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「ゴメン、酒と食べ物買えるだけ買ってきて!」
俺は財布をアバドンに渡すと拝むように頼んだ。
アバドンはサムアップしてニッコリと笑い、颯爽と出ていく。実に頼もしい奴だ。
「プハー! このエールは美味いのう」
レヴィアは樽を一気に飲み干すと満足げに笑う。女子中学生のような少女が樽酒一気という、見たこともない常識はずれな光景に俺は圧倒された。
リリアンはおずおずと声をかける。その姿は、まるで神に対面する信者のようだ。
「ド、ドラゴン様……ですか?」
「そうじゃ、我がドラゴンじゃ。……、あー、お主はリリアン、お前のじいさまはまだ元気か?」
レヴィアの声には、悠久の時を生きてきた者特有の深みがあった。
「は、はい、隠居はされてますが、まだ健在です」
リリアンの返答には、誇りと敬愛の念が滲んでいる。
「お主のじいさまは根性なしでのう、我がちょっと鍛えてやったら弱音はいて逃げ出しおった」
肩をすくめるレヴィアの言葉に、店内の空気が一瞬凍りつく。王国では英雄とたたえられている先代の王の醜態は、どう受け取っていいのかみんな困惑した。
「え……? 聞いているお話とは全然違うのですが……」
リリアンは震える声で聞く。
「あやつめ、都合のいいことばかり抜かしおったな……。『本当の話をレヴィアから聞いた』って言っとけ!」
レヴィアはそう言いながらステーキの皿を取ると、そのまま全部口の中に流し込み、噛むことなく丸呑みした。その豪快な食べっぷりは、まさに伝説の生き物にふさわしかった。
そして、舌なめずりをすると、上機嫌で叫ぶ。
「おぉ、美味いのう! シェフは肉料理を良く分かっておる!」
丸呑みで味なんかわかるのだろうか? 俺は首をかしげる。
「おい、ユータ! 酒はどうなった? あれで終わりか?」
いきなりやってきて好き放題言うレヴィアに俺はイラッとする。しかし、ドラゴン相手に下手なことは言えない。
「今、買いに行かせてます。もうしばらくお待ちください」
「用意が悪いのう……」
渋い顔を見せるレヴィア。
王女もレヴィアもいきなりやってきて好き放題である。なんなんだろうか?
俺はムッとして無言でエールをゴクゴクと飲んだ。
リリアンがレヴィアにおずおずと声をかける。その声には、純粋な好奇心が溢れていた。
「あのぅ、レヴィア様は可愛すぎてあまりドラゴンっぽくないのですが、なぜそんなに可愛らしいのでしょうか?」
「我はまだ四千歳じゃからの。ピチピチなんじゃ。後二千年くらいしたらお主のようにボイーンとなるんじゃ。キャハッ!」
レヴィアは嬉しそうに笑った。
四千歳でもまだ子供だと言うドラゴンのスケールに改めて俺は感じ入る。
「龍のお姿には……ならないのですか?」
リリアンの質問には、好奇心と期待が溢れていた。
「なんじゃ、見たいのか?」
レヴィアの声には、悪戯っぽい響きがあった。
リリアンもドロシーもうなずいている。その様子は、まるで子供たちが新しいおもちゃを見せてもらう時のようだった。
確かにこんなちんちくりんな小娘をドラゴンと言われても、普通は納得できない。しかし、あの恐ろしいドラゴンの姿をもう一度見たいか? と言われたらノーサンキューなのだが。
赤ら顔のレヴィアは部屋を見回した。
「龍の姿になったらこの建物吹っ飛ぶが、いいか?」
ゲフッとゲップをしながらレヴィアはとんでもないことを聞いてくる。
俺はブフッとエールを吹き出した。
「ちょ、ちょっと待ってください! ぜひ、あの美しい神殿で、レヴィア様の偉大なお姿を見せつけてあげてください」
俺は開きっぱなしの空間の裂け目を指さす。この人は店を吹っ飛ばすことくらい本当にやりかねないのだ。
「お、そうか? じゃ、お主ら来るのじゃ」
レヴィアはそう言うと、リリアンとドロシーを飛行魔法でふわっと持ち上げた。
「うわぁ!」「きゃぁ!」
二人の驚きの声が店内に響く。
「くははは! レッツゴーなのじゃ!」
レヴィアは楽しそうに二人を連れて空間の裂け目の向こうへと消えていった。
