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「今日は随分豊作だなァ、兄ちゃん。お前も切り裂かれに来たのかァ?」
「……雨好……」
「……お?」
ハサミ男の視点は次第に美王の手中に向く。もちろん片手には大斧。そしてもう片方にはカメラ。
「いいカメラ持ってんねぇ兄ちゃん。撮らなくていいのか?この傑作を」
「雨好……」
美王は呆然とカメラを構える。カメラの中には酷くダメージを受けた雨好が居る。
なぜハサミがここに出たかは分からない。ただ、分かるのは雨好がハサミに殺されたということ、そして、雨好はおそらく……
壊は何らかの方法で現実世界に行ける、というのは美王と雨好の間でもはや常識と化していたが、詳しい発動条件に関しては未だに不明だった。
その条件が先日壊の口によって判明した。
壊は写真に撮ったものを現実世界と行き来できるらしい。
言わば、写真が現実世界との切符、パスポートのようなものなのだ。
壊にカメラを渡された時、美王はそういう意味か、と納得した。
壊は人型怪異(通称姫君と呼ばれている)を味方につけている。そのため、おそらくハサミ男も。
雨好がハサミと交戦していること、そして雨好は負けること。それすらも分かっていたのではないか。
そもそも、雨好を消すといった趣旨の発言をしていたので、雨好は近いうち殺されるだろうと分かっていた。
ハサミと壊が繋がっているなら、ハサミを雨好にけしかけた可能性が高い。
そして、彼はそんな雨好の様子を見に行くように言われた美王にカメラを手渡した。
何かに語り掛けられているような気がする。
声は聞こえないし、姿も見えない。
ハサミは「写真だけ撮りに来たのかァ。つまんねぇな、また来いよ?」と繰り返している。
誰かじゃなくて何かに話しかけられている。
それこそ、”深層心理”に。
雨好の死体を撮れと。
金と友人を天秤にかける、なんてよく聞く言葉だが、美王にとってそれは「金」と即答できる問いだった。
しかし、対象が雨好となっては違う。と、思っていた。
小学校低学年頃に転校してきた雨好。当時はただの男だったっけ。
明らかに体つきに男性っぽさがなくて、女装しているわけでもないのに女性のように見られていた。
実際、彼はあり得ないくらい美形だった。かっこいい方面じゃなくて可愛い方面に。……ホストの美王ですら見惚れてしまうほど。
仕事柄たくさんの美女に出会ってきた。メイクの厚塗りで無理やりそう見せていても、元から天性の美形でも。
それでも、雨好のナチュラルな美しさに嫉妬するほど、何回も見ていても慣れないほどきれいだった。
大きな刃に地面から貫かれている雨好は、生前の血色の良い美しさがだんだんと失われ、人形のようになっている。
このお人形に魂を入れられたらどれだけ幸せだろうか。
たとえ義務的でも、一度惚れた相手が死んでいるなら死体だけでも回収するべきだと思う。
自身を英雄として昇華したいわけでもないが、それだけは人間的に正しい事だと言える。
では、なぜ彼はレンズに雨好を収めているのだろう?
