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ホワイト・バイソンを狩った翌日―――
解体と配分量が決まり、公都の各店舗に肉が
出回り始め……
それ目当てでどこの料理店も盛況となった。
私も朝食は屋敷で家族と一緒に取るが―――
昼食・夕食は仕事帰りに中央地区の宿屋
『クラン』でする事が多く、
そのために店を訪れたのだが……
「んー♪
こんなの食べた事ない……
全部食べてしまうのが、もったいない
くらいです」
喧騒とは別に、店内が一人の人物を中心に
ざわついていた。
透き通るようなミドルショートの白い髪をした
12・3才くらいの外見の少女は―――
冬にしては露出の多い衣装も相まって、
否が応でも目を引き……
さらには、すでに5・6人前は食べたであろう
空になった器や皿がその異常さを現していた。
そこへここの女将さんである、40過ぎの
髪を後ろでまとめた女性がやって来て、
「ああ、やっと来たかい。
あんたにお客さんだよ」
「?? 誰が? どこに?」
とはいえ、目星はついているのだが、
一応聞き返す。
「あの良く食べるお嬢ちゃんだよ。
……知り合いじゃないのかい?」
私は首を左右に振る。
さらに、黒髪セミロングとロングの妻2人も、
「私も見た事ないねー」
「あやつはシンを知っておるのか?」
「ピュ?」
そこでクレアージュさんはヒソヒソ声になり、
「(この町にシンという人、いますか?
って訪ねてきたもんだから……
ついあんたの知り合いかと思って)」
「(まあ、敵意は無さそうですし―――
どこかで名前を知ったのかも知れません。
ちょっと対応してきますね)」
そう言うと、私と家族は『彼女』の座る
テーブルまで向かい、視線を合わせる。
「あれ? もしかしてシンさん?」
食べるのを止めて、立ったままのこちらを
見上げる。
「確かに私がシンだけど―――
君とはどこかで会ったかな」
「ううん。こうやって会うのは初めてだけど、
『水のコ』から聞いてたんだー。
面白い人間がいるって」
水のコ……
名前じゃないだろうし、恐らくは彼女の友人か
何かだろうけど―――
そんな人とどこかで会ったっけ?
と記憶を検索していると、
「もしかして、水精霊のコト?」
「あのラミア族の住処のか」
メルとアルテリーゼがその答えに先に行き着く。
「そーなの。
そういう貴女たちはシンさんの奥さんたちね。
一人はドラゴンって聞いてたけど……
本当だわー。
珍しい事もあるものね」
相手をドラゴンと認め、かつ動じる事なく
会話を進める。
「えっと、彼女の知り合いっていう事は―――
貴女も精霊という事?」
「うん、わらわは氷の精霊。
どうぞよろしく」
ペコリと頭を下げる彼女に、つられてこちらも
あいさつする。
しかし―――
氷の精霊というには……
並んでいる料理はどれもこれも熱いものだ。
食べても大丈夫なのだろうか?
と、私の視線に気付いたのか彼女は持っていた
スプーンを振り、
「熱いのは別に平気なの。
人間並みにはね。
まあそもそも、食べる必要も無いんだけど」
それを聞いてズルッと力が抜ける。
「いやいや……」
「ではなぜ、そんなに遠慮なく食べておるのだ」
「ピュウ」
家族も呆れながら疑問を口にする。
「精霊は基本的に食べなくてもいいんだけど、
眷属のコがケガしちゃってね。
それで力を取り戻すためにちょっと食べさせて
もらったんだけど、つい美味しくて」
正直に話す彼女に思わず苦笑で答える。
「ん? でも眷属ってどこに?」
私の問いに、少女は黙って両目をつむると―――
テーブルの上に、光り輝くフクロウが現れた。
大きさはまるで人形のような、10cmにも
見たない体のそれが3羽立っている。
「そういえばお礼がまだでした。
このコを助けて頂いて、ありがとうございます」
すると妻2人がフクロウたちをじっと見つめ、
「もしかしてあの時の?」
「フム、確かに魔力や気配は同じものじゃ」
小さいが、あの時2人が助けたフクロウだったと
したら……
それに眷属とも言ってたし、生肉を食べなかった
のも納得出来る。
「しかし、私たちが会った水精霊様はこう、
もっと小さな感じでしたけど。
精霊によって大きさが異なるんですか?」
水精霊様は確か30cmくらいだったはず。
でも目の前にいる氷の精霊様は、年相応の
人間くらいあり―――
「大きさはあまり関係ないの。
でも、力を使い過ぎちゃっている時は別。
水のコはあの時、ケルピーとか出してたでしょ?
