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王都から森に逃げ延びた市民達を、イザは呼び戻した。

彼らは、城壁の中で何が起きたかを知らない。

イザの幻影が逃げた森に現れ、「事は済んだから戻りなさい」と言われるままに戻った。

城壁近くの家々は全焼していたが、それは王軍がした事であって、それはむしろすでに見知った状態のままだった。

だが、その他の家屋、街並み、その全てもが逃げる前の姿で残っている事に驚き、そして不思議に思っていた。

本来なら、イザの大魔法で焼き尽くされると思っていたのに、何もかもがそのままだったからだ。

大爆発も見えなかったし、衝撃波の爆風も森には来なかった。

それが意味するのは、イザはどういう訳か国王に下ったためだろう。そういう憶測を呼んだ。

しかし、城壁の周りに詰み上がった死者達の弔いを指揮しているのは、魔族達だ。

城門も開かれ、出入りしているのも魔族だけで、王軍は一人として見ない。

つまり、無条件で王城を開かせたのであって、イザはそれだけ恐れられたのだろう。

「あれだけの市民を虐殺してでも、イザと魔族への戦争を意気込んでいたのに?」

それに城壁内に編成されていた数万の王軍と、王城内に居た王侯貴族達はどこに居るのかという謎を残したまま。

けれど彼らは、家族や仲間だった者達の弔いを優先した。


**


やがて、魔族達と生き残った王都市民全員で、王都のすぐ側に共同墓地を造り、数週間をかけて埋葬した。

すでに王軍に焼かれた犠牲者達は、その顔、姿、どれも判別など出来なかった。

どの腕がどの体のもので、その頭蓋が誰であったのか、衣服さえ炭化して分からなかった。

その無残な亡骸達を、皆は黙々と運び続けたのだ。

胸の内に、国王をはじめとした城壁内の全ての者どもを許さない、と固く誓いながら。

同じ人間であるのに、同じ王都に住まう仲間のはずだったのに、ここまで出来るものなのかと憎しみを募らせて。



そして、彼らは城壁の中で何が起きていたかを知る事になる。

それはイザが、王都の運営を元の市民達に委ねると告げたからだった。

「支配権は魔族が持つ。けれど、これまで通りに過ごせば良い」と、彼女はそう言ったのだ。

そして、そのために城壁内のごみを片付けて欲しいと伝え、志願者を含む野次馬達に立ち入りを許可した。

そこで彼らが見たものは、想像をはるかに超えた、凄惨な状況だった。

まずその目に飛び込んだのは、巨大な繭のような、おびただしい蜘蛛の巣の山。

そこに蜘蛛達の姿が残っていれば、誰かは卒倒したに違いない。だが、巣の持ち主達はそれを放棄した後だったらしい。

彼らが目にしたのは、ただ放棄された大量の蜘蛛の巣。それが山積みになった粘着質の糸だけで済んだ。

しかし、除去が進むにつれて、王軍が着用していた鎧兜や剣が散乱していた。

ほとんどが糸に絡まり、後で清掃するのかと思うとゾッとする労力が必要だなと考えながら、とにかく巣を払っていった。

そしてその途中で、誰々もが口にし始めた。

「これを着けていた王軍はどこだ?」と。

服さえ見つからず、それら装備だけが絡まっていることに、嫌な想像が膨らむ。

数万の兵士の、装備だけが蜘蛛の糸に絡まっているのは、つまり――。

「食われたのか? 蜘蛛に」

口にするのを躊躇っていた者達は、言葉にした者達を苦虫を噛んだように歪んだ顔で睨む。

「恐ろしくて言わなかったのに口にすんじゃねぇ!」

だが、蜘蛛はいない。

「巣の持ち主は居ないんだから、大丈夫だろ……」

咎められた者達は、その内心を弱々しく返した。言ってしまってから、やはり恐ろしくなったのだ。

そして、王城内の謁見の間まで清掃が進んだ時に、ついに見てしまった。

いや、それ以前から聞こえてきていたのだ。

誰かの助けを呼ぶ声がすぐさまうめき声に変わり、くぐもった音となって、また少ししたら助けを呼ぶ、その不気味な声。

それと、カサカサという、大量の何かが蠢き続ける音を。

「く、くくくくも、くもだ。くっ……食ってる。何かを食ってやがる!」

目にした光景は、中空に巣食う大量の、禍々しい赤黒い蜘蛛の集団と、その下に居る人であろうモノ。

その足元には黒い火が灯り、ずっと肉の焼ける臭いを発している。

焼いても焼いても、肉が盛り返しているのが離れていても見えたのは、衣服が何もない「人の肌をした足」だったから。

焼き爛れ、肉が燃え縮み、骨まで焼いたかと思うとすぐさま肉が盛り返し、皮膚が生まれる。

そして、その直後からまた、足元の黒い火に焼かれていくのだ。それが何度も何度も、繰り返されている。

「なん……だ。これは」

上半身は、無数の赤黒い蜘蛛が覆い尽くして蠢いている。