直後、『ボン!』という変身音がして、
「キャーー!」「キャーー!」
という悲鳴が裂け目の向こうから聞こえてきた。音だけで、何が起こったのか想像できてしまう。
「グワッハッハッハ!」
という重低音の笑い声が響き――――。
『ゴォォォォ!』
という何か恐ろしい実演の音が響いた。その音は、まるで世界の根源が震えるかのようだった。
「キャーーーー!」「キャーーーー!」
また、響く悲鳴。その声には、先ほどとは比べものにならない恐怖が滲んでいた。
まるでテーマパークのアトラクションである。しかし、これは現実。俺がどんなにレベルを上げようが神格を持つ者には敵わない。その事実に、俺は改めて身震いした。
二人が逃げるように裂け目から出てくる。生きた心地がしなかったようだ。お互い両手をつなぎながら、青い顔をして震えていた。
81. コピーの味覚
「レヴィア様の凄さがわかったろ?」
俺が聞くと、二人とも無言でうなずいていた。
「我の偉大さに恐れ入ったか? キャハッ!」
上機嫌で戻ってくるレヴィアだが、また全裸である。その姿は、先ほどまでの恐ろしさを微塵も感じさせない、無邪気な少女そのものだった。
「レヴィア様、服、服!」
俺は急いで指摘する。
「忘れとった。ガハハハ!」
楽しそうに笑うレヴィアをジト目で眺めながら、俺は思わずため息をついた。
◇
「お待たせしましたー!」
戻ってきたアバドンの声が店内に響き渡る。両手いっぱいに酒と料理を持って現れた彼の姿は、まるでヒーローのようだった。
「待ってました!」「わーい!」「ええぞ、ええぞ!」
店内に拍手と歓声が巻き起こる。
俺が隣に台を広げて、調達した物を並べていると、レヴィアの目が輝いた。
「おっ! これはええな」
ウイスキーのビンを一本取った彼女は驚くべき行動に出る。
逆さに持ったビンの底で、レヴィアは指をパチッと鳴らした。すると、魔法でも使ったかのように、底の部分がきれいに切り取られ、即席の巨大グラスが完成する。それを一気飲みしていくレヴィア――――。
みんなが信じられないという目でおののく中、レヴィアは飲み干して満足げな表情を浮かべた。
「プハー! 最高じゃな!」
ドラゴンはすることなすこと全てが規格外で、思わずみんな圧倒される。その存在自体が、この世界の不思議さを体現しているようだった。
「カーッ! のどが渇くわい! チェイサー! チェイサー!」
レヴィアの豪快な声が響く中、エールの樽のフタが『パカン!』と割られる。その音は、宴の始まりを告げる合図のようだった。
しかし、俺は慌てて制止の声を上げる。
「レヴィア様! ちょっとお待ちを! それ、我々も飲むので、シェアでお願いします」
「もう……ケチ臭いのう」
レヴィアは不満げな声を上げるが、そこは譲れない。
すると次の瞬間、驚くべき光景が広がった。レヴィアが両手を樽に置いたまま呟くと、隣に『ボン!』という音と共に、全く同じ樽が出現したのだ。
「コピーしたからお主らはそれを飲むのじゃ」
得意げに胸を張り、レヴィアは現れた樽を指さした。その顔には、まるで子供がいたずらを成功させたときのような、愉快そうな笑みが浮かんでいる。
「コ、コピー!?」
俺は思わず驚きの声を上げてしまう。
「なぜお主が驚くんじゃ? なぜコピーできるか、お主なら知っておろう?」
「いや、まぁ、原理は分かってますよ。分かってますけど、初めて見たので……」
俺は慌てて取り繕ったが、物をコピーするだなんてことをこんな簡単にやるとは全く予想だにしていなかったので、浮足立ってしまう。
「これならいいじゃろ」
そう言って、レヴィアは再びコピー元の樽に手をかける。今度こそ、樽ごと丸呑みしようとする勢いだ。
「ちょっとお待ちください」
ユータが急いでレヴィアの手を抑えた。
「な、何じゃ?」
レヴィアは俺から目をそらす――――。
何かを隠しているように見える。
「我々がそっち飲んでもいいですか?」
ユータの提案に、レヴィアは目を丸くした。
「な、何を言うておる。デジタルコピーは寸分たがわず本物じゃぞ」