あのコも慌て者だから」
そういえば当初は誤解されて襲われそうになって
いたんだよな。
無効化して何とか事なきを得たけど。
「で、さ。
シンに会いに来た理由って?」
「水精霊の時のように、勘違いで来たわけでは
ないようだが」
妻の問いに、氷の精霊は急に両腕を組んで
難しい表情になり、
「最初は興味本位で探していたの。
だって、こんなに新しく美味しい料理を次々と
作る冒険者―――
それにドラゴンの奥さんもいるなんて、ここ
数百年の間で一番面白そうな事だったから。
でもね、ここに来る間に妙な気配があったんだ」
「?? と言うと?」
その質問に答える前に、彼女は果汁入りサイダーを
グイッと飲んで、
「わかんないけど、知っている気配だった。
それがここから北の方へ飛んで行ってね。
ちょっと気になったの」
まだ他に精霊がいたのかな……?
いや、それなら精霊と言うだろう。
水精霊の知り合いだと当人が明かして
いるのだから。
「危険なものですか?」
すると彼女は首を左右に振り、
「そういうのは感じられなかったの。
だから余計に気になって。
確かめられるものならそうしたいけど、
まあそれは別にして―――
しばらくここに置いてもらえたら嬉しい、かな」
その申し出に家族に視線を向けると―――
『もう慣れた』という感じの表情が返ってきて……
人間の姿になっている時は、氷や寒い環境も
別段必要無いとの事で、ひとまず児童預かり所で
寝泊まりしてもらう事になった。
取り敢えず『クラン』に彼女の食べた食事代を
払い、目的地へと向かう。
これで一段落、と思ったのだが……
「あぁん可愛い!
何このコ、本物のお人形さんみたい!」
「こんな格好で寒かったでしょう?
私たちが温めてあ・げ・る♪
ホラ、ラッチちゃんも!」
児童預かり所に事の次第を報告しようと
足を踏み入れた途端―――
氷の精霊様は、金髪を腰まで伸ばした女性と、
黒髪のミドルショートの女性にラッチと共に
捕まり……
その『洗礼』を受けていた。
「サシャさんにジェレミエルさん?
いつ公都へ」
私の問いに、2人とも氷精霊様とラッチを
ガッチリとホールドして離さないまま、
「『急進派』の人間がこの公都へ向かったと
聞きまして」
「本部長命令で様子見に来ましたハァハァ」
それを呆れながら妻2人は見ていたが、
「ギルド長には報告したの?」
「そういえば―――
何か我らにも報告があって然るべきだと
思うが」
メルとアルテリーゼの言葉に、彼女たちは
一瞬固まって
「エート……
まずは子供たちの安全確認が最優先かと
思いまして」
「そう、これは優先順位に従ったまで―――
決して魔狼の赤ちゃんを見たいモフモフしたい
という欲望に突き動かされたワケでは……!」
「ひとまずギルド支部に行きますよ。
メル、アルテリーゼ」
私と視線が合うと、2人してコクリとうなずき、
氷精霊様の報告も兼ねて―――
サシャさんとジェレミエルさんを冒険者ギルドへと
連行した。
「水精霊様の知り合い―――
の氷精霊様ッスか。
まあそれはそれとして」
「『急進派』については……
2人とも牢屋で改心しているっぽいですよ」
黒髪・褐色肌の青年と丸眼鏡・ライトグリーンの
ショートヘアの女性が支部長室で出迎える。
レイド夫妻が応対してくれ、ここ最近の
大まかな情報交換と共有を行い―――
公都へ来た目的がすでに解決済みだと知った
2人は、ホッとため息をついた。
「冒険者ギルドに登録している人に、
手を出そうとしたんですか」
サシャさんがその長い金髪の先を、手で
くるくると回し、
「魔狼も登録済みでしたか……
アルテリーゼさんという前例もありますし、
それを知らなかったのは単に向こうの
落ち度です。
それならギルド権限でカタが付きますし」
ジェレミエルさんが眼鏡をくい、と直しながら
書類に目を通す。
「そういえばさー」
「ここの主はどこへ行ったのじゃ?」
