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昼下がりという言葉が持つ本来の穏やかさは、この街では表層に貼り付いた薄い皮膜に過ぎなかった。人の流れが増え、音が重なり、生活が最も露骨に表へ滲み出る時間帯であるがゆえに、その裏側に生まれる歪みもまた濃くなる。誰もが無意識に通り過ぎ、誰もが深く考えないまま踏み込む場所。そこに潜む異物は、気づかれないほど静かであるほど危険だった。
昼下がりの街は本来なら最も人の気配が濃くなる時間帯のはずだった。遠くでは話し声が重なり、靴音が乾いたリズムを刻み、空を切る風に混じって生活の匂いが漂っている。しかし一本路地を外れた瞬間、その賑わいは急に薄皮一枚の向こう側へ押しやられ、この場所だけが切り取られたように静止する。日光は上空から確かに降り注いでいるのに、高く積み上がった建物の壁がそれを細かく分断し、地面に落ちる光はまだらで冷たい。
影と影が縫い合わさったその中心に、アッシュは立っていた。動かない。呼吸はしているが、それさえも周囲の空気に溶けて輪郭を失っている。背筋は伸びているのに緊張はなく、力を抜いた人形のように重心が正確に地面へ落ちている。虚ろな目は開かれているが、何かを見ているわけではなく、ただ世界を通過させているだけだ。瞳の奥に感情の揺らぎはなく、血の気を失った顔は昼の光を受けても温度を持たない。彼の存在そのものが、この路地の影と同質のものとして溶け込んでいた。
アッシュの内側では、かつて存在したはずの思考の雑音がほとんど鳴りを潜めている。善悪の判断も、躊躇も、選択という概念さえも、すでに役割を終えた道具のように奥へ押し込められていた。ただ目の前にある歪みを認識し、それに触れ、消す。それだけが今の彼に与えられた明確な機能だった。
やがて3匹のイカとタコが通りかかる。急ぎ足でもなく警戒もなく、日常の延長として路地を横切ろうとする。その足取りは軽く、視線は前方に向けられ、そこに立つ異物を認識する前に距離は縮まる。アッシュは振り返らない。首も肩も動かさず、ただ腕だけを自然に持ち上げる。その動きに迷いはなく、躊躇や決意といった人間的な予備動作は存在しない。
指先が相手の袖口に触れた瞬間、さらりという小さな音が鳴り1匹の腕が灰に呑み込まれていく。
「な、何だよこれ……!」
驚きイカは腕を見る。
続いて皮膚、筋肉、骨格へと同じ現象が連なり、時間差も抵抗もなく存在が削除される。血は出ない。叫びもない。感情が生まれる余地そのものが与えられないまま、イカはイカだった痕跡を残さずに消える。
その消失はあまりにも静かで、周囲の街の音が一瞬遅れて追いつくほどだった。何かが起きたと理解する前に結果だけが提示され、理解は恐怖へと変換される。
仲間の2匹が後ずさる。
「待てよ……!何だよ今の…!」
「消えた……?冗談だろ……!?」
恐怖が言葉を荒くする。
「やめてくれ……。」
「あいつも俺達も……何もしてない……!」
アッシュは目を伏せたまま、淡々と告げる。
「静かにしろ。」
怒気はない。ただ状況を整理するような声だった。その声は命令ですらなく、事実の通達に近い。抵抗も交渉も成立しないという現実だけを、冷たく突きつける響きだった。
「死にたくない……助けてくれ……!」
懇願の声が路地に反響するが、影はそれを吸い込み、外へは漏らさない。
アッシュは一歩近づく。距離が縮まるにつれて、相手の呼吸が早まり、足がもつれる。
「勘違いするな。」
低い声が落ちる。
「これは罰じゃない。処理だ。」
触れた瞬間、残っていた輪郭が静かに崩れ、声は途中で消える。路地に残ったのは、先ほどまで人が立っていたという事実の痕跡だけだった。
最後の1匹が声を上げる暇すら与えられずに消えたことで、路地は完全な沈黙に包まれる。昼の街のざわめきが、壁越しにぼんやりと存在を主張するだけで、この場所は切り離された空白として取り残される。
