テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第二選抜前夜、瓜香は全くと言っていい程眠れなかった。
最近、咲のことが憎たらしくて仕方がない。
下だと思っていた咲が自分より強いというだけで、瓜香は眠れないほど憎んでいる。
もはや自分が怖い。別に怒りっぽい性格でも嫉妬深い性格でもなかったし、ほんの少しの出来事で感情が動くほど子供じゃない、と思っていた。
しかし実際、瓜香が行おうとしていることによってその考えは打ち消される。
瓜香がやろうとしていること、それは……
瓜香はぐっすり眠っている咲の寝顔に舌打ちしてから部屋を後にする。
時刻は午前二時を回っていた。流石に起きている人はおらず、誰も夜に出歩く瓜香を視認できない。
しめた、と瓜香は小さく呟いた。瓜香としては、誰にも今からすることを見られたくないからだ。
瓜香は中庭に来ている。
とてつもなくいい言い方をすれば、自分の努力を見られたくないタイプと言うべきだろうか。
中庭は選抜試験の会場になった場所だ。おそらく、第二選抜も。
なぜ自分を最も突き動かす感情が怨恨なのか、瓜香は疑問でしかない。
その疑問ももう解消されているか。瓜香がとても嫉妬深い性質だったというだけなのだろう。それを認識したくないだけだ。
「……この辺」
瓜香は会議室からこっそり盗んできたマスキングテープを中庭の芝一本に張り付ける。そして、それを続々と線のように延ばしていく。
ピンク色のマスキングテープは、真夜中でも目立っている。選抜でも目立っているだろう。
瓜香は咲の馬鹿さに賭ける。真っピンクなテープが貼ってある所があればそこに近寄るという行動に。
テープの行先は、中庭を囲うレンガの塀だ。
レンガの塀自体に何かあるわけじゃない。そこにいるあいつを利用する。
東支店で”死神”というあだ名が付けられた葉泣だ。
瓜香はよく中庭にいる葉泣を見つけるのだが、その時大抵レンガの塀の上にいる。そして、下に置いてある案山子を狙撃したり、実物の人間を的代わりにして銃で撃ったりしている。
第二選抜でもそこにいると思われる。
第二選抜は脱落順で順位を決める。すなわち、よっぽどの実力者でない限り葉泣に当たったら積みだ。
瓜香は咲を誘導して葉泣にぶつけるつもりだ。
もちろん、瓜香が咲とこれ以上顔も合わせたくないほど嫌っているからこんなややこしいやり方をしているのであって、これが通じなかった場合瓜香自身が咲と戦いつつ誘導する。
咲は今夜「超異力が今のところ実質なしだ」といった感じのことを話していた。つまり、今の咲はみんなより遅れている。瓜香でも咲に勝てるチャンスだ。
自ら咲を殴っても許されるのは嬉しい事だ。願わくばこのまま殺したいとまで思ったが、死んでしまっては瓜香の”下”としてのうのうと生きてもらうという咲に与えられた使命がまともに機能しなくなる。
実際顔を合わせてしまったら普通に殺してしまいそうだ。葉泣に当てる方が死にそうな気もするが、葉泣は店長らの監視がある限りルールは守ると分かったのでその心配も薄い。だから、こんなにややこしいやり方でいい。
瓜香にはどす黒い感情が渦巻いている。
この前は嫉妬と罪悪感の区別がついていたのに、もはやこの感情に名前も付けられないほど慣れてしまった。
今の瓜香は罪悪感を感じているんだろうか。なくなったんだろうか。
妬みだけで動くようなからっぽな奴になり果ててしまったんだろうか。
分からない。瓜香は昔のお人形さんみたいな純粋潔白な可憐少女ではなくなってしまった。
瓜香が望むことは、咲が堕落し、自分の手のひらの中でくるくると回るお人形さんになること、ただそれだけである。
しかし、悪い事をした人には天罰が下ると言うべきか、瓜香のそばに迫る影、あり。
瓜香ら合格者だけ、奴の存在を知らなかった。
元々真っ黒いマントに身を包み、唯一の人間要素である顔すらも黒い仮面に隠しているその男を、特徴的な手足をしているその男を、店員らはハサミ男、もしくは単にハサミと呼んでいる。
