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夏目莉央
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くま🐻☁️
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(ここで引いてはダメよ。これから担当になるんだから)
私は手をぎゅっと握り、気合を入れ直した。
「初めまして。わたくしは牧野瞳子と申します」
私が名刺を渡そうとすると、女性のすぐ近くに控えていた燕尾服姿の白髪の男性が反応した。
「初めまして。こちらは鳳凰グループの朝倉と申します」
丁寧に頭を下げて名刺を渡される。
そこに書かれていた名前を見て、私は一瞬、息を止めた。
『朝倉 美麗』
「黒川、席に着きましょう」
てっきり夫だと思っていた燕尾服の男性は、朝倉さまの付き人だった。
支店長と私も一礼してから、向かいのソファに腰を下ろす。
「突然の訪問、お許しくださいね。どうしても看過できないことが起こりましたもので」
朝倉さまは足を組み、優雅な仕草でそう言った。
「運用に関して、何か不手際がございましたでしょうか?」
高松支店長が手を揉みながら尋ねる。
「こちらの一菱証券にお世話になって、数十年が経ちますわね。今までは信頼して運用を任せてきましたけど、最近、その信用を落とす出来事がありましてね。今後の財産運用を見直すか、検討中なんですのよ」
さすがセレブといった、ゆっくりと丁寧な口調。
けれど、言い終えた直後、なぜか私へ鋭い視線を向けてきた。
「さようでございましたか……。本社での運用状況を振り返りましても、これといった懸念材料は見受けられないのですが……」
支店長の口調は歯切れが悪い。
すると、朝倉さまの顔から一瞬で表情が消えた。
「そうかしら? うちの財産を狙う卑しい人物が、うろついているようですけど」
再び、朝倉さまが私を見下ろすように見てきた。
「はあ……その人物というのは、どちらの者のことでしょうか?」
支店長が問いかける。
しかし彼女は支店長には答えず、私に視線を向けた。
「牧野瞳子さん、あなたは心当たりがあるわね?」
「ま、牧野くんっ⁈」
支店長の肩が揺れる。
私も朝倉さまから視線を逸らさなかった。
(……やはりそうだ。朝倉美麗は、朝倉祐二の──母親だ)
朝倉くんと結婚を決めた。
その直後に会いに来た「朝倉」という姓の人物なら、そう考えるのが自然だろう。
(彼は……資産家のご子息なんだ)
彼を見ていれば、真実を知っても驚きはない。
けれど、許せないのは、私が彼の財産を狙っていると疑われていることだ。
「朝倉さま、大変申し訳ございませんが、私にはまったく心当たりがございません」
後ろめたいことなど皆無の私は、堂々と答えた。
「ふっふふふ。これは図太い神経の持ち主だこと。あの子を丸め込んだのも納得だわ」
朝倉さまが不敵な笑みを浮かべる。
「牧野くんっ。本当に心当たりはないのかね?」
私と朝倉さまの間に流れた不穏な空気を感じ取り、支店長が焦りだす。
すると、朝倉さまが威圧感のある低い声で、とんでもないお願いをしてきた。
「支店長、お茶がぬるいわ。熱い玉露に入れ替えていただけます?」
「は、はい。牧野くん、お茶を──」
「私は支店長に頼んでいるのです!」
「わ、わかりました。す、すぐに入れ直します」
高松支店長が慌てて立ち上がる。
その際、私に「失礼はないようにね」と視線を送ってきた。
私は軽く頷いた。
朝倉さまは、息子の結婚に無関係な高松支店長を、半ば強引に部屋から追い出したのだ。
(なんて強引な人)
パタン──。
戸が閉まると、室内に静寂が流れた。
私は、本来の業務である資産運用の説明は不要だろうと判断した。
朝倉さまが来店した本当の目的は、「私の排除」だ。
顔をしっかりと上げ、はっきりとした言葉で言った。
「祐二さんと別れないと、契約を打ち切る、というご相談でしょうか?」
私の怯まない態度を見た朝倉さまの眉が、一瞬、跳ねる。
「頭は悪くないのね。その通りよ。あの子と結婚の約束までして有頂天かもしれないけど、それは無理よ」
「なぜですか?」
「貧乏人が由緒正しい家柄に入るのは、混乱の元なのよ。同じ環境と価値観を有した者同士でないと、必ず揉めるわ。つまり、あなたは朝倉家にとって元凶ね」
元凶?
なんて人を傷つける言葉を選ぶのだろう。
それも、意識的にやっているから余計に厄介だ。
「私は貧乏人ではありません。教育も受けましたし、自宅もあります。仕事もして、十分満たされた生活をしています」
「あたなの世界ではね。でも、あの子は別世界の子なの。住む世界が違うと、気になる綻びがいつか大きな溝になって、大惨事につながるのよ」
私を小馬鹿にするように、小さく笑った。
「そうなんですね。覚えておきます」
煽りには絶対に乗らない。そのつもりで、私は淡々と接した。
嫌味が響かない私を見た朝倉さまが、眉を上げる。
「なんて図太い子。やはり、現物でないと動かないのね。黒川っ!」
呆れた声で執事の黒川さんに指示を出した。
黒川さんはアタッシュケースから革製のバインダーを取り出す。
そこには、お札くらいの大きさの用紙が挟まれていた。
それを私の目の前に差し出す。
「手切れ金よ。少ないなら上乗せするから言いなさい」
額面には、『一千万』の金額が記載されていた。