地面に残るのは細かな灰だけだが、それもすぐに風に巻かれることなく沈み込み、路地の隙間へと吸い込まれていく。アッシュはその過程を見届けることなく、指先に残ったわずかな感触を確かめるように手を開閉する。そこに後悔も満足もない。
かつて人に触れるという行為が持っていた温度や意味は、彼の中ではすでに失われている。触れることは確認であり、消去のための最短距離でしかない。
ただ「掃除が一つ終わった」という事実だけが静かに胸の奥へ沈む。世界は依然として歪んでおり、正しくあるべき形から外れている。その歪みを取り除くために自分はここにいる。その思考だけが、空洞の内部で反響する。
「……次。」
その一言は独り言であり、同時に自分自身への命令でもあった。
アッシュは再び歩き出す。足音は小さく、昼の街に溶け込むことなく影の側へ吸収され、次の通行人が現れるまで、路地は何事もなかったかのように静けさを保ち続ける。そしてその静けさの裏で、確実に何かが削られ、失われていくことを知る者は、まだ誰もいなかった。
【チーター報告掲示板(チーター狩ってる奴がいるみたいなんでタイトル変更しました)Part2】
1:名無しイカ(20XX/09/22 13:41:15)
新スレッド建てた。情報あったら書いてくれ。
2:名無しタコ(20XX/09/22 13:42:03)
スレ立て乙。タイトル物騒で草。
3:名無しイカ(20XX/09/22 13:43:11)
早速だけど、さっき路地裏で変なの見た。
4:名無し(20XX/09/22 13:43:58)
3
kwsk
5:名無しイカ(20XX/09/22 13:45:20)
うちの近所の裏路地。昼なのに人消えてて、立ってたやつ一瞬で消えた。
6:名無しタコ(20XX/09/22 13:46:02)
消えたってどういう意味だよw
7:名無しイカ(20XX/09/22 13:47:30)
本当に「いなくなった」。音も叫びもなし。
8:名無し(20XX/09/22 13:48:44)
それチーター狩ってる奴じゃね?
9:名無しイカ(20XX/09/22 13:49:59)
狩り方が今までと違う気がする。銃声聞こえなかった。
10:名無しタコ(20XX/09/22 13:51:12)
無音処理とか怖すぎ。
11:名無し(20XX/09/22 13:52:40)
昼にやってるのがヤバい。
12:名無しイカ(20XX/09/22 13:53:55)
しかもそいつ、立ち方がおかしかった。人形みたい。
13:名無しタコ(20XX/09/22 13:55:01)
感情ない系?
14:名無しイカ(20XX/09/22 13:56:18)
目が虚ろだった。見てるのに見てない感じ。
15:名無し(20XX/09/22 13:57:39)
それチーターじゃなくて狩人側じゃね?
16:名無しタコ(20XX/09/22 13:58:54)
でも一般人消えたって言ってなかった?
17:名無しイカ(20XX/09/22 14:00:10)
近づいたやつが消えた。チーターか一般かはわからん。
18:名無し(20XX/09/22 14:01:33)
誤爆してたら洒落にならん。
19:名無しタコ(20XX/09/22 14:02:47)
狩人も暴走してきた説。
20:名無しイカ(20XX/09/22 14:04:01)
狩人じゃないかも。武器持ってなかった。
21:名無し(20XX/09/22 14:05:22)
素手系チーター?
22:名無しタコ(20XX/09/22 14:06:48)
触れたら終わりタイプかよ。
23:名無しイカ(20XX/09/22 14:08:02)
近づかない方がいい。空気が違った。
24:名無し(20XX/09/22 14:09:19)
具体的にどの辺?
