コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
番外編:夜を分けあう
夜の静けさが、まるで世界を包んでいた。
街の灯りは遠く、部屋の中にはモニターの余熱だけが残っている。
その淡い光の中で、ふたりは向かい合っていた。
「……さっきの言葉、ほんとに覚えてる?」
ローレンの低い声が、静かに空気を揺らした。
葛葉は少し息を呑んで笑う。
「どの言葉だよ。お前、最近やたら真面目じゃね?」
「“俺もお前が大事だ”ってやつ」
その一言で、軽口の逃げ道がふっと消えた。
葛葉は言葉を飲み込み、
ほんの一瞬だけ目をそらす。
「……覚えてるよ」
声は小さく、でも確かだった。
ローレンが一歩近づく。
葛葉の背中が壁に当たる。
距離は、もう息ひとつ分。
「嘘つかないでよ」
「ついてねぇ」
静かな声と声がぶつかって、
そのまま空気が溶けていった。
葛葉の指先が、ローレンの頬をなぞる。
その動きはゆっくりで、確かめるように。
ローレンの肌がほんのり熱を帯び、
その熱が葛葉の手のひらへ伝わっていく。
「……やっぱ、ずるい」
葛葉が息を吐くように言う。
「そんな顔されたら、止まれねぇだろ」
ローレンは笑わない。
ただ、目を細めて小さく囁いた。
「止まらなくていいよ」
その瞬間、世界がゆっくりと沈んでいくようだった。
照明を落とした部屋の中、
互いの呼吸が重なり合っていく。
触れたのは、指。
その次に頬。
そして、言葉よりも先に――唇が触れた。
短くて、少し震えるようなキスだった。
でも、そこにはすべてが詰まっていた。
孤独も、焦がれる想いも、
言えなかった気持ちも。
葛葉は目を閉じながら、
ローレンの首筋に額を預けた。
静かに、息を整える。
「……なぁ」
「うん」
「お前がいると、俺、人間に戻る気がすんだよ」
「それなら、ずっとそばにいるよ」
短い返事。
でもそれが、葛葉には十分すぎるほど重たかった。
二人は何も言わず、
ただ、互いの体温を確かめ合うように寄り添った。
言葉よりも、ぬくもりがすべてを語っていた。
夜が静かに流れ、
外の世界がまだ夢の中に沈むころ、
彼らの心だけが確かに重なっていた。