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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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「え……? 消された?」


その言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。


「そうじゃ、一瞬で全部消された……それはもう跡形もなく……」


レヴィアの真紅の目に、恐怖の色が浮かび、ブルっと震えた。


「え? なぜですか?」


声が震え、全身に冷たいものが走る。


「あのお方の理想に合致しない星はすぐに消され、また新たな別の星が作られるんじゃ。もし、お主の注進で、気分を害されたら……この星も終わりじゃ」


「そ、そんな……」


俺は全身から血の気が引くのを感じた。この星が消されるということは、俺もドロシーもみんなも街も全部消されてしまう……そんなことになったら最悪だ。その想像だけで、胸が締め付けられる。


「元気で発展しているうちはいい、じゃが……停滞してる星は危ない……」


「じゃぁここもヤバい?」


俺の声が裏返る。恐怖が全身を支配する。


「そうなんじゃよ……。わしが手をこまねいてるのもそれが理由なんじゃ……。消されたら……、困るでのう……」


俺は絶句した。レヴィアの言葉に、この世界の脆さを痛感する。


美奈先輩の恐るべき世界支配に比べたら、ヌチ・ギのいたずらなんて可愛いものかもしれない。サークルでみんなと楽しそうに踊っていた先輩が、なぜそんな大量虐殺みたいなことに手を染めるのか、俺にはさっぱりわからなかった。その矛盾に、頭が混乱する。


「そもそも、ヴィーナ様とはどんなお方なんですか?」


俺は必死に理解しようとする。


「神様の神様じゃよ。詳しくは言えんがな」


神様とは『この星の創造者』って意味だろうが、単に創造者ではなく、そのまた神様だという……。一体どういうことだろうか……? その複雑な構造に首を傾げた。


「ちと、しゃべり過ぎてしまったのう、もう、お帰り」


レヴィアはそう言うと、指先で斜めに空中に線を引いた。すると、ピシッと音を立てて空間が割れ、レヴィアはそれを両手でぐっと広げる。向こうを見ると、なんとそこは俺の店の裏の空き地だった。


レヴィアはドロシーが寝ているカヌーをそっと飛行魔法で持ち上げると、ツーっと切れ目を通し、静かに空地に置いた。その優しい仕草に、俺は少し安心を覚える。


「何か困ったことがあったらわれの名を呼ぶのじゃ。気が向いたら何とかしよう」


レヴィアはニッコリと温かく笑った。あの恐ろしいドラゴンとは全くの別人のようである。


「頼りにしています!」


俺はそう言うと切れ目に飛び込む――――。


そこは確かにいつもの空き地だった。宮崎にいたのに一歩で愛知……。確かに仮想現実空間というのはとても便利なものである。


「では、達者でな!」


レヴィアは、俺に手を振りながら空間の切れ目を閉じていった。


「ありがとうございました!」


俺は深々と頭を下げ、思慮深く慈愛に満ちたドラゴンに深く感謝をした。


それにしても、この世界も地球も海王星で合成されているという話は、一体どう考えたらいいのか途方に暮れる。俺を産み出し、ドロシーやこの街を産み出し、運営してくれていることについては凄く感謝するが……、一体何のために? そして、活気がなくなったら容赦ようしゃなく星ごと消すという美奈先輩の行動も良く分からない。