ハサミは瓜香の足を狙って切る。自身の感情に説明をつけるのに必死だった瓜香は対応できず、姿勢を崩して転倒する。
すかさずハサミは瓜香の喉元を狙ってハサミを……突き立てなかった。
少し驚いたように(表情は見えないが)、身体をのけぞらせると、ばつが悪そうにハサミは話を切り出す。
「あー……”間違えた”。ったく、どいつもこいつも似たような髪型しやがって」
「な、何?一体……」
「悪いな、嬢ちゃん。嬢ちゃんみたいな見た目してる別人を殺すように言われてたんだけどよォ、間違えて嬢ちゃんのこと襲っちまった。見逃してやくれねぇかァ?」
「……怪異、なの?」
「ああ、そうだぜ?」
「……間違えたって……」
「嬢ちゃんみたいに長い髪をこう……1つに上で纏めてて?あー、茶髪だったか。俺が持ってる画像だと、モーニングスター持って突っ立ってるな」
「えっ」
この二文字に、瓜香は二つの意味を持たせた。
おそらく咲のことを指している。咲と瓜香を間違えたらしい。暗くてよく見えないのか知らないが、そのミスは咲に嫉妬する瓜香にとってつらい。
とはいえ、咲を殺そうとしている怪異がいるとは。しかも”殺すように言われている”。このハサミとは別に、咲の死を望む依頼主がいるらしい。
これは間違いなく瓜香にとって僥倖になるであろう。
喜びと恨みを兼ね備えた悲鳴を上げた瓜香は、痛みに声が上ずりながらもこう言った。
「なら、さっさと……やっちゃってちょうだいよ」
「お?」
想定外の答えだったのか、ハサミは一瞬固まった。
無論、瓜香はハサミに勝てない。そんなの分かりきっている。彼は気迫というかオーラというか、とにかくその類のものが非常に凶悪な予感をさせている。
そして、ハサミはヘラヘラと笑っているようないつもの口調に戻る。
「それはァ……依頼と捉えていいのかァ?嬢ちゃん」
「えっ……ま、まぁ……」
「二人からも依頼されたら殺すしか」
「ま、待って」
「あ?どうしたァ?」
瓜香は、もはやテンションがおかしくなっていた。
どうせ勝てない怪異と接触し、殺されかけたあげく人違い。
こんなに強力な怪異なら咲なんてイチコロだろう。でも咲は死んでほしくない。
咲が死んだら、瓜香は見下す相手がいなくなる。
咲が嫌いなんじゃない、瓜香より強い咲が嫌いなだけ。
瓜香より弱い、瓜香の見込み通りな雑魚は大好きだが。
「咲……そのターゲットは殺してほしくないの」
「なんでだよ?嬢ちゃんは相当この女が嫌いなようだがァ?」
「……この女を……”殺す以外の方法で出来る限り最悪な目に遭わせて頂戴”」
そう言い切った瞬間、瓜香は何かから解放されたように感じた。
痛みはある。恨みはある。恐怖はある。じゃあ何から?
皮肉なことに、瓜香はここで初めて気づく。
瓜香はほんの少しでも、たった一瞬でも、咲に友情を感じて”いた”ことに。
「面白れェ……!面白れェよ!!分かったよ嬢ちゃん……お前のそのサイアクな依頼、叶えてやるよ」
*
「瓜香、人型怪異に襲われたって本当?」
「本当よ!この傷を見なさいよ」
「うわ、酷い……。右足が切り傷まみれじゃん」
「止血にしばらくかかったわ。おかげで、昨夜はまったく寝れなかったのよ」
「じ、じゃあ……選抜は?」
「……残念だけど、出れないみたいね」
残念だよ、お前の脱落する姿が見れないなんて。
お前の絶望する姿が見れないなんて。
お前を殴ることが出来なくて。
お前を手のひらで転がすことが出来なくて。
「えー、そんな!……まぁでも、安心しなって。私が瓜香の分まで頑張る。なんなら葉泣もぶっ飛ばしちゃうから!」
「あら、そう?頼もしいわね」
「瓜香はちゃんと寝て休みな?私と一緒に戦うためにね」
そんなこと言ってたっけ。
言ってたか。建前で変なことを口走るのはやめてほしい。
一緒に戦うなんてごめんなんだけど。目も合わせたくないわ。
でも一緒に戦って咲がどんなに雑魚か他の人に伝わるならいいや。
「ええ、そうね。一緒に戦いましょう」
その後、瓜香が居る保健室に以前超異力の解析をしてくれた佐鳥が入室する。
佐鳥は瓜香を一瞥し、お疲れ様、と声をかけてから、少し話し始める。
