めなかった。一度視線を床に落とし、息を吸い、吐く。その音さえやけに大きく感じられる沈黙が挟まる。キヨミが壁から一歩だけ前に出て、エルクスの隣に並んだ。二人の立ち位置は自然で、何度もこうしてきたかのようだった。エルクスが口を開く。

「不正者狩りは、最初からチーターを狩る集団だったわけじゃないんだ。」

声は淡々としているが、言葉の端が僅かに硬い。

「今みたいに武器を持って、命の取り合いをする連中でもなかった。」

キヨミが続く。

「あの頃は、まだチーター自体がほとんど確認されていなかった。変な現象が起きた、原因不明の事故があった、誰かが奇妙なものを見た……そういう話を調べるだけの集まり。」

キヨミの声は静かで、事実だけを並べていくようだった。エルクスが頷く。

「怪異の調査。ようはオカルト寄りだった。政府も警察も手を出さない、出せない領域を勝手に覗いてただけだ。」

倉庫の空気が少し冷える。キヨミは腕を組み直し、視線を遠くにやる。

「その中心にいたのが、俺たちの『親』だった。」

その一言で、空間の重さが変わる。エルクスは言葉を継ぐ。

「大体23年前だ。当時のメンバーは全員大人で、経験も知識もあった。俺たちは……まだ子供だった。」

キヨミの指先が僅かに動く。

「ある日、異常なエネルギー反応が観測された。今までとは桁が違う量。放っておけば街一つ消えるかもしれない、そう判断された。」

エルクスが目を閉じる。

「場所は特定できた。だから向かった。それが……最後だった。」

短く切れた言葉の後、沈黙が落ちる。換気装置の音だけが、やけに現実的に響く。

「原因は分からない。」

エルクスが低く言う。

「資料には断片しか残ってない。天使だの魔女だの……。チーターの蔓延ってる世界でいうのもあれだがどれも確証がないし、非現実的な言葉ばかりだ。」

キヨミが続ける。

「分かっているのは一つだけ。そこに行った全員が、帰ってこなかった。」

アマリリスは黙って聞いている。問い返さない。キヨミはその沈黙を受け止めるように言葉を続ける。

「一夜で、俺たちは全部失った。親も、守ってくれる大人も、逃げ道も。」

エルクスが拳を握るが、すぐに力を抜く。

「残されたのは、資料と、不正者狩りという名前だけだった。」

そこで一度、話が途切れる。誰もすぐに次を言わない。ミアの方から小さな布の擦れる音がするが、視線は合わない。エルクスは一度アマリリスを見る。

「そこから今に至る訳だ。」

沈黙が再び倉庫を満たす。エルクスは一度だけ視線を逸らし、工具棚の影に置かれた毛布の塊を見る。そこにミアは座ったまま、こちらを見ていない。キヨミがその視線に気づき、ほんの一瞬だけ目を伏せてから口を開いた。

「年齢の話はもう気づいてるだろう。」

アマリリスが黙って頷くのを見て、エルクスが続ける。

「ミアの年齢、『戸籍上は25歳』だ。俺より二つ下で、キヨミより一つ上。」

その数字が、倉庫の空気に違和感として落ちる。

「でも、見た目は……。」

言葉を切ったまま、エルクスは少しだけ唇を噛む。キヨミが代わる。

「十三歳前後で止まっている。身体も、精神も。」

ミアは何も言わない。毛布の端を指で掴み、少しだけ引き寄せる動きがあるだけだ。エルクスは静かに続ける。

「あの時、親を失ったのは俺とキヨミだけじゃない。ミアもだ。ただ……ミアは、もっと幼かった。」

キヨミが視線を上げる。

「栄養も環境も、最悪だった。逃げ回って、隠れて、生き延びるだけで精一杯だった。」

エルクスが低く言う。

「育つための時間と条件が、丸ごと削られた。」

ミアの肩がわずかに動くが、顔は上がらない。

「俺とキヨミで育てたんだが…。」

キヨミが言う。

「守った、とは言えない。ただ、生かしただけ。」

その言葉に、否定も弁解も続かない。

「だからミアは、不正者狩りの中でも一番……過去に近い場所にいる。」

エルクスはそう締める。

「親の代の終わりと俺たちの始まり。その境目を、あいつは身体で引きずってる。」

アマリリスはすぐには言葉を出さなかった。視線は床の一点に落ちたままで、そこに残る古い油染みと傷の重なりをなぞるように目だけがわずかに動く。胸の奥で何かが沈んでいく感覚があり、それが同情なのか、納得なのか、自分でも判別がつかない。

ただ確かなのは、これまで自分が想像していた「過去」という言葉が軽かったという事実だった。息を一つ吐き、ようやく顔を上げる。エルクスでもキヨミでもなく、毛布に包まれたままのミアの方を一瞬だけ見てから、視線を戻す。その目には感情を抑え込んだ静かな色が宿っていた。