妻2人が、ギルド長がいない事を指摘する。
(ラッチは児童預かり所に置いてきた)
「町長代理―――
じゃなくって、公都長代理のところへ
行ってるッス」
「ほら、シンさんの言っていた例の
『こんさあと』の開催日について」
あー、もう相談に行ってくれているのか。
そういうえばクーロウさんも、町から公都に
なった事で、役職が変わったんだよな。
あとは本当の町長―――
バウエル・トング準男爵も、公都長に
なったわけか……
そんな事を考えていると、
「『こんさあと』……ですか?」
「シンさんが言っていた事だとすると―――
やはり異世界の物で?」
そりゃ質問は来るよなあ、と―――
さらなる説明と情報共有のために頭をフル回転
させていると、扉がノックされ、
「おうシン、来ていたのか。
『こんさあと』の日程が決まったぞ。
……何だ、本部の連中もいるじゃねえか」
そこに現れたジャンさんにより―――
コンサートの説明と、決められた日程が
話される事になった。
「5日後ッスか」
「急と言えば急ですね。
でもみんな娯楽に飢えているし―――」
ギルドに戻ってきたジャンさんにより、
体育館にあたる施設での開催が決まった事を
伝えられた。
彼が公都長代理のクーロウさん・楽団代表の
ミラントさんと話し合ったその場には……
ドーン伯爵様の長男、ギリアス様もおり、
楽曲の種類があるとわかれば、父親に殺到している
結婚式・催しの相談も緩和されるのでは、と……
全面的な協力を約束してくれたらしい。
しかし―――
「その日程となりますと……」
「王都の人間は間に合いませんね」
サシャさんとジェレミエルさんが、期日の
短さを指摘する。
ワイバーンライダーにより、通達は1日あれば
十分だが―――
王都から馬車で移動するにはギリギリの期間だ。
「だからだよ。
また結婚式の時みたいに人が集まっちまったら、
食料の問題が出てくるからな」
なるほど。
それを見越しての5日間なのか。
「それはそれとしてさー、シン」
「子供たちの方は大丈夫なのか?」
演奏する子供たちを心配しての質問だろう。
私はメルとアルテリーゼに向かい、
「もう一通りは覚えたっぽいよ。
一曲一曲は短いし、難しい曲は楽団の人が
やると思うから」
何も全曲子供たちが演奏するわけではない。
楽団による新曲のお披露目も兼ねているのだ。
「でよ、シン。
後で楽団の方からも話が行くと思うが、
児童預かり所の方にも伝えてきてくれねーか?
どうせラッチを引き取りに行くんだろ?」
こうしてギルド長の頼みを受けて―――
私たちは指定の場所へと向かう事にした。
15分ほど後……
私は家族と共に、児童預かり所の応接室で
50代前半の女性と向かい合っていた。
「というわけですので……
子供たちに伝えて頂けますか?」
「ええ、わかりましたわ」
所長であるリベラさんは書き留めながら
返答し―――
その横で、氷精霊様も並んで聞いていた。
「何それ面白そう。
わらわも聞いていいの?」
「もちろんですよ。
何なら演奏に参加しますか?」
何気なく軽く答える私を、妻2人がたしなめる。
「いやいや、精霊様もなんて……」
「お祭り感覚であろうが―――
本来は祭られ崇められる側であろう?」
「ピュウ」
さすがにばつが悪く、私は話の方向性を変えるため
精霊様に話を振る。
「あの、それで……
この公都での異変、何かわかりそうですか?」
「しばらくは留まっていたみたいなんだけど、
もう気配は跡形も無いの。
あちこち回って、確かめてみるつもり」
それを聞いた後、私はリベラさんに改めて
向き直って、
「ではあの、氷精霊様の事―――
よろしくお願いします」
「ええ、ギルドにもよろしくね」
少し困ったような笑顔のリベラさんに何度も
頭を下げ、私は家族と共に児童預かり所を
後にした。
翌日―――
私は『ガッコウ』施設の調理実習の
スペースにいた。
コンサート打ち上げの際、何かご褒美にと