「なら、そっち飲んでもいいですよね?」
ユータの言葉に、レヴィアは言葉に詰まった。その表情には、明らかな動揺が見て取れる。
「いや、ほれ、気持ちの問題でな、コピーしたものを飲むのはちょっと風情に欠けるのじゃ……」
バツが悪そうにごにょごにょと言い訳をするレヴィア。その姿は、まるで悪戯がばれた子供のようだ。
「折角なので飲み比べさせてください」
俺はニッコリと提案する。
「仕方ないのう……」
渋々同意したレヴィアの表情には、複雑な感情が浮かんでいた。
俺はオリジナルとコピーのエールを交互に飲み比べてみる――――。
舌で味わい、鼻で香りを嗅ぎ、利き酒師のように全力でエールを味わってみた。確かに、コピーした物もちゃんとしたエールである。そこそこ美味い。でも、なぜかオリジナルの樽の方が味に奥行きがある。まるで長い年月をかけて熟成されたかのような深みが感じられるのだ。
「やはりオリジナルの方が美味いじゃないですか!」
俺がジト目でレヴィアをにらむと、レヴィアは困惑の表情を浮かべる。
「な、なんでかのう……?」
レヴィアも理由は分からないらしい。以前、成分分析をしたそうだが違いは見つからなかったそうだ。
俺は思わず笑みを浮かべた。この世界のデジタルな本質と、アナログな感覚の不思議な共存。それこそが、この異世界の面白さなのかもしれない。
でもまぁ、酔っぱらってしまえば分からないくらいのささいな違いなので、気にせず、一同はコピー物を飲むことにした。その代わりにレヴィアには料理やほかの酒もどんどんコピーしてもらうことにする。
ポンポンとステーキや揚げ物、サラダや煮物がテーブルにあふれ、酒樽が積み重ねられていく――――。
まるで、おとぎ話に出てくる魔法の宴会のようだ。
次々にコピーされる料理にリリアンたちは唖然としている。物がコピーされるなんてことはこの世界の根本を揺るがしかねない事態なのだ。
彼女たちはコピーされた料理をフォークでつつきながら首をかしげていた。
82. 強い子種
俺はスクッと立ち上がると、声高らかに叫んだ。
「偉大なるレヴィア様に感謝の乾杯をしたいと思いまーす!」
「おぉ!」「しましょう!」「いいですね!」
場の空気が一気に盛り上がる。
「うむ、皆の衆、お疲れじゃ! キャハッ!」
レヴィアも上機嫌に樽を掲げた。
「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」
一同の声が重なり、店内に響き渡る。俺たちはレヴィアの樽にマグカップをカンカンとぶつけた。金属と木の音が鳴り響き、まるで祝祭の鐘のようである。
こんな豪快な乾杯は生まれて初めてだった。俺は異世界での新たな体験への喜びで胸がいっぱいになる。
レヴィアは満足げな表情で、オリジナルのエールの樽を豪快に一気飲みしていく――――。
「クフーッ! やはりオリジナルは美味いのう」
幸せそうに目をつぶり、満足げに首を振った。
数十リットルのエールがこの中学生体形のおなかのどこに消えるのか極めて謎であるが、まぁ、この世界はデータでできた世界。管理者権限を持つドラゴンにとっては何でもアリなのだろう。
宴もたけなわとなり、酒の香りが漂う店内で、みんなの頬は赤く染まっていた。酔いに任せた笑い声が響き渡る中、レヴィアが突如として、とんでもない言葉を口にした。
「こ奴がな、我のことを『美しい』と、言うんじゃよ」
ブフッとエールを吹き出してしまう俺。
「な、何を……」
俺が弁解しようとすると、レヴィアは嬉しそうに俺を引き寄せ、頭を抱いた。その仕草には、少女の無邪気さと、大人びた色気が同居していた。
薄い布一枚へだてて、膨らみ始めた胸の柔らかな肌が頬に当たり、かぐわしい少女の芳香に包まれる。俺の心臓が激しく鼓動を打ち始めた。マズい……。
「ちょ、ちょっと、レヴィア様! んむーー!」
俺は慌てて声を上げたが、レヴィアに頭を抱え込まれて口が塞がれてしまった。
「なんじゃ? 『幼児体形』にもよおしたか? キャハッ!」
レヴィアはグリグリと胸を押し付けてくる。抵抗しようとしたがドラゴンの腕力には全くかなわない。たちの悪い小娘である。