「……俺の思ってた以上だったな。」

低く、乾いた声だった。驚きや憐れみを強調するでもなく、事実を受け取った結果として漏れた一言。言葉の後に続く沈黙は重く、しかし先ほどまでとは質が違う。アマリリスはそれ以上何も言わない。

ただ、その沈黙自体が話を軽く扱わない、そして自分と同じような辛い過去を持つものを増やすまいと、改めて決心した。

エルクスは一度だけ視線を巡らせ、誰もが黙っているのを確認すると歩き出した。

「ついて来い。」

倉庫の奥、積み上げられたコンテナの列の間へ向かう細い通路は、イカタコ一匹がようやく通れるほどの幅しかなく、壁代わりの金属が体温を奪うように冷たい。アマリリスはその後ろをついていきながら、ここを何度も行き来していたはずなのに、こんな場所にまだ知らない動線があること自体に小さな違和感を覚えていた。

エルクスは一番奥、コンテナの裏側に回り込み、何の変哲もない金属板に手を伸ばす。指が特定の位置を押し込むと、鈍い音を立てて板がわずかに沈み、そのまま横へずれるように開いた。現れたのは人一匹が降りられる程度の縦穴で、下へ続く鉄製の梯子が闇の中に伸びている。

「……こんなの、あったのか。」

アマリリスの声は思わず低くなる。驚きが隠しきれないまま、エルクスに続いて梯子を降りると、足元で空気の質が変わるのがはっきりと分かった。湿り気と埃、紙と金属が混ざった匂いが肺に入り、地下に降りてきたという実感が遅れて押し寄せる。エルクスが壁際のスイッチを入れると、天井の裸電球が一斉に点灯し、狭い空間がぼんやりと照らされた。

資料室は思ったよりも広くはない。だが壁一面に設けられた棚には古いファイルや分厚い紙束、手書きのノート、年代ごとに分類された記録箱が隙間なく並び、床にも積み重ねられた資料がいくつも置かれている。光に照らされて舞い上がる埃が空気を白く曇らせ、時間そのものが沈殿しているようだった。

エルクスは一冊のファイルを引き抜き、アマリリスに差し出す。中には写真、図面、観測データ、そして走り書きのような文章が重なり合い、不正者狩りの過去が物としてそこに存在していた。

「さっき話したことは、ここに全部残ってる。親の代の記録も、チーターが出始めた頃の調査もな。」

アマリリスはページをめくりながら、文字と数字の密度に目を細める。単なる噂や口伝ではなく、積み重ねられた事実の重みが紙越しに伝わってきて、胸の奥が静かに締め付けられた。まだ見たことのない資料が山ほどある。その事実だけで、この場所がどれほどの時間を抱え込んでいるかが分かる。

「……全部、ここにあったんだな。」

呟くような声に、エルクスは短く頷いた。

「全部じゃない。だが、知るべきことはここにある。」

しばらくの間、紙をめくる音と埃が落ちる微かな音だけが続く。やがてエルクスはファイルを戻し、静かに言った。

「まだ昼だ。何も起きていない時間ほど油断はできない。」

アマリリスは顔を上げ、真っ直ぐにエルクスを見る。その目には先ほどまでの驚きはなく、代わりに理解と覚悟が宿っていた。

「ああ。」

短く頷くと、エルクスはわずかに口角を上げる。

「これからもよろしくな。不正者狩りのメンバーとして。」

その言葉に、アマリリスはもう一度、確かに頷いた。



〈不正者狩りの歴史〉

約23年前、元々チーターがほとんどいなかった時代(アマリリス以外の3匹の親の代)はあくまで怪異の調査をしたりと割とオカルト系に近しい集団だったが、チーターの出没と同時にその調査をし始めて「不正者狩り」と名乗るようになった。

ところがある時、とある場所でのエネルギーの大量放出を観測しに行った際に「なんらかの原因で」メンバーが全員死亡。幼かったエルクス、ミア、キヨミが無慈悲にも親の代を継ぐこととなった。(この原因については天使や魔女と言った断片的な情報だけが残っている。)

この情報や神秘などのチーターの構造に関する情報は、倉庫の地下の資料室にある多くの資料を読んだ事でエルクス達に情報が渡っていた。



〈キャラ解説のコーナー〉

フエノ・ミア(笛乃美愛)

イカガール。戸籍上は25歳、見た目は13歳。

不正者狩りのメンバー。

エルクス、キヨミと共に親を失い、エルクスとキヨミに育てられたが、身体的にも精神的にも成長がとても遅れ13歳相当に見える。

本人は詳しい事は聞かされていないが、背が低い事は気にしているので厚底ブーツを履いている。

キヨミの事はお姉さんのように慕っている。

小さい見た目で小回りの効く戦い方をすればいいのだが、本人が脳筋なのでよく突っ込んで危険な戦い方をするので、キヨミが戦いを監視している。

好き嫌いがはっきりしている。(好きな物はオムライスで、嫌いな物は自分を怒る者。)

元々はマスコットキャラ的立ち位置だったが、アマリリスが不正者狩りに加入してメンバーの大切さを改めて知って、ミアへの扱いが少し変化した。

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