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魔族の援軍は、イザがそれを聞いた翌々日には到着した。
総勢、約二万の軍勢。
元は魔王城を再建するための増援であるから、純粋な兵士の数はその半分といったところで、半数は職人や技師だった。それがこの王都再建に役立つこととなる。
ただ、やはりイザは我関せずの態度を決め、王城の中の比較的小さな部屋に閉じこもっていた。
王都再建に関することは全て政務担当の側近達に丸投げし、自身は気が向いた時間に魔力を注がせるだけの生活。
堕淫のイザという二つ名に相応しい、堕落した生活。
一見すればその通りであったが、実際には目も当てられぬ姿であった。
抱きに来た誰もが、イザに優しい言葉をかけざるを得ないほどに。
「イザ……。少し休め。精が必要と言っても、数日くらい空けても大丈夫だろう?」
来る者のほとんどは、そうした言葉だけを残して部屋を去る。
「眠れないのか? とにかく体だけでも休めておけ」と。
イザの目の下には真っ黒な隈があり、その瞳は虚ろであった。何の希望も求めるものもない、空っぽの瞳。
しかし彼女は、心の底の底まで空虚になったわけでは、ないらしい。
瞳の中心の、ほんの小さな一点にはまだ、怒りとも憎しみともつかぬ黒い光を宿している。
そして、それに気付く者は居ないが、イザの言葉に呑まれる者は居る。
「来たのなら、精を注いでいきなさいよ。最初はもっと、乱暴にしていたくせに」
その言葉に、弱って見えるイザに嗜虐心を刺激され、むしろ乱暴に抱く。
「そうよ。そうして怒りを吐き出しなさい。私に、全ての怒りを注ぎなさい」
それは呪文のように、イザを貪る男達の脳に染み込む。
男は劣情のままに、まさしく己が望むままに組み敷いているのだと錯覚する。
精を吐き出した後も、興奮の覚めぬまま仲間に語る。
「あれは最高だ! 一度は抱いておかねば、一生後悔するぞ!」と。
援軍に来た二万の、そのほとんどは男だ。
仲間の言葉を聞いて、イザへの行いにさえ半信半疑であった者達にも、その噂は瞬く間に伝播する。
まさか、と信じなかった者達も、ますます繰り返される噂が、事実であろうかと確認したくなるほどに。
やがて、またイザの部屋には列が並ぶようになった。
――それは魔王を強くする。
つまり、我々魔族を強くするための、仕方のない事なのだ。
これは劣情などではなく、成すべき正しき行いだ。
不思議なことに、主であるはずの魔王に精を注ぐ行いを、新たな二万人の誰も疑問に思わなくなった。
それはイザの魔力によるものではなく、魔玉のせいであるとは誰も気付かない。
なぜなら魔玉とイザは、すでにひとつとなって久しいから。
魔玉の意志はイザの意志であり、そして、イザの意志に魔玉が応える。
ただの魔力増幅装置などでは、決してない。
意志さえ互いに増幅し合い、悲願のために進み続ける。
――魔族を失わせない。
魔族が誰一人として、無下に殺されるようなことにならないために。
ここにきて、魔玉がそういう代物であったのだと気が付いたのは、イザ本人であった。
心のほとんどを失い、目的も無くただ生きるだけになったイザだからこそ、気が付いた。
小さな、ほんの小さな意志。
魔族を失わせないという、小さくも強い意志。
それが、堕ちたイザを突き動かす動力となったから。
**
新たな同志魔族達の相手を続け、やがて半年が過ぎようとしていた。
王都の再建もほぼ形になり、廃墟となっていた城壁周りの街並みも一新された。
その城壁外周部には魔族が住み、支配層の区画として人間達も納得した。
なぜなら、生活はそう大きく変わらなかったから。
魔族達も、特別干渉するようなことはしない。彼らにとって、人間に対するものは「人間ごときが」というものしか無いからだった。
だからこそ、イザという存在が鼻につく。
己らの崇める魔王が、人間であるということに内心は、腹立たしく感じている。
ゆえに、くだんの行いには何の躊躇もない。