謎を一つ解決するとさらに謎が増えるという、この世界の深さに俺は気が遠くなった。





さて、帰ってきたぞ……。


午前中、飛び立ったばかりの空き地なのに、何だか久しぶりのような違和感があった。それだけ密度が濃い時間だったということだろう。


俺はすっかり傷だらけで汚れ切った朱色のカヌーに駆け寄り、横たわるドロシーの様子を見た。その姿は、まるで長い冒険の末に眠りについた姫様のようだ。


ドロシーはスースーと寝息を立てて寝ている。その寝顔は、さっきまでの驚異的な体験を忘れさせるほど穏やかだ。


「はい、ドロシー、着いたよ」


俺は優しく声をかける。


「うぅん……」


ドロシーは小さく呻いた。


俺は優しく髪をなでる。


「ドロシー、起きて……」


その髪の感触に、デジタルではあるが、この世界の確かさを再確認する。


ドロシーはむっくりと起き上がる――――。


「あ、あれ? ド、ドラゴンは?」


周りを見回すドロシー。その目には、まだ旅の名残りが残っている。


「うーん……、夢だったのかなぁ……?」


首をかしげる仕草に、俺は思わず微笑んでしまう。


「ドラゴンはね、無事解決。ところで、今晩『お疲れ会』やろうと思うけどどう?」


ドラゴンは置いておいて、今晩の予定に話しを振る。レヴィアのことを上手く説明する言葉を俺は持ち合わせていなかったのだ。


「さすがユータね……。お疲れ会って?」


ドロシーの目が少し輝く。



















76. 三人の絆


「仲間を呼んで、美味しいものでも食べよう」


そろそろアバドンもねぎらってあげたいと思っていたのだ。ドロシーにも紹介しておいた方が良さそうだし。


「え? 仲間……? い、いいけど……誰……なの?」


ちょっと警戒するドロシー。


「ドロシーが襲われた時に首輪を外してくれた男がいたろ?」


「あ、あのなんか……ピエロみたいな大きな……人?」


眉をひそめるドロシーの声には緊張の色が混じる。


「そうそう、アバドンって言うんだ。彼もちょっと労ってやりたいんだよね」


「あ、そうね……助けて……もらったしね……」


ドロシーはうつむく。その様子に、俺は少し心配になった。


「大丈夫だって! 気の良い奴なんだ。仲良くしてやって」


俺はにこやかに言う。


「う、うん……」


ドロシーは小さくうなずいた。


俺はアバドンに連絡を取る。アバドンは大喜びで、エールとテイクアウトの料理を持ってきてくれるらしい。その反応に、俺は少し安心する。





日も暮れて明かりを点ける頃、ドロシーがお店に戻ってきた。夕暮れの柔らかな光が、店内に優しく差し込む。


「こんばんは~」


水浴びをしてきたようで、まだしっとりとした銀髪が新鮮に見える。その髪が夕陽に照らされ、まるで銀の糸のように輝いている。


俺はテーブルをふきながら椅子を引いた。


「はい、座った座った! アバドンももうすぐ来るって」


「なんか……緊張しちゃうわ」


ちょっと伏し目がちのドロシー。出会いへの不安と期待が垣間見える。


カラン! カラン!


タイミングよくドアが開き、夕暮れの風が店内に爽やかに流れ込む。


「はーい、皆さま、こんばんは~!」


アバドンが両手に料理と飲み物満載して上機嫌でやってきた。その姿は、まるで祭りの道化師のようだ。


「うわー、こりゃ大変だ! ちょっとドロシーも手伝って!」


「う、うん」


俺はアバドンの手からバスケットやら包みやらを取ってはドロシーに渡す。三人で協力し合う姿に新しい絆の芽生えを感じ、思わず笑みがこみあげてきた。


あっという間に料理で埋め尽くされるテーブル――――。


「うわぁ! 凄いわ!」


ドロシーは超豪華なテーブルに目をキラキラさせる。


「ドロシーのあねさん、初めて挨拶させていただきます、アバドンです。以後お見知りおきを……」


アバドンはうやうやしく挨拶をする。魔人なのに彼の優しさと誠実さが伝わってくる。


ドロシーは赤くなりながら、ペコリと頭を下げた。


「あ、あの時は……ありがとう。これからもよろしくお願いします」


俺はそんな様子を微笑ましく眺め、大きなマグカップに樽からエールを注いで二人に渡した。


「それでは、ドロシーとアバドン、二人の献身に感謝をこめ、乾杯!」


声に心からの感謝を込める。


「カンパーイ!」「カンパーイ!」


三人の声が重なり、店内に温かな空気が広がった――――。


ゴクゴクとエールを飲み、爽やかなのど越し、鼻に抜けてくるホップの香りが俺を幸せに包む。


「くぅぅ!」


俺は目をつぶり、今日あったいろんなことを思い出しながら幸せに浸った。ドラゴンとの出会い、世界の真実、そして今ここにいる大切な仲間たち。複雑な思いが胸に去来するが、この瞬間の幸せが何よりも大切だと感じる。