25:名無しイカ(20XX/09/22 14:10:41)
旧市場裏の細い路地。
26:名無しタコ(20XX/09/22 14:12:03)
あそこ昼でも薄暗いよな。
27:名無し(20XX/09/22 14:13:27)
また新種チーター出たのか。
28:名無しイカ(20XX/09/22 14:14:59)
新種ってより、雰囲気が異常。
29:名無しタコ(20XX/09/22 14:16:10)
狩人側の切り札とか?
30:名無し(20XX/09/22 14:17:33)
不正者狩りがチーター作った説。
31:名無しイカ(20XX/09/22 14:18:55)
冗談でもやめろ。
32:名無しタコ(20XX/09/22 14:20:07)
でも最近消え方が綺麗すぎる。
33:名無し(20XX/09/22 14:21:31)
血痕ない事件増えてるよな。
34:名無しイカ(20XX/09/22 14:22:58)
まるで存在ごと消してるみたい。
35:名無しタコ(20XX/09/22 14:24:20)
それ能力的に反則だろ。
36:名無し(20XX/09/22 14:25:44)
狩人でも対策できるのか?
37:名無しイカ(20XX/09/22 14:27:01)
近づかなきゃいいんじゃね。
38:名無しタコ(20XX/09/22 14:28:19)
近づかずに倒せるなら苦労しない。
39:名無し(20XX/09/22 14:29:40)
幻覚チーターと同時期なのが不穏。
40:名無しイカ(20XX/09/22 14:31:02)
街に変なの集まりすぎ。
41:名無しタコ(20XX/09/22 14:32:18)
昼に出るのはマジで勘弁。
42:名無し(20XX/09/22 14:33:44)
不正者狩り動くか?
43:名無しイカ(20XX/09/22 14:35:01)
多分もう把握してる。
44:名無しタコ(20XX/09/22 14:36:20)
狩り始まったらまた死人出るな。
45:名無し(20XX/09/22 14:37:42)
俺らは近づかないのが正解。
46:名無しイカ(20XX/09/22 14:38:59)
昼の路地裏は避けろ。
47:名無しタコ(20XX/09/22 14:40:11)
今日は家に引きこもるわ。
48:名無し(20XX/09/22 14:41:33)
このスレ、後で証拠扱いされそう。
49:名無しイカ(20XX/09/22 14:42:55)
それくらいヤバいってことだ。
50:名無しタコ(20XX/09/22 14:44:10)
続報あったらすぐ書け。街の空気がおかしい。
倉庫の内部には昼の光が斜めに差し込み、積み上げられたコンテナの側面に細長い影を落としていた。静かだ。あまりにも静かで、外の街のざわめきが壁一枚向こうで別世界の出来事のように感じられる。その静寂を破っているのは、古い端末の冷却ファンが回る低い音と、時折鳴るキー入力の乾いたクリック音だけだった。
アマリリスは机に肘をつき、モニターに映る文字列を無言で追っている。掲示板。更新速度が異様に早い。スクロールするたびに新しい書き込みが下から湧き上がり、街のどこかで起きている異変が、生の言葉として流れ込んでくる。
「……増えすぎだろ。」
独り言のように呟いた声は、倉庫の広い空間に吸われて消える。数十分前に見た時より、スレッドの数が明らかに増えている。チーター報告、狩人目撃情報、路地裏の異変。どれも断片的で、確証はない。だが共通しているのは、昼、路地裏、無音、消失。その単語が何度も繰り返されていることだった。
「銃声なし、血痕なし……触れただけで消えた、か。」
画面に表示された一文を読み上げ、アマリリスは小さく鼻で笑う。笑いというより、感情の整理に近い。
