テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
家に帰ると、信雄が待っていた。
「おかえり」
と言った信雄に、ただいま、と言い、のぞみは洗面所に行く。
戻ってくると、黙ってソファに座っていた信雄が、
「あれからいろいろ考えたんだがな」
と母、浅子が居るキッチンの方を見ながら言ってきた。
「あれだけの男だ。
お前なぞ、騙されても仕方がないのに、最初から結婚結婚と言ってくれていることに、感謝しなければならないのかもしれないなと思って」
あ、また専務の株が上がってる……。
「今度連れてきなさい。
ゆっくり呑みたいから」
と言われてしまった。
うーん。
今のセリフ、専務に伝えるべきか、と悩みながら、次の日は車で会社に行った。
昨日は、専務の車で此処通ったな、と思いながら、町並みを眺める。
今までひとりで走ってたのに。
今日はひとりで走ってるのが、なんだか寂しいな、と思ったとき、昨日の別れ際のキスを思い出していた。
いやいやいや。
夕べからずっと、思い出すまいとしてるのにっ。
あれは酔った弾みみたいなものでしょうしね、ええっ、と思いながら、会社近くの交差点で止まっていると、なんとなくコンビニが目に入った。
中央分離帯の向こう、反対車線側のコンビニの前で背の高い男が、誰か女性と話している。
少しふっくらとしたその女性はこちらに背を向けていたが、男の方の顔は見えていた。
御堂祐人だった。
誰なんだろうな~と思い、つい、見ていると、祐人と視線が合った。
……気がした。
いやいや、そんな莫迦な。
めちゃめちゃ距離がありますよ。
車の中から外はよく見えるが、外から中はガラス窓に朝日が反射して見えづらいはず。
しかも、これだけ距離があるのにっ?
ああでも、車でわかるか、と思ったのぞみは、祐人に目で威嚇された気がした。
いや、距離があるので、気のせいかもしれないが――。
この車、可愛いから、いっぱい走ってるし。
人違いだったフリをしよう。
そう思いながら、のぞみは交差点を右折した。
いや、右折して、会社の地下駐車場に入っていった時点で、かなり相当なアウトだったのだが。
「見たぞ……」
職場に着いて、トイレから出てきたところで、のぞみは祐人に捕まった。
いきなり、見たぞ、と言ってくる祐人に、
いや、見たの、私の方なんですけど……と固まっていると、
「今朝見たものは忘れろ」
と祐人は言ってくる。
見たって言っても、早朝から、コンビニ前に女性と御堂さんが居たのを見たってだけなんだけど、と思いながら、コクコクとのぞみは頷く。
「さもなくば、専務に、お前が俺に騙されて、専務の秘密をペラッと軽く話してしまったことをバラすぞ」
うっ。
祐人にバレたという話はしたが、自分が乗せられて、ペラッとしゃべってしまったということは、京平にはまだ白状していなかった。
「昼、ちょっと付き合え」
と言って、祐人は消えていた。
……私は、一体、なにを見てしまったのでしょうね、とのぞみは怯える。
結局、昼まで、京平には会えなかった。
専務室用秘書室には行ったが、中まで入る用事がなかったからだ。
まあ、いいか……。
どんな顔して会ったらいいのかわからないし。
照れて、逆ギレして来そうな人だしな。
赤くなって怒鳴りだす京平を想像し、ちょっと笑ってしまった。
昼、祐人に連れられ、のぞみは会社から、少し離れた店にランチに行った。
近いと誰かに遭遇しそうだからだろう。
でも、みんな結構遠出してますけどね、と思いながら、誰か来るんじゃないかと、チラチラ駐車場の方を窺っていると、
「大丈夫だ。
出くわしたら、出くわしたときのことだ。
専務の用で、この近くまで来たついでに食べに来たと言えばいい。
#夢
凪川 彩絵
#上司と部下
来たのが、専務だったら……」
と言ったあとで、少し黙り、メニューに視線を落として、
「お前、なんとかしろ」
と言う。
あっ、投げましたねっ、と思うのぞみに、
「なんでも食え。
奢ってやる」
と祐人は言ってきた。
「えっ、いいですっ」
タダより高いものはないですっ、と思いながら言うと、チラと目を上げてこちらを見た祐人が、
「……口止めするのに、買収されるのと、撲殺されるのと、どっちがいい?」
と訊いてくる。
答えないでいると、
「買収されるのと、撲殺されるのと、絞殺されるのと、薬殺されるのと……」
と危険な方が増えていったので、
「で、では、買収されます。
Aランチで」
ともっとも手頃なのを頼んでみたのだが、
「すみません」
と店員さんを呼んだ祐人は、
「Cランチ二つ」
と一番高いのを頼んでいた。
「二つも食べるんですか?」
「莫迦か、ひとつは、お前のだ」
「えっ、私、そんなに食べられませんっ」
と言うと、
「残ったら、食べてやるよ」
と祐人は言う。
そんなによくしてくださるなんて。
一体、どんな重大な秘密が……と怯えながら、
「あのでも、私、御堂さんが女性の方と早朝、コンビニの前にいらしたのを見ただけなんですけど」
と言うと、腕を組んで椅子に背を預けた祐人は、
「その相手がまずいんだ」
と言ってくる。
「具体的に言うと、主に、万美子に知れたらまずい」
と祐人は言う。
え、じゃあ、もしかして、と思うのぞみに、祐人は、案の定、
「あれは別れた昔の彼女で、万美子の姉、睦子だ」
と言ってきた。
「あー……」
そうなんですか、と言おうとしたところで、
「人妻だ」
と言ってくる。
……そうなんですか。
それは切ないですね。
「まあ、バッタリ会って話しただけなんだが、万美子に知れたら、また、
『お姉ちゃんに未練があるんでしょー』
とか言ってきて、うるさいからな」
「あるんですか?」
とつい、訊くと、
「ない」
と祐人は言ったが、それが本当かはわからなかった。
「万美子はしつこいからな。
延々と絡んで来られるとめんどくさいんだよ」
と祐人は溜息をついたあとで、
「絶対、万美子にバラすなよ。
そのために、睦子にも口止めしてあるんだから」
と睨んで言ってくる。
「はあ、もちろん、話しません。
っていうか、その程度のことで奢ってもらっては、かえって悪いですね」
と言ったあとで、
「でも、永井さんは、なんで、そんなにお姉さんのことで絡んでくるんですか?」
と訊くと、祐人は沈黙する。
おや……、もしかして、この話題の方が危険だったか? と思った。
「……大丈夫ですか?
私は、今の質問により、撲殺されたりしませんか?」
思わず防御するように、まだテーブルの上にあったメニューをつかむのぞみに、
「訊くな。
今、悩んでるところだ」
撲殺するかどうか、と祐人は言ってきた。