イザを組み敷くのは、我等がこそ上位であるのだという、その証明であるから。
そして、その行いに拍車をかける者が現れた。
イザに対し、まだ成人して間もない若すぎる男をあてがおうとする者が、彼女の部屋に来た。
**
「イザ。俺の子の相手を頼む」
今日の分の魔力はもう十分だろうと思い、部屋を閉ざそうとした所だった。
イザがベッドから体を起こし、いつもの白い布を羽織った時に彼がやって来たのだ。
その銀髪碧眼の男に見覚えは無い。
というか、今は二万人近く増えた。そのうちまだ数千の相手をした程度で、顔など覚えようがない。
この男の相手をしただろうか。
その程度の、記憶にあるのかさえ分からない誰か。
その男が、幼さの残る若い男の子を連れて来た。男と同じ銀髪碧眼の、可愛らしいという表現しか合わない少年。
背もまだ低く、イザよりも少し小さいかもしれない。綺麗な顔ではあるがあどけなくて、抱かれるというよりはこちらが導いてやらねばならないだろう。
「あら……? 君、いくつ? ……悪趣味な真似はやめてもらいたいわね」
イザは少年を少し眺めた後に、明らかに機嫌を悪くしてその男を睨みつけた。
さすがに子どもを相手にする趣味などはない。
魔力のためであろうとも、今はむしろ許容を超えているのだし。
もう何年か待ってもらおうと、次の言葉を発しようとした時だった。
「ほら。自分で頼め」
間の悪い男が先に言った。
するとその子は、碧眼に力を込め眉間にしわを寄せ、姿勢を正し敬礼した。
「魔王様! ぼく……俺は! 魔王様を愛しています! だからぼ、俺にも魔力を! 強くなって魔王様をお守りしたいのです!」
敬礼のまま、ぴたりと静止して動かない。
「って、事なんだが。一応、魔族として成人はしている。人間の基準とは違うかもしれんが」
男の声は、笑いを含みつつも呆れた体を表していた。彼の悪趣味ではなく、少年を言い聞かせられなかったらしい。
それは察しつつ、イザも自分に振られたことに納得は出来ない。
優しくしてやる義理もないか。と、行為のことをほのめかしてやれば帰るだろうと思った。
「……はぁ。何をするのか、分かって言ってるの?」
「わ……わかって……ます。あ、愛しておりますので、是非にと!」
少年は敬礼のまま、真っ直ぐにイザを見つめている。
「呆れた……マセているのね。でも、そうすると兵士になるのよ? 前線で命を落とすことになるかもしれないし、人を殺すことになる。意味が分かる? 人間が攻めてくれば、戦争に参加するのよ?」
行為のことで怖気づかないならばと、もっと現実的な恐怖を突き付けてやることにした。
さすがに命のやり取りには、尻込みするだろうと思って。
だが、少年は全く動じなかった。
「人間になんか負けません! 魔王様のためならば!」
その言葉の次に、男が口を挟んだ。
「こいつ、どこで見たのかあんたに一目惚れしたらしいんだよ」
意外な言葉に、彼女は眩暈を覚えた。
これまで魔族が、力への崇拝以外に好意を示したことがあっただろうか。
「……私のこと、好きなの?」
動転したのか、イザも間抜けな質問が漏れてしまう。
「は……はい。その、一目見た時から、その、お、お美しくて。す……好きです! 本気で愛しております!」
駄々をこねられるよりも厄介な、ゆるぎない眼差し。
少年特有の、一過性の熱病だろう。
だが、それを冷ます方法は解明されていないし、イザも知らない。
「あなたの子、なんでこうなったのよ」
「そんなに睨まれても困りますがね」
イザはやり場のない、怒りとはまた別の、どうにもならない時の苛立ちを男に向けるも、軽く躱されてしまった。
考えることが面倒になった彼女は、少年にも眼光を飛ばし睨みつけた。
怖い顔を向けてやれば、少年のか弱い心なら気持ちが冷めるのではと、期待を込めて。
しかし、その冷たく刺すような視線にも、彼は一歩も引かなかった。
「ハァ……。わかったわ。後で後悔しても知らないわよ」
イザは、考えることも追い返すことも諦めた。
なるようになればいい。そして、したいようにさせてやればいい。
