佐古が死んだ。
暴走車の事故に巻き込まれたらしい。ヤクザ絡みではないから、死んだ車の運転手ぐらいしか恨むことができない。
「まさか、伝説の男が死ぬなんてなぁ〜。」
声に出してみると、ひしひしと佐古の死を実感させられる。
機能しなくなったGPSも、暗い顔をした連中も、耳からだんだんと消えていく明るい声も。全てが佐古の死を物語っていた。
事故の連絡が来たときは、性に合わないぐらいの冷や汗をかいて、息を上がらせながら車を飛ばした。
即死だったから、最後の言葉も、何もかもが手遅れだったけど。
…なぁ佐古ぉ、体中いてーって、俺に助けは求めてくれないのかよぉ〜…
佐古の血まみれの体から、嫌になるほど温かかった体温が抜け落ちていくのが嫌で嫌で、現実から目を背けながら帰宅した。
佐古を失った虚無感に包まれながら、酒を二杯ほど呑んで無理矢理眠りについた。
…後日、一層貼り付けた笑みを浮かべながら、連中と佐古の葬式の話をした。
棺にはグラビア雑誌を入れてやろうとか、名前を呼ぶときは必ず伝説の男ってつけてやろうとか、そんな馬鹿げた話だ。
色んな奴らから心配されたが、「そんなに気にしないでぇ〜。」とだけ答えておいた。
その後、親っさんが組の奴らを集めて、佐古の葬式は三日後どこどこでやる、などの報告をしていた。
佐古は下っ端だっていうのに、親っさんは優しい。
親っさんが話し終えたので、そのまま帰路についた。帰るにはまだ早いような時間帯だったが、周りはそっとしておいてくれた。
ふと、前佐古と遊んだ公園に立ち寄ってみる。
ブランコに乗って、ふっ飛ばされそうな勢いで漕いでみた。だが、自身の運動神経が、事故になるのを許してくれなかった。
ブランコから飛び降り、ふわりと宙を浮いても、そのまま着地してしまう。
「佐古も俺ぐらいの運動神経があればぁ、車避けれたんじゃな〜い?」
なんて、一人で話してみても虚しくなるだけだった。
公園から出て、スーパーで自分用と、佐古の分の適当な酒を買った。
佐古の分も買ったのは、供養の意味と自己満足だ。
佐古の酒の好みなんて知らないが、まぁ俺が言えばなんでも飲むだろと思って種類は気にしなかった。
家に着くと、まず一番に缶の酒を開けた。お手軽に酔える、度数の高いやつ。
酒には強くないので、度数が弱くてもそこそこ呑んでいれば酔えるのはわかっていたが、絶対すぐ酔えるというもので安心したかった。
酔っていれば、少し気持ちが落ち着くから。
そして、思い出したように机に佐古の分の酒を置いて、「佐古ぉ、かんぱぁ〜い。」と天に酒の缶を掲げた。
その日は前日よりも更に幾分か酔って、気絶するように眠りに落ちた。
そして起床した。佐古の夢を見た。
なんか、どこかの遊園地のような場所で、佐古と一緒に遊ぶ夢だった。
今まで見たことないぐらい笑顔の佐古を見てしまった。
あまりにも自分に都合のいい夢だったため、思わず笑いが込み上げてくる。
と、同時にスマホのアラームが鳴る。
…そうか、佐古の葬式って、今日だったか……
そう思ってから、黒いスーツをタンスの奥から引っ張り出した。
強い力で引っ張りすぎたせいか、スーツの掴んだ部分はしわしわになっていた。破れていないだけまだマシか。
久々に着るんだから、もう一回洗濯ぐらいしとけば良かったなと思いつつ、そんな時間もないのでそのままで着た。
気づいたら帰宅していた。葬儀の内容はほぼ覚えていない。
知らないやつも結構居るんだなとか、周りの泣き声がうるさいなくらいにしか思っていなかった。
だけどひとつ、ただひとつだけ鮮明に覚えているのは、佐古の骨の一部を貰ったとき。
佐古だったものが、こんなに小さな骨壷に収まっているんだなあと、それだけは覚えている。
ただ、佐古が遺書に俺の名前を書いてくれていなければ、これっぽっちも骨なんて貰えてなかったんだろうなあ、なんて思うと、少し怖かった。
おもむろに骨壷を取り出して、見つめてから首につけてみる。
ペンダント式のにしておいて正解だったと思う。
これからは車を飛ばさなくても、いちいち呼ばなくても、ペンダントを肌身離さなければ佐古とずっと一緒に居られる。
嬉しいようで、なんだか寂しくもあった。
面白みも減った気がした。
また浴びるように酒を呑んで、ペンダントをつけたまま寝た。
夢の中の佐古も、酷く笑顔だった。
その笑顔を見た途端、飛び起きてしまった。
俺の中の佐古が、都合のいいように書き換えられていく気がする。佐古の存在が、音を立てて崩れていく気がする。
その時何かがぷつんと切れて、思わず泣き出してしまった。
「佐古ぉ……なんで、俺のこと置いていったんだよぉ………おれ、そんなの、良いなんて一言も言ってないだろお……なぁ、佐古、佐古ぉ……ッ!!!」
怖かった。佐古の声が、体温が、笑顔が、これからはもっと思い出せなくなっていくんだと思うと、ただひたすらに怖かった。
俺お前のこと結構好きだったんだよ。お前が隣にいるのが当たり前だと思ってたんだよ。
ふざけんなよ。佐古、佐古。
その日は時間も忘れるほど、狂ったように泣き続けた。
こんなに声を上げて泣くのはガキの時以来だ。
ようやく涙が枯れてきたのは、空がオレンジ色に染まった頃だった。
もう夕方か。と思ってから、自分の腹が減っていることに気づいて、コンビニ弁当を買って食べた。
味がしない。こんな時、佐古が隣にいれば、何か元気づけたりしてくれるだろうか。
…なぁ、佐古、先に逝ったからには、俺のこと楽しませる準備はしておけよぉ?
じゃないと背開きにしてやるからなぁ。
覚悟してろよ、佐古ぉ〜。
コメント
5件
ぇ 、 佐 古 き ゅ ん 、 ( 感 動 や 、!
何回見ても最高です…✨