「姐さんは今日はどちら行ってきたんですか?」


アバドンがドロシーに話題を振る。


「え? 海行って~、クジラ見て~」


ドロシーは嬉しそうに今日あったことを思い出す。その目は、キラキラと輝いている。


「クジラって何ですか?」


キョトンとするアバドンの質問に、ドロシーの目がさらに輝く。


「あのね、すっごーい大きな海の生き物なの! このお店には入らないくらいのサイズよね、ユータ!」


「そうそう、海の巨大生物。まるで泳ぐ島のようだったな。こーんな!」


俺は少し大げさに両手を広げた。


「へぇ~、そんな物見たこともありませんや。見たかったなぁ……」


アバドンの声には、驚きと羨望が混じっている。


「それがね、いきなりジャンプして、もうバッシャーンって!」


ドロシーは両手を高く掲げ、クジラのジャンプを再現する。その嬉しそうな仕草に、見てる方もついほほ笑んでしまう。


「うっわーー! そりゃビックリですね!」


アバドンも両手を広げながら上手く盛り上げる。


「で、その後、帆船がね、巨大なタコに襲われてて……」


「巨大タコ!?」


驚くアバドン。その表情には、冒険物語を聞く子供のような純粋さが見える。


「クラーケンだよ、知らない?」


「あー、噂には聞いたことありますが……、私、海行かないもので……」


「それをユータがね、バシュ!って真っ二つにしたのよ」


ドロシーの声には、誇らしさが溢れている。


「いよっ! さすが旦那様!」


アバドンのヨイショが炸裂。


「いやいや、照れるね……、カンパーイ!」


俺は頬が熱くなるのを感じながらジョッキを掲げる。


「カンパーイ!」「カンパーイ!」


三人の声が重なり、だいぶ飲み会も盛り上がってきた。




















77. 月夜の訪問者


「で、その後ね……ユータが指輪をくれたんだけど……」


『ブフッ』っと吹き出す俺。その反応に、ドロシーはジト目で俺をにらむ。


ドロシーは右手の薬指の指輪をアバドンに見せる。その指輪が、ろうそくの灯りに照らされて柔らかく輝く。


「お、薬指じゃないですか!」


アバドンが盛り上げる。その声には、祝福の気持ちが込められていた。


「ところが、ユータったら『太さが合う指にはめた』って言うのよ!」


そう言ってふくれるドロシー。その頬が、少し赤く染まっている。


「えーーーー! 旦那様、それはダメですよ!」


アバドンはオーバーなリアクションしながら俺を責める。その表情には、本気の驚きと軽い叱責が混ざっている。


「いや、だって、俺……指輪なんてあげたこと……ないもん……」


うなだれる俺。持ち上げられたと思ったらすぐにダメ出しされる俺……ひどい。


「あげたことなくても……ねぇ」


アバドンはドロシーを見る。二人の間に、何か共謀めいたものが流れる。


「その位常識ですよねぇ」


二人は見つめ合って俺をイジった。


「はいはい、私が悪うございました」


そう言ってエールをグッと空けた。その苦みが、自分の不甲斐なさを流し去ってくれる。


「次はしっかり頼みましたよ、旦那様」


アバドンはそう言いながら俺のジョッキにお替わりを流し込む。


「つ、次って……?」


俺が目を白黒していると、アバドンはジョッキを掲げる。


「今宵は記念すべき夜になりそうですな! カンパーイ!」


アバドンはニヤッと笑いながら俺とドロシーを交互に見た。


俺はドロシーと目を合わせ、クスッと笑うとジョッキをぶつけていった。


「カンパーイ!」「カンパーイ!」


三人の笑い声が店内に響き渡る。この温かな空気の中で、俺は改めて、仲間の大切さを実感した。そして、第二の人生の順風満帆な手ごたえが、静かに胸の中で膨らんでいくのを感じていた。





「私、アバドンさんってもっと怖い方かと思ってました」


酔ってちょっと赤い頬を見せながらドロシーが言う。その声には、少しの照れと安堵が混ざっている。


「私、ぜーんぜん! 怖くないですよ! ね、旦那様!」


こっちに振るアバドン。その目には、子供のような純粋さが宿っている。確かに俺と奴隷契約してからこっち、かなりいい奴になっているのは事実だ。まぁ、千年前はどうだったかは分からないが……。