その中から、ずっと聞こえていた声が漏れ出ていたのだ。

「……こ、ここは、魔族達にしてもらおう。俺は嫌だ。蜘蛛に食われたくない!」

「無理無理無理! 絶対に無理だ!」

「おお俺も嫌だ!」

あまりに衝撃的な光景に、つい細部まで見てしまった事を彼らは後悔した。

そして、腰を抜かしながらも互いに手を取り合って、謁見の間から逃げ出した。


**


「そんなに早くあそこまで掃除できるなんて、思ってなかったの。ごめんなさいね」

イザは、アレを直視してしまった者達に直接会い、詫びた。

彼女の婀娜(あだ)な姿を見せて、恐ろしい記憶を上書き出来るように。

ただ、彼女にとっては、もちろん計算の上で謁見の間に行かせたのだ。

その後も、何組かにわざと辿り着かせたし、直接に姿を見せた。

そうして、おそらくは国王が生き地獄を味あわされているのだという噂と、イザの艶美な様を広めさせたのだった。

その後に王都を支配するのは、本当に容易かった。

誰一人として、イザに逆らおうとはしなかった。

そも、イザを恐れて王都から逃げた者達であったし、戦う気概など持ち合わせてはいない。

そして仮に、王城へと挑んだ生き残りが居たとしても、その彼らはイザのために戦ってくれたのだ。むしろ仲間に等しい。

元通りに機能するかは分からないけれど、人口の半分を残して占領したのだった。

後は、手に入れた王都をどうするのか。

イザと側近達の十人ほどは、王城内の適当な会議室で議論を始めていた。

ただ、イザにとってはどうでも良い事だった。遠目に見ても見事なプラチナブロンドの毛先を、指に絡めてはするりと滑らせ遊びながら、他人事のように言った。

「あなた達の好きにすればいい。私は興味がないから」

「なんと投げやりな。お前はもう、我等の女王となったのだ。そのようでは困るのだがな」

政務を主にする側近の一人が、すぐさま苛立ちを声に出した。古めかしい話し方の、白髪の男。

彼を含む側近達にとっては、イザはやはり、イザでしかなかった。

情と精を注ごうとも、イザは人間だ。魔族にとっての異物でしかない。

それが今は、人間から見ても実質として魔王となってしまった。

面白くないし、腹立たしいことこの上ない。

だが、その実力にも、振舞いにも、どこかで頭が下がってしまう。

これまでよりもさらに、威厳を持ち始めている。

いや、すでにこの魔族の中でも崇拝者が多い。

宣戦布告した際に、前線でイザと共に立った者達はその一部だ。

だからこそ、この上層部までがイザに心酔してはならない。そう思っているのが政務に携わる者としての、最後の抵抗だった。

「そう言われても。国なんて治めたこと、ないもの。あなた達の好きなように治めればいい」

イザは苛立ちを向けられても、平然としたまま視線さえも合わせずに返した。

「だが、お前は奴らに、これまで通りに暮らせば良いと言ってしまったのだぞ」

先とは別の、金髪の男が言う。その深緑の瞳には、反骨の意志が宿っている。

「あぁ……そうね。じゃあ、やっぱり締め付けるわねって、言うわよ」

「そうブレては、人間どもに示しがつかんだろう!」

また別の男が声を荒げた。淡い金髪に緑の瞳で、線の細い風体とは裏腹にきつい物言いをする。

「どうしろって言うのよ」

イザは気だるげに答えながら、最後に声がした方を向いた。

誰の顔も、見覚えがあるという程度にしか記憶していない。

その言葉も、イザには誰が言ったのかなどいつも覚えていない。

顔の違いはなんとなく分かっている。だが、いちいち覚える気がない。

魔族は皆等しく整った顔立ちで、人間よりも遥かに長く生きるからか、年齢もよく分からない。

時折、髪の色が白い者が居るが、それも老化のせいなのか元より白髪なのかも分からない。

そも、元は敵であり、そして政務を担う彼らは、今もイザを認めていないから余計だった。

偉そうな口ぶりなのは共通していて、それがやはり、イザには腹立たしくて同じ顔にみえるのだった。

ただ、魔族達の一部には信望者も居る。彼女と共に前線に立つ者達だ。

そうであるかないか、そのくらいはイザも、彼らの目を見て理解している。

だがそれでも、ある程度の見分けでしかなかった。それくらいの関係性の方が、心を乱されずに済むのだ。

そのくらい、イザにとっては本当にどうでも良かった。

この王都をどう扱おうと、ここに住まう人間達がどうなろうと、彼女の中では全てが終わったのだから。

仇の大元である国王を、今も生き地獄の中で苦しめている。

それだけが、イザの意識をこの現実に繋ぎ止めていた。

もはや、生きる気力は尽きたのだ。

――愛する人は、もう戻らない。

全てがそこに帰着する。

生きていてどうする?