「派手さはないのに、嫌なやり方だな。」
背後で足音が止まる気配がする。エルクスだ。見回りから戻ってきてからしばらく、倉庫内は妙に落ち着かない空気を保っていた。沈黙が続き、誰もが各自の作業をしているふりをしながら、同じ方向を意識している。
「……それ、今立ってるスレか?」
エルクスの声は低く、抑えられている。
「ああ。リアルタイムで伸びてる。」
アマリリスは視線を画面から離さずに答える。
「昼間に出てる。路地裏限定。無差別かどうかは不明。」
キヨミが別の机から顔を上げる。彼女の手元には紙の資料とタブレットが広げられているが、視線は既にこちらへ向いていた。
「それ、今までのチーターとは違うわね。」
「違いすぎる。」
エルクスが短く言う。モニターに映る文字を一瞥しただけで、空気が変わったのがわかる。
「能力の発動条件が単純すぎる。触れたら終わり、なんて。」
アマリリスはスクロールを止め、一つの書き込みを指で示す。
「しかも目撃者の証言が揃ってる。虚ろな目、感情がない、武器を持っていない。」
「……チーターだとしても、相当新しいタイプね。」
キヨミの声は静かだが、そこに含まれる警戒ははっきりしている。
アマリリスは椅子にもたれ、天井を仰ぐ。梁の影が交差し、倉庫の天井はいつもより低く感じられた。
「掲示板の連中、半分は面白がってるな。」
再びモニターを見る。
「『昼の路地裏は避けろ』『街の空気がおかしい』……他人事のくせに、勘だけは鋭い。」
エルクスは腕を組み、しばらく黙って画面を見つめる。その沈黙が答えだった。
「……位置は?」
「旧市場裏。」
その一言で、全員の意識が一点に収束する。
ミアは何も言わない。ただ視線を落とし、指先をぎゅっと握っている。
「二時間前までは静かだった場所だ。」
エルクスがそう言ってから、倉庫内に短い沈黙が落ちる。過去の話をした直後だからこそ、その沈黙は重い。だが逃げるわけにはいかない。
アマリリスは立ち上がり、銃の置かれたラックに向かう。金属が擦れる音が、やけに大きく響く。
「掲示板が騒いでるってことは、まだ誰も止められてないってことだ。」
銃を手に取り、重量を確かめる。
「つまり、獲物はまだ外にいる。」
エルクスはゆっくりと頷く。
「昼だからこそ、油断はできない。」
キヨミも立ち上がり、装備を確認し始める。
アマリリスは最後にもう一度モニターを見る。更新されたばかりの書き込みが、画面の一番下に表示されていた。
「……『街の片隅で何かが起きてる』、か。」
小さく息を吐く。
「正解だよ。今から、俺達が行く。」
倉庫の扉が開く音が、昼の街へと繋がっていく。皆が武器を準備し構える。
「行くぞ。」
不正者狩りは、静かに、しかし確実に動き出していた。
家の中は昼だというのに静まり返っていた。カーテン越しに差し込む光は弱く、埃の粒子がゆっくりと漂っているのが見える。スロスは机に向かい、背もたれに体重を預けたままモニターを睨んでいた。
掲示板の画面は何度も更新され、スクロールするたびに新しい書き込みが現れては消えていく。指先でマウスを動かす音だけがやけに大きく感じられ、部屋の静けさを際立たせていた。
「……騒ぎが早すぎる。」
低く呟き、スレッドの流れを最初から追い直す。新スレが立った時刻、最初の目撃情報、路地裏という共通点、触れただけで消えたという表現。血が出たという書き込みがほとんどないことに、スロスは眉をひそめる。
「銃声なし、血痕なし……それで消失ねぇ…。」
書き込みの温度差にも目が留まる。恐怖を煽る者、冗談半分で煽る者、正義だと持ち上げる者。誰も本質を見ていない。
「こいつら、噂話の速度だけは一流だな。」
独り言は皮肉を帯び、モニターの光に溶ける。次のレスを読む。幻覚だの分身だの、情報が混線し始めている。