新しいスイーツを考えていたのだ。
公都の西側の新規開拓地区に住んでいる、
貴族や商人お抱えの料理人も、噂を聞きつけたのか
やって来て、私の一挙手一投足に注目する。
正直、やりづらいのだが……
富裕層地区の彼らがいろいろ注文したり、仕事も
頼んでくれるので雇用が成り立っている。
なので、無下な態度を取る事も出来なかった。
「それじゃあ始めます」
「はい!」
「はい、シン殿!」
まるで私が号令したかのように、料理人たちが
背筋をピンと伸ばす。
そして材料がテーブルの上に並べられた。
「卵に、お湯―――
これはあのメープルシロップから作られた
シュガーですか」
今回作るのは、茶碗蒸しのようなものだ。
卵、だし汁を用意し―――
それをかき混ぜた後に蒸し器で蒸す。
それだけだが、今回作るのは『ようなもの』。
厳密には茶碗蒸しではない。
まずはだし汁の代わりに……
ザラメ状のメープルシロップシュガーをお湯に
混ぜて、砂糖水を作る。
そして、それとは別に卵をかき混ぜるのだが、
「お箸を使って、そーっとかき混ぜてください。
泡立てないように……」
私の作業を見ながら、料理人たちが慎重に
卵をかき混ぜていく。
こればかりは、身体強化を使っての作業は
出来ない。
ゆっくり優しくかき混ぜるのだ。
その後、砂糖水を入れてさらにかき混ぜる。
この作業も泡立てないよう、時間をかけて。
「神経を使いますね、この料理は……」
「まあ見た目の問題なので、泡立てても
別に構わないんですけどね」
私が和まそうとしてくだけた話し方をすると、
「と、とんでもありませんっ!」
「全てはシン殿の指示通りに!!」
こういう反応しかされず―――
味見のために来ていた妻2人に視線を向けると、
苦笑された。
出来上がった卵と砂糖水の混ざったそれを、
蒸し器に入れて蒸す事10分ほど……
5分ほど冷ました後―――
茶髪のミドルロングをしたファリスさん、
赤茶のポニーテールをしたスーリヤさん、
ライトグリーンのショートカットをした
ラムザさん……
氷魔法の使い手3人組によって、氷がその場で
支給され、小さな箱に氷ごと料理を入れて
冷やされていく。
そして出来上がった、『冷えた茶碗蒸し』のような
料理だが―――
各自スプーンを渡され、いざ試食となった。
「―――!」
「これは……
何というなめらかでまろやかな」
「あのメレンゲよりもしっかりと卵の味が
あり―――
一度熱を通しているためか食感が……!」
これは、言ってみれば『プリン』の代用品だ。
乳製品が無いので、そちらは作れないと判断し……
甘くした茶碗蒸しを冷やして、その代わりにして
みたのだ。
私からすると、歯応えのある甘い冷えた
『茶碗蒸し』だが―――
シュガーを使えるようになった事で、
新しいスイーツになるだろう。
「フルーツと一緒に食べてもよさそうですね」
「同じ卵として、メレンゲも付ければ―――」
職人魂に火が付いたのか、料理人たちは
すでに創作・改良に向けて語り出すが、
女性陣はというと……
「甘ーいっ!!」
「卵が甘いとこうも美味しくなるのか!?」
「ピュ~っ!!」
メル・アルテリーゼ・ラッチが叫び、
「甘っ!!」byファリス
「うまっ!! 甘い卵うまっ!!」byスーリヤ
「甘い! 美味しい! うまい!!」byラムザ
続けて氷魔法の使い手3人組も―――
夢中になって頬張る。
スイーツが女性に好評価というのは、どこの
世界でも変わらないと思うが……
食べ物全般に対しては、こちらの世界の女性の方が
執着が強いような気がする。
まあ思っても口には出さないけど―――
そこで私は料理人たちへ振り向いて、
「一応これ、コンサートの後の打ち上げで
披露しようと思っていますので……
それまでは内緒にしておいてください」
「はい! それはもう!!」
「命に賭けても、余計な事はしゃべりません!!」
別にそこまでの事では無いんだけど……
あと4日間待てばいいだけの話だし。
