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病院に着くとすぐに傷の手当をされた。手のひらの大きく切れた傷口が痛々しくて、元貴の反対の手をぎゅっと握った。
目立った傷はてのひらの傷だけだったため、手当はすぐに終わった。ただ、精神的にやられてしまっているのは誰が見ても明らかで、安静にするためにも元貴は入院することになった。
ベッドの上でぼーっとしたままの元貴に、俺たちはどうしていいのか分からずにいた。
1日2日休んでどうにかなるものではない。涼ちゃんもマネさんもそれだけは分かっていた。
「元貴、少し休もう。ミセスの活動も、よくなるまでは休止しよう。」
そう言った瞬間、元貴の手がぴくりと震えた。
「や、やだッ……とめたく、ないッ…」
「おれは、だいじょ、ぶッ……とめないでッ!」
ガラスのような瞳のままポロポロと涙を零す元貴。活動を止めたくないと訴える声は酷く掠れて小さくて、聞いてるこちらが泣きそうになるほど悲痛に満ちていた。
長年隣に居てはじめて見た元貴の姿に俺は動けなくなる。涼ちゃんはぎゅっと元貴の手を握り、目線を合わせて話しかける。
「止めたくないって気持ちはわかるよ。でも、今休まないと元貴がダメになっちゃう…」
「やぁッ……!おれ、がやんないと…みせ、すを守んないとッ……だめ、なのッ」
浅い呼吸を繰り返しながら元貴が訴える。
ミセスを守りたい。それは俺たちも同じだった。でも、その気持ちだけでここまで追い詰められるだろうか。少しの違和感を覚えながらも、俺は元貴の傍にいるだけで精一杯だった。
今の元貴からミセスを取り上げると元貴が壊れてしまう。
そう判断した俺たちは、活動を続けることにした。カメラの前での元貴は完璧だった。ニコニコと笑い、歌を届ける姿は不調なんて感じさせなかった。
でも、カメラが止まって楽屋に戻ると糸が切れたように動けなくなってしまう。キラキラと輝いていた瞳は何も映さなくなり、俺たちの傍から離れようとしない。俺と涼ちゃんのどちらかが居なくなると、黙って涙を流すからどこに行くにも3人でいた。
元貴がこうなった原因も分からず、仕事はどんどん舞い込んでくる。このままじゃどのみち元貴がダメになると俺は焦燥感を覚えていた。
2週間ほどそんな状態が続き、俺たちはとある音楽番組のためにテレビ局内を歩いていた。
俺に手を握られて歩いていた元貴が突然歩みを止めた。
「あ、っ………」
微かに息を漏らして、元貴は前を見て動かなくなる。目線の先には以前番組でお世話になったプロデューサーがいた。その男は俺たちを見つけるとこちらに歩いてくる。
「やぁ、元貴くん。久しぶり、だね?」
「は、はい……お久しぶりです…」
元貴の手が震えていた。
俺と涼ちゃんは咄嗟に元貴の前へでる。この男が元貴にとっていい存在ではないと、すぐに分かったからだ。
「すみません。俺たちもう行かなきゃだめなんです」
「この後も収録だったりで忙しくて…少しでも休みたいので失礼します」
最低限の礼儀として頭を下げ、元貴の手を引いてプロデューサーの隣を通り過ぎる。
早くその場を離れたい一心で、振り返ることなく楽屋までの道を歩く。
楽屋のドアを閉めると同時に俺たちは元貴を抱きしめて、離れなかった。