「うん、まぁ、頼れる奴だよ」


「うふふ、これからもよろしくお願いしますねっ!」


ドロシーは嬉しそうに笑う。その笑顔に、部屋中が明るくなったような気がした。


その笑顔に触発されたか、アバドンはいきなり立ち上がる。


「はい! お任せください!」


と、嬉しそうに答えると、俺の方を向く。


「旦那様と姐さんが揉めたら私、姐さんの方につきますけどいいですか?」


と、ニコニコと聞いてくる。その目には、悪戯っぽい輝きが宿っている。


俺は目をつぶりため息をつくと、


「まぁ、認めよう」


と、渋い顔で返した。これで奴隷契約もドロシー関連だけは例外となってしまった。しかし、『ダメ』とも言えないのだ。胸の内で複雑な感情が渦巻く。


アバドンはニヤッと笑うと、


「旦那様に不満があったら何でも言ってください、私がバーンと解決しちゃいます!」


そう言ってドロシーにアピールする。その姿は、まるで忠実な騎士のようだ。


「うふふ、味方が増えたわ」


嬉しそうに微笑むドロシー。その笑顔を見れば俺の選択も悪くなかったように思える。


と、その時だった――――。


「シッ!」


急にアバドンが口に人差し指を立て、険しい表情で入り口のドアを見る。空気が一変した。


俺も気配を察知し、眉をひそめながらドロシーに二階への階段を指す。誰が来ようが俺とアバドンなら何とでもなるが、ドロシーだけは守らねばならない。


ドロシーは青い顔をしながら抜き足差し足避難していく。緊張が部屋中に満ちた。


俺はアバドンに階段を守らせると、裏口から外へ出て屋根へと飛び上がる――――。


夜の闇に紛れ、上から店の表をそっとのぞくと、そこにはフードをかぶった小柄の怪しい人物が、店の内部をうかがっている姿があった。


性懲りも無く勇者の手先がやってきたのだろうか? 一気に勝負をつけねばならない。


俺は音もなく、素早く背後に飛び降りると同時に腕を取り、一気に背中に回して極めた。


「きゃぁ!」


驚く不審者。その声は、予想外にも若い女だった。


「何の用だ!?」


と、顔を見ると……美しい顔立ち、それはなんとリリアンだった。月明かりに照らされた透き通るような白い肌に、俺は息を呑む。


「お、王女様!?」


俺は急いで手を放す。こんな街外れの寂れたところに夜間、王女がお忍びでやってくる……。もはや嫌な予感しかしない。俺は渋い顔でキュッと口を結んだ。


















78. 長い夜


「痛いじゃない! 何すんのよ!」


リリアンが透き通るようなアンバー色の瞳で俺をにらむ。


「こ、これは失礼しました。しかし、こんな夜にお一人で出歩かれては危険ですよ」


「大丈夫よ、危なくなったら魔道具で騎士が飛んでくるようになってるの」


ドヤ顔のリリアン。その自信に満ちた表情に、俺は思わずため息をつく。


俺は絶対リリアンの騎士にはならないようにしようと心に誓った。毎晩呼び出されそうだ。


「いつまでこんなところに立たせておくつもり?」


リリアンは不機嫌そうに俺の顔を見上げる。


俺としてはこのままお帰り願いたかったが、王族を門前払いなどしたら極めて面倒くさいことになってしまう。


「し、失礼しました……。中へどうぞ」


俺は渋々リリアンを店内に案内した。


「ドロシー、もう大丈夫だよ、王女様だった」


俺は二階にそう声をかける。


リリアンはローブを脱ぎ、流れるような美しいブロンドの髪を軽く振り、ドキッとするほどの笑顔でこちらを見てくる。さすがは世界にその美貌を知られる王女様である。その完璧な美しさに、俺は思わず息を呑んだ。