写真を撮ったら何になる?死体を現実世界に送って何になる?疑問が渦巻いている。
世論的にもやっぱりこんなこと辞めるべきだ。しかし、それは単なる美談でしかない。
写真を見た時、美王は「写真で見たより美人!」とはこのことか、と思った。たった一瞬。
そのたった一瞬のために、重い重い罪悪感に苛まれ続けるとも知らずに。
*
何かの奇声によって康明は目を覚ました。
そういえば、”満”の嫌がらせで「魔法少女が一般人のサラリーマンに圧勝し、煽りとしてナポリタンを作り、隣でチワワが発狂する動画」がアラームになっていた。いやどういうことだよ。こっちが聞きたいが。
しかもアラームの時間がいつもより2時間早い。こっちのが困る。康明は一回起きたら寝れなくなるタイプだ。
朝から嫌な気持ちになりつつも、康明は時間を確認する。……5時。死ね、満。
二時間も潰さなきゃいけないので、寝起きで回らない頭でスマホの着信を消化する。
満からはスタ連で999+になっている。何マジで。
店員全体のチャットグループには「春部さんってなんであんなに強いんだろう」。
うわ、と小さく康明は呟いた。
毎日毎日必ずどこかで聞く質問だった。康明は心底この質問が嫌いだ。何故なら答えは「知らない」だから。
康明は実家が神社だから色々詳しい点があったが、かといって戦闘で大いに役に立つわけでもない。
超異力だって、星型レーザーが出せる程度だ。もっと強い能力を持って死んでいった仲間たちを大量に知っている。
康明は運動がとても得意なわけじゃない。ずっと運動部だったため多少は得意よりだろうけど、正直満のが運動できるだろうし。
じゃあなんでそんなに戦闘できるんですか。なんでそんなに強いんですか。
分からない。知らない。何もしてない。
みんなと一緒だ。変わらない。条件は同じ。なんなら、もっと有利な人もいた。
だけど、なぜか勝ててしまったって、気づけば周りがいなくなってたって、それだけ。
葦辺満は典型的なアンチヒーローで、そんな康明を嫌っている。
まだ春部がどんな身の振り方をするか決めていないころに、満からされた例の質問に素直に答えてしまったせいで、ムカつくやつだと思われたのだろう、とても嫌われてしまっている。
実際満と康明は同じ神社で働いていた。康明は実家なので多少優遇気味ではあったが、それでも仕事は等しく与えられていた。
満はいい奴だ。皮肉なことにそれを一番知っているのは康明。
あんなに頑固おやじで排他的な言動をしていた康明の父を、完全な部外者である満が働かせてもらい、給料をもらい、そして平等に仕事を与えてもらうまでこぎつけられたのはやはり根がいいからなんだと思う。
実際要領もよくて仕事では助かることも多かった。
満は康明の生活ぶりも知っていただろうし、康明が満ほど努力していないことも知っていただろう。そのうえで、建前でもいいから「努力をしたから強くなれたんだよ」と言ってほしかった、でも言ってくれなかったからあいつ嫌い、といった具合だろうか。
英雄譚は大抵努力の結晶について謳っているが、世の中には奇跡と言う名の偶然もある。
みんなにはそれを早く理解してほしいが、世間体的に言えない。こういう時世間体は要らないものだと強く感じる。
……二時間なんて潰せないって。
そう痛感した康明は、もう遅刻ならぬ”早刻”覚悟でさっさと予定地に行くことにした。
そう、今日はなぜか店長三人からそれぞれ会議室に来いと言われている。
何の呼び出しなんだろう、という無垢な気持ちで行けるはずもなく。もう目的は知らされている。
「おはようございますー」
「はっや」
「それは須田さんもだと思いますけど……」
「おい早いって春部ー!!」
椅子に座っている須田と同じ空間に居たかの男を見て、康明は非常に残念がった。
まあ、同期の重要発表があるならいるだろうと思ったが、よりによって満が立っていた。
葦辺満。康明との差別化のために伸ばしたらしい黒髪、マッキーで黒く塗ったらしい大幣、元から黒かった破いて半そでにした着物……白い着物で白い大幣、短髪の康明と比べると、まさにアンチヒーローであることが明白だろう。
「どうだ、二時間早いアラームは!!」
「最悪ですよ、まったく」
「俺の攻撃が効いてるみたいだな、そのまま地獄へ堕ちろ、ダボ!!」
満に対し怒っているのは、単純に嫌がらせをしてくる点とあと一つ。
