俺の名前は、白城湊(しらぎみなと)。
兄の白城叶(しらぎかのう)の弟だ。
兄さんはとても運動神経が良くて、俺の憧れ。
対して俺はそんなに運動はできない。それの代わりといっては何だが、兄さんよりも少し勉強ができる。
俺と兄さんは仲が良くて、喧嘩してもすぐに仲直りして、また一緒に遊び始めるのだ。
普通の家庭で育って、普通の兄弟関係を保っていた俺は、愚かにも段々と忍び寄る影に気づかないでいた。
「兄さん!今日の夕方に広場でイベントやるみたいだから、一緒に行かない?」
塾から帰ってきて、俺は兄さんの部屋の扉を開けた。
しかし、そこに兄さんはいなかった。
「…?兄さん?」
塾に行く前までいたはずなのに…。
「あら、湊。おかえりなさい」
リビングに行くと、母さんがキッチンで皿を洗いながら微笑んだ。
「ねえ母さん。兄さんは?」
「叶?叶は自分の部屋にいるわよ。何だっけ、カナちゃん?だったかしら?今日はその子の配信があるって言って、部屋に籠ったきりなのよ。全く、湊を見習ってほしいわ。あの子もそろそろ受験なのにねぇ」
「兄さん、部屋にいなかったけど…」
「そうなの?でも、叶は一度も家から出てないわよ?」
「……」
嫌な予感がした。
何の根拠もないけれど、背筋が凍るような、そんな感じ。
「…母さん」
「んー?」
「…俺、兄さん探しに行ってくる!」
「え?ちょ、湊⁉」
俺は走り出した。
足はそんなに速くないけれど、とにかく急いだ。
兄さんが行きそうな場所のほとんどを巡って、俺は愕然とした。
電話をかけても、兄さんは何の応答もない。
兄さんの友達の数人に聞いてみたけれど、今日は何の約束もしていないそうだ。
「何処行ったんだよ…」
家に戻って兄さんが帰ってくるのを待ってもいい。
でも、それをしていたら間に合わない気がした。
今、探して見つけないともう帰ってこないような気がした。
怖かった。
息を切らしながら、歩道橋を駆け上がった。
もう辺りは薄暗くなっていた。
歩道橋の下を走る車もライトをつけ始めていて、キラキラ光るイルミネーションのようだった。
ここいたら、時間が永遠に続くような気さえした。
その時。
「見つけた」
振り返った瞬間、そこには一人の男が立っていた。
年齢は、兄さんと同い年くらいだろうか?
整った顔立ちをしていて、すらりとしたスタイルの男だった。
「…だ、誰ですか?」
男は笑った。
綺麗な笑顔だった。
無邪気だが、何処か大人っぽさもあるような、笑顔。
「君の、兄だよ」
「は?」
何を言っている?訳が分からない。
俺の頭の中で、けたたましいサイレンが鳴った。
こいつとは関わってはならない。
逃げろ。逃げるんだ。
そう言っているのに、足は動かなかった。
バチバチッ!
何かが弾けるような音。
それが、スタンガンだということに俺は気付かなかった。
いや、気付けなかった。
俺の意識は真っ黒になった。
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