「レヴィア様、飲み過ぎです~!」
「飲みすぎくらいがちょうどいいのじゃ! ガハハハ!」
周囲から制止の声が上がるも、レヴィアの勢いは止まらない。
「ぬははは! 今宵は楽しいのう!」
レヴィアは絶好調だった。
やがて俺を開放すると、小悪魔のような笑みを浮かべて尋ねてくる。
「どうじゃ? まぐわいたくなったか?」
その言葉に、場の空気が一瞬凍りついた。
「そんな、恐れ多いこと、考えもしませんから大丈夫です!」
俺はドキドキしながら慌ててジョッキを取り、エールをあおった。喉を潤すと同時に、高鳴る心臓を落ち着かせようとする。
「ふん、つまらん奴じゃ。なら、誰とまぐわいたいんじゃ?」
「え!?」
全員の視線が俺に集中する。まるで晒し者になったような気分だ。
「いや、ちょっと、それはセクハラですよ! セクハラ!」
俺が真っ赤になって反駁していると、リリアンが静かに俺の手を取った。その仕草には、普段の凛々しさは影を潜め、甘美な色気が漂っていた。
「正直におっしゃっていただいて……、いいのですのよ」
リリアンも相当酔っぱらっている。真っ赤な顔で嬉しそうに俺を見つめる瞳には、普段は見せない大胆さが宿っていた。
「え!? 王女様までからかわないで下さい!」
「なんじゃ? リリアンもユータを狙っておるのか?」
レヴィアはニヤニヤしながらウイスキーをゴクゴクと飲む。
「私、強い人……好きなの……」
そう言ってリリアンは俺の頬をそっとなでた。その指先の温もりに、俺の心臓は急速に高鳴りを増していく。
「王家の繁栄には強い子種が……大切じゃからな。カッカッカ!」
レヴィアがウイスキーを飲み干した。その言葉には、どこか不穏な響きがあった。
「ちょっと、煽らないで下さいよ!」
「あら何……? 私の何が不満なの? 男たちはみんな私に求婚してくるのよ」
リリアンはキラキラと光る瞳で上目づかいに俺を見つめた。透き通るような白い肌、優美にカールする長いまつげ、熟れた果実のようなプリッとしたくちびる、全てが芸術品のような美しさを放っていた。
「ふ、不満なんて……ないですよ」
俺は気圧されながら答える。こんな絶世の美女に迫られて正気を保つのは、並大抵のことではない。心の中で、必死に理性を保とうと戦っていた。
ガタッ!
突然の音に、場の空気が一変する。ドロシーがいきなり席を立ち、タタタタと階段を上っていく。その背中には、何か言いようのない感情が滲んでいるように見えた。
「ドロシー!」
俺はみんなに失礼をわびるとドロシーを追いかけた。毅然とした態度を示せずに状況に流されていた自分の浅はかさにウンザリしてしまう。
二階に登ると、月の光が窓から差し込む薄暗い部屋の中に、ドロシーの儚げな姿が浮かび上がる。仮眠用ベッドにぽつんと座る彼女の背中には、言葉にならない寂しさが滲んでいるようだった。
83. 不器用な男
俺は大きく息をつく……。胸の奥で複雑な感情が渦巻いていた。
そっと隣に腰を下ろし、優しく声をかける。
「どうしたの? いきなり……」
「……」
うつむいたまま動かないドロシー。その沈黙が、胸に重く圧し掛かかる。
「ちょっと飲みすぎちゃったかな? 今日はハイペースだったし……。レヴィアとか本当にオカシイよね」
軽く冗談を交えながら、彼女の心を解きほぐそうとする。
「王女様……放っておいちゃダメじゃない……」
ドロシーが小声でつぶやく。その声には、かすかな嫉妬の色が混ざっているように感じられた。
「ドロシーを放ってもおけないよ」
俺の言葉に、ドロシーの肩がわずかに震えた。
「不満……無いんでしょ? 良かったじゃない。王国一の美貌、羨望の的だわ」
その言葉には、自分を卑下するような響きがあった。
「あれは言葉のアヤだって」
必死に弁解する俺。しかし、ドロシーの心の奥底にある不安は、簡単には消えそうになかった。
「私なんて放っておいて下行きなさいよ!」
突如として強い口調で言い放つと、俺のことをドンと押す。
その声に、悲痛な響きを感じる。
俺はドロシーの小さな手を優しく包み込むように取った。