満は康明の父がくれた着物を暑いからと言う理由でびりびりと裂いて半そでチックに改造すると言うヤンキーみたいなことをしているのだ。
まるで神へのリスペクトが感じられない。それがかなりマイナスポイント。まあ康明もそこまで神様に身も心も……みたいなタイプではないが。
「前は良かったのに……」
「大体、俺がこんなになったのはテメーみたいなムカつく奴が居るせいなんだよ。反省して死ねやクソヤロー!」
「僕が死んでどうなるって言うんですか?」
「あのなぁ、テメーみたいな”ユートーセー”は世間様を知らずにのうのうと天才呼ばわりされて生きてきたんだろうけど、みーんなテメーの事が大っ嫌いなんだよ!!全員から嫌われてる大天才様っていう自覚を持った方がいいぜ?テメーが死んだら?みんなが喜ぶよ!!オラ、全員の総意だ、さっさとくたばれ!」
このような罵声を浴びせられることはよくあることで、こんなに本気で嫌っているのに大した嫌がらせをしてこない満も日常茶飯事と化している。罵倒のレパートリーと行動が合っていないように感じるのだが……。
その後も満の罵倒は続き、気づけば時間が過ぎていた。彼のお陰で頭が冴えて来たので、途中からはずっとスマホをいじっていたため時間が早く過ぎ去ったように感じた。
「お、康明に満もおるな。せやったら、さっさと重大発表しよか」
「なんですか重大発表って。まさか、このボケの良いニュースじゃないでしょうね?!」
「いいかどうかは捉え方によるかもしれへんな。重大発表はーー」
「ーー康明に南支店店長を任命することとなった」
一瞬の静寂が身を包む。そして、当然のごとく満の悲鳴が聞こえた。
「ハァァァーーー??!!な、なんでこのクソを?明らかに富良野さんの方がいいですってぇ!!」
「僕もそうは思ってますよ。僕よりも富良野さんの方が強いに決まってますし」
「私もそう思うで」
「え、じゃなんで」
「まだ察しがつかへん?あんまり明言したくないねんけど」
「えっ?……あ」
またもや静寂が訪れた。流石に上司の死に驚いて悼む間に叫ばないらしい。
「そんなこんなで、よろしくな。んで、満を呼んだのは別の目的があってな」
「お、俺も店長っすか?!」
「ちゃうけど……康明が抜けるからもともと彼がおったチームには空きが出るよな。今まで康明がチームを引っ張ってきたと思うけど、今度はあんさんの番や」
「おおお!俺がリーダー!?」
「せやね」
「へっ、見とけよ春部!テメーが居た頃より何倍も成果上げてやるからな!!」
「……変なこと吹き込まないでくださいよ?」
「当然だろ?変なのはテメーの方だからな!」
「そういうところですよ、本当……」
*
「はーい、じゃあ第二選抜スタートや!!」
選抜試験の余韻も残さず、第二選抜が始まる。
ゲームで言ったらPvP、店員同士で戦って順位を決定する。
その順位に応じてチームを決定し、そのチームで怪異を討伐するらしい。
咲としては瓜香や無光と一緒のチームになりたいが、二人の順位に応じて実力を調整するなんて器用なことも出来ないので、とにかく頑張ろうというなんともな目標を持ってきた。
そして、そんな咲の元に刺客が。
「そこの女!私と勝負する、アル!」
刺客はチャイナドレスを着て、お団子をシュシュ?みたいな丸いやつ?でまとめている、ザ・チャイナといった感じの少女だ。
口調までチャイナだ。イントネーションは日本人なのでおそらく日本人が中国っぽくしゃべろうとしているだけらしい。
……あれ、こんな人居たっけ?
瓜香ではない。確実に。流石に瓜香なら分かるだろう。金髪と青い瞳が特徴的だし、何よりハンマーを持っていない。持っている武器はクナイのようだ。
見楽でもなさそうだ。シスター服であまり顔が見えなかったが、こんな顔ではなかった。それに、シスター服を着る様な人が体のラインを強調しがちなチャイナドレスなんて着るだろうか。
となると?いや、桃蘭なわけないだろう。あんな陰キャオタク女にチャイナドレス?
……似合うわけない、よな?
琳桃蘭ってなんか中国チックな名前だな、という第一印象をこのタイミングで思い出した咲は戦慄する。
そう言えばあいつ、趣味はコスプレって言ってたような。嘘だろ。
そしてあいつは三番目に選抜突破していた。あの風貌からは感じられなかったが、そんな勇気、というか強さはどこから出てきたんだろう……。
「え、嘘だと思うけど桃蘭……?」
「誰アル?そいつ!」
よかった。
……えじゃあお前誰?