「こ、こんな夜中に何の御用ですか?」


俺は心臓の高鳴りを悟られないように淡々と聞く。


「ふふん、何だと思う?」


リリアンは俺の顔をのぞきこみ、何だか嬉しそうに逆に聞いてくる。その声には、子供のような無邪気さが混じっている。


「今、パーティ中なので、手短にお願いします」


俺は毅然とした態度で言った。絶世の美女の王族だからといって、ちやほやするのは俺の性に合わない。


しかし、リリアンはこっちの話など全く聞いていなかった――――。


「あら、美味しそうじゃない。私にもくださらない?」


リリアンはキラッと瞳を輝かせると品格のある仕草でテーブルへと歩き出す。


「え? こんな庶民の食べ物、お口に合いませんよ!」


俺は苦笑しながら慌てて制止した。


「あら、食べさせてもくれないの? 私が孤児院のために今日一日走り回ったというのに?」


リリアンは振り返って透明感のある白いほほをふくらませ、可愛く俺をにらむ。


孤児院のことを出されると弱い。


「分かりました。ありがとうございます……」


俺は慌てて椅子と食器を追加でセットした。


リリアンは席の前に立つとしばらく何かを待っている。そして、俺をチラッと見る。


「ユータ、早くして?」


一瞬何のことか分からなかったが、座る時には椅子を押す人が要るということらしい。その王族水準の要求に、俺はクラクラした。


「王女様、ここは庶民のパーティですから、庶民マナーでお願いします。庶民は椅子は自分で座るんです」


俺は渋々椅子を押しながら、少し皮肉を込めて言う。


「ふぅん、勉強になるわ。あれ? フォークしかないわよ」


「あー、食べ物は料理皿のスプーンでセルフで取り分けて、フォークで食べるんです」


「ユータ、早くやって!」


さすが王女様、自分では何もやらないつもりだ。その異次元の態度に、俺は軽くイラッとしながらも、今までに感じたことの無い新鮮な愛おしさも同時に感じた。


「最初だけですよ?」


小首を傾げ、苦笑しながら、俺は料理を取り分け始める。


するとドロシーがちょっと怒った目で俺を見た。


「私がお取り分けします」


取り皿を取ろうとするドロシー。


しかし、リリアンはピシッとドロシーの手をはたいた。その動作には何のためらいもなく、王族特有の威厳が感じられる。


「私はユータに頼んだの」


表情はにこやかながら、鋭い視線でドロシーをにらむリリアン。しかし、ドロシーも負けていなかった。


「ユータのお仕事を私が手伝うのがこのお店のルールですの。王女様」


二人の間に激しい火花が散る――――。


王位継承順位第二位リリアン=オディル・ブランザに対し、一歩も引かない孤児の少女ドロシー。俺もアバドンもオロオロするばかりだった。


「のどが渇いたわ、シャンパン出して」


俺を見上げるリリアン。


「いや、庶民のパーティーなので、ドリンクはエールしかないです」


庶民がシャンパンなど飲むわけがない。俺は王族の感覚のズレっぷりに苦笑してしまう。


「ふーん、美味しいの?」


リリアンの目に、好奇心の光が宿る。


「ホップを利かせた苦い麦のお酒ですね。私は大好きですけども……」


俺の声には、庶民の誇りが混じる。


「じゃぁ頂戴」


するとドロシーがすかさず、特大マグカップになみなみとエールを注いだ――――。


「王女様どうぞ!」


ドロシーは笑顔でドン! とジョッキを置いた。


「あなたには頼んでませんわ?」


いちいち火花を散らす二人。その様子に、部屋の温度が上がったような錯覚を覚える。


「と、とりあえず乾杯しましょう、カンパーイ!」


俺は引きつった笑顔で音頭を取った。


「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」


四人の声が重なり、一瞬だけ緊張が和らいだ。しかし、今晩は長い夜になりそうな予感に俺はふぅと深いため息をついたのだった。











79. 宇宙からの声


リリアンは一口エールをなめて――――。


「苦~い!」


と、言いながら、俺の方を向いて渋い顔をする。


「高貴なお方のお口には合いませんね。残念ですわ」


ドロシーがさりげなくジャブを打った。その声には、僅かな勝利感が滲んでいる。


リリアンが恐ろしい形相でキッとドロシーをにらむ。


「あ、エールはワインと違ってですね、のど越しを楽しむものなんです」


俺は慌てて仲裁に入った。王族とのトラブルなんて御免こうむりたい。


「どういうこと? ユータ?」


リリアンの声に、興味が混じる。


「ゴクッと飲んだ瞬間に鼻に抜けるホップの香りを楽しむので、一度一気に飲んでみては?」


