私
達は、今まさに眠りに落ちようとしている。だが、その前に少しだけ話をさせて貰いたいと思う。
あれはまだ私が高校生だった頃のことだった。その頃の私は特に部活にも所属しておらず、かといってアルバイトをしていたわけでもないという、非常に中途半端な身分にあった。そんな私の生活サイクルと言えば、朝7時に起床し、朝食を食べながらニュース番組を流し見するというところから始まり、そのままの流れで学校へと向かうというものだった。何の変哲もない日常であり、取り立てて語るようなこともない平凡な毎日であった。ただ一つを除いては。
それはある日突然の出来事だった。いつも通り登校していた私の前に、一匹の蜘蛛が現れたのだ。もちろん、当時の私はクモなんて見たことがなかった。だから最初は、何かの見間違いだと思ったんだ。しかし、どう見てもそこにいるのは紛れもなく巨大な蜘蛛であり、そして何故かその巨大グモは私の方に向かってきていた。私がパニックに陥っている間にもどんどん近づいてくる巨大グモを見て、もうダメだと目を瞑った瞬間、誰かの手が視界に入った。それが誰なのか確かめる前に、意識を失ってしまったんだけどね。
次に目が覚めた時には病院にいた。なんでもクモに襲われたショックで倒れてしまったらしい。幸いにも命に関わるような怪我はなく、入院する必要もないと言われた。ただ、念のために一日だけ様子を観察するということで、そのまま帰宅することになったのだが……。
家に帰ってすぐに気づいたことがある。玄関に見知らぬ靴があったのだ。家族以外に男の人が来ていることに驚いたものの、とりあえず挨拶をしておこうと思い、リビングへと向かった。そこにはソファーに座ってテレビを見ている男性の姿があり、こちらの存在に気づいていないようだったので、恐る恐る声をかけてみた。すると男性は振り返って私を見ると、少し驚いている様子だった。
「あぁ……おかえりなさい」
「ただいま帰りました。えっと、そちらの方は?」
私は男性の隣の空いたスペースに腰掛けながら尋ねた。すると男性は少し困ったような顔をする。
「まぁ、ちょっとした知り合いというか何と言うか……」
そう言って彼は苦笑いを浮かべて頬を掻く。それからしばらく沈黙が続いたため、私は気まずい空気に耐えきれずに立ち上がった。しかし、そんな私の手を彼が掴んだことで、その場から離れることはできなかった。彼の手は大きくゴツゴツしていてとても温かく感じられた。
「あのさ、今から話すことは全て本当のことだから落ち着いて聞いて欲しいんだけど」
真剣な表情をした彼を見て、何か大事な話があるのではないかと思った私は小さくコクリとうなずく。それを合図にして彼はゆっくりと口を開いた。
「実は君には双子の妹がいるんだよ」
「……はい? 双子ですか?」
唐突に告げられた言葉の意味を理解することができずに思わず聞き返してしまう。しかし、いくら考えてみても目の前にいる男性が冗談を言う理由など思い当たらなかったため、本当に自分が双子なのだと確信してしまった。その瞬間、私はとんでもない事実を突きつけられて頭が真っ白になる。
「ごめんね。こんなこと言って……でも、わたしには無理だよ。だって、ずっと好きだったんだもん」
涙ぐみながら言う彼女を見て、僕は自分の耳を疑った。
(いまなんて言った?)
聞き間違いでなければ、「ずっと好きだった」と言われた気がするのだが── しかし僕の耳に入ってきたのは、彼女の言葉ではなく、背後から聞こえてきた叫び声だった。
「キャーッ!」
それは紛れもなく女性の声で、しかもその声の主は、さっき僕に向かって『好きです』と言ったばかりの女性なのだ。
振り返ると、そこには彼女がいた。
ただし、その姿は完全に変わっていて、全身が毛むくじゃらになっていたのだ! まるで獣のような姿になってしまった彼女は、そのまま走り去って行ってしまった。
(なんだよこれ!?)
わけがわからず呆然としていると、今度は別の方向から、またしても悲鳴が上がった。
そちらを見ると、やはり同じように、女性がひとり化け物に変身していた。
その姿を見て、僕は思わず目を背けた。
女性は顔の半分以上を占める大きな口を開けて叫ぶと、両手を振り回しながら逃げていく。
そしてまた別の方角からは、先ほどと同じように女性が化け物になって走っていき、さらに別の場所では男性が、さらには幼い子供までもが化け物の姿になっていった。それはまるで、悪夢のような光景だった……。
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