「私は蘭桃琳アル!一流のコスプレイヤーアルよ!」
「うわーーーーーーー」
自称蘭桃琳?はそう誇らしげに言うと、「自己紹介するアル!」と言い、少し咲から距離をとる。そして、少し声を張り、こう叫び出す。
「五穀豊穣神羅万象!高鳴る波動を波に変えよ!自然の祈りを味方につけ!万里の夢までまっしぐら!」
「あ」
咲はここでオタク幼少期の記憶を思い出した。
全く同じ口上のヒーローものをテレビで見ていたのだ。
中国からやってきた戦士で、竜の力で世界を救う、みたいな内容だった気がする。
見た目も、今思えばとてもそのヒーローだ。それのコスプレだろうか。
名前は確か。
「「チャイナドラグーン・タオ!!」」
「え、知ってるアル?!」
「昔見てたの」
「い、いや昔とはいえかなり前の、しかもドマイナーヒーロー物アルよ?」
「こう見えてオタクだから……」
「えー!?思わぬ収穫アル!ちなみに誰推しアル?」
「チャイナドラグーンは何だかんだ言ってキムっしょ」
「うわー分かってんね!最後の竜の正体がタオって判った時に、キムから最初に『タオを見逃してあげよう』って言ってくれたのはタオ推しとしてもアツかったわー」
「キムタオてぇてぇ」
「キムタオてぇてぇ」
「……あれ口調戻ってね?」
「はっ!ま、間違えたアル!わわわ忘れろアル!!……恥ずかしいしそろそろ戦うアル?」
「え、あ、そうだね?」
「よし、お互いに高めあおうアル!」
「おっし、かかってきな!」
*
「知ってる?2026年に起こるアメリカの大地震で世界恐慌が再び訪れてニューワールドオーダーが起こるんだ~!だから、今のうちに死んどくのが吉だよ~」
ふわふわ系の話し方をしていてやってることがえぐいで有名な吟は、超異力を使用して敵を無理やり自殺に追い込んでいる。
ここで言う敵とは、ガチガチ系の話し方をしていて話の内容がやばいで有名な氷空である。
氷空は術にかかりつつあり、自身のチェーンソーを首にかけそうになりつつも自慢の謎テンションでなんとかしている。
「ニューワールドオーダーの対義語ってオールドビレッジリターンズですかね?」
「え?」
「ニューワールドオーダーの対義語って」
「聞こえなかったわけじゃなくて!!な、なんなの急に~……」
「オールドビレッジリターンズってただの帰省ですね」
「古い村に帰る……確かに。……って違う~!ニューワールドオーダーで世界が崩壊するの~!!”神様”が人間を滅ぼしに来てるんだよ~!」
その時、吟の背後から足音が聞こえた。
ドッドッドッドッといった感じで、力強く大地を踏みしめて走ってくるような感覚がする。
「陰謀論者が……」
「陰謀じゃないって、本当だよ~!」
背後の足音は段々近づいてくる。陰謀論者と口走ったのも足音の主だろう。
姿が見えてきた。氷空はああ、と声を上げる。
……どうやら人数有利になりそうだ。
「神の名を勝手に使うなー!!」
背後から思いっきり吟に平手打ちした少女は、教会のシスター・見楽である。
「貴方の”妄想”に神聖なる神を使わないでください!!」
「妄想~?そんなんじゃないよ~、信頼できる仲間から情報網で聞いたんだから、真実だって!」
「……全く。神の名を冒涜するような方を放ってはおけません!!戦闘はからっきしですが……見楽、行きます!!」
そして、見楽は氷空に目配せする。
「貴方も良ければ!!」
「まぁ……出世したいですし……」
「私は超異力が回復なので攻撃はほぼ出来ません。なので、あなたに戦闘は一任します」
「じゃあ回復は頼みましたよ」
「はい、お任せを。……この方に神のご加護があらんことを!」
「僕も真実を冒涜する異端者には賛同できないな~。間違っている部分は矯正しないとね~?」
「いいえ。私があなたを正します!」
「オールドビレッジにリターンズしましょう」
「な、なんですかそれ……?」
「陰謀の対義語です」
「な、ならば私もオールドビレッジにリターンズします!!」
「何なのこいつら……」