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「俺は親しい家族もいなくて、家に帰っても広い家にひとりで、誰とも喋れなくて、近寄ってくるのは金の亡者みたいなやつらで、俺を好きとか甘い声で囀(さえず)る女性でさえ、俺の財産とかステータス目当てで。本物の俺を愛してくれる人間は誰もいなかった。もう、精神的におかしくなりそうやった時に『このままじゃ曲が書けないからどうにかしたい』って事務所に必死で訴えた。博人(ひろと)に――本物の自分に戻りたい、と」



あの頃の俺は、事務所に奪われた自由に死ぬほど憧れを抱いていた。

人前でも普通に喋りたいし、売れ筋とかイメージが崩れるとか気にせず、好きに曲や歌詞を書いて創作したいと本気で思っていた。まあ、それは甘い考えやったと今なら思える。でも、それだけ俺は追い詰められていた。――全てのものから。


「その…博人の希望は、事務所は聞いてくれたの?」


「聞いてくれてたら解散なんかしてなかったと思う」


「あ…ごめん。そういうつもりで言ったんじゃないの……」律は申し訳なさそうな顔で目を伏せた。


「いや、そういう嫌味なことを言うつもりじゃなくて。単純に、聞き入れてもらえなかっただけ。そりゃ、事務所からしたら「なにぬるいこと言ってる」って話やんか。儲けてもらうために俺らRBに投資しているんやから、しっかり稼げって腹の底では思ってたはず。だから、誰が聞いてるかわからないところで関西弁でもう喋るな、イメージ崩れる、って言われてしまって。ますます荒れた」


律の手に力が込められた。俺が辛かった気持ちを理解してくれているんだろう。彼女の方が泣きそうになっている。


「だから俺は、ファンがくれる『純粋な愛』にすごく救われてた。中でも、律が送ってくれる手紙をすごく楽しみにしてた。今度はいつ手紙くれんのかな、って、心待ちにしてた。そこには俺への愛しかないから。俺を蝕む悪意から唯一逃れられる空間だったから。それもなかったら、俺、多分もっと早く壊れてたと思う」


なんども読んだ。

繰り返し、繰り返し。


律がくれる手紙は色も綺麗で心が洗われるような空色の便せんで、届くとすぐにわかった。俺はその手紙に、なんど救われただろう。



「そんなに楽しみにしてくれていたんだ」


「ああ。毎月の楽しみだった」


「じゃあもっと書けばよかった。毎日書いても飽きなかったと思う」


「そういえば一番最初のファンレターで報告してくれたよな。『一目惚れしました、貴方が好きになりました』って。手紙と一緒に激固クッキーを送ってくれたよな?」


「ああっ、やめてよそんな話!! あ、あれはっ…若気の至りというかっ…」


見る間に彼女の白い頬に赤みがさしていく。照れる姿でさえかわいく愛おしい。


「あのクッキー、ちゃんと全部食った。歯が折れるかと思ったけどな」


「ごめん…もうそれ記憶から消し去って欲しい事案です……」


恥ずかしそうにする律の髪を撫でた。「そんなに前から、俺のこと好きでいてくれてありがとう」


いつか自分の口で言いたかった。

いつもいつも、俺のことを救ってくれた空色――彼女に、心からの礼を。


「俺が腐っても解散までなんとか持ちこたえて、白斗として頑張れたのは、律のお陰やから」


「え、どうして? 私、なにもしてないよ」


「それは、空色が――お前がくれる手紙が、いつも俺の曲作りや歌詞のことを詳細に褒めてくれたり、細かな感想を送ってくれて、心を込めた気持ちを綺麗な字で綺麗な便せんにしたためてくれて、ほんとうに俺はお前の言葉に救われてた。律はそれをRBの活動を休止するその十年間、欠かさず続けてくれた。そんな女はお前しかいない。デビューの時から変わらない空色の便せんに、変わらない綺麗な字と想いを込めてくれた文。俺にとって、律からのファンレターが一番の心の支えだった」


絶望に苦しむ日々も、お前の手紙で救われた。

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