「ハサミにやられたの」
「はい」
「そう……。あの子、何考えてるんだか」
「あの子?」
「あ、今のは忘れて。失言失言」
「……でもね、君、気を付けた方がいいよ」
「はい?」
「……近いうち、君に絶望が訪れる」
*
「『ドラグーン・タイフーン』!!」
「うわっ、なんだそれ?!」
「8話12分2秒付近のタオの技アル!」
「覚えてねぇって初期の技とか!!」
咲は、しばらく桃琳?桃蘭?と戦闘を続けて分かったことがある。
彼女はアクションシーンの技を完全に再現しているのだ。
クナイを持って自由自在に動き回るヒーローショーの技を再現している。
ここまでの再現には人知を超えた身体能力と練習が必要だろう。
現に、咲は桃琳の技に手も足も出ずにひたすら防御に回っている。
あいにく、モーニングスターでは大して防御も出来ない。いつかは攻撃しないといけないのだろうが……。
「ふっ、隙ありアル!!」
「おわっ」
頭ばかり防御していた咲の胴ががら空きなのに気づいたか、桃琳は咲の腰辺りに鋭くクナイを突き刺す。
クナイという小さく軽い武器を使用しているおかげか、あり得ないくらい早く三発ほど同じ場所に叩き込んだ。
しかし、咲はとても単純なので、「いたいことをしてきたひとにしかえしする」速度だけは異常に早い。
よって、一発目で今まで防御していた柄の部分を掴んで、攻撃のため低姿勢になった桃琳の頭を割ろうとするまでに三秒もかからなかった。
痛みで少し狙いが外れたが、桃琳の右肩あたりに鈍器が振り下ろされる。
たまらず桃琳はクナイを離す。しかし、クナイは未だに咲に刺さったままだ。
「いった……!」
「そっ、それは……こっちのセリフだが?」
「……」
「……」
喋ると傷口に負担がかかると分かってか、双方痛む箇所を抑えながら無言のにらみ合いが始まった。
息が荒い。押されていた咲は言わずもがな、ヒーローショーみたく動き続けていた桃琳もだろう。
ただ二人が呼吸するだけの時間が続く。呼吸が整ってきたころ、桃琳から提案がなされた。
「……本気で一騎打ちしないアル?」
「一騎打ちぃ?」
「お互いに武器を持って、一直線に走っていくアル。それで、中央に来たらタイミング勝負で攻撃。攻撃を食らった方が負け、でいいアル?」
「んー……」
咲は一瞬悩んだ。
まず一騎打ちって刃物が相場だろ。
そして当然早い桃琳の方が有利だ。
鈍器持って襲い掛かってる間に走ってきてクナイどーんが目に見えている。
しかし、それはそれとして一騎打ちは楽しそうだ。
咲は正直自分より合格が早いやつと当たった時点で半ば諦めていたので、楽しそうな方に流れてもいいような気がしていた。
だが、なるべく不利な部分は消さなくては。
「いいけど、私は武器重いし、桃琳は武器軽いから、私は距離短めで、桃琳は結構距離とってもらってもいい?」
「分かったアル。”ハンデを乗り越えてこそ、ヒーローは誕生する”、アル」
「中央はここでいいアル?」
そう言って、桃琳は草に巻き付けてあるピンク色のテープを指差す。
こんなのあったっけ?と疑問に思いつつも、特に都合が悪い場所でもなかったので咲はokした。
咲と桃琳のテープまでの距離には、3倍ほどの差がある。
桃琳は足も速い。だから、咲的には先を越したい。むしろ先を越すために距離を調整した。
先にぶん殴れば勝ち。後手になったら負け。シンプルな戦いが幕を開ける。
「じゃあ、いくアルよ」
「うし、絶対勝つ」
「3,2,1」
「ゴー!!」
マリカみたいなスタートをした。
ほんの少しだけ反応が遅れたような気もするが、特に気にしないことにする。
走れ走れ走れ、何度も脳みそにそう命令を送る。
咲は今までの桃琳の行動を反芻する。
まず、とてつもなく早い。気づけば三発叩き込まれるという中々鬼畜な攻撃をしてくる。
咲のトンでも反射神経がなければおそらく一発K.O.だっただろう。
しかし、咲にだって勝算はある。
桃琳は毎回低姿勢から攻撃するのだ。
基になっているタオも低姿勢からの攻撃が多くて”地味ヒーロー”というあだ名がファンからつけられていたように、攻撃のレパートリーが少ない上に派手なアクションシーンもないのが特徴だった。
