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「気が付いたら律からの手紙を待ちわびていた。今日は手紙が来てるかなって、無かったら残念に思ったりしてさ。今思えば、顔も見たこと無いお前をいつの間にか好きになってたんやって思う。でも、本物に会ってもっと好きになった。律は俺の理想通りの綺麗な女で、六年も前にRBは解散したのに、今でも俺を忘れず好きでいてくれているってことが判って嬉しかった。そこからはお前が欲しい、愛しいって、常に思うようになった。黙って見守るつもりだったのに、一線超えたら余計に欲しくなった」
「博人……」
「お前が博人(ひろと)って呼んでくれて、めっちゃ俺が嬉しかった理由、わかった?」
「うん……ずっと、苦しかったんだね。気が付かなくてごめん。本当のあなたを…すぐに愛せなくて…ごめん」
律の温もりがある。重ねたてのひらから伝わる。
彼女は受け入れてくれた。白斗(はくと)ではなく、新藤博人としての俺を。こんな俺と人生を共にしてもいいと、そう決意してくれた。
「あと、『Azure』はお前を想って作った曲で、RB白斗の最後の産物やった。律がどんな女性かって考えていたら、メロディーが浮かんできて歌詞が溢れてきて、枯渇(こかつ)の俺が絞り出した、最後に出来た曲でさ。ファンクラブ限定にしたのは、短い歌詞しか作れなかったし、それを売って金に換えるなんてしたくなかった。律を想って作った曲やから」
彼女をぐっと抱き寄せた。「もっと早くお前に会いたかった」
回り道をして、人の道を外れても惹かれ合ってしまったのであれば、この先もう二度と日の目を見ることが叶わないのだとしても、律と一緒にいたい。
たとえ暗い地下牢のようなライブハウスに放り込まれても、そこが地獄だったとしても、俺は構わない。彼女さえ傍にいたらそれでいい。
「博人…」
重ねた手の指先を絡ませた。律と繋がっている。決して放したくない。
「RBの話の続きやけど…バンドが解散になってしまったのは、俺が曲を書けなくなっただけじゃない。もっと人間のドロっとした愛憎劇みたいなことがあったから」
「愛憎劇?」
「ん。剣の彼女が、大栄建設の娘でさ」
「――!」
「これが俺と大栄が繋がったカラクリ」
「あの…聞いてもいいの? RBを解散して…博人が大栄建設で働いているのか、わからなかったから…でも、どうして?」
「剣の彼女の名前は、栄祥子(さかえしょうこ)。彼女は俺に近づくことが目的で剣を利用した。祥子は熱狂的なRB――特に俺のファンだったらしくて、最初は金の力にものを言わせて、メンバーとの飲み会みたいなことを開催して直接俺に近づいてきた。お嬢様は俺のタイプじゃないし、相手にしなかったらいつの間にか剣に取り入って、剣とつき合うようになってた」
祥子のことを思い出した。清純そうな見た目とは裏腹に、異性関係は派手な女性だった。あまりいい噂は聞かなかったが、パッチリと愛らしい瞳と魅惑的な肉体。金をかけて手に入れた容姿で男性にちやほやされていた。
「そんな風に祥子と絡むようになって、二年くらい経った頃かな…。解散前は祥子が毎回スタジオに顔出しに来ててさ。練習や曲作りに集中できないから正直言って邪魔やったけれど、剣の彼女だから大目に見てたことがあって。でも、その頃俺は曲が一切書けなくて、行き詰ってて些細なことでメンバーと口論になって大荒れでさ。スタジオに一人でいたいってメンバー全員帰らせたのに、祥子が戻って来て『辛いなら私が慰めてあげる、ずっと白斗が好きで、私があなたを支えたい。剣とはこれきりで手を切るから』って言われた」
「うそ……」
「それを聞いて、人生で一番怒った。剣は俺の幼馴染で大事な友達で、剣を裏切る片棒を俺に担がせるな、死んでも無理だ、と勢い任せにキレた。普段滅多に喋らない俺がものすごい剣幕で怒ったから、祥子は泣きながらスタジオを飛び出して、そのまま剣の所に駆け込んで腹いせに『俺に犯された』とかデタラメを剣に伝えたんや」
律の指に力が込められた。「ひどい…博人はそんなことぜったいにしないのに…」
「剣は祥子を大切にしていたし、まさか彼女が泣きながら俺を陥れようとする嘘をつくなんて思わなかったから、その言葉を信じてしまって、剣がスタジオに戻って来て――それが事件になった。俺を刺そうと思って、俺を殺すつもりで」
あの時の剣の顔。絶望に染められた色の顔。
――博人…なんで……どうして祥子にひどいことを…ほんとうに、博人がそんなことをしたの?
剣に疑われて、俺の心も絶望に彩られた。唇を噛みしめ、俯くしかできなかった。
――博人を信じていたのに……!!
あの時のことは、一生忘れない。