「俺にとって……一番大切なのはドロシーなんだ。ドロシーおいて下なんて行けないよ」
「嘘! 身寄りのない孤児と王族、比べるまでもないわ!」
ドロシーはギュッと目をつぶって言い放つ。
俺は大きくため息をつく――――。
こんな時、女性経験の浅い自分にはかける言葉が見つからない。
「なぁ、ドロシー……」
そう言ってはみたが、続く言葉がどうしても出てこなかった。
俺は頭をかきむしる。
くぅぅぅ……。
「俺は不器用な人間だから上手く言葉にできない。でも、今の俺がいるのはドロシーのおかげなんだよ」
「私なんて何もやってないわ……」
「俺が最初の剣を研いでいた時、ドロシーが古銭を使ってすごい発見をしてくれたじゃない? あれが無かったら今の俺はないんだよ。まさにドロシーは俺にとって幸運の女神、身分なんてどうでもいいんだ。ドロシーは女神、輝いているんだよ」
「……。本当?」
恐る恐る顔を上げるドロシー。その瞳には、縋るような光が灯っていた。
「本当さ、そうでなければ追いかけてなんて来ないだろ?」
俺はキュッと手を握り、ドロシーに微笑みかける。
ドロシーは涙をいっぱいにたたえた目で俺を見つめた。透き通るような肌が月明かりに照らされ、その姿は妖精のような美しさを放っている。
綺麗だ……。深い愛おしさが胸の奥底から湧き上がってくる。
俺はそっと頭をなでた。ドロシーの体が僅かに震える。
次の瞬間、いきなりドロシーが抱き着いてくると、くちびるを重ねてきた――――。
突然の行動にテンパってしまって固まってしまう俺。
しかし、その熱く情熱的な舌の動きに、俺も自然と応えてしまう。
甘い吐息を吐きながら俺を求めてくるドロシー。その仕草には、初々しさと大胆さが同居していた。
負けじと俺も舌を絡め、手は彼女の背中をまさぐる。その細い背中からは、想像以上の熱が伝わってくる。
月の青い光の中で俺たちは舌を絡め合わせ、しばらくお互いをむさぼった……。時間の感覚が失われ、ただ二人の存在だけが世界の全てのように感じられた。
「うふふ……ユータ……好き」
くちびるを離すと、ドロシーは俺をギュッと抱きしめる。その声には、幸福感と安堵が溢れていた。
俺はドロシーを抱きしめ、豊かな胸のふくらみから熱い体温を感じる。心臓がドクドクと早打ちし、このまま押し倒してしまいたい衝動にかられた。全身の血が沸き立つような感覚に包まれる。
しかし……このまま行為に及ぶわけにもいかない。理性が必死に欲望を抑え込もうとする。
くぅぅぅ……。
俺が激しく欲望と戦っていると……、スースーと寝息が聞こえてくる。どうやら寝てしまったようだ。よく考えたら、ドロシーは飲み過ぎなのだ。
ふぅっと大きくため息をつき、じっとドロシーを見つめる。
その寝顔は、まるで天使のように穏やかで美しかった。
俺はホッとしつつ……、「くぅっ!」っとこぶしを握って宙を仰ぐ。
このやりきれない思いをどうしたらいいのか、持てあましていた。欲望と理性の間で揺れ動く心を、必死に落ち着かせようと俺はあがくしかない。
ドロシーをそっとベッドに横たえ、毛布を掛ける。
幸せそうな顔をしながら寝ているドロシーをしばらく見つめた――――。
「おやすみ……」
俺はそっと頬にキスをすると、俺は下へと降りて行った。階段を下りる足取りは重く、複雑な思いを抱えたまま、再び宴の場へと戻っていくのだった。
84. 宙を泳ぐ人魚
席に戻ると、宴の熱気が俺を包み込む。レヴィアがニヤッと笑って小声で耳打ちしてくる。その表情には、悪戯っぽい光が宿っていた。
「お盛んじゃの」
俺は頬が熱くなるのを感じながら、必死に平静を装って応えた。
「のぞき見は趣味が悪いですよ」
「我にもしてくれんかの?」
レヴィアは可愛いくちびるを突き出してくるが、そんなのに付き合ってはいられない。
「本日はもうキャパオーバーです」
俺はジョッキを呷った。
「なんじゃ? つまらん奴じゃ」
レヴィアは俺のノリの悪さに失望の色をにじませる。
「え? 何をしてくれるんです?」
突如、酔っぱらったリリアンが割り込んできた。その目は好奇心に輝いている。