一流コスプレイヤー・蘭桃琳も忠実にそれを再現しているとするなら、今回も低姿勢で来る。
じゃあ何をするのか?そんなの簡単だ。
「『ドラグーン・ハリケーン』!!って……いない?」
「序盤技ばっか使ってくんじゃねぇー!!」
「えっ、う、上……?!」
ジャンプして桃琳を避けつつ、殴る。
「『ドラグーン・エクスプレス』!!なんつって」
「やっ、ばい……!」
*
「速く自殺しよ、それでみんなでノアの箱舟に乗るんだ~!」
「ぐっ、本性を現したな、この悪魔め!!神を冒涜した罪は重いですよッ……!!」
「……中々厳しいですね」
現在、吟の能力から逃れる方法を模索している。
自殺させるなんて強力な能力には何かしらのデメリットがあるはずなのだが、それが全くもって見つからない。
そんな時、見楽が自身の首を絞めつつもそっと氷空に耳打ちする。
「さっき、奴は私の平手打ちで沈みませんでした?」
「あ、確かに。攻撃自体は効くんですかね」
「だとしたら話は早いです。私の攻撃は大して威力がないので、貴方のその武器で奴を」
「えぇ……俺も今自殺したくてたまらないんですが」
「……おそらく、奴は真っ先に喧嘩を売ってきた私にキレてるはずなので、貴方にはそこまでたくさん攻撃は来ません」
「まあいいですけど……」
氷空の能力は難しさに反して汎用性が高い。さっきから「自殺を阻止する」という行動に指定して再装填せずに動いている。
このおかげで、氷空は自身の首を絞めることもなくなっている。見楽の方はもう長くなさそうだが。
囮になってもらっている状態と言えるだろうか。別にキリスト教信者でもないし余裕で無神論者だが、陰謀論者とどっちを助けたいかと言えばシスターに軍配が上がるだろうし、さっさと陰謀論者を片付けることにした。
行動指定は「走る」。背後をとってチェンソーする。
流石は陰謀論者。迫りくる陰謀に頭がいっぱいらしく背後に気付けない。
たとえチェーンソーの爆音が流れていようとも。
吟を討伐した氷空は、同時に首の絞めすぎで酸欠となり倒れた見楽も発見する。
顔を突っ伏しながらも親指を立てて「ナイス!」と伝えている。
回収班が担架を持ってきた。二人とチャイナ服の女が搬送されている。……あんなのいたっけ?
ともあれ、氷空はしばらく暇になった。「自殺を止める」行動指定の代償が今になって効いてきていて、ろくに動けない。
見ると、選抜試験の馬鹿女が走って行っている。こちらに気付いて手を振ってきたので、それとなく振り返すと近づいてきた。
「メガネ!大丈夫?」
「大丈夫に見えるんですか、貴方の目は節穴なんですね」
「なんで決めつけてんだよ!……氷空、あれ見て。なんかピンク色のテープが一列に並んでんの」
「あ、本当ですね。それがどうかしました?」
「追ってみない?」
「えぇ……」
「だって夢しかないじゃんか!お宝が眠ってるかもよ」
「罠かもと考えてみればいいものを」
「いやいやいや、お宝説の方が濃厚でしょ。一緒に来てよ、氷空」
「嫌ですけど」
そんな会話をしているうち、二発の銃声が響いた。
*
後何人消せば雑魚がいなくなる?
眼前から消えてほしいだけであって本気で殺せるわけなどないが、願わくば殺したい。
いつもの場所に立ちながら、吐き気を催す雑魚共の目視数を確認する。
見た感じ、ほとんど雑魚は滅されたらしい。雑魚共のレベルで戦って嬉しそうに勝って悔しそうに負けて。どうしてそんな低レベルな戦いで喜べるのか疑問だ。
何かが背後に着地した。来たぞ、最後の雑魚兼最後の希望が。
背後をとるという雑魚がやりがちなイキるための行動を行った男は、長い白髪にコート姿という一目見たら忘れられないような恰好をしている。
同じ部屋の奴か。二番目だから実力者だ、なんてちやほやされていたが、所詮雑魚だろう。
今まで、そうやって期待してきた奴は大抵雑魚だった。誰も葉泣に傷つけられず散っていった。
異力の量がかなり高い。無駄に力を持った雑魚か。
今回はなんだか違う気がする。……気のせいだろうが。