「あの、屋敷に戻って練習とか―――
そういうのは構いませんから。
ただ、まだ大っぴらにして欲しくないだけで」
一応こう言っておけば、それぞれの屋敷に
帰ってから引きこもり……
もとい料理に専念するだろう、多分。
こうして私は家族と『ガッコウ』施設を離れ―――
屋敷に戻る前に、宿屋『クラン』で一休みする
事にした。
「おや、氷精霊様」
「あ、シンさん」
そこには、チャーシューメン……
もとい肉入りラーメンを食す精霊の少女の
姿があった。
「また食べているの?」
「児童預かり所でも食事は出ておろうに」
「ピュ~」
妻とラッチも、慣れと達観の間の感情で
感想を口にする。
彼女はミドルショートの、透明に近い白髪を
なびかせながら
「だってココが一番美味しいのがいけないの。
……それに、児童預かり所にいると
すぐ抱き着いてくる女性がいるから」
ホントにあの2人は見境無いなー……
と思いつつ、家族分の炭酸ジュースを頼んで
一緒の席に着く。
「まあ、最初に会った時のように、大量に
食べてはいないようなので―――
そこは助かりますけど」
彼女の前には一人前の料理しかない。
食べなくてもいいと言っていたし、そこは
セーブしてくれているのだろう。
「え? ここって―――
食べる物がいっぱいあるんじゃないの?」
首を傾げて聞いてくる少女に、
「野菜や卵、魚はいいんだけどねー」
「肉は外で狩ってくるしか無いからのう。
今は冬場で、獲物もそうそう動いておらんし」
「ピュ!」
サイダーを飲みつつ、メルとアルテリーゼが
実情を話す。
それを聞いた氷精霊は両腕を組んで、
「そうなんだ。
じゃあさー、ウサギ狩ってくれない?」
「ウサギ?」
突然の提案に、思わず聞き返す。
「わらわは氷の精霊だから、冬の間はどこでも
動けるんだけど―――
普段はここから北の、ある山にいるの」
そういえば水精霊様も、ラミア族の住処の湖を
中心に、治めているとか言ってたな。
「その山でウサギに迷惑しているとか?」
「でもウサギといえば、あのピョンピョン跳ねる
動物じゃろ?
獲物にしてはちと物足りないような」
確かに、公都の人口はすでに千人を超えて
いるしなあ。
数羽捕まえた程度でどうなるものでもない。
「数は多いんですか?」
「あんなのがたくさんいたらたまんないよー」
?? どうも話がかみ合わない気がするが……
「まあ、それなりに数はいるんじゃない?」
「狩ってくれと言われている事だし―――
何もしないよりはマシだろうて。
シャンタルも連れて行けば、それなりに
数を狩れるであろう」
「ピュー」
こうして、ドラゴン組を中心として―――
氷精霊の住まう山へと向かう事になった。
2日後……
『狩り』を持ち掛けられた翌日、パック夫妻と
連絡を取り―――
約1日かけて彼女の言う山へと到着した。
「ちなみに、どれだけ狩っていいんですか?」
「運べるなら何羽でもー」
氷精霊様を先頭に、雪山へ分け入って
行くが―――
やはり会話がかみ合わない気がする。
「いやでも、ドラゴンがいるんですよ?
それも2人も」
「以前、ジャイアント・バイパーを
アルテリーゼと運んだ事はありますが……
いったいどれくらいいるんですか?」
シルバーのセミロングとロングの髪を持つ
夫妻が、ツッコミを入れる。
話の端々から―――
どうも通常のウサギではないだろう事は、
薄々感じ取っていた。
しかしウサギである。
地球にも大きな種類はいるが、それでも
1メートル超くらいだ。
それなら、まとめて縛れば30羽くらいは
余裕だろう……
と思っていると、先頭の彼女が止まった。
「あれだよ」
「え? どこに?」
一面白銀の世界で、生き物の姿は見えない。
地形的に盛り上がった丘を中心に、ところどころに
雪を被った木々や、岩が見えるが……
それらしき動物はどこにも―――
と、目の前の『丘』がゆっくりと動いた気がした。
「ちょ―――」
「まさか!?