「そ、それじゃあ!」
敬礼のまま飛び上がるのではと思うくらい、少年はつま先に重心が来ていた。
「だけど、これっきりよ。そして金輪際、子どもを連れて来ないで。次は燃やして灰にしてやるから」
それは本気だった。
大人の欲望や蔑みを向けられるのは何も感じないが、少年の真っ直ぐな純粋さを向けられるのは、勝手が違い過ぎる。
演技であっても、少しくらい嬌声を出すべきだろうか。などと気を遣う自分に、イザは行為の前から頭が痛くなりそうだった。
「一時間後に来なさい」
「はい! はいっ!」
イザの言葉一つ一つに、食い気味に反応する少年。
それを尻目に、お前は許さないぞと、イザは男をもう一度睨みつけた。
「すまん……」
申し訳なさそうに頭を掻く姿が、余計にイザを苛立たせる。
「いいから早く出て行って!」
二人を追い出し、倒れ込むようにベッドに身を伏せた。
「どうしてこんなことに……」
荒んだ状況だからこそ、心が乱れなかったというのに。
一過性の熱であろうと、純粋な好意を向けられるのは困る。
それはもう、イザの中には無いはずのものであり、これからも受けるはずがなかった。
今や何千人もの相手をし、その欲望と蔑みで満ちてしまったこの体に、少年からの真っ直ぐな愛情を――。
そんなものを受け入れて、本当に良いのだろうか。
まだ何も、精神を支配するための行為の前から、愛情を向けてくる魔族が居ようとは。
魔王城で戦った魔族達なら、仲間を奪った憎しみをぶつけてくる彼らなら、何をされても平気だったというのに。
それがまさか、増援の中に純粋無垢な少年が居るなんて、思いもよらないことだった。
「どうでもいいと思ったはずなのに、やっぱり気が重いわ」
一時間後と言ったのは、せめて体を綺麗にしておいてあげようと思ったからだった。
湯を沸かして体を拭き、髪を梳き、シーツも交換した。
「……考えてみれば、他のやつらと同じで良かったんだ」
どうにも調子が乱れている。
「あんな子どものために? この私が?」
だが、魔族の成人は十四だと聞いたことがある。
十九になったばかりの自分と、そこまで変わらない。
長命な魔族の、いくつなのか分からない程の年上ばかりを相手に、全く動じなかったというのに。
そんな風にぐるぐると、イザは何か自分を落ち着かせようと考えた。効果は無かったようだが。
――そして、きっちり一時間後に、少年は部屋に来た。
平静を装うイザと、紅潮して明らかに緊張している少年の間に、妙な空気が流れる。
「……服を脱いで、早くこっちに来なさい」
いつもの白い布を、ただ胸元に引き上げて気持ちばかり体を隠しているイザ。その隠しきれない柔らかそうな乳房に、少年は釘付けになっていた。
「さっきも似たような状態だったでしょう? そんなに見られたら、少し緊張してしまう」
その言葉を発したことに、イザはため息をつきそうになった。
息を呑み、これでは、まるで小娘だと。
そうではなくていつも通りに、相手の心を支配すればいいだけのこと。
イザは気持ちを切り替えて、普段の魔族達を思い出して言葉を繋げた。
「好きにしていいから、早く」
早くしなさい。とまでは、少年に遠慮して言えなかった。
まだ、そんな気遣いをしてしまうなんて。
身を清めただけでも、十分過ぎるというのに。
イザは、さらに心を奮い立たせて手を差し伸べた。
「ほら。遠慮しなくていいから。私を抱く覚悟はどこへいったのかしら?」
その言葉も、差し伸べた手も、少し震えていた。
純粋な気持ちなど、微塵も見せないでと願っていたから。
その少年は、いつの間にか服を脱ぎ棄てていた。
まだ少し細いけれど、鍛え上げている体がはっきりと見えた。
そして、ベッドへと着実に進み来る。
「イザ様……よ、よろしくお願いします!」
少年の声も、少し震えていた。
それは歓喜と、しかし気遣いから起こる緊張で。
「い、痛かったら、教えてください。優しく……したいので」
そう言われて、イザは小さく頷く。
そして、少年の手を取った。