「ええーっ?
それは駄目ですよーっ。
うわーっ。
最低ですね、御堂さんっ」
しばらくお互いのことを話したあと。
睦子と別れたあと、弾みで、万美子と関係を持ったことがあると祐人に白状された言われたのぞみは思わず、叫んでいた。
「いやいやいやいや。
酔ってたし。
誘ってきたの、あいつの方だから」
「……酔った弾みだったとか。
酔ってたから忘れたは最悪ですよ」
急に不安になってきた。
昨日、帰ってから、少しだけ、京平とメールのやりとりをしたのだが。
『もう着いたか?』
『はい。
おやすみなさい』
――だけだったからだ。
いや、恥ずかしいから、キスに関しては言及しなかったのだが。
……当たり前だが、したという証拠がなにも残っていない!
専務が忘れていたら、どうしようっ、と思わず、思ってしまう。
いや、お前、どんな証拠を残したかったんだ、と言われそうだが。
まあ、それはそれとして、とのぞみは祐人を見ながら思う。
永井さんって、弾みでそんなことする人には見えないんだけど。
生真面目でやり手の秘書のイメージのままだと、男の人が寄って来ないから、わざと軽い風を装っているように、見えなくもないんだが。
実は、もしかして、最初から、永井さんは、御堂さんを好きだったとか?
いやいや、もしかして、軽く御堂さんにそんなことを言うために、軽い女のフリをしてたとかっ?
そんな風に、のぞみは万美子の心配をしていたのだが。
目の前の祐人は、睦子のことばかりを語っている。
「睦子は幸せ太りかな。
ちょっと太ってたな」
……いや、結構太ってましたよ。
あれがちょっとに見えるのなら、まだ、愛があるのですね、とのぞみは思う。
睦子にどのような対応をされたのか、祐人は、
「女ってのは、昔付き合ってた男とは会いたくないものかな?」
と訊いてくる。
「はあ、未練がましい場合には」
万美子の心配をしながら返事をしたので、つるっと本音を語ってしまった。
「お前付き合ったこともないのに~っ」
とキレられる。
「じゃあ、付き合ったこともない人間に相談しないでくださいよっ」
と言い返すと、祐人は渋い顔をして言ってきた。
「いや、だからこそ、もうちょっと夢見がちなことをソフトに語ってくれるかと思ったんだよっ。
……自分が傷ついてない分、容赦ねえな」
「いえいえ。
今、充分、私の恋心は傷つけられているところですよ。
初恋もまだなのに、結婚決まりかけてますしね」
「いや、どのみち、お前の初恋は専務だったんじゃないのか?
だって、チョコあげたんだろう?」
「それは、みんなもあげると思ってたからですよ。
っていうか、御堂さんは、ちゃんと好きな人が居ていいですね」
「フラれてもか……」
フラれたんだったのか……。
まあ、そうだろうな。
この感じからすると、と思いながら、
「なにも恋愛経験ないよりは」
と言うと、祐人はこちらを見、
「じゃあ、俺と――」
と言いかけてやめ、
「ああ、専務と結婚するんだったな」
と言ってくる。
「付き合う、が飛んでるのが不思議なんですけどね」
「だから、専務なりに頑張ろうとしてるんだろ。
って、なんで、好きでもなく、付き合ってもないのに結婚しようとしているのかが謎なんだが」
「ともかく、負けず嫌いなんですよ……」
「じゃあ、もっといい女を選べばいいのにな」
「御堂さん。
あの、この、アイスコーヒーの氷、首筋に入れて大丈夫ですか?」
「脅すでもなく、しれっと言うなよ……」
と祐人に言われた。
そのあと、祐人に車で、のぞみの車を止めていた公園の駐車場まで送ってもらった。
一緒に車で出入りしたら、バレバレだからだ。
「じゃあな、お前も頑張れよ。
俺も頑張る」
そう言って、祐人は先に出ていった。
いや……なにを頑張る気なんですかね?
おかしな方向に頑張らないでくださいよ、と不安になりながら、のぞみは走り去るグリーンのフィガロを見つめていた。
「のぞみ」
廊下で、いきなり後ろから呼びかけられ、ひっ、とのぞみは息を呑む。
万美子の声だったからだ。
トイレから出てきた万美子たちが、
「あんた、何処行ってたのよ。
お弁当買って、みんなで公園で食べたのよ、今日」
と言ってくる。
「そ、そうだったのですか。
ちょっと振り込みとかあったので、コンビニなどに」
と非常に曖昧なことを言いながら、なんとか笑顔を作ってみた。
嘘って、苦手なのにな~。
勘弁してくださいよ、御堂さん、と思っていると、廊下の向こうから祐人が現れた。
だが、知らん顔をしている。
……そういう人ですよね、貴方、と思っていると、万美子が、
「祐人。
新人の歓迎会行くの?」
と訊いていた。
今までなにも思わずに聞いていたけど。
そういえば、永井さん、よくさりげなく、御堂さん誘ってるよなー。
まあ、私なんぞが首を突っ込むことではないな、と思い、なにも気づかぬフリをした。
来ないじゃないか、のぞみ……。
仕事をしながら、京平はのぞみのことを考えていた。
今朝は一度も見てないな、と思う。
隣の部屋に、落ち着きのないのぞみの気配を感じることはあるのだが。
専務室に併設されている小さな秘書室へと続く扉を京平は見つめた。
……うーん。
のぞみが気になって、仕事にならんな。
あいつが現れてから、どうも気が散る。
いっそ、出会わない方がよかったか。
今から、撲殺してこようか、とか、うっかり思ってしまったが。
頭の中では、棍棒で殴られたのぞみが、きゅーっと可愛らしく倒れていて、つい、笑ってしまった。
……集中できんな。
京平は、インターフォンで祐人を呼んだ。
「珈琲を頼む」
『坂下ですね』
とすぐに祐人は言ってくる。
こちらの思いがわかっているかのように。
まあ、御堂なら、なにもしゃべらないだろうし、察しはいいし。
バレてかえってよかったかな、とこのときは思っていた。
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