スロスは確信に近い感覚を覚える。掲示板に並ぶ言葉の隙間から、無機質な輪郭が浮かび上がる。感情を挟まず、昼間に、誰の目にも触れうる場所で行われる異常。
「『命令』で動いてるタイプじゃなさそうだな……。」
時計に視線を移す。スレの時刻とほぼ一致している。リアルタイムで進行中だ。スロスは椅子を軋ませて立ち上がり、部屋の隅に置かれた装備へ歩く。壁に掛けられたナイフの鞘を手に取り、一本抜いて刃を確認する。光を受けて反射する刃に歪みはない。
「触れたら消える、なら触れない。」
腰に差し、予備のナイフを数本ポケットに滑り込ませる。ドアに向かいながらも、モニターを一瞥する。新しい書き込み。
旧市場裏。
数分前。
扉を開けると昼の空気が流れ込み、部屋の静寂が一瞬で崩れる。外に出たスロスは足取りを早め、街の流れに逆らわずに進む。人の多い通りでは何事もない顔で、だが曲がり角を越えるごとに意識は研ぎ澄まされていく。音が減り、匂いが変わる。旧市場の裏手に差し掛かった瞬間、肌がひりつくような違和感が走る。
「……やっぱりな。」
影の溜まる場所に、動かない人影がある。昼の光を浴びているのに、そこだけ色が薄い。スロスは距離を保ったまま声を投げる。
「随分と目立つ場所だ。掲示板、見てないのか?」
返事はない。虚ろな目がこちらを通過する。
(反応なしか。)
一歩踏み出す。
踏み込みと同時にナイフを振る。確かに当たった感触。だが次の瞬間、刃先がさらりと軽くなり、視界の端で灰が舞う。
即座に距離を取る。
(触れた瞬間に消える……灰化か。)
残ったナイフを構え直し、呼吸を整える。
「掲示板の連中、少しは役に立ったな。」
皮肉混じりに呟き、視線を相手から逸らさない。昼の路地裏で、静かな対峙が続く。ナイフを握る指先に力を込めるが、無駄な言葉は出さない。ただ一度、視線を鋭くする。それだけで十分だった。アッシュの目がゆっくりとこちらに向く。焦点は合っていないのに、確かに認識している。
「ここは通路だ。邪魔をするなら処理する。」
スロスは一歩踏み込む。言葉は短く抑えられ、ほとんど呼吸に混じる程度だ。
「……知らね。」
踏み込みと同時にナイフが走る。狙いは触れない距離、刃の先端。だがアッシュは半歩だけ前に出る。意図的だ。スロスの動きが止まる一瞬、その手が伸びる。
「遅い。」
触れた感触はほとんどなかった。次の瞬間、スロスの腕先が軽くなり、視界の端で灰が舞う。痛みは遅れて来るが、完全ではない。意識が追いつく前に、崩壊が連鎖する。灰は燃え上がらず、静かに削ぎ落とされるように広がる。
「……っ。」
声にならない息が漏れる。スロスは後退しようとするが、足元から感覚が抜け落ちる。触れられた箇所から順に存在が薄れ、体の輪郭が崩れていく。アッシュは近づき、冷静に観察する。
「もう理解したのかな。僕の能力。」
言葉に感情はなく、事実の確認に過ぎない。
「触れた時点で終わりだ。逃げ道はない。」
灰が胸元まで迫る。視界が白く霞み、音が遠のく。スロスの意識はそこで途切れた。路地には何も残らない。風が吹き、灰の名残すら隙間へ沈み込む。アッシュはその場に留まり、手を一度開閉する。視線を戻す。昼の街は何事もなかったかのように動き続ける。
一方、家の奥深く、静かな部屋の片隅。床に置かれた小さな箱の中で、わずかな神秘が脈打つ。灰ではなく、指先ほどの小指が淡く光る。そこから輪郭が引き戻されるように再生が始まる。音はない。痛みも叫びもない。ただ存在が組み直される感覚だけが静かに広がる。やがて形が整い、スロスは床に伏したまま息を吐く。言葉は出さない。指を動かし、確かめる。「……何か作戦が必要だな。それとも……」
それだけ呟き、ゆっくりと立ち上がる。目はすでに次を見据えていた。昼はまだ終わっていない。