2人とも、乗れい!」
妻2人が声を上げると同時に、1人がドラゴンの
姿になる。
パックさんもドラゴンになったシャンタルさんの
背に乗って、空中へ避難した。
その横には、眷属のフクロウを従えた
氷精霊様もいて―――
「うわあ、こんなに大きくなっちゃったんだー」
何て言うかスケールが違う。
以前マウンテン・ベアーを倒した事があるが、
あれでも立ち上がって7・8メートルほど。
さらにそれを一回りほど上回る大きさで―――
「あんなウサギが、氷精霊様の山に
住んでいるんですか!?」
「わらわの影響を受けるのか、たまに……
特に寒さが厳しい日に、巨大化しちゃうコが
いるの。
と言ってもあれほどの大きさのコは、
ここ数十年ほど見た事はないかなー」
パックさんの質問に彼女はさらっと答える。
そして続けて、
「春になれば元の大きさに戻るんだけど、
その間に木を倒したりして、わらわの山が
荒らされてしまうんだよ。
だから出来れば狩って欲しいの」
ふーむ……
害獣駆除の依頼みたいなものか。
しかし問題がある。
「アルテリーゼ、シャンタルさん。
あれ運べますか?」
2頭のドラゴンは空中で顔を見合わせて、
「一人なら厳しかったが―――」
「ジャイアント・バイパーの時のように、
息を合わせて持っていくしかないでしょうね」
その答えに、同じく空中にいた氷精霊様が
きょとんとして、
「あのう、どうやって倒すの?」
うん、まずはそこだろう。
だがその手順は私がいる以上、すっ飛ばされる。
「シンに任せておけばすぐ終わるから。
精霊様は、上空で待機しててね」
メルがそう言うと、アルテリーゼが下降し始め……
そして大怪獣ウサギの近くに私が降ろされた。
「うーむ……」
ドラゴンの気配に押されて、逃げられると
厄介なので、すぐにアルテリーゼはメルを乗せて
その場を離れ―――
10メートルほど先。
私はそこにある小高い『山』を視認する。
真っ白で、かつ生き物が持つ熱を感じさせる山。
生物だから当たり前なのだが……
改めてその大きさに呆れかえる。
『それ』がぐるりと振り向き、それだけで周囲の
木々をなぎ倒し、地響きが起こる。
そして大怪獣ウサギとご対面した。
丸っこい目にげっ歯類独特の歯。
体を覆う真っ白な毛並み。
そして可愛らしく愛嬌のある顔―――
などというものはなく。
学校やペットショップで売っているウサギは、
人間が家畜用に交配させたもの。
いわば自然にいる種ではない。
ウサギに限らず、野生の種というのは無駄を
削ぎ落した体をしている。
そして狂暴だ。人間視点で見れば―――
例え肉食ではなくとも、その牙や爪、そして
脚力は身を守る武器だ。
弱肉強食。食べられはしないだろうが、弱い個体に
対して彼らが『譲る』ような事はしない。
自分を見ても逃げない人間。
小さな、ましてや魔力の無い自分など―――
『排除対象』だろう。
ダン!! と大きな音と共にウサギは後ろ足で
大地を蹴って―――
一息で15メートルほど上空へと舞う。
巨大な質量を利用してのボディプレス。
最もシンプルで確実な方法だろう。だが……
「その巨体にして、その手足で―――
高く跳ねる事など
・・・・・
あり得ない」
そう私が小声でつぶやいた瞬間―――
空中で巨大な体が体勢を変える。
多分、前足から着地するつもりだったの
だろうが……
重力の洗礼がその手足の比率に対して『正常』に
行われるとどうなるか。
体の各パーツにおいて、その大きさに対して
最も重さがある部分、それは―――
「ピイッ!?」
上空から、頭を下にしてウサギが落下する。
そしてそのまま地上へと……
「うわ」
轟音と共に、グチャ、という液体をばら撒いた
ような音も同時に聞こえ―――
顔面から地面に突っ込んだ巨体は、垂直に
そのシッポを上の位置に残していたが、
やがてゆっくりと倒れ……
あらぬ方向に曲がった頭を支点にして、
白くなった一面の雪景色に、赤いすじを
こぼした。
「ま、まあ……即死でしょう。
苦しまなかっただけでも良しとしますか」
そこで私は上空のドラゴン2人と氷精霊様に
手を振り、『狩り』が終わった事を告げた。