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人は、他人のどこに惹かれるのか。
美しさか。
強さか。
それとも、優しさか。
——あるいは。
壊れやすさか。
葛城藍は、それを知っていた。
他人が無意識に目を逸らすもの。
関われば面倒になると理解しているもの。
見ないふりをして、踏みつけて通り過ぎるもの。
そういう「弱さ」にこそ、人間の本質があることを。
藍は、完璧だった。
整った顔立ち、柔らかな声、非の打ち所のない所作。
教師にも、生徒にも、好かれていた。
誰もが彼女を「正しい存在」だと認識していた。
だが、その内側を知る者はいない。
藍にとって、人間とは観察対象に過ぎなかった。
特に「弱者」は、分かりやすい。
少し優しくすれば、簡単に縋る。
少し距離を取れば、勝手に崩れる。
その過程は、あまりにも単純で、退屈だった。
——だから。
あの日、校舎裏の非常階段で見つけたそれは。
ほんの少しだけ、違って見えた。
尖崎灰次。
彼女は、震えていた。
ただ怯えているだけではない。
逃げることも、助けを求めることもできず、ただその場に留まり続けていた。
普通なら、とっくに壊れている。
あるいは、誰かに縋っている。
だが彼女は。
壊れかけたまま、どこにも行けずにいた。
その姿が、妙に美しく見えた。
——ああ。
と、藍は思った。
これは、いい。
初めてだった。
触れれば壊れると分かっているのに、目が離せない対象は。
藍は、ゆっくりと歩み寄った。
逃げられないように。
壊さないように。
そして、声をかけた。
「かわいそうに」
それは、救いの言葉だった。
少なくとも、灰次にとっては。
細い指が、震える手に触れる。
その瞬間。
灰次の指先が、強く、縋るように絡みついた。
——離さない。
その意思だけが、はっきりと伝わってきた。
藍は、微笑んだ。
なるほど、と。
これは。
今までの「それ」とは、違う。
もっと深く、壊せる。
もっと長く、楽しめる。
そして何より。
——この子は、私がいないと、生きられない。
その確信が、ゆっくりと胸の奥に沈んでいく。
同時に。
ほんの僅かな、熱のようなものが生まれていた。
それが何かを、藍はまだ知らない。
ただ一つ、分かっていたのは。
この関係は。
決して、正常には終わらないということだけだった。