その問いの答えなど、見つかるはずがないと痛恨の想いで受け止めているからこそ、何の気力も湧かない。

ただ、死んでいないだけ。

それが今の、イザの全てだった。

その空虚な心に、嫌な口調で誰かが言葉を投げてきた。

「本国から増援を呼んでいる。本来なら、東の山にある魔王城に到着させるはずだったが」

「本国?」

イザには、寝耳に水であった。

「貴様、まさか我らがあの森と険しい山だけで国と称している、などと思っていたのか。呆れ果てる」

言葉を投げたのは、白髪の男だった。

イザはそちらに視線を向け、素直な疑問を返した。

「魔王が居たのだから、あれが魔王城で国だったんじゃないの?」

「馬鹿が。あれは実行支配した場所に過ぎん。魔王様は、いつの間にか戦に憑りつかれてしまってな。あの魔王城を建てたのも、この王国を攻めるのに最も近いからという理由でしかない」

彼の嫌な口調に、呆れのトーンも加わった。

「それじゃあ……あの山脈の向こう側に、本当の魔族の国があるの?」

無気力なイザも、さすがに意表を突かれて興味が湧いたらしい。

「そうだ。その増援は、本当なら魔王城を建て直し、魔王様の仇を討つためのものだったが……お前がやってのけてしまったからな。この王国の支配に充てる」

何とも言えない表情で、白髪の側近はイザを睨んだ。そして視線を逸らす。

「お前にやる気がないなら、こちらで事を進める。良いな」

責めている口調の中に、どこかしてやったりという雰囲気が滲んでいる。

それをイザは感じないわけではない。それらを全て気にしていては、身が持たないのを知っているから。

だが、この時ばかりはどうにも、腹の虫が治まらなかった。珍しく強い口調で返す。

「最初からそう伝えればいいじゃない。わざわざ私を責めたりしないでよ!」

気分が悪い。イザはその感情を隠さずに、ぷいとそっぽを向いて、十八歳そこらの娘のままに拗ねた。

彼女はもう、気を張る必要もないのだからと、その表情からは普段よりも、少し覇気が抜けているように見える。

冷たく気高い魔性の女から、美しいだけの、そこらにいる娘のように。

その場にいた側近達全員が、そう思ったのだった。

「ただの娘みたいな拗ね方をするな。お前はもう、魔王なのだぞ」

また誰かが嫌味を言う。だがイザには響かないし、届かない。

「……もういいでしょう? 私、もう仇を討ったんだもの。魔王を名乗りたい人が居るなら、譲るわよ。力が必要なら、魔玉が私の中にある以上はちゃんと手を貸すから。それでいいでしょ?」

面倒くさそうに言ってのけたが、今の自分の言葉に、最初からそうすれば良かったのかと目を見開いた。

とても良い事に気付いてしまったという風に目を輝かせた。それはほんの瞬きの間だけであったが、彼女はその解決策に満足を覚えていた。

「貴様! 魔王である事の重大性を!」

「――知らない。ちゃんと手伝うってば。それより疲れちゃった。魔力を注ぎに来て。誰でもいいから」

そう言って立ち上がるイザ。

そこには、以前のような絶大な魔力による威厳と、格の違いさえ感じさせる妖艶さは見て取れなかった。

一瞬だけ見せた満足気な表情は消え、ただ疲弊しきった昏い瞳と、情緒不安定な様相を浮かべている。

この場の皆が変わりないと感じたのは、「注ぎに来て」という言葉から漂う、淫靡な匂いだけ。

不甲斐ない娘が。

そう思うのが先だったか、しかし、本来の彼女の年齢相応な仕草の一つ一つが、彼らの脳を強く痺れさせた。

どこか弱々しく、けれど小生意気で、そして素直な一面を隠している。

彼らは一瞬で、今の小娘のようなイザを、誘いのままにねじ伏せたいという衝動に支配されたのだった。

「仕置きが必要だな。我等の魔王には」



この関係性がある限り、魔王を弑(しい)するような魔族は居ない。

絶対的な支配が、もう覆せない所にまで染み渡っている。

イザはどこかでそれを理解しているし、だからこそ適当な振舞いくらいでは、立場が危うくならないと知っている。

そこに甘えの余地があるから、まだ正気でいられた。

この現実の中に、辛うじて生きていられるのだった。

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