「王女様、そろそろ戻られないと王宮が大騒ぎになりますよ」
俺はリリアンに諭すように言う。
「えぇーーーー! 帰りたくなーい!」
リリアンが俺にもたれかかってくる。もう泥酔状態である。その体からは、優美で甘い香りが漂ってきた。
「ちょ、ちょっと! 王女様! 飲みすぎですって!」
「あら、いいじゃない。飲みすぎて何が悪いって言うのよ!!」
王女はパシパシと俺の背中を叩く。
「あぁ、もうホントたちが悪い……。レヴィア様、王宮に空間を繋げていただけませんか?」
俺はぐったりとするリリアンをハグして、落ちないようにしながらレヴィアに頼む。
「やなこった。リリアンと仲良くしとけばよかろう」
レヴィアは面倒くさそうにウイスキーを呷った。
ふんわりと香ってくる甘い乙女の香りに、俺は理性が飛びそうである。
「えぇ……、頼みますよぉ……。アバドン! ちょっと何とか言ってよ!」
半分寝かけていたアバドンは身体を起こし、様子を見回すとレヴィアに微笑んだ。
「美しいドラゴン様、ぜひ、素晴らしい技を見せていただけませんか? グフフフ……」
「『美しい』じゃとう! 貴様! よう分かっとる。カッカッカ!」
レヴィアは豪快に笑うと指で宙にツーっと線を描いた――――。
パキッ!
空間は割れ、王宮へとつながったようだ。
俺はアバドンのヨイショスキルに感銘を受け、また、自分の至らなさに苦笑してしまう。
裂けた空間を広げると、そこには豪奢な寝室が広がっていた。綺麗に整えられた立派なベッドが、まるで眠る者を誘うかのように佇んでいる。
「ヨイショ!」
レヴィアは両手をリリアンの方に向け、飛行魔法で持ち上げる。
「きゃぁ!」
驚いて空中で手足をバタバタさせるリリアン。その姿は、まるで宙を泳ぐ人魚のようである。
レヴィアは、そのままリリアンをポーンとベッドに放りだして言った。
「じいさまに『美化すんなってレヴィアが怒ってた』って伝えておくんじゃぞ」
「えー、待って! もう一杯、もう……」
すがるリリアンを無視して、レヴィアは空間をシュッと閉じた。
「これで邪魔者は居なくなったのう、ユータよ」
上目遣いで嬉しそうに笑うレヴィア。
アバドンは、周囲の空気を読んだかのように静かに立ち上がった。
「私はそろそろ失礼します……」
そそくさと魔法陣を描いて中へと消えていってしまう。
「あっ! おい! 待てよ! くぅぅぅ……」
ついに二人きりになってしまった。酔ったレヴィアと二人きりというのは何とも危険な匂いがする。
「あー、そろそろお開きにしましょうか?」
俺はテーブルの上を整理していく。
「あ、お主、あの娘と乳繰り合うつもりじゃな?」
レヴィアは俺をジト目で見た。その眼差しには、いたずらっ子の好奇心が感じられる。
「ドロシーはもう寝ちゃってますから、そんなことしません!」
俺は真っ赤になって、必死に平静を装った。
「なら、起こしてやろう」
レヴィアは人差し指を立てて二階にむける。
「ストーーーーップ!! 疲れているんだから寝かせてあげてください!」
心の中では、ドロシーへの想いが渦巻いているが、寝ている彼女を起こしてまで欲望に身をゆだねるのは違うと思っていた。
「冗談じゃよ。で、あの娘とは今後どうするんじゃ? 結婚するのか?」
レヴィアの質問に、俺は思わず息を呑んだ。その言葉が、心の奥底にある迷いを一気に呼び覚ました。
「そ、それは……」
俺は言葉を失い、考え込んでしまう。まさに今悩んでいることだからだ。胸の内で、様々な感情が渦を巻く。
「私は彼女が大切ですし、ずっと一緒にいたいと思っていますが……、私と一緒にいるとまた必ず命の危険に遭わせてしまいます。大切だからこそ身を引こうかと……」
言葉に詰まりながら、俺は心の内を吐露した。危険と隣り合わせの自分の人生に彼女を巻き込むのはどうしても踏み切れない。
「ふん、つまらん奴じゃ。好きにするがいいが……、人生において大切なことは頭で決めるな、心で決めるんじゃ」
レヴィアは親指で自分の胸を指さし、ウイスキーをゴクリと飲んだ。その仕草には、長い年月を生きてきた者の風格が感じられた。