テラーノベル
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次の日、スタジオ入りすると、柔太朗はスタッフの何人かと立ち話をしていた。
衣装の話だろうか。それとも全然違う話なのか、身振りを交えながら笑っている。
その輪の真ん中で、柔太朗が楽しそうに目を細めていた。
あいつ、意外と誰とでも自然に話せるよな。昔はあんなに人見知りだったのに。
そう思いながら見ていると、こちらに気付いた柔太朗が、スタッフが話しているのを遮らないように軽く手を振ってきた。
手を上げてそれに応えると、いつもと変わらない笑顔。さっきまでスタッフに向けていた笑顔と、何も違わない。
当たり前だ。
当たり前なのに。
「おはよ」
空気が読めないふりをしてわざと大きく返した声は、少しだけ拗ねたような響きになってしまって、我ながら子どもみたいだった。
⸻
グループでの仕事が終わって、今日もひとり、このあとはドラマ撮影に向かう。
「じゃあね」
柔太朗もソロの仕事があるらしく、別の車へひとり乗り込む。
窓を開けて、小さく手を振り合ってから車が走り出す。
窓の外を流れる街並みをぼんやり眺めながら、何かを置いてきてしまったような気がしていた。
忘れ物なんて、あるはずないのに。
⸻
深夜に帰宅して、どろどろに疲れた体を引き摺り、何とかシャワーを浴びてからソファへ倒れ込む。
静かな部屋だった。
スマホをケーブルにつないで、小さな充電開始音を聞いたとき、ふと気付く。
……そういえば今日、柔太朗から一回も呼ばれてない。
「はやちゃん」
耳の奥で思い出す、あの穏やかな声。
静かな部屋で耳を澄ませても、聞こえるはずがない。
無意識にスマホへ手を伸ばしかけて、途中で止める。
苦笑してソファに深く沈んだ。
「……疲れてんな」
そう呟いた声だけが、
誰もいない部屋に、小さく溶けていった。
眠りひめ
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コメント
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ああ、このエピソード、すごく好きです。「はやちゃん」って呼ばれなくなったことに気づく瞬間の、静かな切なさが刺さりました。しかもその呼び名が一度も作中で直接出てこないまま、記憶の中だけで再生される——その描き方、巧いなあと。誰に対しても同じ笑顔を向ける柔太朗と、その“同じ”に違和感を覚える主人公の温度差。何かを“置き去りにしてしまった”感覚が、深夜の静かな部屋の描写に溶けていて、読後もずっと胸に残ります。