俺の説明に、リリアンはジョッキをのぞきこむ。


「ふぅん……」


リリアンは緊張した面持ちで、エールを一気にゴクリと飲んだ――――。


あっ……。


目を見開くリリアン。


「確かに美味しいかも……。さすがユータ! 頼りになるわぁ」


俺にニッコリと笑いかけてくるリリアン。その完璧な笑顔に、俺は思わず心を奪われかける。


しかし、ドロシーの表情は険しかった。


「そ、それは良かったです。で、今日のご用向きは?」


俺はドロシーからの痛い視線から逃げるように、冷や汗を垂らしながら聞いた。


「そうそう、孤児院の助成倍増とリフォーム! 通してあげたわよ!」


リリアンの声には、誇らしさが溢れている。


「え? 本当ですか!?」


思わず俺の声が裏返った。


「あら、わたくしが嘘をつくとでも?」


ドヤ顔のリリアン。


俺はスクッと立ち上がるとジョッキを掲げた。


「リリアン姫の孤児院支援にカンパーイ!」


「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」


四人の声が重なり、部屋中に温かな空気が広がる。


ドロシーも孤児院の支援は嬉しかったらしく、素直に頭を下げた。


「王女様、ありがとうございます」


その姿に、これまでの緊張が溶けていくのを感じる。


「ふふっ、Noblesse oblige(ノブレス・オブリージュ)よ、高貴な者には責務があるの」


リリアンは得意げにそう言うとジョッキをグッとあおった。


「それでもありがたいです」


俺も心からの感謝を込めて頭を下げた。これで後輩たちが冬の寒さやひもじさから解放されると思うと、胸が熱くなる。


「で、今日は何のお祝いなの?」


リリアンは並んだ料理を見回しながら聞いた。


「お祝いというか、慰労会ですね」


「慰労?」


リリアンの声には好奇心が滲んでいた。


「南の島で泳いで帰ってきて『お疲れ会』ですね。帰りにドラゴンに会ったり大変だったんです」


ドロシーが丁寧に説明する。つい先ほどまでの険悪さ嘘のように感じられた。


「ちょ、ちょっと待って! ドラゴンに会ったの!?」


ガタっと立ち上がり、目を丸くするリリアン。


「あれ、ドラゴンご存じですか?」


俺の問いかけに、リリアンは急に真剣な表情になった。


「ご存じも何も、王家の守り神ですもの。おじい様、先代の王は友のように交流があったとも聞いるわ。私も会いたーい!」


リリアンは手を組んで必死に頼んでくる。その姿は、王女というよりも、夢を追う少女のようだった。


「いやいや、レヴィア様はそんな気軽に呼べるような存在じゃないので……」


俺は困惑しながら言葉を選んだ。


「えぇーーーーっ! リリアンのお願い聞けないの?」


長いまつげに、透き通るような潤んだ瞳に見つめられて俺は困惑する。


『なんじゃ、呼んだか?』


いきなり俺の頭に声が響いた。その声は、まるで遠い宇宙の彼方から届いたかのようだった。


「え? レヴィア様!?」


俺は仰天した。名前を呼ぶだけで通話開始? ちょっとやり過ぎじゃないだろうか?


『もう会いたくなったか? 仕方ないのう』


レヴィアの声には、どこか楽しそうな調子が混じっていた。


「いや、ちょっと、呼んだわけではなく……」


と、話している間に、店内の空間がいきなりパリパリっと裂けた。


「キャハッ!」


楽しそうに笑いながら金髪おかっぱの少女が全裸で現れる。唖然あぜんとするみんな。そのいきなりの登場は、まるで異世界からの来訪者である。


あちゃ~……。


なぜこんなに大物が次々と客に来るのか……。俺はちょっと気が遠くなった。この小さな店が、世界の中心になってしまったかのような錯覚に陥る。


しかし、全裸はマズい。


「レヴィア様! 服! 服!」


俺が焦ってみんなの視線をさえぎった。


「あ、忘れとったよ、てへ」


そう言ってレヴィアはサリーを巻く。その仕草には、不思議な愛らしさが混じっていた。


「困りますよ。人前に出るときは服、人間界の基本ですよ」


俺は諭したが、レヴィアはそんなこと全く聞いていない。


「おう、なんじゃ、楽しそうなことやっとるな。われも混ぜるのじゃ!」


真紅の目を輝かせながら、子供のように無邪気にレヴィアは叫んだ。


ツカツカとテーブルに近づくいたレヴィアは、エールの樽の上蓋うわぶたをパーン! と叩き割って取り外し、そのまま樽ごと飲み始めた。その豪快な姿に、誰もが息を呑む。


「あぁっ! 今晩の酒が……」


俺は青くなって宙を仰いだ。

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